■03一通りスレが終わるまで掲示板に張り付いていたらいつのまにか夜七時を回っていた。外は暗く、ゾンビの呻き声もする、電気はつけない。誘蛾灯に集る虫みたいに家の光に集まって来られても困るからね。さてと、スレでも議論されていたようにゾンビと戦おうとかそういう勇者的な考えはナシだ。ろくに武器もない状態で勝てるわけがない。目指すはゾンビの目(?)を誤魔化し、戦うことなく脱出するための作戦。一応スレでまとめられた対策でも一通り実行してみますか。で、しばらく家探ししたところ代用品となりそうなものをいくつかを見つけた。まず服だが、皮ジャンは高価で持ってなかったので厚手のコートで代用する。これなら噛みつかれても容易くは食い千切られまい。怪力で骨は折られるかもしれないけど。次に靴、これはいつも履いている皮靴にタオルを巻いた、ちょっと履き心地はよくなさそうだが仕方ない。で、問題のファブリーズor香水なんだが、ちょうどファブリーズを切らしてしまっていた。香水などもちろん無い、いまさら後悔しても遅いが買って置けばよかった。仕方が無いのでコートにゾンビの血をぶっ掛けることに、正直嫌だけど。最も手近なゾンビとして一階の婆さんに目をつけた。床板を外して覗き込むと案の定婆さんがゾンビ化してうろうろしている。好都合なことに他の三匹のゾンビの姿は見えない、これはチャンスだ。「婆さん、成仏してくれよ!」俺はダンベルに荷造り用の紐を括り付けたやつを構え婆さんの脳天めがけて投げつけた。ガズンッ、という嫌な音を響かせて倒れこむ婆さん、一発ストライクだ!倒れた婆さんはピクリとも動かない、死んだかな?一応ダンベルを回収し、もう一度婆さんの頭へと投げつける。グシャリ、と音がして婆さんの頭半分が崩れた、グロい。ここまでやれば流石に大丈夫かな、そう判断して今度は婆さんの遺体を回収にかかった。とはいえ、この状態で一階に下りるのはあまりに危険、そこで手間はかかるが安全策をとることにした。輪っかを作った紐を首、手足にそれぞれ通して引っ張り上げるようにして婆さんの体を回収する。途中で力の加減を間違えて何度か落としてしまったがなんとか無事回収に成功。婆さんを回収するために広げた床の穴はかなり大きい、塞ぐ気にもなれないので放置しておこう。とりあえず俺は婆さんの死体を包丁で刻んでコートの上にばら撒いた。念のため軍手にも血の臭いを付けておくことにした。正直、作業中は自分の正気を疑ったが、やり終えてみればそれほどたいしたことも無かった。社会見学で豚の解体作業を手伝ったことがあるのが幸いしたのかもしれない、やっておいて良かった。バラバラにされた婆さんには悪いが、生き残るためなら俺は何だってするつもりだ。■ともかくコートに血の臭いが染み付くまで俺は別の作業に映ることにした。本当かどうかわからないがその他の対策もできることはやっておくべきだろう。超音波を出したり、息を止めるのは流石に無理。泥を塗りたくるのも、肝心の泥が手元に無い。よって唯一手元にあるアルミホイルで脳波対策をしておこうと思う直接頭に巻くのは難しいしちょっと手間だ。そこで今は使っていないフルフェイスヘルメットにアルミホイルを貼り付けようと考えた。ちなみに今バイクは持っていない、三年前に車検が切れたので中古屋に売り払ってしまったのだ。外側にアルミホイルを張ると銀色が目立ちそうなので内側に貼り付けることにした。この安物ヘルメットの中身は基本的に三つの構造からなるわけだが、外装のプラスチック部分、中層の発砲スチロール部分、内装のクッション部分。俺は分解したヘルメットの外装内側部分にペタペタアルミホイルを貼り付ける作業に没頭した。やがて手持ちのアルミホイルを使い切る頃には二十層以上の厚みを誇る手作り脳波遮断ヘルメットが完成した。本当に効果があるのかどうか怪しいが、痴呆婆の件もあるので俺はこの脳波説を意外と当たりなんじゃないかと踏んでいる。その他に少量ではあるが水(ペットボトル)と食料(カップラーメン)も持っていく。着替えも一日分用意してリュックの中につめた、安全圏に辿り着けたら着替えよう。そのほかにノートパソコンと包丁、ドライバーも入れておく、できればこの二つは使うことが無いことを願いたい。一通り脱出準備が完了し脱出決行は明日の朝にすることにした。今日はもう暗いし寝よう、明日に備えて体力を温存しとかなきゃね。■さて、本日はゾンビ大発生から三日目、いよいよ脱出当日である。玄関前に立ちながら両手を合わせてどこかの神に祈りをささげる。「神様どうか上手くいきますように、もし失敗したらあまり痛い思いしないで死ねますように」ナムナムと両手を擦り合わせてたっぷり10分ほど祈ってから玄関の鍵を開ける。ギギギ、と錆びた音が響く中静かにドアを開けていく。恐る恐る慎重に顔を出して外の様子を伺うと通路の一番奥隅ゾンビが一体。だがこちらに気がついている様子はない、だけど油断は出来ない、いつでも部屋に駆け込めるようにしながらそっと玄関から出る。ゾンビは全く気が付いていない、慎重に階段を下りると階段終わりにも一体ゾンビがいる。丁度すぐ側を横切る形になってしまうが、覚悟を決めるしかない。ゴクリと唾を飲み込みこれまで以上にゆっくりと、慎重に階段を下りていく。念のため手に持っているドライバーを握る手にも力がこもる。神様、どうか俺にご慈悲を、南無三ッ!ついにゾンビと横切る瞬間、一瞬だけ目が合ったような気もした……。が、特に何もしてこず俺は無事通過できた。ゾンビと離れようやく一息つける距離まできた時、俺は小さくガッツポーズを決めた。や、やった、成功だ、これでもうゾンビを必要以上に恐れる必要はないぞ!俺は上機嫌で歩き出した、あくまでゾンビのマネをしたゆっくりした歩調でだが。なにはともあれ俺の脱出は成功したのだ。■脱出に成功し、フラフラ闊歩するゾンビどもを尻目に街中を悠々と歩く。ちょっとだけ優越感があるが、油断は禁物だ。もしこの場で俺の正体がゾンビどもにバレれば間違いなく命は無い。体力的にも貧弱一般人な俺は100mも全力疾走すれば息が切れてしまうほどなのだから。多分ゆっくり走っても2km持たないんじゃないかと思う。高校時代には10kmマラソンとか余裕だったのに、どれだけ体力が落ちていることやら。などと考えながら今後の計画を思い返す。とはいえそう大そうな計画じゃない、昨日考えた行き当たりばったりな計画だ。①アパート脱出(済)②どこか大きな避難所に転がり込んで、三食面倒見てもらう③自衛隊がゾンビを退治するorゾンビが腐敗して全滅するまで待つ④晴れて自由に、平和万歳まあ、概ねこんな感じ。というわけで、とりあえず近所で一番大きな指定避難所であるS市第三中学校を目指そうと思う。※イニシャルだけなのはカンベンしてね、実名だすとイロイロあれだし。確かあそこの体育館が災害時に避難所になるって聞いたことがある。つまり少なくとも避難民を守るために警察なり自衛隊が常駐しているはず、つまり安全地帯というわけだ。ゾンビに負けたらしい自衛隊だけど、銃を持ってるぶん個人でいるよりはマシだろう。あ、でもここからだと結構距離あるんだよなぁ、しかも俺はゾンビウォークだし、今日中に辿り着けるだろうか?■