■ゾンビ天国でサバイバル(番外編) 瀬田渋蔵編 Part2■再び市内に入って車を慎重に走らせること数時間、ようやくT区に到着した。ここまで来れば我が家は目前だ。隣に座る柿崎はまだゾンビを見慣れてないのか鉄挺を握り締めたままソワソワしている。無理も無い、俺だって高坊に連れられて外に出た当初は死ぬほど怖がってたんだからな。「柿崎、そんなに気張り過ぎなくても大丈夫だ、車に乗っているしゾンビどもには集団で囲まれなければ連中大したことはできない」「オ、オスッ! ありがとうございますっス!」空元気ながらもあれだけ大声をあげられるなら大丈夫だろう。俺は柿崎と他愛無い会話をしながら我が家を目指す、こうした何気ないやり取りがたまらなく懐かしく感じた。高坊と別れてからまだ三日しか経ってないのにどういうことだろうか、もしかしたらこれまでの道のりでずっとゾンビしか見かけなかったのが原因かもしれんな。■「……やっと着いたぞ、ここが俺の家だ」「ここスか? ぇ? でもこれって……」……家の前に車を止める、柿崎も余計なことはしゃべらなかった、気ぃ使ってくれたのかもな。俺ん家の玄関は一目でわかるくらいハッキリと破壊され尽くしていた。それも何か強力な衝撃、そう、バッドやハンマーで外側から打ち破られたように。明らかに道具を使った人為的な破壊跡だ、道具を使わないゾンビどもじゃ絶対にこうはならない。妻と娘はどうなった? 誰が玄関を破壊したんだ? 何の目的で?真っ先に思い浮かんだのは高坊からくれぐれも注意するよう聞かされていた『暴徒』だ、危機的状況で理性を失った連中が犯罪に走った存在。高坊の経験談では集団で一人の女を監禁して延々と暴行と強姦を繰り返していたり、仲間同士で皆殺し合ったりしてたらしい。聞いているだけで胸糞が悪くなるような下衆どもだ。もしも、自分の妻と娘がそんな連中の慰み者になっていたらっ!!そう想像しただけで俺は自分でも信じられないほどの怒りと殺意が湧き上がってきたのを感じた。「お、おやっさん! あれ、あれ見てください、玄関に靴がないっスよ!」「あ゛? 靴……だと……?」今にも沸騰しそうな頭に水をさしてくれたのは柿崎の一言だった。靴、玄関に靴がないからどうしたっていうんだ。「玄関に靴がないってことは、奥さんと娘さんが外に避難したって証拠じゃないスか!」「!!」な、なるほど、その通りだっ!冷静に考えればすぐにわかりそうなことなのにどうして気が付かなかったんだ。俺は我が家の惨状を見てそれほどまでに動揺していたということなんだろうか、クソッ。頭を冷やせ、そうじゃないと助けられるものも助けられなくなる。「……すまん柿崎、動揺してた……大丈夫、もう大丈夫だ、落ち着いたよ」「おやっさん、まだ諦めるのは早いっスよ! 試合も人生も最後まで諦めちゃダメっス!」「あぁ、その通りだ、まだ何も終わっちゃいねぇ!」車から見える範囲だけでも既に屋内に無数のゾンビが侵入しているのが確認できる。少なくとも三体、廊下の奥をうろつくゾンビの人影が見えた。まさかあの中に俺の家族が!? ………落ち着け、頭を冷やせ、そうだ、冷静に考えろ。できることなら中に入ってどういう状況なのか確認したいが、家の中をゾンビがうろついている以上迂闊に入ることは自殺行為だ。ここは柿崎の言ったように家族が無事脱出して避難したと信じて公民館へ向かおう。こうして停車しているだけでも危険なのだ、決断は早ければ早いほど良い。「……公民館へ行こう、ここにはもう『誰も』いない」「い、いいんスか?」「あぁ、俺は家族を信じるよ、きっと逃げ出してくれてる」……ちくしょう、口ではああ強がっても内心は不安と焦燥感だけで死にそうだ!頼む、二人とも無事で居てくれ!!俺は無残に破壊された我が家をバックミラーで眺めながら車を発進させた。