■20ゾンビ大発生から七日目、朝、ラジオ放送をチェックしていると重大なニュースが流れてきた。ついにライフラインが断絶してしまったらしい、電気、水道、ガス、全部だ。原因はこれまで発電所を警備していた自衛隊部隊がゾンビの襲撃で壊滅してしまい、施設維持が困難となり、連鎖的に他の施設への電力供給もストップし各施設も運行を止めざるをえなかったらしい。俺はついに恐れていた事態になってきたなと思った、これで今後の夜は本当の闇と化すことになる。いままでは街の街灯もついていたが、今日からは全て真っ暗だ、夜出歩くのは絶対に避けるべきかもしれない。そしてさらに問題となるのは各所における水不足だろう、貯水タンクなど備えていない限りもう水の供給は無いのだ、三日と経たずに脱水症状で弱りきってしまう。学校や大学などの公共施設は基本的に井戸を備えている場合が多いのでそれほど心配ないが、個人宅や商店などに篭城している連中は非常に困ることになるだろうな。場合によっては無茶な脱出を迫られることになるかもしれない、となればここいらの人が集まるのはS市第三中学校の避難所か。やはり一度あそこの避難所とは接触を取っておいた方が良いのかもしれない。ラジオ以外からの情報も欲しいし、由衣ちゃんが回復したら改めて保護を頼む必要もある。もっとも、未だ有効なコンタクト手段が考えつかない以上何もできないわけだが。昨日、いろいろ考えて由衣ちゃんには体力が回復しだい避難所へ帰ってもらうことにした。俺のためでもあり、彼女のためでもある、こんな状況下で楽しく恋愛ごっこに興じることができるほど俺には余裕があるわけじゃない。できることと言えばせめて彼女に大量の物資と護身用の武器を渡しておくくらいだ。冷酷な判断かもしれないが、俺が性犯罪者にならず安全確実に生き残るためだ、仕方ない。■「由衣ちゃん、俺はこれから用事があるんで出かけるけど、君はここで休んでおくように、食事は用意しておいたから温めなおして食べるといい」「あ、はい、ありがとうございます、高田さん、あの―――」「一応、ここにラッキー残していくから、暇だったら遊び相手くらいにはなると思うよ、じゃ」「あ……」軽く手を振って部屋を出る、会話は簡潔に、余計なことは言わない、言わせない。これ以上情が移ると困ることになる、まるで拾った捨て犬をまた元の場所に連れて行くような後ろめたい心境だ。俺はできるだけ由衣ちゃんのことを考えないようにして下の階へと移動した。地下駐車場に降りてきて、俺はさっそく車(ハマー)の掃除にあたることにした。先日、汚れたままの由衣ちゃんをのせたことで後部座席はかなり汚れてしまっている。ドアを開けっ放しにしておいたが未だ臭いも消えていない、これは念入りに掃除をしておかなくてはいけないな。俺はまずぬるま湯を絞った雑巾でシートを念入りに拭き取り、次に乾いた雑巾で表面の水気も全部拭った。一通り終わった後は車内全体も掃除し、最後にファブリーズを吹きかけて仕上げを行う。それでも微妙に臭いが消えていなかったので、車用芳香剤(カーアクセサリータイプ)をバックミラーに引っ掛けておいた、爽やかハーブの香りだ。車の掃除が終わった後は管理室に向かいマンション内の設備をチェック。瀬田さんに教えられた通り温泉設備や電気系統に異常がないか調べ、すべて太陽発電設備からの電源供給に切り替えておく。必要の無い設備電源は俺の部屋や地下駐車場シャッターなどのごく一部だけを残し全て落とす。エレベーター等の設備を使うにはマスターキーで始動させる必要があり、もし無粋な侵入者があったとしても使えない、流石に24階までは容易に上ってはこないだろう。■必要な雑務を終え、やることが無くなった俺は再び体育館避難所へどう接触するかについて考えてみることにした。由衣ちゃんとラッキーがいる隣の部屋(武器や道具類を保管してある)に行き、何か使えそうな物はないかヒントを探してみる。一番の問題は渡り廊下にある防火シャッターとその前に集まっている五匹のゾンビだ。防火シャッター越しに中の人間とコンタクトするにしても、目に前にゾンビがいては気がつかれてしまう。ゾンビをどうにかするのは必須条件だ、一匹・二匹ならば奇襲で何とかなろうが五匹は流石に難しい。遮蔽物に隠れながら一匹ずつ始末する方法もなくはないが、渡り廊下にそんな都合の良いものは無い。アイテムを漁っていたダンボール箱を手に取った時、ちょっとふざけた思いつきが浮かぶ。いっそのこと、某蛇な傭兵のマネをしてダンボール箱をかぶって潜入してみるか、氏曰く超便利アイテムらしいし?中身を床にぶちまけ、空になったダンボール箱をかぶってみる、大型なタイプなんだが猫のように背を丸めてないと身体が入らない。……この状態で動くとか無理だろ、中腰ってレベルじゃねーぞ。