■ゾンビ天国でサバイバル(番外編) 瀬田渋蔵編 Part5■「ハ、ハハ……こりゃ、流石に無理だ……」目の前の絶望的な光景に足元から崩れ落ちそうになる。通路の死体もだが、外のゾンビどもの第二陣も混じっているんだろう、通路を埋め尽くさんばかりのゾンビの群れ群れ群れ。数えるのも馬鹿らしいほどのゾンビが俺達の目の前をきっちり塞いでいた。出口は、車は、すぐそこだというのに、目の前に越えられない壁が立ちふさがる。あんな数、どうしろっていうんだ?戦って突破を試みてみるか?それこそ無茶だ、体力が尽きている上に全身くまなく負傷してろくに動くこともできない俺に何ができる?それにゾンビ集団の中に妙に動きの良い奴等がチラホラいる、多分、さっき死んだばかりの奴だろう。動きの速さも、移動速度も、並みの人間と遜色ない、いや、むしろそれ以上だ。アレでゾンビ特有の怪力やタフさを備えているのだから始末におえない、あれなら普通の人間と戦った方がまだ勝ち目がある。今の俺じゃあ、一匹も倒せずに餌食になるのがオチだ。せっかく大量のゾンビを命がけでやり過ごしたってのに、脱出ギリギリになってこれか。後方は未だ大量のゾンビの群れ、前方にもゾンビの群れ、しかも強力な死にたてまでいやがる、狭い通路ゆえ逃げ道もなし。……これは、完全に詰んだか。もし存在するなら神を呪いたくなるぜ、地獄に落ちやがれ。「あなた……」「パパ……」状況を察したのか、二人が驚くほど落ち着いた様子で俺に抱きついてきた。……いや、これは諦めてるからか、さすがにこの状況は絶望的過ぎるよなぁ。「百恵、美雪、すまん……どうも、ここまでみたいだ……」二人を力いっぱい抱きしめる、二人は俺にしがみつきながら震えていた。結局ここで終わりかよ、あとちょっとだってのに、二人を助けられそうだってのに!チクショウ……!!俺はせめて最後の瞬間まで二人を抱きしめていようと力強く腕を回す。ふと、腕時計が目に入った、すでに時間は期限を過ぎて1分が経過していた。柿崎は無事に脱出できたのだろうか? 車はエンジンが無事だったし動くと思うが、確実な保証はない。俺が巻き込んだような形でバリケードに突っ込んでしまったので、アイツには悪いことをしてしまった。本来ならライフラインの途切れたこの地域に見切りをつけてさっさと他の避難所へ移動すべきだったのを俺が勝手に連れまわし。挙句の果てにこんな死地にまで巻き込んでしまった。いくら俺の家族のことが関わっていたとはいえ柿崎には関係のない事だったろうに、柿崎は一言も文句を言うことがなかった。むしろ俺の家族の安否を一緒に心配してくれるなど、あいつには感謝してもし足りないな。ゾンビどもがすぐ目の前まで迫ってくる、もうあと数メートルと距離はない。数秒後かには俺も家族も連中の餌食になってしまうんだろうな。心底悔しいが、最早どうにもならない状況だ。見苦しく最後を迎えるよりも、大人しく家族との最後の時間を大切にしよう……「美雪、百恵……愛してる、頼りない父ちゃんで悪かった」「そんなことないわ、ここに来てくれただけでも嬉しかった……私も愛してます」「ミユキもだいすきだよ……パパ、ママ……」俺は柿崎の無事を祈りながら覚悟を決める。家族を抱きしめ、静かに目を閉じた。二人ともすまん、最後まで守ってやれなかった……■「トラァァァイッ!!」唐突に轟く雄叫び、閉じていた目を見開くと目の前には信じられない人物が現れた。いきなりゾンビどもの大群をかき分けて飛び出してきたのはアメフト装備を身に纏った柿崎。無数のゾンビに捕まりつつもそれらを無視するの如く引き摺って走ってきた。信じられないような身体能力だ、ゾンビは人間の何倍も怪力があると言うのに柿崎はまったく負けてない。というか、それ以前の問題になぜここに!? お前はここから脱出したはずじゃ!?「か、柿崎!?」「おやっさん、助けにきたっスよ!」引っ付いているゾンビをバールで殴ったりブンブン振り払いながらこっちへ走りよってくる。いともたやすく吹っ飛ばされるゾンビども、そうだった、確か柿崎と出会ったときもこんな感じで力任せにあしらっていたっけ。