■19さて、S市第三中学校の避難所にはまた改めて向かうとして、問題はどうやって内部の人間と接触するかだ。今日見た限りでは体育館への外部からの接触はかなり難しいし。校舎二階の渡り廊下からの接触も防火扉前にゾンビが五体もいるので危険だ。今のところ良い案が思い浮かばない、いっそのことあそこの避難所は諦めてもっと遠方の避難所を探してみるか?しかし、あそこが俺の知る限り一番大きな避難所だし、アレより大規模なのは全部中央区に集中している、だが中央区はもうゾンビの巣だ、生き残りがいるとは思えない。うーむ、これは時間がかかりそうな問題だな。焦ると碌なことにならない、ここはじっくり時間をかけて最良案を考えよう。ふと、隣で眠る少女の顔が目についた、風呂に入り、水分もたっぷり補給したおかげだろうか、校舎で出会った頃に比べれば格段に顔色が良くなっている。校舎で出会った当初は髪はボサボサ、服は汚れまくり、長すぎる前髪の所為で顔が半分以上隠れ、まるで『貞子』のような風貌をしていたがどうしてどうして。身奇麗になって、その素顔を見てみると目の覚めるような超美少女じゃないか。前髪がちょっと長すぎるような気もするが、タレ目気味なところといい、薄幸美人そうな顔つきといい、とあるNice Boat.なアニメに出てきたヤンデレヒロインによく似ている。もっとも、中学生らしい未発達な胸とかはぜんぜん似てないがな、アハハハ!……ここいら辺で芸能人とかアイドルとかじゃなくて二次元キャラが出るあたり、俺がいまだ童貞な原因かもしれないな。ふぁ~、どうしょうもないこと考えてたらなんだか俺も眠くなってきちまったよ……。■「……あの、すいません、起きてください」ゆさゆさと身体を揺すられ目を覚ますと、俺の目の前には例の少女がいた。いかん、いつのまにか眠っていたようだ、腕時計を確認すると3時間ほど時間が経っていた。少女の顔色を見るとまだ幾分顔色は悪いが、これならそれほど問題にはならないだろう。後は食事をとってしっかり休めば数日で完全回復するはずだ。「おはよう、気分はどう? どこか痛い所とかはない?」「えっと、その、だ、大丈夫です、すみません」「そうか、よかった……あぁ、自己紹介がまだだったな、俺は高田了輔、ここは一応俺の部屋ね、ここに来るまでのこと覚えてる?」「ハイ、あの、私は児玉由衣(コダマ ユイ)といいます、その、助けて頂きありがとうございます」「うん、まぁ気にせず今は休むといいよ、今何か食べ物持ってくるから、お腹減ってるだろ?」「あ、ハイ、すみません、ありがとうございます」俺はしきりに頭を下げる由衣ちゃんに背をむけキッチンへと向かった、ここにはレトルト系の食料も持ち込んである。しばらく食事をとっていなかった彼女にいきなり油っこいものなど重い食べものを与えるのも酷というものだし、まずはお粥とかで慣らしていくのが最善だろう。まだ運び込んだ物資の大半はまだダンボールの中に仕舞ったままであるので、近場のダンボールをてきとうに開けていき中身を探してみる。缶詰……カンパン……カロリーメイト……お、あった、お粥のレトルトパックだ。種類も豊富だ、梅粥、卵粥、鮭粥など、ここはオーソドックスに梅粥でいこう。小鍋に移した梅粥をクッキングヒーターで温めながら、俺は先ほどの由衣ちゃんとの会話を思い出した。常に何かに怯えるような口調、しきりに此方を伺うような目、ことある毎に連呼する「すいません」。ありゃ典型的ないじめられっこのモデルケースだな、実にわかりやすい。こうして命は助けたものの、俺は彼女の個人的な事情に興味もないし介入するつもりもない。いじめられている彼女に偉そうに説教するつもりもないし、第一俺に上手く話しができるかすらもわからん、そんな経験もないし。