───かぽーん
「あぁ……なんと、至福なんでしょう……」
たしかカズキの国ではこのような気分の時「ごくらくごくらく」と言うのでしたね。あぁ……至福すぎます。カズキの言うふやけて融けてしまいそうな気持ちとはまさにこの事でしょう。
───かぽーん
……どこからとも無く聞こえてくる音を気にせず、肩まで浸かるとしましょう。
ゆっくりしすぎで説明を失念していました、今私はカズキが見つけた温泉というものに入っています。
私の調べた限りでは、文明がニンゲンの何倍、何十倍も進んでいる我々ノルドールにおいても、お風呂という文化はあまり馴染みのあるものではありません。我々が火を使うには薪が必要で、聖なる森で伐採することのできる木材は
限られているからです。ニンゲン達においては木材があるにもかかわらず、お風呂に入れるのはごく限られた王侯貴族だけだと書物には記載されていました。
ところがカズキの国では毎日お風呂に入れるというのです。以前カズキに整備してもらった「じょうすいどう」によって、ノヴォ村長の村では川の水が自由に使えるようになりました。飲み水は今までのように井戸か「じょうすいどう」の水を「しゃふつ」して「ゆざまし」
にして飲んでいます。「しゃふつ」した後に飲める程度の暖かさで飲むと「さゆ」と言うそうです。同じ飲み水なのに呼び方が違うなんて、カズキの国の人々は不思議ですね。
───かぽーん
……また話がそれてしまいましたね。このようにカズキの国はとても水が豊富で、いつでも大量の水を使うことができるので各家庭で毎日お風呂に入れるというのです。すでに薪は副次的な役割に甘んじており、「がす」や「せきゆ」を使うそうなのですが、この方式による
加熱方法について、カズキもまだ研究中のようです。いつか実現できれば森を切り倒すことなく生活できる日が来るのでしょうか。
───かぽーん
さて、しかし現在カズキの発案した「じょうすいどう」の給水力は各家庭が一斉に水を使うとすぐに水量が弱くなってしまう程度のものでしかありません。薪の供給力から考えても各家庭へのお風呂一般化はまだまだ長い道のりでしょう。
そこでカズキが考えたのが温泉でした。私達ノルドールも熱い水が流れ出す場所は山近くにあることは知っていましたが、まさか人の手で温泉を作り出すことができるとは驚きです。
カズキが言うには「卵くさいにおいのするところで井戸を掘れば大体温泉が出るよ」とのことですが、それと同時に「その匂いは毒でもあるから、必ず鳥やねずみなど小さい生き物を連れて行って、湯気が出ている所やにおいの強い所ではくぼ地や谷には行かない事」
などなぜか温泉採掘に詳しいようです。
───かぽーん
また、井戸を掘るにしても、円筒の「てつぱいぷ」を作成して、ひたすら地面に打ちつけ続けることで簡単にどこでも井戸を掘削できるようにするなど、カズキの機械・土木に関する知識は私の書籍による知識を凌駕しています。
「にほん」がすごいのか、カズキがすごいのか……普段の気の抜けたカズキを見ているといまひとつ実感がわきませんが、学生だっただけはありますね。「せいねんかいがいきょうりょくたい」という組織で学んだ知識も多いと言っていました。
───かぽーん
……このカズキが見つけた村から近い温泉につかってとてもいい気分なのであまり深く気にしていませんでしたが、そろそろ気になってきました。
「カズキ? 先ほどからかぽんかぽんとどうしたというのですか」
「えっ、あっ……えーっと、な、なんでもないですうるさくしてごめんなさい」
さきほどからかぽーんかぽーんと一人でブツブツ言っていたカズキに声をかけるとただでさえ温泉に浸かって赤くなっている顔がさらに赤くなり、目もあわせてくれなくなりました。何をそんなに恥ずかしがっているのでしょうか?
「カズキ? なぜ目を背けるのです? 聞いてますか?」
「ハイ キイテマス」
「ずいぶんと恥ずかしそうですが……カズキの国ではお風呂に入るのは羞恥を感じるものなのでしょうか?」
「イエ チガイマス」
「ではいったいどうして?」
カズキの国ではお風呂にまつわるなにかがあるのでしょうか? 私、余計に気になってしまいます!
