■ゾンビ天国でサバイバル(番外編) 瀬田渋蔵編 Part1■「くそっ、余計な時間をくっちまった……」高坊と別れてからA県へ向けて車を走り続けさせるることすでに三日目。今日ようやくA県の市内に入ることができた。普通なら半日もあれば走破できるこの距離にこれだけ時間がかかってしまったのには理由がある。まずは路上にいくつも点在する放置車両。横転したり、衝突したりした事故車もあれば、無傷のまま取り残されている車両もある。中には車の中にゾンビが閉じ込められたままの車両もあった、中は当然血まみれ。これら放置車両を回避しながら進むのには場合によってはいったん道を引き返したりもするので、かなり時間がかかる。加えて外を跳梁跋扈するゾンビの群れども。車のエンジン音におびき寄せられて次々に群がってきやがる。多少なら車で跳ね飛ばすこともできるだろうが、いかんせん数が多すぎる。ぶつけすぎれば車が故障しかねないし、タイヤに巻き込んで立ち往生なんてことになれば俺の命はない。いちいち構っていられないから、こいつらもなるべく回避していかなきゃならん。高速道路が使えなかったのも痛かった。インターチェンジ付近では当然のように密集した車が玉突き事故が発生していて、入り口や出口を塞いでいたのだ。誰もが考えることは同じということか、自然にその周囲にはゾンビ化した死者が溢れていた。もちろんそんな危険地帯に近寄ることなどできない。俺に残された選択肢は遠回りとわかりつつも、放置車両とゾンビどもの少ない田舎道を走ることだけだった。■水田と畑ばかりの田舎道を抜けて暫くすると、ここ最近になって見慣れたモノがちらほらあらわれる。彷徨う血まみれの死体、ゾンビだ。高坊も言ってたが、確かにこりゃあホラー映画そのままだよな。欠損した四肢、剥き出しの傷跡、白濁した目、飛び出したままの臓物。見てるだけで吐きそうになるグロテスクな外見だ。ゾンビどもは車のエンジン音を聞きつけると、ノロノロとした動作でこちらに寄ってくる。車の進路を阻むように正面に立ちふさがる一匹を跳ね飛ばそうと、そのままアクセルを踏み込み直進させた。「ぶっ飛びやがれ、糞ゾンビどもがっ!」ドンッ、と車のバンパーに弾かれてゾンビの体が吹き飛ぶ、飛び散った血飛沫がフロントガラスを赤黒く染めた。それをワイパーで拭い去る、この車は高級車らしく洗浄液にも良いのを使っているので汚れは綺麗に消えさった。ゾンビをひき殺しても特に感じる事は無い、俺にとってはすでにこの数日間ですっかり慣れたことだ。いまさら驚きもしないし、罪悪感も沸かない、感覚が麻痺しちまってんのかもしれねぇ。何せこれまで既に何十匹とこうして邪魔なゾンビどもをひき殺しているんだからな。ただ気持ち悪いだけだ……いや、むしろ、ストレス発散になってるかもしれねぇ、自分の正気を疑うぜ。俺は舌打ちして知らず知らずアクセルをさらに踏み込む。ドンッ、ガンッ、と続けて二匹のゾンビを跳ね飛ばした。もともと凸凹だったキャデラックのバンパーに新たなヘコミが追加される。「……チッ、何やってんだ俺ぁ……」ゾンビを跳ね飛ばし僅かにイライラが解消されると、頭に血が上っている自分に気がつく。こんな調子で無茶な進み方をしてたらいったらあっという間に故障して廃車になっちまうじゃねぇか。ゾンビを跳ね飛ばすのはできるだけ回避して必要最低限にしないと車がもたない、ついさっきまで忘れていた大切なことだ。ギリ、と歯軋りが鳴る。家族のいる実家が近づくにつれて焦燥感が大きくなっていく、当たり前だ、ゾンビどもが現れだして既に8日も経過している。現実的に考えれば妻と娘が生きているかどうかすら怪しい、むしろ無事でいる方が奇跡だ。これで焦るなという方が無茶だろう!?……だが、この焦りもある意味自業自得なんだよな。最初にゾンビどもにびびって4日間も無駄にした俺の臆病さが恨めしい。高坊が来なかったら今でも怯えて引き篭もっていたにちがいねぇ。