つい自分基準で考えていた、だがそれにしても柿崎の身体能力がここまで高かったとは驚きだ。あ、いや、落ち着け、今はそれどころじゃないだろう。俺を助けに来た? 何で? 俺は10分立ったら逃げろと言った筈だぞ?無関係なお前まで死地に来る必要はなかったのに。「ば、馬鹿野朗、なんで、来た?」「命を助けてもらった恩には命で返す! 人として当たり前のことっス、理由なんかそれだけで十分っスよ!」いやにさわやかな笑顔で断言する柿崎。その言葉に思わず涙がにじむ。「馬鹿野朗、青臭いガキが泣かせるようなこと言うんじゃねぇ……」「ハハッ、おやっさんの泣き顔見れただけでも来た甲斐があるっスよ」「あの、あなた、こちらの方は?」「こいつは柿崎、ここに来る途中で拾った奴だ、大丈夫、変な身なりだが悪い奴じゃない」「オッス、よろしくおねがいしますっス!」柿崎が妻に挨拶をしつつもすぐに背後に向き直る、すぐそこまでゾンビが迫っていた。……相変わらずの数だ、柿崎が援軍に来てくれたとはいえ、果たして俺達はこの大群を突破できるのか?「柿崎、こうして助けに来てくれたのは非常にありがたいが、どうするつもりだ? 正直俺は満身創痍で役に立てそうにないぞ、囮くらいにはなれるかもしれんがどれほどもたせられるか……せめて妻と娘だけでも逃がせればいいんだが」「大丈夫っス、おやっさんがそんなことしなくてもオイラが道を拓くんでその後をついて来てくださいっス、こっちに来れたんだから戻るのも問題ないっスよ!」自信満々で言い切る柿崎、バールをかかげながらニッと男らしく笑ってみせる。本人は爽やかにキメたつもりなんだろうが、見えた歯が一つぬけててどうにも間抜けな顔にしか映らない。プッ、と思わず笑いそうになった、だがそのお陰で緊張感が少し抜けた気がする。うん、何事も悪く考えるべきじゃないな。ここは素直に柿崎に頼ろう、根拠はないがこいつなら何とかしてくれそうな気がする。「そりゃあ、実に単純明快で俺好みの作戦だが……本当に大丈夫か? 無理してお前に死なれちゃ流石に目覚めが悪いぞ」「そこは信頼して欲しいっス、これでも県内最強の選手なんスから、あんな連中をブッコ抜いてタッチダウン決めることくらいワケないっス!」これはアメフトの試合じゃあないんだが……まぁ、真剣勝負という意味じゃそう変わらんのかもな。もっとも、これは勝負に負ければ即、死に繋がるデスゲームなんだが、もう俺は柿崎に賭けることに決めている!「よっしゃ、じゃあ俺等の命預けるぜ、頼む柿崎」「オスッ!! しっかり後ろについてきて下さいっス! いくっスよ!!」フンスッ、と鼻息荒く気合を入れてゾンビどもの大群に突っ込んでいく柿崎。バールを振り回し、それでも手数が足りないときは拳で殴り、それでも足りなければ体当たり。常に俺達を背後に置くようにして守りながらもゾンビども次々とをなぎ倒していく。その後姿はまるで物語に出てきた武蔵坊弁慶のように力強かった。「す、すごいわ柿崎さん!」「おにいちゃんつよ~い!」「ハッハーッ、オイラが本気になればこれくらい余裕っスよ!!」「バカ、柿崎油断するな! 右から来てるぞ!」「フンガーッ!! 助かったっスおやっさん!」死角から襲い掛かってきたゾンビを張り倒し、礼を言ってくる柿崎。まったく、礼を言いたいのはこっちだぜ、こんな危険地帯にまで助けに来てくれるなんてよ。どんなに感謝してもしたりねぇじゃねーか!■柿崎が最後の一匹を体当たりで吹き飛ばすと、ついに視界が開けた。乗り込んできた時のままの車が見える、好都合なことに車の周囲にはゾンビがいない、今なら安全に乗り込める!「よしっ! 切り抜けたぞ、車まで全力でつっ走れ!」皆で玄関から走り抜け、急いで車に乗り込む、エンジンをかけると大した不具合もなくしっかり動く。いける! このまま大急ぎでここから脱出すればゾンビどもも到底追いつけない。俺がそう確信して車を動かそうとした時、まだ柿崎が外でじっとしていることに気がついた。馬鹿野朗! せっかくここまで来たのに何ぼうっとしてるんだ、早く乗らないとゾンビどもに襲われちまうぞ!?「柿崎! 早く車に入れ!」