だが由衣ちゃんにああしていちいち謝られたりするのは気まずいし、話し辛い、気分も良くない。「お待たせした、熱いからゆっくり食べるといいよ」「あ、すいません、その、ありがとうございます、高田さん」「それだ、いちいち謝るのは止めないか? 別に悪いことをしてるわけじゃないんだから」「え、あの、ご、ごめんなさい、私……」「あー、悪い、言い方が少しキツかったか、別に怒ってるわけじゃないんだ、ただもっと気楽に会話したいだけでさ」「は、はい、わかりました、その、頑張ってみます」「うん、ありがとう、そうしてもらえると助かるよ、さ、まずはこれを食べて元気を出そう!」「ハ、ハイ!」■由衣ちゃんにお粥を渡し、俺自身も軽く食事をとることにする。ベッドの上で上半身を起こしフーフーと熱いお粥を冷ましながらゆっくりと食事をする彼女のベッド横に腰を下ろす。カロリーメイト(フルーツ味)の袋を開ける、ちなみに俺はチーズ味よりもチョコ味、さらに言えばフルーツ味が一番好きだ。ポリポリとブロックを齧りながら、さてこれからどうしようかと考えていた。食後、まだ体調の芳しくない由衣ちゃんをベッドに寝かせながら、簡単な質問をいくつかしてみた。避難所で得られなかった情報を彼女から少しでも得ておくためだ。ゾンビ発生からこれまでどうやって生活してきたのか、避難所の様子はどうだったのか、誰が避難民をまとめているのか等、特に気になる情報を選んで聞いてみた。彼女はたどたどしい口調ながらも俺の質問に素直に答えてくれ、断片的ながらも俺は避難所の実態を知ることができた。S市第三中学校の避難所ではゾンビ発生の当日、いち早く駆けつけた警察官達が混乱を押さえ、ゾンビを押しとどめながら避難民を校内に誘導したそうだ。由衣ちゃんもそうして避難してきた一人で、クラスメイトと一緒に2-3教室で避難生活していた。やがてゾンビの圧倒的物量に押され、校舎と体育館を閉めきって篭城することになったのだが、この時点において外のゾンビ以外はそれほど深刻な問題は起きていなかったらしい。生き残った警察官は上手く住民をまとめていたし、避難民達も比較的落ち着いていたそうだ、校内には非常時用の物資が大量に備蓄されており篭城するにしても余裕で一週間はもつほどであったらしい。だが問題が発生したのは二日後だった、ラジオで知らされた自衛隊によるゾンビ制圧の失敗、これで皆に一気に不安感が蔓延したという。そして三日目、いつまでもこない救助にイラ立ちを覚えた一人が勝手に正面入り口を開けて外へ飛び出してしまったらしい。そいつはすぐにゾンビの餌食になってしまったらしいが、問題はその後だった。開けっ放しの正面入り口からゾンビがワラワラと入り込んできて避難民に次々と襲い掛かったのだ。残り少ない警察官が必死になってゾンビと戦い、その間に校内の人間はゾンビに襲われつつもなんとか半分くらいの人が体育館に避難することができたそうだ。ここで由衣ちゃんは顔を蒼褪めさせながら自分の身に起こった出来事も話してくれた。彼女もゾンビ侵入の騒ぎを聞き急いで避難しようとした時、なんとあろうことかクラスメイト数人によって逃げ出すための囮にされてしまったらしい。もともと学校でいじめられていたという彼女は、クラスメイト達にとって死んでも心の痛まない便利な存在だったのかもしれない。囮にされゾンビの前に差し出された彼女は必死に逃げ、なんとか教室のロッカーに隠れることができたがそれだけだった。一匹のゾンビがずっとロッカーの前に張り付き、彼女が出てくるのを永遠と待ちつづけていたのだ。四六時中聞こえてくるゾンビの呻き声と、ロッカーを引っ掻く音、飢えと乾き、それらがガリガリと由衣ちゃんの精神と体力を削っていったのだろう、俺が最初に見た彼女の姿はその結果だった。一通り話して由衣ちゃんはガタガタと震えだした、その時のことを思い出したのだろう。