俺は雑念を振り払うように顔左右に振る。「我ながら情けないぜ、いい年した中年親父が20歳以上年下の小僧に助けられるなんてよ……」だが、もう間違いはおかさねぇ! 二度とびびって迷ったりなんかしねぇ!俺は家族が生きているとただひたすら信じて会いに行く!今考えるべきことはそれだけだ、余計な雑念は、迷いは全て捨てろ!「……頼む、生きててくれよ、百恵、美雪!!」■市内に入ってからゾンビの数はますます増えはじめた。できるだけ放置車やゾンビなどの障害物が少ない道を選んではいるが、ゾンビが途絶える様子はない。路上にはゾンビと戦った跡だろうか、頭部が石榴のように吹き飛ばされた死体や黒焦げに燃えた焼死体がいくつも転がっている。それに明らかに武器を使って人為的に破壊された死体が目に付く。もしかしたらここで何かしら大きな戦闘があったのかもしれないな。それにゾンビが勝ったのか人間が勝ったのか。……今の町の様子を見るに前者の方が濃厚かね。気落ちしそうな想像はさっさと忘れることにして車の運転に集中する。そうして2・3時間も車を走らせていると妙な音が耳に入ってきた叫び声というか、雄叫びとでもいうか。「ウォー」とか「オリャー」とか、なんというか非常に勇ましい声が聞こえてくる。誰か戦っているのか? こんな町のど真ん中で? あんな大声をあげてか?……あ、ありえん、自殺志願者でもなけりゃ絶対ありえん。悲鳴とか断末魔ならともかく、勇ましく雄叫びをあげてゾンビと戦うなんてわざわざ自分からゾンビどもを招き寄せるだけだ。そう思いつつも車を進めるごとに次第に音は大きくなってくる。やがて車が少し開けた道路に出た時、俺の視界にはいってきた光景は。「ウオォォォーーー!! トラァァァイッ!!」アメフト装備で身を固めた大男がゾンビに見事なショルダータックルをブチかました瞬間だった。■「な、なにやってんだあの野郎は!?」俺の前方で20を超える数のゾンビに囲まれながら戦う大男。手には何の武器も持たず、かろうじてグローブのようなものを身に付けているだけだ。頭には格子付のヘルメット、肩には角張ったショルダーパッドらしき防具。所謂、アメリカンフットボールの装備に身を包んだ姿そのものだ。そんなアメフト男の体当たりで吹き飛ばされたゾンビがごろごろと勢いよく地面を転がっていく。かなり威力があったのかゾンビは5mほど転がっていった。「トラァァァイッ!!」アメフト男は近寄ってきた別のゾンビに対しても再度タックルをぶちかます。同じように吹っ飛び地面に転がるゾンビ、そして平然と立ち上がりフラフラと大男に近寄っていく。当たり前だ、自衛隊から銃撃を受けても平然と襲い掛かってくるような連中だ。たとえああして派手にぶっ飛ばされても実質ダメージなんかはほとんど無いだろうよ。高坊の話なら頭(脳みそ)を破壊すると確実に死ぬらしいが、あれじゃあいくら繰り返しても無意味だ。それでもめげずにアメフト男は愚直に体当たりを繰り返す。ゾンビに囲まれているにもかかわらず未だ捕まらずにぶっ飛ばしつづける身体能力には驚かされるが。……だが、あれじゃ、殺されるのも時間の問題だ。大したダメージも与えられずに吹っ飛ばすだけじゃ単なる時間稼ぎにしかならない。体力に限界があるのかどうかすら怪しいゾンビどもに対してそれはあまりに無駄ま行為だ。そのうち自分の体力が尽きてゾンビどもに捕まって殺されちまうぞアイツ。アメフト男は完全に頭に血が上っているのか、ゾンビどもの包囲網が崩れても逃げ出す様子もない。ひたすら近づいてくるゾンビに体当たりを繰り返しぶっ飛ばしつづけている。「見捨てる……てわけにもいかねぇよな!」その選択肢が一瞬でも頭をよぎったのは確かだ、見ず知らずの他人、それにこんな危機的状況だ、ほっといたって別に気にする必要は無い。……だが、ここでそんなことをしちまえば俺は妻や娘にこれからどんな顔をして会えば良い?