■23大浴場を軽く掃除し(とはいえかなり広いので一人で3時間くらいかかった)、お湯が丁度良い時間に満タンとなるようセットしておく。それが終わると武器を保管してある部屋に戻り今夜の校舎内ゾンビ掃討の準備を整える。避難所への接触で必要となる条件を考え、装備もそれにあわせて持っていく。暗闇の中で戦うことになるため暗視スコープはいざという場合に備え予備も持っていく。さらに大量のゾンビを始末するためアルミ矢も普段よりも多く持っていく、拾ってリサイクルできるとはいえ三回に一回は折れ曲がってしまうのだ。単純計算で十匹のゾンビを倒したら3本は壊れてしまう、念のため60本持っていくことにする。また、万が一大量のゾンビに囲まれた時に備え防犯ブザーも持っていく、脱出の時間稼ぎくらいはしてくれるはずだ。それらとは別に嗜好品も僅かながら持っていくことにする、酒やタバコ、お菓子類である。これは避難所とのスムーズな接触をするための小道具として使う。ゾンビが大発生して既に一週間以上たっている、食料や生活必需品はあってもこういった嗜好品は既に底をついているはずだ。そこで俺が嗜好品を持っているとわかれば、少なくともそれ目当てで門前払いをくらうことはないだろう。向こうにとって一番面倒なのは、何も持たず危険だけ持ち込んでくる避難民だということは容易に想像できる俺自身は酒もタバコもしないが、こういった事態も考えてある程度は物資として嗜好品を運び込んでいる。きっと今回は役に立ってくれるだろう。もっとも、それを狙われて避難民から襲われたら世話ないので、十分武装と覚悟を決めて行くつもりだ。武装しているとはいえ俺は貧弱一般人、死なないためにも簡単に気を許すことは絶対にしない。■一通りの準備を終える頃にはすっかり日が沈んでいた。俺は晩飯代わりにリュックに入っていたカロリーメイトを食べ、そのまま出発することにした。由衣ちゃんとは一緒に食べる気にはなれなかった、あんな酷いことを言ったのだ、気まずくて会わせる顔がない。一応、大浴場を利用できることや、今夜避難所の様子を見に行く旨はメモにして玄関前に置いてきたのでそのうち気が付くことだろう。車のライトをつけず、暗視スコープの視界を便りに道路を走らせる。ゾンビはコチラに気がつかない、以前ノロノロ徐行運転していたのが馬鹿らしくなるような光景だった。10分もしないうちに学校に到着した、さっそく校舎の正面入り口前に車を止める。依然周囲は暗いままだ、屋内ゆえ月の光も届きづらい、暗視スコープがなければ数メートル先も見えなかっただろう。ラッキーを伴い校舎内へ、まずは前回と変わりないかどうか偵察だ。一階、二階、三階、それぞれの教室と通路などを細かく見回りゾンビの数と密集度を記憶しておく。数は一階が圧倒的に多く二十八匹、次いで二階が十三匹、最後に三階で七匹確認できた。合計四十八匹、そのうち二階防火扉前に五匹の集団、一階エントランスに十一匹の集団がいる。改めて数えてみると流石に多い、今の装備で倒しきれるだろうか?60本持ってきたアルミ矢は一矢一殺でいけば数は十分だが、現実はそう上手くいくわけもないだろう。一応、シャベル(シャーリーン)や消防斧も持ってきているが、できることなら接近戦は避けたい。場合によっては今日一日での殲滅を諦めて日数を分けて行う必要もあるだろうな。闇の中、俺は計画変更も視野にいれていよいよゾンビ掃討に乗り出した。■まずは数の少ない三階から掃討していくことにした。いきなり大集団に挑むのは流石にキツイ、それにまずはゾンビを倒す作業に慣れる必要もあった。三階に上り、廊下にいるゾンビから撃ち殺していくことにする。立ったままだと狙いが定まりづらいので床に寝そべるようにしてクロスボウを構える。床に肘を立て『骨格』で支える、これなら約4.5キロの重量も安定して固定できる。10mほど離れた位置から右目で暗視機能をオンにしたドットサイトスコープを覗き込む。狙いはまったくブレない、映画やTVでスナイパーがなぜ無防備に寝そべってまで狙撃するのかわかった気がした。一つ、二つ、三つ、続けてアルミ矢がゾンビの頭部に突き刺さっていく。面白いほどよく当たる、これまで立って構えていたので狙うのが大変だったが、姿勢ひとつでここまで命中率に影響するとは予想外だった。ゾンビ連中は仲間が倒れるたびにその音の発生源へぞろぞろ集まってくるから俺にとっては良い的だ。エサにつられた得物を狙うように一体一体仕留めていき、確実にその数を減らしていく。例えアルミ矢が狙いを外れゾンビの肩や胴体に当たったとしても、暗闇の中こちらが見えないゾンビには反撃の術がない。これまで通り、ただその場をうろつくことしかできないのだ、俺は安心して狙撃を続けた。。