「………………」だが柿崎は静かに首を横に振るっただけで返事もしない、相変わらずじっとしたまま先ほどまでとはうって変わってこちらを悲しそうな目で見ていた。何か言い辛そうに、でも話さなきゃいけない、そんな雰囲気でただ立ちつくしていた。なぜ柿崎がこの切迫した状況で急にそんな行動に出るのか俺にはわからなかった。「か、柿崎?」「おやっさん、オイラはここに残るっス」「な、なにバカなこと言ってんだ、いいから早く―――」俺の言葉を遮るように柿崎がアメフト装備のグローブをはずし服の袖をまくって腕を晒す……そこには歯型のついた噛み傷があった。血こそあまり流れていないが、クッキリと歯型を残した傷跡は見ていて痛々しい。あれは……どう見てもゾンビに噛まれた傷跡だ。「なッ!!?」突然晒された目の前の事実、驚きで声も上手く出せない。なぜ柿崎がゾンビに噛まれてる? さっき脱出する時に噛まれたのか? じゃあなんで服の下に傷跡が?たしかゾンビに噛まれたらもう助からないんじゃ? じゃあ柿崎は死ぬのか? 俺が巻き込んだ所為で死ぬのか?混乱で上手くまとまらない思考を遮ったのは柿崎の冷静な声だった。「これ、おやっさんに助けられる前に噛まれた傷なんス、最初の避難所から脱出する時っス」「柿崎、お前それじゃあ……」「ウス、オイラはもうすぐゾンビになっちまうんス……だから、おやっさん達とは一緒に行けないっス」嘆くでもなく、怒るでもなく、ただほんのすこし物悲しそうにして苦笑いする柿崎。ふ、ふざけんなよ、お前にこんな形で死なれてたまるかよ! 衝動的に俺は叫んでいた。「ばっ、馬鹿野朗ッ! なんでそれを先に言わなかった、何か、何か助かる方法だって一緒に考えられたはずなのに!!」「おやっさん、無茶を言うもんじゃないっスよ、ゾンビに噛まれたらアウト、それくらいオイラだって知ってるっス」「だが!!」なおも言い募ろうとした俺を柿崎が首を横に振って遮る。「……あの時、オイラ死ぬのが怖かったんス、自殺なんかできないし……でも、じわじわゾンビになるのはもっと嫌だったんス」「柿崎……」柿崎に諌められ、僅かながら頭に上っていた血が冷えていく。そうだ、一番嘆くべき立場の柿崎を差し置いて俺が憤慨してどうすんだ。くそっ、どうにもなんねぇのかよ……「だから、ああしてゾンビ相手に必死になって戦ってればそのうち死ねると思ったんス、戦いに集中してれば恐怖心も紛らわせることができたっスから」あの時、逃げもせず雄叫びを上げながらゾンビと戦いつづけていたのにはそんな理由があったのか。偶然俺が助けなかったら、確実にあのまま力尽きて死んでいたんだな。「でも、オイラはあそこでおやっさんに助けられたっス、死ぬつもりだったのにおやっさんに怒鳴られてつい従って、そして命が助かって……正直、心底安心したっス、まだ生きてることが嬉しかったんス、だから助けてくれたおやっさんにはすげー感謝してるっス」「そんなの当たり前じゃねぇか、だれだって死にたくなんかない、それこそ当たり前だろうが! そんなことで俺に、感謝なんかしなくていいんだ……!」「それでもっス、オイラは遅かれ早かれゾンビになるし今更惜しむような命じゃないっス、こうして恩人のために使えたならなお本望……それに好都合なことに公民館は炎上中、あの中なら死んでも黒焦げになるだけでゾンビにはならないっス」そういってニッ、と男らしく笑ってみせる柿崎。男の決別は笑顔で、か……柿崎、お前最後までいい根性してるぜ!なら、俺もお前の心意気に答えないとな!引きつる顔を無理やり笑顔に変える、俺は上手く笑えているだろうか?頬を涙が流れるが、もはや情けないとは思わん。恩人のために流す涙だ、恥ずかしくも何ともない!俺と柿崎はそうして数秒間だけ笑顔を交わして別れを告げた。「おやっさん行ってくださいっス!」「……柿崎、馬鹿野朗が……一人で抱え込みやがって……だがありがとうよ! お前のこと絶対忘れねぇぜ!!」「おやっさん、お元気で!!」柿崎の別れの言葉を切欠にして、迷いを断ち切るかのようにアクセルを踏み込む。車は急発進してあっという間に公民館から離れていった。バックミラーにうつる柿崎の姿がみるみる小さくなっていく。■「……あとは自分の後始末をするだけっス、あんた等にはあの世への道連れになってもらうっスよ!」