「父ちゃんは平気で人を見捨てる男なんだぜ」なんて情けない親父にゃなりたくねぇ、そんな後悔は高坊の時だけで十分だ。ハッ、冗談じゃねぇっ! 少なくとも俺はそこまで落ちぶれちゃいないぜ。俺はギアを上げ、アクセルをグッと目いっぱい踏み込む。エンジンは一気に唸りをあげて大音量を轟かせる、心地よい振動がシート越しに伝わり、次の瞬間一気に急加速。ジェットコースターに乗った時のような重圧が俺の身体を座席にめり込ませた。「成功してくれよっ!!」僅かな距離で一気に時速80km近くまで加速し、次いでいったんクラッチを切る。ゾンビの集団に突っ込む直前にハンドルをいっぱいに切り、再びアクセルを全力で踏み込む、クラッチをつなぐ。ギャリギャリとタイヤが路面を焦がしながらスピン、俺は横方向からの重圧に飛ばされないようハンドルをしっかり握って耐えた。「うぐぐっ!! やっぱ、若い頃みたいな無茶はキツイわ!」ドリフトの要領で後輪が空転して車体がアメフト男を中心に円軌道を描く。独楽のように車体ごとクルクルとスピンしながらゾンビどもを次々となぎ払っていく。ゴンッゴンッゴンッ、と何度も勢いよくぶつかりすぎて車体横の窓ガラスに罅が入る、だが割れなかっただけでも僥倖だ。微かに臭うゴムの焼ける臭い、これだけ派手にやってしまうとタイヤの消耗率も凄いことになってそうだが、今は怖いのでそのことは無視しとこう。ゾンビどもをぶっ飛ばし円を一周する頃にようやく停車、呆然とするアメフト男に向けて車のドアを開けて叫ぶ。「早く乗れっ、すぐまた集まってくるぞ!」「あ、あんた誰っスか!?」「いいから早く乗れってんだ! 死にてぇのか馬鹿野郎ッ!!」「お、オスッ!」まごつくアメフト男を一喝して強引に車に乗せる。こうしている間にもなぎ払ったゾンビどもが起き上がってこっちに近づいてきてんだ、愚図愚図してらんねぇ。「とばすぞ、シートベルトしとけよ!」アメフト男が乗り込むと同時にアクセル全開。再び急加速しながら何匹かゾンビどもをひき殺し包囲網を突破する。「おわぁぁーー!?」隣でシートベルトしそこなったアメフト男がひっくり返っているが気にしてなんていられねぇ。車だって複数のゾンビどもに捕まりゃひっくり返されてお陀仏なんだ、俺にも余裕なんか欠片もない。ま、あんな頑丈そうな防具に身を包んでるんだ、たぶん大丈夫だろ。■「た、助かったっス! オイラは柿崎流星(カキザキ リュウセイ)っていうっス!」「おう、まぁ気にすんな、俺も偶然通りかかっただけだしな」俺たちは数百メートル車を飛ばしてゾンビどもを振り切るためいったん市外へと脱出した。ようやく一安心できる状態になって隣に座るアメフト男がお礼を言ってきた。ヘルメットの格子から見える顔はまだ若く、大柄な体格とは裏腹に高校生か大学生くらいに見える。「俺は瀬田渋蔵(セタ ジュウゾウ)、これから実家に帰る途中だったんだが、お前さんは?」「オイラは……避難所から逃げ出してきたんス」「避難所から?」「すぐ近くのA大学総合体育館に避難してたんスけど、何時間か前にそこにゾンビが侵入してきて滅茶苦茶にされたんス……多分ほとんど死んじまったっス」「……そうか」A大学か、俺の実家のあるA県H市T区とは距離があるからもしも家族が避難していたとしても妻や娘はそこに居なかっただろうが、正直ぞっとしないな。様子を語る柿崎の顔色も悪い、相当酷い光景だったんだろう。「何とか逃げ出して、生き残り皆でT区の公民館目指してたんスけど、オイラはぐれちまって結局ああしてゾンビに囲まれてしまったんス」「T区!? T区の避難所は無事なのか!?」「え、ええ、結構頻繁に無線でやり取りしてたみたいですし、こっちの避難所がゾンビに襲われる直前の連絡でも無事だったと思うっス」「そ、そうかっ! そうかそうか! よかった! そうかT区は無事なのか!」「あの、T区になんかあるんスか?」