やがて15分もしない内に、俺は一箇所に留まったまま三階のゾンビを全て抹殺できた。■ゾンビ掃討のコツを掴んだ俺は二階に下りて再び作業を繰り返すことにした。ただし以前来たときに2-1と2-5と理科室の戸を閉めてゾンビを隔離していたので、今回は一箇所に集めて殲滅するためはじめに戸を静かに開け放っておいた。ゾンビからある程度距離を取り、床に伏せてクロスボウを構える。やることはさっきと変わらない、一体一体仕留めていくだけだ、倒れたゾンビの音に引き寄せられて他のゾンビは勝手に集まってくる。そのマヌケな連中を俺は確実に射殺す、まるでチープなシューティングゲームをしているようだ。制限時間なし、敵は攻撃してこない、外れても反撃されない、敵の動きは鈍くほぼ動かない、小学生だって余裕でクリアできるような内容だ。予想以上に簡単な作業に俺は少々拍子抜けしていた。これまでのイメージではゾンビは人間を食い殺し、自衛隊を圧倒し、社会秩序を崩壊させた最悪のモンスターだと思っていた。だがどうだろうか、こうして俺の目の前であっさりと殺されていく連中を見ているとそう大した事のない相手のようにも思えてくる。要は発想なんだろう、ゾンビの視覚・聴覚・嗅覚を封じ、脳波も遮断すれば連中からしたらこちらは透明人間だ。無限の体力を持ち、頭部以外はいくら攻撃されても不死身、一度噛みつかれれば問答無用で死亡確定、そんなチート性能を持っていながら全く役に立っていない。たかが頭にアルミホイルを巻いて、消臭スプレーを吹きかけて、大人しくしているだけでゾンビはこちらがわからなくなるのだ。暗闇の中、無音で攻撃されれば反撃の手段はなく、ただただ狩られるだけの存在と化す。俺のような一般人のオタでさえ考えつくことだ、すでに世界の何処かで頭の良い連中がより良い装備を考えついているの違いない。……意外とゾンビが地上から掃討されるのも早いかもしれないな。■二階のゾンビが掃討し終わり、俺がゾンビ連中の頭からアルミ矢を回収しようとした時、とある存在を見つけた。警察官だったゾンビの死体である。他のゾンビ同様に頭部にアルミ矢が深々と刺さっており、既に絶命している。俺は警察官ゾンビが動かないことを確認して、とある期待を胸にその制服を入念に調べてみた。案の定、お目当てのものがすぐに見つかった。『ニューナンブM60、回転式拳銃』。日本の警察官全般に採用されている有名な拳銃だ、銃オタでない俺でもその存在はよく知っている。装弾数5発、小柄なフォルムをしているが黒光りする鉄の銃身は十分迫力があり超カッコ良い。思わぬ場面でついに手に入った念願の拳銃である。俺は言い知れぬ興奮を押さえながらそれを手にとって状態を確認してみる。表面は血で汚れているが特に破損箇所などは見当たらない。だが、弾倉(シリンダー)をずらし中身を確認すると残弾が二発しかなかった。非常に残念だが仕方ない、二発も残っているだけマシだと考えよう。俺は拳銃の汚れを丁寧に拭うと、警察官ゾンビの死体からホルスターも頂き自分の腰ベルトにくっつけ拳銃をそこに収納した。■拳銃を手に入れホクホク顔の俺はご機嫌なまま一階のゾンビ掃討に取り掛かった。もはや完全に作業である、ドットサイトの赤い光点にゾンビの頭部を重ねトリガーを引く、クロスボウの弦を引きアルミ矢をセット、再び狙いを定める、この繰り返しだ。順調にゾンビを掃討しながら、さきほど手に入れた銃のことについて考えてみる。弾はたった二発だけだが銃は非常に強力な武器だ、その点については疑いようがない。当たり所が悪ければ即死だし、少なくとも身体のどこかに当たれば激痛で動けなくなるだろう。そういう意味ではクロスボウも性能面では大して変わらないが、銃にはハッキリとした恐怖を伴う威圧感がある。TVや映画で嫌というほどその威力は認知されているし、身近でもっとも強力な武器といえばすぐ銃だと思い浮かべられる。普段見慣れないクロスボウよりも容易に攻撃力が想像できるだけに、人間相手になら持っているだけで抑止力としても大いに期待できる。一方でゾンビ相手には残念ながらかなり役立たずな武器と化してしまうだろう。クロスボウのように無音で発射できるわけでもなし、弾が再利用できるでもなし。逆に発砲音でゾンビを招き寄せる結果にすらなりかねない。ゾンビ相手になら銃を使うよりも、消防斧を使ったほうが効果的かもしれないくらいだ。だが俺はこうして拳銃が手に入ったことが堪らなく嬉しかった。銃なんてのはある意味で男の子の浪漫なのだ、とにかくカッコ良い、憧れる、一度は撃ってみたい、そういったイメージを持っている。俺もその例外じゃない、だからこうして胸が躍る。流石にこの場で撃つわけにはいかないが、状況が落ち着いたらどこか人気のないところで一発だけ撃ってみよう。すごく、楽しみです。■