柿崎は瀬田一家が十分離れたのを見送ると背後に迫っていたゾンビどもに振り返り一人で突貫していく。公民館の中へ戻るつもりなのだ、あの中でなら全てが燃え尽きる、死後ゾンビ化することはない。柿崎はこれから死ぬ人間とは思えない勢いでゾンビどもをなぎ倒していく、どんどん大群のを押しのけ前へ前へ迷いなく進んでいった。やがて柿崎の姿はほとんど見えなくなり。「トラァァァイッ!!」という力強い雄叫びが一度聞こえた後、柿崎の姿はゾンビの大群の中に消えていった。「……柿崎っ……柿崎ぃぃぃいーーー!!」自分の、そして家族の恩人との永遠の別れに対して、渋蔵は泣きながら彼の名前を叫ぶことしかできなかった。■炎上する公民館から脱出して数時間、俺達は危険の少ない田舎道に停車して休息を取っていた。俺の傷の応急処置や、脱水症状であろう妻と娘への水分補給、その他にも細々とした後始末。それらが一通り終わると今度は強烈な疲労感から皆ダウンしてしまっていた。「……これから、どうしようか?」俺は車の中でこれからについて考えるも思考が上手く働かない。結構な時間休んだはずだが、いまだに元気が沸かないのだ。モヤモヤとした意識の中でその原因を探ってみる。家族を助け出したことで緊張感が切れたのか、これまでの疲労が一気に爆発したのか、負傷して血を流しすぎたのか、それとも柿崎の死のショックか。幾つも考え付くが、ハッキリとは決められない、もしかしたら全部が原因なのかもしれん。妻と娘は後部座席で眠っている。二人も長い避難所生活で精神的・肉体的に疲労しきっていた。こうして助け出されたことで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったんだろう、今はゆっくり眠るといい。俺もまだ柿崎の死が後を引いている、あまり死んだ者のことを考えすぎるのは良くない事なんだろうが自分の感情を上手く制御できない。あまりにも短い付き合いだったが、あいつは良い奴だった。なにより俺達家族の恩人だ、あの絶望的な状況から助けてくれた奴を見捨てていかなきゃならない辛さは想像以上だった。妻や娘も慰めてくれたが、もう暫くは引き摺ることになるかもしれないな。「……あなた、起きてる?」「ん、起きてる」目が覚めていたらしい妻が娘を起こさないように小声で話し掛けてきた。どことなく口調に不安が滲み出ている、無理もないか。「どうした?」「わたしたち、これからどうなるの? こうして助かったけど、どこもかしこも無茶苦茶になっちゃって……」「不安か? 俺もだ、ここ数日で何度も死にそうな目にあったし、ここに来るまでゾンビどもばっかりしか見かけなかったしな」「……どうして、どうしてこんなことになっちゃったの!?」「わからん、ラジオとかだと世界中どこも似たり寄ったりな状況らしい、原因不明のウイルスだとかオカルト現象だとかいろいろ騒がれちゃいるが誰もどうしてこうなったかなんてわかっちゃいないんだ」実際はもっと酷いことになってるようだがな、混乱に乗じて核ミサイルが世界中に落ちてきたり。アメリカの兵器研究所が破壊されて生物兵器(殺人ウイルス)が流出したり。大規模な避難所では必ずといってよいほど集団ヒステリーや暴動が起きているらしいし。生き残った連中もあっさり暴徒化して、略奪、強姦、殺人、一部地域じゃゾンビよりも酷いことになってるらしい。きっかけはゾンビ発生だったのかもしれんが、その後の原因がほとんど人間の自業自得ってのは業が深いよな。危機的状況だからこそ手を取り合って協力するのではなく、互いに奪い合い殺しあう、ここまで追い詰められても互いを憎みあう。つくづく俺達人間って奴は……俺はあえて必要以上な話を妻にしなかった、無駄に不安にさせるだけだと思っていたからだ。だが百恵はそんな俺の態度に気が付いているようで、事態が想像以上に酷いことを察してしまったようだった。「……わたしたち、この先美雪を守れるのかしら? 正直、自信がないわ」「百恵、俺達は美雪の親だ、そんで俺はお前の夫だ……守るさ、二人とも俺が命をかけて守る」「あなた……」自然と、不安そうに弱音を吐く妻に俺は力強く宣言していた。