■24一階のゾンビを掃討したが、正直言ってここはキリがないだろう。正面入り口が破壊されているため大規模なバリケードでも築かない限りは外からゾンビの侵入を防げない。俺は一階の部分にゾンビ侵入防止用のバリケードを作ることを早々に諦め、二階へ続く階段部分に小規模なバリケードを作ることにした。集めた椅子や机をスキマができないよう規則的に並べ、それぞれを荷造り用の紐で固定、その上にガムテープを巻きつけて強度をさらに補強した。そうして固めたバリケードを階段途中に高さ2mほど高さで設置していく。階段を這いずるようにしか上れないゾンビにはそうそう越えられない壁となるが、人間にとってはよじ登ってしまえば比較的あっさりと越えられるバリケードの完成だ。簡易版なので強度的に不安が残るが今はこれで十分だろう、これで一階からのゾンビ侵入を防げる。さあ、準備は整った、いろいよ避難所と接触だ、果たしてどういう状態になっているのか。あ、その前に拳銃はリュックにしまっておいた方がいいかもな、見つかったら没収されるかもしれないし。■俺はとりあえず防火扉越しに接触をはかるため扉を叩いてみたり、声で呼びかかけてみた。本来ならこの声に呼び寄せられてゾンビが集まってくるが、階段に設けたバリケードがゾンビの侵入を今しばらく防いでくれるだろう。とはいえ何時までも安心できるものではない、早めに気が付いてもらうに越したことはないのだから。「おーい! 誰か返事をしてくれー!」10分ほどそうして声をかけ続けていると、防火扉の向こうに物音がするようになり人の気配が感じられるようになってきた。少なくとも全滅はしていないようだ、あとは暴徒化していないことを祈るだけだな。俺はわざとらしすぎるくらい能天気な声をだしてこちらが無害であるということをアピールした。「こっちにゾンビはもういませんよー、俺がこうやって大声あげているのが何よりの証拠ですよー」扉の向こうからざわざわと音が聞こえてくる、もう一押しかな。用意しておいた切り札を出すことにする。「お土産にタバコや酒も持ってきてますよー、あけてくださーい!」『!!?』ざわざわと扉向こうのざわめきが大きくなっている、わかりやすい反応だね。後は向こうの出方を待つだけか、これで追い返されたら別の手段を考えないとな、それと襲われた場合に備えて覚悟もしておかないと。いざとなれば人を撃つことも有り得るだろうし、死なないためにも必要だ。そうして数分待っているとようやく向こうから声がかかってきた。『おい、あんた一人か? 怪我はしてるのか?』「人間一人と犬一頭です、怪我はしてませんよ、もちろんゾンビに噛まれてもいません」『そっちには本当にゾンビがいないんだな?』「ええ、いたら今ごろ俺は生きていませんよ、こんな大声だして襲われないわけありませんし」ざわざわと向こうで何事か話し合っているようだ。避難者の受け入れにも慎重になっているんだろう、別に悪いことじゃない。むしろ簡単に受け入れる方がヤバイ、そう言うところは長くはもたないだろうな。あっさり避難民を受け入れた所為で内部から怪我人がゾンビ化したり、人が増えすぎて暴動に繋がる危険性もある、これくらいで丁度良いのかもしれない。俺がそんなことを考えているうちに、向こうでは結論が出たようだ。『……わかった、少しだけ開けるからすぐに入ってきてくれ』「わかりました」ギギギと巨大な防火扉が少しだけ開かれる、俺とラッキーは開ききる前に人一人通れるくらいのスキマに身を滑らせ中へと入っていった。とりあえず真っ先に目の合った警察官の兄ちゃんに挨拶でもしとこうか。「どうもこんばんわ、俺、高田了輔っていいます」「あ、あぁ、本多一哉(ホンダ カズヤ)だ、よく来たな」■俺は入れてくれた人々に簡単な挨拶を済ませ、本当に怪我がないのか本多さんによってごく簡単な身体検査を受けさせられたあとでようやく体育館の中に入ることができた。なお、その際に俺の過剰な重武装に皆が驚いていたのでつい「これくらいじゃないとゾンビと戦えない」という微妙に真実の混じった嘘をついてしまった。皆は素直に信じてくれたようだが、ぶっちゃけアルミホイルとファブリーズがあれば勝てるので結局は嘘をついたことになるのだろうか。体育館の中には約40人ほどの避難民が生活していた。最悪の場合に備えて武器を握り締めていた俺であったが、避難所は比較的治安が保たれていた様子で静かなものだった。