■A県N市T区は市内といえどもそれほど都会然とした地区じゃない。土地の1/3くらいは田畑と田舎道で構成されてるし、人口もそれほど多くない。小学校と中学校はあるが高校は無く、高校生は区外へと毎日通学することになったりして少し不便だ。コンビニも一軒しかない、しかも夜7時には閉店してしまう。その土地柄か、俺の家があった住宅密集地から少し出ればほとんど人影(この場合はゾンビだが)は見られなくなった。好都合といえば好都合、うまいこと住宅地から脱出できれば公民館までは比較的安全な道のりだ。妻や娘のような女子供の足でも十分に逃げ切れる条件が整っている。ゾンビがいないのを良いことに俺は車を遠慮なく走らせた。未舗装の畦道もあり車体が上下に揺れまくったが気にしてなどいられない。市内でゾンビを避けるために取られた時間を少しでも取り戻すため多少の乗り心地など考慮の外だ。同乗している柿崎には悪いがコレくらいは我慢してもらおう。15分も車を走らせると開けた土地に大き目の建物が見え始めた。公民館だ、T区の公民館は定期的に料理教室や老人向けの盆栽教室などを開いたり、夏休みなどには子供向け映画なんかをやってる。娘の美雪もよく俺に連れてってとせがんできたのを覚えてる。妻と一緒にポキモンだかポケモンだか言う映画を見に行ったときは退屈だったが、俺の膝の上ではしゃぐ娘を見ているだけで俺は幸せだった。公民館の駐車場に入ると隣の柿崎が恐れた様子で大声をあげた。「お、おやっさん、あれ見てくださいっス!」「うげ!? なんだありゃ!?」俺たちの視界にうつったのは公民館をとり囲むように群がるゾンビどもの大群だった。十や二十ではない、少なくとも百を超える数のゾンビがそこに蠢きひしめいていた。どいつもこいつも飽きることなく公民館の壁やドアをしきりに叩いて中への侵入をはかろうとしてやがる。公民館の入り口や窓は木の板やトタンで補強されしっかりと塞がれているから大丈夫だろうが、正直胸糞悪い光景だ。子供の頃に近所の坊さんとかが説教していた地獄絵図を連想させる。「……ありゃあ、ちょっと無理だ」もはや要塞然とした様相の公民館、バリケードみたいに補強された正面入り口からの侵入は至難だろう。窓などもおそらく同様に補強されているだろうから無理だ。それ以前の問題にあの周囲に群がるゾンビどもの大群をどう突破するかすら方法が考えつかん。外から大声で中に入れてもらえるように話かけてみるか?駄目だ、ゾンビどもに感付かれる、それに公民館の中の住人がそう簡単に俺たちを受け入れてくれるとも限らない。外から来たゾンビに噛まれているかもしれない人間を受け入れるなんて自殺行為だし。仮に受け入れられたとして、公民館の中にどうやって入る?周囲がゾンビだらけだっていうのに中の人々がバリケードを開放なんてできるわけない。だったら二階から梯子でも下ろしてもらうか?それも難しいな、梯子の長さにもよるが結局ゾンビどもの大群を突破して公民館の傍にたどり着く必要がある。俺たちが車から降りた瞬間にゾンビどもに捕まってアウトだ。じゃあ車でゾンビの群れに突撃するか、皆殺しにすれば問題解決だろ? ……無理だ、あんな数のゾンビを轢いていってもどうせ半分も殺せないうちにこっちの車が壊れちまう。タイヤに巻き込んで止まってしまったらそれだけで囲まれて車ごとひっくり返されちまう、その時点で詰みだ。仮に上手くゾンビどもの壁を越えられたとしても正面玄関はバリケード状に固められている、容易には突破できない。ならいっそのこと車でバリケードごと突き破るか? ……それこそ本末転倒だろうが、破壊された正面玄関からゾンビが侵入しちまう、俺が公民館にゾンビを招き入れてどうすんだよ。クソッ、どうすればいい!? あの中に妻と娘がいるかもしれないってのに! こんなところで立ち往生なんてよ……「う、うわっ!? おやっさん、あいつらこっちに気がついたみたいっスよ!」