■25気を取り直して俺はさっそく本多さんから主目的である情報収集をすることにした。ここは救助の見込みがあるのか、他の避難所と連絡はできているのか、何か気になる情報はないか。俺の質問に本多さんは今現在わかっていることを大まかに話してくれたが、残念ながら素直に喜べるような内容ばかりではなかった。まず自衛隊による救出に関してはまだしばらくは望めないとのこと、持ち込んだ警察無線によっていくつかは連絡は取れるものの、自衛隊も迫り来るゾンビの撃退と部隊再編に忙しいらしく少なくとも一週間以上は絶対に来れないらしい。また、避難所の備蓄に関しては皮肉なことに数日前のゾンビ襲撃の際大幅に犠牲者が出たおかげで余裕で一ヶ月分以上はあるという。水に関しても貯水タンクがあるので、飲み水だけに限定すれば大丈夫という見解だった。また、S市第三中学校の避難所と同様に警察官や自衛官が駐在し指揮をとる避難所とも連絡はある程度取れており。S市内だけでも既に大規模な避難所が12ヶ所ほど確認されているそうだ、生存者もそれなりにいるらしい。ただし救出優先度は食料の備蓄が逼迫している所から優先される予定らしく、ここの避難所はかなり最後の方になる予定だという、長ければ救出されるまで数ヶ月はかかるだろうと言っていた。なるほど、海堂みたいな暴徒紛いの奴がいるなかでまだ辛うじて致命的な状態になっていないのも肯ける。最低限の希望はまだ残され、備蓄もある、だが時間の経過とともにそれもなくなっていくだろう。残念だけどここの安全崩壊も時間の問題かもしれないな……。ラジオで知っている事を多少補完したような内容だったが、俺にとってはそれなりに満足できるような内容だった。特に自衛隊の救出までの大まかな期間を知ることができたのは僥倖だ。ゾンビに負け続けの自衛隊が本当に助けに来てくれるのか情報の信憑性は疑わしいが、当面の行動計画の目安にはなる。俺は知りえた情報を吟味しつつ、落ち着いた環境でこれからの自己の身の振り方についてよく考え直す必要性があると強く思った。■俺がある程度の情報収集を終えると、今度は本多さんからこれまでの俺の話を聞かせて欲しいと頼まれた。俺は少し悩んだ、別に俺のこれまでの経緯を話すことはなんでもないことなのだが。彼等の視線や態度にやや危険な思惑を見て取れたのだ。具体的には俺を何かに利用しようとしているようだった。この危険な状況下を潜り抜けてやってきた俺が多少なりとも物資を提供したことで彼等は味をしめたようだ。露骨に「どこでそんな装備を手に入れたのか?」とか「どこかに大量の物資が保管されている場所はなかったか?」とか「ここ以外に安全な場所はなかったのか?」などと聞いてくる。終いには自分達にも俺の持っている武器類を寄越せと言ってきた、これにはさすがに焦ったと同時に呆れ果てた。迂闊だったかもしれない、ここ最近由衣ちゃんとのことで焦っていたこともあるがこういう事態をもっと考える必要があったのかもしれない。ミリタリーショップの件で学んだはずの教訓が活かせていない、危険予測が甘かった。もっと慎重に、じっくり時間をかけて、様子見をしてから接触するべきだったか、拙速に動きすぎた。いまさらだが反省しよう、クソッ、本当にいまさらだ。できるだけ穏便に拒否する俺から強引に奪おうとする人まで現れはじめ、俺がいよいよ覚悟を決めてクロスボウを構える前に、詰め寄る人々を本多さんが押さえてくれたが避難所内の空気は非常に悪くなってしまった。誰も彼も神経を尖らせてピリピリしていた、こちらが身の危険を感じるほどに。「皆ストレスで怒りっぽくなっているんだ、海堂警視の態度も原因なんだが」本多さんが言うには、海堂は先ほど俺に見せた態度のように常に銃をチラつかせて一種の恐怖政治をしているらしい。それが原因で避難民はストレスを溜め、チャンスがあれば武器を持とうとしているようだと説明してくれた。海堂本人は「この非常時に避難民が馬鹿な行動をしないようにするための仕方ない措置」と言い張っているらしいが、先ほどの態度を見る限り怪しいものだ。