■04半日ほど歩いてようやく目的地までの距離を半分歩ききった。正直疲れた、四六時中ゾンビに囲まれているというのもあるけど慣れないウォーキングで足も痛い。どこか空き民家でもあれば一休憩したいところなんだが。とはいっても大抵の家は脱出する際にしっかり鍵をかけてあるらしく玄関はガッチリ閉まっており。窓ガラス等を割って入ろうとすれば音でゾンビを呼び寄せかねない。中には未だ篭城中の民家も多く迂闊に入れば先住人にゾンビと間違われ襲われかねない。そういった理由から、なかなか希望の叶う民家は見つかるものではなかった。キョロキョロ周りを見渡しながら歩いていると、ようやく丁度良い具合に玄関が開きっぱなしの民家を発見した。玄関が開いているということはまず無人であるということ。一方でゾンビが侵入している危険性もかなり高いということでもある。慎重に足音を立てないように玄関をくぐり扉を閉める、鍵はかけない、いざという時すぐ逃げ出せるようにしておかないと。一階のリビングと台所、和室等を一通り見回ってゾンビがいないことを確認。続いて二階へ、音を立てないように上ったつもりだが階段が古いためか一歩毎にギシギシ音が響く。もしこれでゾンビがいたら気が付かれてしまうのだろうか?戦々恐々しながら三つある部屋を一つずつ確認していく。まず二つの部屋を確認、ゾンビはいなかった。残る一室を調べようとしてゆっくり扉を開く、ドアの隙間を3cmほど開けて中の様子をそっと伺う。ビクリ、と体が硬直した、いた、ゾンビが一匹いた。こちらに背を向けてぼうっと突っ立っている、血塗れパジャマ姿の男。辛うじて見える横顔からわかるのは高校生くらいの年齢だろうか。未だこちらに気がついてはいないが、これからの判断にちょっと困る。殺すべきか、逃げるべきか。危険は冒すべきじゃないと理屈ではわかっているが、好奇心は倒せるかどうか試してみたいと思っている。アパートで婆さんゾンビを倒した時とは違いリスクは高い、だが今後のためにも試しておいた方が良い気がした。それに今の俺の装備なら完全不意打ちが可能だ、頭部に必殺の一撃を加えてやればきっと大丈夫だろう。この時、俺はきっと調子に乗っていたんだろう、アパートを上手い具合に脱出できたこともこの無茶な行動を後押ししていたのかもしれない。そーと近寄りかなりの至近距離まで接近していく。ドアは開けっ放しだ、いざという時はすぐに逃げ出す準備はおk。右手にドライバーを構え狙いをゾンビの後頭部に定める。未だこちらの存在に気がつかないゾンビは「あぁー」とか「うぅー」とかうめきながら何をするでもなく突っ立っている。殺るなら今ッ! 渾身の力を込めてドライバーを振り下ろす、南無三ッ!ズガッ、という音とともに手元に伝わってきた頭蓋骨を付き割る感触、あまりの気持ち悪さについドライバーを突き刺したまま手放してしまった。ゾンビは一度倒れるものの、未だ死にきれていない様子でドライバーを頭に突き刺したまま俺のほうに這いずってきた。その姿は地獄から道連れを求めて這い上がってきた亡者を連想させた。世にもおぞましい光景につい我を忘れて逃げ出してしまう、すぐさま部屋を出て扉を閉める。俺はドアを押さえたまましばらく震えていた、ドア一枚を隔てて向こうではゾンビが弱弱しい様子で扉をカリカリと引っかいていた。しばらくそうしていると、やがてゾンビの声が聞こえなくなりドアを引っ掻く音も途絶えた。恐る恐る扉を開けてみるとゾンビはドアの前で息途絶えていた。ホッ、と一息つく、なるほど今回のことで少し学んだ。ゾンビは頭にドライバーを刺したくらいじゃすぐに死なないんだな、痴呆婆ゾンビがダンベル一撃で死んだことでちょっと勘違いしていたようだ。頭部は急所ではあるが、大きく破壊しないとゾンビが死ぬまでに反撃を受けてしまう危険性があるということ。今後は一撃必殺を心得よう、といっても銃火器があればそんなこと考えなくてもいいんだろうけど。つくづく日本が銃規制されていることを恨みたくなってきたよ。俺は動かなくなったゾンビに対して手を合わせ「南無~」と冥福を祈った。そして最大の反省点、当初の『ゾンビと極力戦わない』という前提を無視して危険を冒した俺の無謀。迂闊に命を危険に晒してしまったことは深く反省しなきゃね。今後は自重しよう、危険には近づかない! 戦闘は避ける! 敵からは逃げる!戦うのはどうしょうもないときだけにしよう、どこまで守れるかわからんけど。テンション上がると忘れそうだし、ちょこっと不安だ。■ゾンビをブチ殺し一応の安全を確保した後、俺は改めて家内の探索をはじめた。正直、火事場泥棒をしているようで最初は気が咎めたが、やっているうちになんだか楽しくなってきて気にならなくなってきた。なんだか宝捜しをしているようでワクワクしていたのだ、元来男というのはこういった単純な生物なのかもしれない。海外では墓荒らしのことをトレジャーハンターって言うらしいし、浪漫だよね。とりあえず缶詰めとカップラーメンをいくつか補充できたのは助かった。いざという場面に備えて食料はいくらあっても困るものじゃない。