エンジン音に気が付いた数体がフラフラとこちらに近づいてくる。それほど広くない駐車場だ、ゾンビ5・6体に囲まれただけで身動きが取れなくなっちまう。「クソッタレ……いったん逃げるぞ!」ハンドルをきって反転、いったん公民館の駐車場から脱出する。公民館を目の前にしておめおめ退却とはなんとも歯痒いぜ!■公民館から離れ再び田舎道へ、周囲にゾンビの姿が無いことを確認してから見通しのよい場所で停車する。あまりエンジンのかけっぱなしも良くない、持ち込んである燃料にも限りがある。ゾンビがいるガソリンスタンドではできるだけ補給は避けているしな、どこで給油できるかわからない以上常に節約を意識していくことに越したことは無い。「あ、あの……おやっさん、車止めちゃって大丈夫スか?」「そんなに心配しなくても大丈夫だ、この周辺にゾンビの姿は無いし、こうしてエンジンを切って静かにしておけばゾンビが近くにいてもそうそう気がつかれない」念のため車内に消臭スプレーを撒いとこう。ファブリーズを車内にくまなく吹きかけて、最後に自分たちにも吹きかけておく。「わっぷ!? な、なにするんスか?」「前に聞いた話なんだがな、ゾンビ連中は生きた人間の臭いとか音とか動きでこっちを見つけてんだと、だからこうして俺達の臭いを消しておくのさ」「マジっスか、それってどこかに隠れてても汗とか口臭とかそんなんでゾンビどもに見つかっちまうってことじゃないスか!」「ああそうだ、だからこうして臭いを消しておくんだ、少なくとも2・3時間は見つからないから安心して休めるぞ」「なるほどっス……あ、だから公民館の周りにあんないっぱいゾンビがいたんスね!?」「多分な、避難民が多ければ多いほど生存者は臭いや音を出す、皮肉なことにそれらがゾンビどもを引き付けちまうんだろう」「で、でも、それってあそこに生きてる人が確実にいるって証拠じゃないスか!」柿崎の言う通りだ、生存者あるところにゾンビあり、また逆も然り、ゾンビあるところに生存者あり。その証拠とでも言うように民家の少ない田舎道にはまったくと言ってよいほどゾンビの姿を見かけない。生存者が多く立て篭っているだろう市内や住宅地にはあれほど集中して大量に存在しているにもかかわらずだ。このことを教えてくれた高坊は、だからこそ避難所での集団生活の他に単独で篭城できる場所を探していたと言っていた。もちろん他にも理由はある言っていた、高坊にとってはそれまで見聞きしてきた避難場所の惨状や暴徒の存在の方も十分恐ろしかったらしい。集団生活ならではの利点もあるだろうが、それらのリスクと比べた時、高坊は一人でいることを選んだのだと思う。……その割には無償で俺を助けたり、ここへ来る準備を手伝ってくれたりといろいろ世話してくれたわけだが、根がお人よしなのかもしれんな。「とりあえず、少し休もう……後ろからテキトーに何か好きな飯食っといていいぞ」「ウス、ゴチになります!」俺は座席を少し倒して姿勢を楽にする、何時間もずっと同じ体勢だったので身体全体が強張ってしまい少々辛い。柿崎は相当空腹だったのかガチャガチャとせわしなく後部座席を漁っている。そういえば俺も何時間も食事とってないな、気分的にはとても食事できる状態じゃないんだが何か食っとかないとこれからもたないだろうし。ひと休憩したら公民館への侵入方法を考えないといけない。それも疲れた頭じゃろくな作戦は思いつかないだろうから無理やりにでも腹に何かいれとかないと。「柿崎、すまんが俺の分も何か取ってくれ、あと水もな」「カロリーメイトでいいっスか?」「おう、ありがとよ」柿崎からペットボトルの水とカロリーメイトの箱を受け取る、柿崎も俺と同じもの選んだようだ、量は倍以上だが。