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So I cry, and I pray and I beg
(だから、私は泣いて、祈って、そしてお願いするの)
Love me love me
(私を愛して)
say that you love me
(私が好きだと言って)
fool me fool me
(私のことを騙して)
go on and fool me
(騙し続けて)
love me love me
(そして私を愛して)
pretend that you love me
(私が好きだってふりをして)
lead me lead me
(私を引っ張って)
just say that you need me
(一言私が必要だって言って)
So I cried, and I begged for you to
(だから私は、泣いて、そしてあなたにお願いしたの)
Love me love me
(私を愛してって)
say that you love me
(私が好きだって言ってって)
lead me lead me
(私を引っ張ってねって)
just say that you need me
(一言私が必要だって言ってねって)
I can't care about anything but you
(あなたのことしか、私、考えられないの)
――the Cardigans, "Lovefool"
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「……えっと、ガハラさん、今なんて?」
思わず間抜けな声が出た。
「I love you」
「はぁ……」
「何よ、気の抜けた反応ね。もっと、畏れおののいて、喜びのあまり、腰が抜けたり踊りだしてもいいんじゃないのかしら。この私が阿良々木君のこと、大好きなのよ……そう、阿良々木君が死んじゃってもいいくらい、大好き」
「そこは普通、自分が死んでもいいくらいだろっ!! 勝手に僕を殺すなっ!!……大体、なんで、このタイミングで告白なんだよ」
「したかったから。言いたかったから、私が阿良々木君に首ったけだってことを……阿良々木君の意志とは関係なく、阿良々木君の足の先から爪先まで私のもの」
「少しは僕の意志も考えてくれ……あと、今、手足の一部が欠けていたりするけどな」
「だって、どうせ生えるんでしょ? 本当に便利な身体よね……ひょっとしてプラナリアみたいに、真ん中で切ると、阿良々木君が二人できるのかしら。そしたら、神原と二人で仲良く分けられるわね……」
「真剣に考えこむなっ! お前、何、うっとりしてるんだよっ!! ならないっ……真ん中で切られたら、僕だって死ぬわ……大体、再生はするけど、結構痛いんだぞ、これ」
「そんなに痛いの?」
「ああ」
「……イタイノイタイノトンデケー」
「棒読みすぎるだろっ!!」
ひどく現実感に欠けたやり取りだった。
命のやり取りの最中に痴話喧嘩をしている自分がおかしくて、暦は笑った。
「……僕、何気に今、お前のために命をかけていたりするんだけどな」
「ええ、知ってるわ。頑張ってね、阿良々木君、私のために命をかけてちょうだい」
「……お前は女王様か」
「阿良々木君は、私が危ないとき、私を助けに来てくれる王子様……あら、また来たわよ。ほら王子様、頑張って」
「……羽毛のように軽い存在の王子様だな」
十字架が風を斬って迫っていた。
空気を切り裂く音がする。
暦は、十字架の軌道を慎重に見定める。吸血鬼化した暦でも、目視するのに苦労するスピードだった。エピソードは、決して手加減をしていない。あえて急いで殺そうとしていないだけで、十字架に込められた殺意は明白だった。エピソードにしてみれば、おそらく暦がいつ死んでも構わないのだろう。暦が対処を間違えば、十字架は直撃し、暦の全身は蒸発して弾け飛ぶ。その恐怖に身が震える。
(……こういうのは僕の柄じゃないっての)
震える手足を抑えながら、暦は渾身の力を込めて、鉄棒を振り上げて、十字架を叩いた。
鈍い音が学校の運動場に響いた。
同時に身体に激痛が走った。エピソードの放る十字架は重く、そして速い。暦が、どれだけ力を込めて殴りつけたところで、できるのは、かろうじて軌道をそらすことだけだ。完全に避けることはできず、身体の一部が十字架に触れて蒸発するのだった。
十字架は放物線を描きながら、グラウンドに突き刺さった。すぐに、その場にエピソードが現れる。そして、笑いながら、また十字架を取り上げた。
「超ウケル。随分、頑張るね、頑張っちゃうね……何、やっぱ彼女の前だと頑張っちゃうってか?」
嬉しそうな声だった。
「そうよ、私のためなら、阿良々木君はすごくすごく頑張っちゃうのよ」
こちらも嬉しそうな声だった。
「なんかお前に言われると、すごく釈然としないものを感じるな……」
「……何よ、神原と浮気した癖に」
「すいませんっ!」