ダンボール作戦は却下だな、視界も狭いし、武器も構えられん。情けない気分になりながら床に散乱した道具類を集めなおす。ふと、手に取った一つを見て俺の脳裏に閃きが走った、コレは、もしかしたら使えるんじゃないのか?それは『暗視スコープ』、双眼鏡を小型化したような形で、暗闇の中でも視界がよく見えるようになる道具だ。ミリタリーコーナーで懐中電灯が切れた時にでも使えるかもなと気軽に持ち帰ってきたものだった。二度・三度手にとって眺めてみる、軽く、コンパクト、ゴツイ水中眼鏡みたいだ。試しに部屋のカーテンを締め切り、電気を消してみる、とたんに部屋が暗闇に包まれ何も見えなくなった。自分の手を振ってみるがそれさえも確認できない、どこに何があるのか、遠近感すら危うくなってくる。俺は手に持っていた暗視スコープの電源を手探りで探し、スイッチを入れてみた。淡い緑の蛍光色が視界一面にひらけ周囲の様子がハッキリ見えるようになる、すごいな、ここまで明瞭に見えるものなのか。ニヤリ、と邪悪な笑みが浮かぶ……フ、フフフッ、これなら十分使えるぞ!暗視スコープごしの景色を眺めながら、俺は自分の閃きに確かな自信を持った。■俺は今までの経験上、ゾンビどもが視覚、特に早い動きをするものに対して襲い掛かる性質を持っていることを知っている。以前、油断してゾンビにバックアタックされた時もクロスボウの発射準備をしようと手をすばやく動かしていたのを見られてしまったのが原因でバレてしまったわけだし。だが、逆に姿さえ見られなければアルミホイルで脳波を遮断しているうえに体臭も防いでいる俺はゾンビの反撃を受けることは無い、はずだ。カーショップでカウンターに隠れながら狙撃した時にそれは確認済みだ。つまり、姿さえ見られなれなければ例えどんなに早く動こうともゾンビに襲われることは無い!そうなると今朝のラジオで聞いたニュースで発電所が停止したことは、ある意味で俺にとっては幸運だったのかもしれない。町中の明かりが太陽光以外なくなった現在、夜は月明かり以外の光は一切なくなる。それは生きた人間にとっては暗闇に包まれ視界がきかなくなる恐怖となるだろうが、同じことはゾンビにも言える。むしろ視力が人間よりも劣ると思われるゾンビこそ夜の闇の中では何も見えないはずだ、代わりに連中はその他の嗅覚や聴覚、脳波を察知して生存者に襲い掛かっているのだろう。だが、そこに俺のつけいる隙があるかもしれない、これまで嗅覚・聴覚・脳波に関しては小道具を利用してステルス性を保ってきたが、動きの速さについてはただゾンビのマネをしてゆっくり動くことで誤魔化してきた。それでさえもゾンビを攻撃したり、すばやく手足を動かしただけでバレてしまう程度の脆いものだったが、暗闇の中でなら話は違う。ゾンビどもは人間以上に暗闇で視界が利かない以上、闇の中でならいくら早く動こうがバレることはない!そして今俺の手元にあるのは暗視スコープ、どんな暗闇の中でも視界がきく便利アイテムだ。この意味がわかるだろうか? そう、俺は夜の暗闇の中でならゾンビ相手に『ずっと俺のターン!』ができると言うことだ!昼間や光のあるところではこれまで通りゾンビのマネをしなければならないが、闇の中では自由自在に動くことができる。もしかしたら、これからの主な活動時間を昼間ではなく夜に変更する必要もあるかもしれないな。俺はワクワクしながらさっそく脳波遮断ヘルメットに取り付ける暗視スコープを選ぶことにした。■俺は持ち帰った暗視スコープの中で最も高機能なものを一品選びぬいた。『第2.5世代型暗視スコープ・単眼タイプ(242,500円)』非常に軽量でコンパクトな第2.5世代の高解像力暗視スコープ、小さく軽いので携帯にも大変便利。単眼タイプで僅かな光を増幅させる通常モードと熱感知による赤外線モードの二通りの利用ができ、5倍までの望遠ズームもできる。のぞきにでも使ったら丸見えだろう、もっとも、赤外線モードだから輪郭しかわからんが。電池寿命は約50時間で長持ち、言うことなしだな。俺は鼻歌を歌いながら上機嫌でさっそく工作作業に取り掛かった。フルフェイスヘルメットのバイザーを取り外し、左眼部分にノコギリとヤスリを駆使して丸い穴を開ける。そこへ単眼式の暗視スコープを通し隙間を工作用プラスチックパテで埋めて固定、俺の目にピッタリ合うように位置を微調整しつつ取り付け作業を終えた。明るいところでは裸眼の右目中心で行動し、暗いところでは暗視スコープの左目中心で行動するコンセプトを取った。完成後、改めてパワーアップしたヘルメットを見ると、なんだか『装甲騎兵ボト○ズ』に出てきたAT(アーマードトルーパー)見たいなデザインになってしまっていた。……か、カッコ良いじゃない。■