<和樹視点>
「カズキ? なぜ目を背けるのです? 聞いてますか?」
「ハイ キイテマス」
今セニアさんと俺は温泉に入っています。温泉です! 温泉ですって!! 分かりますか皆さん、温泉ですよ? パツキンのチャンネーと温泉でヨクコンですよ。セニアさんは湯浴み着とかいう服着ているから恥ずかしくもなんとも無いと思っているようですが
服着てても混浴ですよ? まさに頭がふっとーしそう状態です。温泉はとてもいい湯加減なのに茹で上がりそうです。ほんとうにありがとうございました。
「ずいぶんと恥ずかしそうですが……カズキの国ではお風呂に入るのは羞恥を感じるものなのでしょうか?」
「イエ チガイマス」
「ではいったいどうして?」
……美人と一緒に温泉というシチュエーションでこっぱずかしくなってるだけなんて言えない! 思考回路がもうショート寸前! 早く上がりたいよ!!
いかん、混乱してきた。ちょっと頭を落ちつかせるためにこうなった経緯を整理しよう。
・日本人としてはお風呂に毎日入りたい。仕事帰りの風呂ほど至福なものは無い(後は湯上りのビール)
・自作上水道では給水量に限度があり、また薪の材料も乏しい(聖なる森で無許可の伐採はNG)
・森に訓練と野草採りに出かけたら大地から上がる湯気と卵の腐った匂い(セニアさんいわく「無秩序な伐採が神の怒りを招いた場所」)
・近くのちょっと台地になったところで井戸作成キット(発展途上国用の鉄パイプを人力で打ち付けるタイプ)を使って掘ってみたら温泉どばー(しかも源泉で適温という奇跡)
・吹き出た温泉の隣に石と土嚢で作った石畳風呂を作成したらそこに源泉を流し込むとあら不思議。まさかの天然温泉である。
一応念のため森の外で捕らえた鹿を一日待機させてみたものの健康に問題なさそうなので硫黄や亜硫酸ガスとかやばいガスで死ぬことはなさそうだ。ということで雨対策の簡単な建物を作り村営の銭湯(温泉)とした。
まずはそのお試しということでセニアさんと入浴することになったのだ。
他の村人に勧める前に人体実験(俺のこと)と、ノルドールの判断(セニアさんが気に入るかどうか)が必要なようだ。
結論としては大成功。セニアさんは気持ちよさそうにしているし、俺もまさかペンドール大陸に来て温泉に入れるとは思わなかった。
ただ、その、ね? 最初に言ったとおり、いくら湯浴み用の服をきているとはいえ、きれいな女性とお風呂に入るとか、しかも服を着てたほうが逆にしたたる……うぁああああ! 煩悩退散! 煩悩退散!!
「……カズキー? かーずーきー?」
いかん、ちょっとぷんぷんしたセニアさんが回りこんできた。やめてください、かわいすぎて死にそうです。この心臓ばっくばくしているのはのぼせているのではありません。かわい死しそう。
ほっぺたひっぱらないでください、ありがとうございます……じゃなくて! 耳引っ張らないでください、ありがとうございます、じゃなくて!!
「お気に召しましたか?」
「もぅ、どうしたんですか? まぁとてもいい温泉なので許してあげます。とってもお気に召しましたよ」
「それは何より、じゃあ早速村のみんなで使うようにしましょう。こちらの国での温泉に入るための作法とかありますので、まずはそれを皆さんに伝えてからですね」
「そうですね、でもその前に───」
───ふにゅん
!? なんだこれは! どうしたというのだ!! 背中! 背中の皮膚神経報告せよ! この感触は何だ! なんだと、セニアさんが後ろから抱きついて首に腕を回しているだと!? つまりこれはいわゆる───
「あててますか?」
「何のことですかカズキ?」
「イエナンデモアリマセン」
まて落ち着け、コレは孔明の罠だ。どう考えてもこれは兄上様と水浴びした時とかにするスキンシップとかに違いない。過剰反応してはいけない。でも背中の感触に少しは意識を……いかん、これはいかんぞ。
「兄上も訓練が終わったら来るそうなので、それまでこうして入っていましょう。兄上に入用作法を伝えてみますので、ではカズキの国の作法とやらを教えてもらえますか?」
「ハイヨロコンデ」
のぼせて死ぬか、到着した兄上様にぶっ殺されるか、はてまた俺の考えていることがセニアさんに察せられてボコボコにされるか……結果は神のみぞ知る……
結局その後やってきた兄上様は鎧装備一式を外したとたん温泉にダイブしたため、体と頭を洗ってからという最低限のマナー(あと湯船に髪をつけないこと(タオルについてはセニアさんほか女性は湯浴み着を着るっぽいのでスルー))
を教えつつ無事生き残ることができた。
さらにその後、ノヴォ村長の村だけでなく、あらゆるノルドールの村から人が入りに来るようになり、いままで疎遠だった村と村の関係性の強化につながっていくのだから、温泉さまさまである。
ただまさかその後この温泉があんなことになるなんて……