「……ねえ、阿良々木君、そういえば、私と神原、どっちが良かった?」
「……えっと、戦場ヶ原、なぁ、それって今答えなくちゃいけないことか?」
「ええ、とてもとても大事なことよ」
ひたぎはまっすぐに暦の目を見つめた。
暦は、ひたぎの視線にたじろぐ。ひたぎの身体が目に入った。上も下も下着のみの扇情的な姿だ。縄で後ろ手に縛られている。縄で強調された胸と夜目にも白く光る肌が目についた。引き締まった腰と腹部、そして太股へと視線を下げる。その下着の下にある身体の柔らかさと温かさを暦は知っている。
ふと、神原の顔が頭をよぎった。恥じらいながら、眉間に皺を寄せて懸命に暦を受け入れ、そして暦を喜ばせようとしていた彼女の表情と身体を思い浮かべて、暦は頬をゆるめた。
(ガハラさん、基本的にマグロだからなあ……)
「阿良々木君、黙ってると殺すわよ」
「もちろん、戦場ヶ原さんですっ!!」
「そう……阿良々木君が黙っているものだから、ひょっとして、私と神原のことを比べて、私のことをマグロだなあなんて思ってたりしたのかな、なんて妙なことを考えてしまったじゃないの」
(自分でマグロって、わかってるんだ……)
「でもね、行為の最中、かたくなに無表情と無反応を貫き通す私だけれども、別に阿良々木君とするのが嫌なわけじゃないのよ」
「説得力ないな、それ……」
「単に阿良々木君の愛撫が筆舌に尽くしがたいほど自分勝手で下手クソだっただけ……でも、しょうがないわね、童貞だったんだから」
「……お前、本当に僕のこと好きなのか?」
「ええ、大好きよ。愛しているわ」
ひたぎはまっすぐに暦を見て、言い切った。
「たとえ、阿良々木君が私の大事な後輩である神原と浮気をした最悪の二股野郎でも、ところかまわず人の迷惑構わず煙草の匂いをまき散らかす公害みたいな男でも、学業をさぼりすぎて、就職どころか卒業も怪しくなっているクズみたいなダメ男でも、童貞だったことを差し引いてもひどいくらい、思いやりと技術のないセックスをする男でも、私が嫌がっているのを知りながら、それでもあえて私を犯すような最悪の嗜虐性癖の持ち主だとしても……私は阿良々木君のことが好きよ。だって、阿良々木君は阿良々木君で、私は私だから」
「……なんだか泣きたくなってきたけど、ありがとう、戦場ヶ原。とりあえず、嬉しい」
「どういたしまして。あら、また来たわよ」
飛来した十字架を暦は完全に捉えることができなかった。次第に十字架の速度が増していた。鉄棒でかろうじて触れただけの十字架は、わずかに上に軌道をそらし、そのまま暦の左胸と左腕を削っていった。
「戦場ヶ原、しかし、留守電に入れたと思うんだけど、僕は神原と付き合うことにし……」
ひたぎが暦を睨んだ。鋭い眼光に暦はたじろぐ。縛られて身動きもできないひたぎを前に、飛来する十字架よりも鋭く肌を刺すような危機を感じた。
「そんなのは関係ないわ。たとえ、阿良々木君が神原と付き合うなんて血迷ったことを言っても、阿良々木君が私のものという事実は未来永劫変わらないわ。私がそう決めたんだから……神原に取られるくらいなら、この場で阿良々木君を殺して、私も死ぬわ」
「……おっかない女だな、お前は」
「何よ、そんなことくらい、最初からわかってたはずじゃない、阿良々木君。私は、親に捨てられて、愛情に飢えたメンヘル処女だったところをあなたに救われたのよ。実の母に見捨てられて、男に乱暴されかけて、絶望していたときに、あなたが颯爽と王子様みたいに現れて、助けなんていらないって言った私を遠慮も何もなく救いだして……また今も、そんなにバカみたいにアホみたいに傷ついてボロボロになって私を守って私を助けようとしてる……ねえ、阿良々木君、あのときに私を助けてしまったのが、今こうして私を助けているのが、阿良々木君の運のつきね。潔く諦めなさい」
「……まったくだ。僕の自業自得だ」
「大体、私の処女は安くないのよ。処女を捧げたからには、阿良々木君が死ぬまで、阿良々木君を殺すまで、私は阿良々木君に執着するわよ。覚悟しなさい」
「いや、その……ガハラさん?」
「だから……私のこと……」
ひたぎは言いかけて、下を向いて黙った。
不審に思い、暦は視線を下げる。
声を出さないまま、ひたぎの口が小さく動いた。
愛して。お願い。
「……えっ?」
ひたぎの口の動きに注意を向けていた暦は飛んできた十字架に反応しきれなかった。一瞬の不注意。力任せに殴りつけたが、十字架の威力に押されて、肘から先、右腕が弾け飛んだ。
(あ、やべ……)
鉄棒が十字架とともに視界の向こうに飛んでいくのが見えた。左腕がまだ再生されていないので、鉄棒を握る術がない。
「……まあ、ボチボチ俺も飽きてきたし、これは預かることにするわ」
エピソードが言った。十字架の突き刺さったすぐ先に鉄棒が転がっている。そこに現れたエピソードは、無造作に鉄棒を運動場の遠くへ放り投げた。
「それじゃ……これで終わりだ。わかってると思うけど、避けたら、女に当たるから」
じゃあな、と言って。
エピソードが十字架を投げた。