ここ数日でより明確になった俺の信念、俺の力が及ぶ限り命をとして家族を守るという決意。俺は最後の瞬間が訪れるまでこれを破るつもりはない。そうだ、俺が二人を守らないで誰が守るっていうんだ?弱気な態度を見せて妻を不安にさせてどうする? こんな状態だからこそ夫が妻を支えてやらなくてどうする!? 家族を支えないでどうする!?俺達のために命をかけてくれた柿崎のためにも、俺が家族を守らなくては申し訳が立たない!使命感に萎えかけていた心が奮い立つ、頭のモヤモヤが消え去っていく。傷の痛みも全身の疲労も無視できるようになってくる。急速に思考がクリアになり、これからどうすべきか、家族を守るために何をすべきか、次々とやるべきことが思い浮かんできた。そこで目下最大の懸念事項について解決策を考えつく。これから俺達はどうすべきか、どこへ向かうべきか、それは―――「なぁ百恵、たぶんもうここは駄目だ、水もない、避難所も壊滅、市内はゾンビだらけ……だからここを離れて一緒にM県に行かないか?」「M県? それってあなたが仕事で行ってた所?」「あぁ、俺が設計を手伝ったマンションがあってな、温泉から水も自給できるし食料さえ何とかできればセキュリティも高い、長期間避難するにはうってつけだ」俺の場合、一人でびびってマンションに引き篭もってた所為で飢え死にしかけたわけだが。ここ数日でそれなりに外を出歩くノウハウを実地で学んだ、それこそ命をかけて。ゾンビと正面きって戦うことこそできないが見つからないように避ける術は身に付けた、今なら高坊と一緒に食料調達することだってできるはずだ。別れ際、高坊には家族で戻ってくる可能性も話してあるし。俺達家族三人くらいならマンションにやって来てもそれほど邪険にされることもないだろう。「それに、そこには俺が気に入った兄ちゃんがいてな、百恵と大して変わらない年の癖にやたらと頼りになるんだわ、実際俺も最初助けられたしな」「あら、そんな人が? それじゃあわたしからも是非お礼を言ってかないと」「あそこなら工夫しだいで数ヶ月・数年の篭城ができるだろうし、そうして状況が落ち着くのを待って救助を待てばいい……もし救助がなかったとしても、暫くはどうすべきか考える時間を稼げるはずだ」「……そうね、あなたの言う通りだわ、なら行きましょうよM県へ!」妻の同意を得て今後の方針が決まる。再び長い長距離移動だ、比較的安全な道筋は覚えているとはいえ油断はできない。今は妻も娘も同乗している、極力危険は避けていこう。それに俺がこうして負傷している以上否が応でも暫くの間は妻に頼ることも多くなるだろう。男として情けない話だが無理をしてミスを生むわけにはいかない。今後のことも考えると百恵とは今まで以上に協力していく必要がある。俺自身そのことをよく心に刻んでおかないとな。「百恵、これから苦労をかけるかもしれんが、夫婦力を合わせて美雪を守っていこうな!」「えぇ、もちろんよあなた!」「……ぅん、パパ?ママ? どうしたの~?」「美雪、これから皆でM県にいくぞ、父ちゃんが作ったマンションに引っ越すんだ、温泉もあるしゾンビも入ってこない安全な場所だぞ、それに面白い兄ちゃんもいるしな」「ほんと? わぁ~たのしみ!」「ちょっと長い移動になるけど、我慢できるわね?」「うん、ミユキがまんできるよ!」「良い子だ、じゃあ美雪も起きたしそろそろ出発するか!」M県S市のマンションまでは長い道のりになる。だが数日前までの孤独な道のりとは異なり、今回は家族と一緒だ。不安も、寂しさも、焦燥感も、比べるまでもない。もしあの時、高坊に助け出された時、家族へ会いに行く決断をしなければこうした事態にはならなかっただろう。勇気をもって決心して良かった、今だからこそ心底そう思う。そして命をかけて俺達家族を救ってくれた柿崎、お前への感謝の気持ちは忘れない。「さぁ、行くぞ!」「行きましょう!」「しゅっぱ~つ!」俺はさまざまな思いを胸に抱いて車を発進させた、これが変わり果てた世界での、瀬田一家はじめの一歩だ。■ゾンビ天国でサバイバル(番外編) 瀬田渋蔵編 【完】■