ついでに薬箱もあったので貰っておく、一通りの常備薬は完備しているようだ。あと、念のためアルミホイルも補充しておくことにした、どこかで使うことになるかもしれないしね。そして一番嬉しいのはファブリーズ等の消臭アイテムが複数見つかったことだ。消臭スプレーに制汗スプレー、これさえあればもうゾンビの血生臭いコートを着る必要もない。俺は急いでコートを脱ぎ捨て風呂場を借りてシャワーを浴びた。ライフラインはまだ生きていたので電気も水も供給されている、いつ止まるかわかったものではないが。俺は既に鼻が麻痺していたので気にならなかったがさっきまでの俺は相当血なまぐさかったに違いない。綺麗さっぱりした後、代わりとなる上着を探してまた家探しさせてもらった。例のゾンビ高校生の部屋で皮ジャンを見つけたのでありがたく頂くことに。下着から上着まで全部ファブって自分自身にも制汗スプレーを吹きかけておく。ゾンビスレでも言っていたように5・6時間毎に吹きかけ直せば大丈夫だろう。心強いアイテムも増えて俺はホクホク気分であった。だが残念なことに武器になりそうなめぼしいモノは見当たらなかった、ドライバーではイマイチ頼りない。いざという時のためにも、できればもっと強力な鈍器が欲しかったところであったが。ふと、リビングから庭先に目をやると庭の隅に小さな物置が見えた。あそこなら何か武器になりそうなモノが見つかるかもしれない、そう思って庭へ出る。それなりに広い庭だ、芝生も植えてある、軽く見回しリビングからは死角となる位置に犬小屋を見つけた。覗いてみると首輪を鎖に繋がれた様子の犬が衰弱した様子で蹲っていた。ちらりと俺に目を向けるも吠える気力も無いのか眼を伏せてまた蹲る。大型の、狼っぽい見た目の犬で、確かシバリアンハスキーっていったか、いや、シベリアンか。この三日間水も餌も貰ってないのだろう、このまま放置しておくのも哀れなので台所から水とドックフードを探して持ってきてやった。犬はすごい勢いでそれらを平らげ、少しだけ元気を取り戻した様子だった。俺は犬を繋いでいた鎖を外し解放する、もうこの家の主人は帰ってこないのかもしれないし。俺が殺した高校生ゾンビが家の主人とは思えないが、少なくともこの家がこんな状態になっている以上まともに脱出したとは考えにくい。このまま鎖でつながれて飢え死にするよりも野良犬として生きていくチャンスを得るほうが良いだろう。■犬を解放した後、俺は改めて物置を物色しはじめた。その中でなかなか有用そうだったのがシャベルと金槌である、特にシャベルは重量もあり振り回せばかなりの攻撃力を発揮してくれそうだった。無闇にゾンビと戦うつもりは無いがいざという時は一撃必殺を心得なければならない、その点でシャベルは非常に心強いアイテムである。ただし、大きくて重いので持ち運びには多少不便しそうであるが。その後は2時間ほどリビングで休憩を取り、ついでに昼食も済ませた。カップラーメンと缶詰めという妙な組み合わせだが腹は十分に膨れた、腹が膨れれば元気もでる。こんな状況で我侭は言わない、無駄だってわかってるし。なぜかその間、元気になった犬に懐かれ遊び相手をすることになったがこの犬はわかっているのだろうか?俺が主人(二階にいた高校生ゾンビ)を殺した相手かも知れないということを。懐かれるのは素直に嬉しいが、状況を考えるとあまり喜んでもいられないというのが正直なところだった。■再出発の準備を整えて玄関を出た。右手には新しい軍手をつけてシャベルを携えている。少々重たいが、今のところコイツが一番攻撃力ある武器なので手放す気にはならない。ついでに役に立ってくれるよう願いを込めて『シャーリーン』という名前をつけた。リュックも荷物が増えて少し重たいがどれも必需品だ、捨てる気はさらさらない。つまりこれからの道程はより疲労しやすいということで、いざという時に体力が空というのも危険すぎる。自身の体調に気を使いながら細々と休憩を取りつつ移動する必要性があるだろう。休めそうな空き家があったらチェックしておこう。家を出てしばらくして、先ほどからずっと俺の後をつけてくる存在が気になってきた。犬である、さっきの家で助けた犬がずっと俺の後をついてくる。餌をあげたから懐かれたのだろうか? いやいや、どんだけ人懐っこい犬なんだよ。振り返れば尻尾を左右に揺らしながら犬が俺を見上げる、うーん、無垢な瞳だ、癒される。とりあえずゾンビだらけのこの場で吠えないだけ良い子だとは思うんだが。俺はしゃがんで犬を撫でると甘えるように擦り寄ってきた。ふと、首輪に目がいく、小さな文字で名前が書いてあった。『ラッキー』と書いてある、ふむ、これがコイツの名前か。顔を寄せてヘルメットのバイザーを開け小さな声で「ラッキー」と呼ぶとベロベロ顔を舐められた、正解らしい。何を考えてかよくわからんがラッキーが俺についてくるなら邪魔にならない限りは世話するとしようかな。ドッグフードならそこいら辺でも手に入るだろうし、流石にこれを人間は食わないだろう、相当追い詰められない限りは。それに、いざとなれば貴重な非常食にもなりそうだしな。こうして俺に奇妙な相棒が出来た。■