クラスメイトの残酷な仕打ち、ゾンビの恐怖、一人狭いロッカーに取り残された孤独な時間。涙を流しながら自分自身を抱きしめ必死に恐怖のフラッシュバックに耐えていた。……ふむ、ここでエロゲの主人公なら何か気のきいたカッコ良い台詞の一つでも言ってフラグを立てるんだろうが、俺にはそんなイケメンスキルはないし何と言ってよいのかも全くわからん。無理して何かカッコ良さげなこと言っても多分キモイだけだろう、どうすべきか、ほっとくか?とりあえず俺は言葉ではなく態度で示してみることにした、流石にこのまま放置は気まずいしね。俺は由衣ちゃんを力一杯抱きしめグリグリ頭を撫でた。昔、俺が泣いていた時に母ちゃんがよくしてくれた慰め方だ、今でも思い出す。ふわりと香る女の子の匂いに邪まな心が揺り動かされるも、ここでセクハラすればせっかくの信用を失ってしまう。それに俺は以前見た四人組のようなレイパーになるつもりはない、これまでだって右手が恋人だったんだ、これからもそれは変わらないだろうし。オタは紳士であるべき、三次元に興味なんてないのさ(嘘)、yesロリータnoタッチ!……とにかく我慢、我慢だ!■そうして10分ほど抱きしめているとようやく震えがおさまってきて、由衣ちゃんも落ち着きを取り戻した様子だった。俺は彼女をベッドに寝かせ、これ以上の無理はさせないようクールに退室しようとしたが(しかし身体の一部はホットになっていた)。「あの、すいません……い、一緒に、いてください、お願いします」と、涙目+上目使い+頬染め攻撃を受けてあっさり留まってしまうことに、やるじゃない。その後、由衣ちゃんが眠るまでしばらく彼女と話をしていたが、やはり彼女は俺の思っていたとおりの環境にいたようだ。学校でのいじめ、さらに家庭では父の再婚相手の義母からの虐待。頼るべき父は義母との間にできた妹にばかり愛情を向け彼女には殆ど関心を示さなかったそうだ。例の根性焼きも義母にやられた痕らしい、痛ましい話だ。一度、ボランティアの相談窓口に掛け合ってみたこともあったそうだが、受付の人物に「貴女のその卑屈な態度にも問題があるんじゃないんですか?」と門前払いされてしまったらしい。学校の先生は事なかれ主義で見て見ぬフリをしていたし、助けてくれるような友達もいない。由衣ちゃんには味方が一人もいなかった。そこまで話を聞いて、俺は彼女が何を考えて俺にそんな個人のプライバシーに深く関わる話をしてくれるのか少しだけわかった気がした。由衣ちゃんは俺を味方に引き込もうとしているのだ。危険な場所から助けられたことで俺を『良い人』だと思っているのかもしれない(勘違いなのだが)。同情、憐憫、色仕掛け、とにかく利用できるものは何でも利用して自分の味方にしようとしている。それが無意識の行動なのか、それとも意識的にやっているのかは別にして、とても賢い行動だと思う。特に俺みたいな童貞男には効果バツグンだろう、現に俺には由衣ちゃんを「守ってあげたい!」という強い保護欲が生まれているし。単なる俺の思い込みかもしれない、だが、事実ならば同時にこれは俺にとって非常に危険な感情だ。一歩間違えば俺は由衣ちゃんのために死ぬことになるかもしれない、それは嫌だ。逆にこれは由衣ちゃんにとっても危険な感情だ、いつ俺が彼女を求めるようになるかわかったものじゃない。こんな状況下だ、あまり想像したくないが保護欲がいつしか支配欲に変わってムリヤリ彼女を犯す、なんて事態は避けたい。俺だって男だ、二人っきりで近くに女がいれば理性を守りきれず獣になってしまう事だってあるかもしれない。前に見かけたレイパー四人組のようにはなりたくない、お互いのためにも由衣ちゃんとは距離を取るべきだな。話し疲れて眠る彼女の横顔を見ながら、俺はそう一人で決心した。■