それぞれの人が決められたスペースで毛布を敷き思い思いに過ごしており、大半の人々は無気力に寝ていた。時間帯が深夜だし、すでにライフラインが途切れているため明かりもない。暗くなれば寝るというのは実に自然なことだった。ただ、今日は俺という珍しい来客があったため目を覚ました人たちにジロジロと見られてしまうことになってしまったが。俺はヘルメットを外し、避難民をまとめているらしき警察官のリーダーに会うことになった。本多さんに案内された先には背広を着たヒョロい眼鏡男がいて、人を小馬鹿にしたような視線を遠慮なくぶつけてくる。その手にはなぜかニューナンブ、なぜここでそんなものを常に見せびらかすようにして持ち歩いているのか。しかも指トリガーだし、危なすぎる。まさか、コイツがリーダーだなんていわないよね?思わず隣の本多さんに顔を向けるも、彼は無言で首を縦に振った、その通りらしい、マジかよ。「僕がここの代表者をしている海堂淳一郎(カイドウ ジュンイチロウ)警視だ」「……高田了輔です、よろしくお願いします」「僕は別に君とよろしくするつもりはないが、まぁいい、とりあえず君の持っている例の所持品を出したまえ」「は?」「聞こえなかったのかね? 君の持ってきた物資を早く出せといっているのだよ!」目の前の男はチラチラとこちらに銃を見せつけながらトンデモないことを言いはじめる。いきなり銃を突きつけながら仲良くする気はないとか、物資を出せとか、何考えてるんだこいつ?まるでコイツだけ暴徒じゃないか、銃をもってるし、そういうことなのだろうか?周囲を見渡すと、さきほどまでこちらをジロジロ見ていた避難民達も皆目を逸らしてしまう。本多さんに顔を向けるとすまなさそうな表情で「言う通りにしてくれ」と頭を下げられた。……なるほどね、とりあえず今揉め事は起こしたくないし、ここは理不尽でも素直に従っておくべきか。「わかりました、じゃあ他の人に分配するためにも皆に集ま」「いやっ、その必要はない、物資は一度僕が全部預かってから皆に分けることにする、不平等があるといけないからね!」そう言って俺がリュックから取り出した酒やタバコを根こそぎ持っていってしまった。まるでひったくるかのように奪い、それらを抱えて海堂は体育館の用具室の方へ歩いていってしまう。その姿を周囲の人々は睨むようにして見送っていた、しかし彼の持つ銃に臆して誰も文句を言える空気ではないようだ。「じゃあ本多巡査長あとは任せたよ、僕は忙しいからこれで失礼する」そう言ってそそくさと去っていった、用具室の扉が閉められ、残されたのは俺と本多さんのみ。……アイツ、一体何しにきたんだ? まさかただ嗜好品を独占したかっただけなんじゃ。■「海堂警視が失礼な態度を取ってしまいすまない」「あ、いえ、別に良いんですけど……本当にあの人がここをまとめているんですか?」「彼は所謂キャリア組という奴でね、事件当日に丁度本庁から出向してきた人なんだ、人格的にはちょっと問題があるがあれでそれなりに優秀なんだよ」「……そうなんですか、あ、一応これとっておいたんで本多さんもどうぞ」そう言って俺はレッグポーチから酒とタバコを少量ながら取り出す。リュックにしまってあったモノは海堂に全部持っていかれてしまったが、レッグポーチにしまってあった分は念のため少しだけこうして取っておいたのだ。タバコ3箱と小さな酒一瓶、あとキャラメル4箱、これだけだが少量なら欲しい人に行き渡るだろう。俺が本多さんにそれら嗜好品を手渡すと、それまで周囲で遠巻きに見ていた人達が数人ワラワラと寄ってきた。本多さんは独占することなくそれらを集まってきた皆に全て提供した。大人はタバコを何本か貰ったり、子供はキャラメルをいくつか貰ったりしている。「ありがとう高田君、おかげで皆喜んでくれたよ」「いえいえ、そんな大したことしてませんし、気にしないで下さい」本田さんにお礼を言われながらも、俺は避難所の人々を観察していた。比較的中高年の人が多い、次いで成人、最も少ないのは子供か、5・6人しか見かけない。この中に由衣ちゃんをいじめた子も混じっているのだろうか?皆どこか無気力で虚ろな表情をしている、疲労とストレスでかなり参っているようだった。それに本多さん以外には警察官の姿は見えない。リーダーはあの海堂とかいう野郎らしいし、大丈夫なのか、この避難所?■