■07ゾンビ大発生から四日目、避難所に合流する前に俺は寄り道することにした。昨夜、目撃したレイパー四人組の極悪犯罪者っぷりに、ちょこっとだけ危機意識というか緊張感を高めたのだ。つまり、今後に出会うかもしれない暴徒・略奪者・犯罪者に対する用心として武器および自分専用の隠れ家を見繕っておこうと考えた。もちろん避難所においてそういった類の連中は少ないだろうし、警察や自衛隊の見張ってる中で好き勝手できるわけもない。だけどゼロじゃない、一定数の人々の中に犯罪者は必ず潜んでいるし。これまで善良だった人が何かのきっかけで凶悪犯罪者に変貌することも珍しくない。まして現在は地上にゾンビが溢れ、社会秩序が半ば崩壊しているのだ、何が起こっても不思議じゃない。そしていざという時に逃げ隠れできる場所を確保しておくのは物理的にも精神的にも安心感を与えてくれる。俺は避難所に接触する前にこうして自分専用の『退路』を確保しておこうと考えていた。■今回俺がやってきたのはS市の中央区、県内最大規模のS駅を中心にさまざまな店舗がひしめきあっている。平日・休日を問わず毎日およそ百万人が往来し、県内における経済・流行・文化の発信地でもある。だけど今は全くの異界と化していた、行き交っていた人々は百万のゾンビと化し道路は事故車や進むことも戻ることもできなくなり乗り捨てられた放置車で埋め尽くされている。市内にはゾンビの呻き声以外の音は響かずS市は完全に死の街と化していた。ある意味で壮観ともいえる光景を目にしながら俺は市内を歩き回った。隣に並んで付いて来るラッキーは大量のゾンビを見ても特に吠える様子も無い、もしかしたら散歩気分なのかもしれない。しばらく歩いてようやくめぼしい本屋を見つけたので店内に入る。中にはゾンビが三体いたが俺達には特に感心も示さずただ何をするでもなくフラフラと彷徨っていた。俺はゾンビに注意しながらも目的の本を数冊手にとってリュックに仕舞った。支払いをする必要はない店員は既にいないのだから、だんだんこの泥棒じみた生活にも慣れてきた。ちなみに俺が選んだ本は三つ、ミリタリー関係の本、不動産関係の本、防災関係の本。俺は本屋の片隅に設けられている個室トイレに入りもって来た本を広げた、ここなら安心して本が読める。ちなみにラッキーはご飯タイム、コンビーフ一塊を与えたのでかなりご機嫌っぽかった。■さてと、まず今最も欲しい武器について、どこで、何を、調達するべきか本で調べようか。いくつかページをめくるとお目当てのカタログ欄が見つかりさまざまな説明が載っている。もっとも、流石に銃火器についてはモデルガンくらいしか載っていなかったが。いくつか有用そうな品にチェックをつけていく、具体的には対人用と対ゾンビ用の武器に分けた。日本国内では法律で銃や刀剣類は基本的に買っても持ってもいけないことになっている、所謂銃刀法というやつである。だが許可が必要ない武器もある、例えばボウガン(正式にはクロスボウだが)。これは所持に免許もなにも特に必要なく、ミリタリーショップや場所によってはアウトドアショップでも気軽に購入できる。その上威力が高く鹿など大型動物のハンティングにも利用されている。つまり使いようによってはライフル銃とそう変わらない性能を発揮できるのだ。もちろん人間にもゾンビにも有効になるに違いない、銃が容易に手に入らない以上なにかしらの代用品でカバーするしかないのだから。そういった感じでチェックを続けそれらしい目星をつけることが出来た。■武器関連のチェックが終わったら次は不動産関連だ。地元のアパート・マンション・一軒家を掲載した情報誌を取り出し希望に添いそうな物件を探す。俺の希望とする隠れ家の条件はいくつかあるが、最も大切なのは三つ。①水が確保できている場所(井戸や温泉等)②住居がゾンビの近寄れない高層、または高い塀に囲まれていること③今のところゾンビだらけで人間の近寄れない都市圏内であること①については生きてくうえで必須条件でもあるし、いつインフラが死んでライフラインが途絶えるかわかったものじゃない現状において水道水にいつまでも頼るのは自殺行為だからだ。②は希望をそのままかなえるなら高層マンションかどこかの金持ちの豪邸になるだろう、できれば後者だといろいろ楽しみもあるのだが、この場合誰かが既に篭城している可能性も高いので要注意だな。③については人間、とくに暴徒・犯罪者・略奪者に対しての対策でもある、連中も生きた人間である以上ゾンビの脅威からは逃げるだろうし、襲撃範囲も自然とゾンビの少ない郊外中心になるだろう、その時ゾンビだらけの都市圏内に住んでいれば安心ともいえる。もっとも、③に関しては俺が対ゾンビ用ステルス装備を持っているから可能なのであって普通だったら絶対に選べない条件であることは確かだ。パラパラとページをめくるも条件に合う物件がなかなか見つからない。②と③に該当する物件はそれなりにあるのだが①を満たす物件が殆ど無い。あったとしても築50年を越える古民家とかでゾンビに対する防御力は無いに等しい。なんだよ、最新物件なら井戸くらい備え付けて置けよ!結局最後まで全ての条件を満たす物件は無かった、落胆しながら広告ページをパラパラめくる。ふと、デカデカと写真つきで紹介されている超高級マンションの広告が目に付いた。「……S市グランドハイツ、今月末に抽選会で優先購入権をゲットしよう……ね」購入権を争うほど人気があるのかよ、どんだけすげぇマンションなんだか。興味を引かれて軽く内容を読んでみると俺はこれまで知らなかったセレブな世界の一端を垣間見ることになった。なになに、全邸天然温泉付マンション、全室家電完備、一階から三階までは天然温泉を利用した温水プール、大浴場、フィットネスジム等充実な共有施設、最上階にはスカイラウンジもありスカイバーでお酒を楽しみながらS市の夜景も楽しめます、屋上には最新の太陽光発電施設を備え、災害時、停電時にも安心の電力供給、環境にも優しい設計で安心の住居を提供します、ときたもんだ。こりゃあすげぇや、お、まだある、災害対策として最新技術を使った耐震構造と各所に設けられた防火扉を完備、犯罪者対策として各通路やエントランスに監視カメラを設置、任意で自室から外の様子を確認できます。ストーカー対策とかそんな感じかね? 有名人とかは結構喜びそうだけど。あ、そう言えば肝心の値段はどうなんだろう……はぁっ!? に、2億8000万円だと!?じゃ、じゃあ賃貸料はどれくらいなんだ、ひゃ、ひゃ、180万円!!?これが一ヶ月の家賃かよ、マジで世界が違いすぎるな、俺んちなんか月3万だぜ、180万円あったらまるまる五年住めるわ。俺は金銭感覚の違いにビックリしながらも広告にのっている説明文を読み進める。ん? ちょっと待てよ、この物件って丁度俺の示した条件に当てはまらないか?……温泉……高層マンション……都市圏内……うは、バッチリじゃん!あ~、でもここって、人が住んでいないってことはまだ未完成なのかな?条件としては一番完璧なんだけど、ここ以外には条件に当てはまる物件もないし……。よしっ、駄目もとだ、後で直接チェックしに行こう!あ、ちなみに俺が最後に選んだ防災関係の本。これは災害時に取るべき行動や気をつけることをマニュアル化した本で、まあ、今後の活動で参考程度になるかなと思って選んだんだ。どこか安全な環境に落ち着いたらゆっくり読む事にしよう。■