箱を開いてクッキー状のそれをポイポイと口内に入れて頬張った、微妙にしっとりしているがやはり口の中で水分が足りない。水を呷り一気に流し込む、当然味などわからない、単に腹におさめるだけの作業だ。ものの数秒で食事を終えると俺は再び座席にもたれかかった。「フゥ~……」「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」よほど腹が減っていたのか柿崎は詰め込むように食事に夢中だ。口一杯にカロリーメイトを頬張り、ペットボトルの水をグビグビ飲む。ガタイもでかいし、見た目からしてアメフト選手なこいつは普段から燃費が大きいのかもしれん。それにおそらく柿崎はまだ学生だろう、俺は不謹慎とは思いつつも気になることを聞いてみた。「……柿崎、お前の家族はどうなったんだ?」「はふょふスふぁ?」「まずは食いもん飲み込め」「んぐっ……俺の家族は妹だけっス、両親は3年前に事故で二人とも死んじまったんス」「そうか、じゃあ妹は無事なのか?」「それもわかってないんス、ゾンビが現れた直後くらいまでは携帯で連絡とれてたんスけど、それっきりで……」柿崎は食べる手を止めて俯く、家族のことが心配なんだろう。その気持ちは良くわかる、今の俺もまったく同じ気持ちだからな。「妹はM県の叔母夫婦のところに世話になってるんで、こっから直接会いに行くことも難しいんス」「M県? ちょうど俺が仕事に行ってた所だ、M県S市か?」「そ、そうっス、あっちの様子はどうだったんスか!?」「……すまんが、正直こっちと大差ないな、むしろあっちの方がゾンビの多さで言えば酷かった」「そうスか……」傍目にハッキリわかるほど落胆する柿崎、悪いがここで嘘を言ってもどうしようもないしな。残酷かもしれんがここは正直に教えた方が良いだろう。あそこは俺の目から見ても最悪そのものだった、高坊に助けられなかったら今ごろ俺もゾンビの仲間入りをしていただろうしな。しばし無言の時間が過ぎ、やがて柿崎は顔を上げた。まだすこし落ち込んだ様子はあるものの幾分か持ち直している。体育会系の奴は気持ちの切り替えが早い奴が多い、俺もそうだが、何事もズルズル引きずっていると良いことは無いからな。柿崎は先ほどまでの話題をはぐらかすように別の話題をふってきた。最初に尋ねた俺も少々気まずかったので素直にその話に乗っておく。「その、おやっさんの家族はどんな人達なんスか?」「ん? 俺の家族か、そうだな―――」それから俺たちは互いの事、家族のこと、仕事のこと、学校のことなど、とりとめのない話をした。柿崎がアメフトのスポーツ特待生としてA大学に来ていること、その所為で妹と離れ離れの生活になり心配していたこと。自分が妹を置いて一人で他県の大学に進学してしまった所為か、疎遠になってしまった妹に嫌われてしまったこと。そのうえ柿崎の妹が何度か生活態度が悪いと教師から呼び出しを受けるような不良学生になってしまい、そのことを兄として心配していると嘆いていたので、俺の妻も昔は手のつけられない不良学生だったが今では更正して良き妻になっているのでそれほど心配するなと慰めたりもした。一方で俺も自分自身のことを話したりもした、俺が最近妻に加齢臭対策を取らされていること、イビキがうるさいので娘と一緒に寝てもらえないこと。仕事先で金持ちの道楽じみた仕事をさせられていたこと、そこの完成直前にゾンビが現れ始めて仕方なくそこに篭城するハメになってしまったことなど。こうして話し合うことで俺たちは互いの家族の安否がわからない不安をどうにかしたかったのかもしれない。不毛な現実逃避かもしれないが、こうしたやり取りで俺の精神は確かに落ち着いていった。……しかしこの時、避難所である公民館の中がどんな酷い状態だったかなど、暢気に談笑していた俺達には想像することすらできていなかった。■