「え!? あ、あぁ、悪い……少し興奮してた、T区には俺の妻と娘が住んでるんだ、ちゃんと避難してるならそこの公民館しかないからそこが無事とわかって一安心したんだよ」「そうだったんスか、良かったじゃないスか!」その通りだ、無事避難さえしてくれてれば家族が生きている可能性はかなり高くなってきた、思いがけない嬉しい知らせだ。偶然とはいえ貴重な情報を教えてくれた彼には感謝しないとな。「ありがとう柿崎君、おかげで希望が見えてきた」「そ、そんな、大したことじゃないっスよ! それにオイラのことは呼び捨てでいいっス、オイラこそ瀬田さんには命助けられてますし!」「そうか、じゃあ柿崎、俺のことも『おやっさん』でいいぞ、職場の連中もそう呼んでたし」「オッス、光栄っス!」「俺はこれからいったん実家の様子見をしてからその後T区の公民館へ行こうと思うが、柿崎もそれでいいか?」「ウス、もともとそのつもりでしたし、おやっさんのお供するっス」俺自身、技術者というか肉体労働者だからかこういう体育会系のさっぱりしたノリは慣れたもんだ。高坊みたいな現代っ子な性格が嫌いなわけじゃないが、柿崎みたいなハキハキした態度の方が幾分話しやすいな。「そういえば柿崎は何も武器持ってないんだな、それじゃあゾンビからろくに身も守れないんじゃないか?」「ウスッ、逃げ出すだけ精一杯で着の身着のまま飛び出したんス、このプロテクターはオイラにとっちゃ普段着代わりなんでずっと着てたんスけど」「ふ、普段着代わりって……まぁいいか、ともかく武器がなくちゃ始まらん、後部座席にいろいろ転がってるから好きなの選んでいいぞ」「オスッ、ありがとうございます!」そういって柿崎はシートを倒して武器漁りにいそしみ始める。俺はあまり詳しくないが武器類は高坊がミリタリーショップでいろいろ選んでくれている、何かしら気に入るのがあるだろう。正直俺には高坊の使っていたようなボウガンとかそんなんは使いこなせる自信がない。時代遅れの頑固親父思考なのかもしれんが、どうせ自分の命を預けるなら使い慣れた物が良い。俺の場合はパチンコとかモンキーレンチがそれに当たる。「コレ、コレにします!」柿崎が手に持っていたのは大型の鉄挺(かなてこ)だった、いわゆるバール。俺が仕事に使っていた工具の一つだ、いっぱい武器もあったのにわざわざこれを選ぶとはな。「そんなんでいいのか? もっと凄そうなのとかあったろ?」「オイラ飛び道具とか刃物とか苦手なんでこういったシンプルな鈍器っぽいのがいいんス、それにアメフトでならしら肩があるんでいざとなればそこら辺の石とか拾って投げれば飛び道具になりますし」「そうか、そういうなら俺から何も言うことはねぇよ、慣れない武器使ってヘタこくよりはマシだろうしな」「それにしても凄い量の武器っスね、こんなにどこで集めてきたんスか?」「ちょっと前に知り合った高田っていう親切な兄ちゃんがこういうのにやたら詳しくてな、いろいろ見繕ってもらったんだ」「え~と、最近はやりの軍事オタクってやつスか?」「どうだろうなぁ、別にネクラってわけでもなかったし、見た目はすごく普通な兄ちゃんだったぞ」あ~、でも高坊はやたらと強かったよな、あんなひょろっとした見た目なのに一人でゾンビ2・3体ぶっ殺してたし、ちょっとあぶねぇ場面もあったみたいだけど結果的には助かってる。高坊が使ってたあのでっかいボウガンとか一応説明受けたけど俺にはちょっと使いこなせる自信ないしなぁ。そういう意味だとアレを使いこなしてた高坊は実際大した奴だよ。それに人の話を良く聞くし、物覚えも良かった、たった一晩でマンション施設の使い方や整備の仕方まで覚えたんだから正直驚いたぜ。あんなとんでもねぇ状況にもかかわらず俺に無償で手持ち食料を全部恵んでくれたりもしたし、最近じゃなかなか見かけねぇ良い性格した好青年だよ。もしも美雪に婿をとるんだったら高坊みたいな奴が良いな、美雪まだ3歳だけど。■