今のところ目立った失策をおかしていないため皆大人しく従っているが、避難生活が長期化すればするほどそれも困難になっていくだろうな。ああして銃をちらつかせて自分勝手な事ばかりしていれば暴発も早まってしまうだろうし。俺はこの避難所の脆さと危うさをまざまざと目の当たりにしたような気がした。ここは以前見かけたミリタリーショップでの仲間同士の殺し合いを引き起こすような問題を多数抱えている、横暴なリーダー、ストレスを溜めつづける人々、それに危機感を抱かず解決させようともしない状況。……この避難所の崩壊も案外近いかもしれないな。■結局、俺は本多さんに当り障りのない程度の真実のみを話し、ステルス装備のことや隠れ家のことは秘密にしておくことにした。数日前まで自宅アパートに篭城していたが食料が尽きたので何とか脱出。そこから命からがらここまで避難してきたと説明し、装備に関しては自分が熱心な軍事オタクであると嘘をついて誤魔化した。ミリタリー系装備でかためた見た目と、ジャンルは違えどオタクという元々の俺の雰囲気が助けとなり本多さんはあっさり信じてくれた。クロスボウガンや消防斧など、持っていた装備が銃のように基本的に所持できないものでなかったのも理由にあったのだろう、事前に拳銃をしまっておいて本当に良かった。俺はこの避難所の危機的現状と、自衛隊による救出活動が行われるまでの目安期間に関する情報を得たことですこし計画を変更することにした。ここに来る前までは避難所に接触し、必要な情報を得た後に由衣ちゃんの保護も頼むつもりであった。だが、実際に避難所に来てその様子を見たことで少し考えが変わってしまった、ここはあまりに酷い。未だ致命的な事態には陥っていないが、それも時間の問題だろう。リーダーたる海堂はいつも銃をチラつかせ、物資を独占する横暴な男。避難民は自己中心的で他力本願、そのうえストレスのせいでキレやすくなっている。唯一の良心とも思える本多さんも、海堂に逆らってまで現状を変えようとするほどの気概がある人ではないし。こんな危険な状況の場所にあの弱気な由衣ちゃんを置いていったらどうなってしまうのだろうか?きっとろくなことにはならないだろうな、少なくとも再び虐げられる立場(この場合、ストレス発散の意味も兼ねて)になることは間違いない。人間ってやつの本性は誰でも弱者をいたぶるのが大好きなものなのだから。まして彼女は女の子だ、最悪阿部さんのように暴徒と化した男連中の慰み者になってしまう可能性すらある。俺はそんな所に彼女を置き去りにするのはあまりに非道ではないのだろうかと考えてしまった。いじめ問題は自己解決すべきというのが俺の考えだが、こんな状況下では中学生の彼女にとってはそれも難しいだろう。ここに彼女を置いていくのはゾンビだらけの街に放り出すのに等しいのではないかと思えた。だから俺は少々計画を変更することにした。本多さんの情報によれば自衛隊による救出活動のはじまる目安は一週間から数ヵ月後、少なくとも半年後には行われるらしい。つまり俺の篭城期間も最長半年と仮定すれば今後の活動方針も変わってくる。何年も由衣ちゃんの面倒を見るのは、前にも言ったように俺には無理だ。だが半年くらいなら何とかなると思う、それくらいなら俺の理性も頑張ってくれるだろうし。だから今すぐ彼女をここに預けるのは中止にしよう。急場しのぎだが少なくとも半年間は俺が彼女を保護しよう、それくらいなら俺のリスクもギリギリ許容範囲だろうし。もし長期化するようなら、その時はまたその時考えよう、最悪の場合も覚悟した上で。俺は頭の中で今後の活動方針を組みなおすと、一気に気が楽になった。自分の安全を守るためとはいえ、幼い少女に酷いことを言ってしまったことは流石の俺でも罪悪感があった。出かける前に見た由衣ちゃんの落ち込む姿が未だ気になっていたのも事実、だがそれもこれで解決される。俺はさっぱりした気分でさっそく行動することにした。■