ゆさゆさと身体を揺さぶられる。
ああ、起こされている。また居眠りをしてしまった。
一度意識が集中すると文字通り寝る間も惜しんで机に向かってしまう彼女は、よくそうやって机に突っ伏したまま寝てしまう事があったが、そのたびにこうやって起こされていた事を思い出した。
意識が落ちてしまった時のために目覚ましをセットしているはずだが、それに気が付かない事が良くある。
その為に眠気が出てきた時には傍に控える彼に「時間が着たら起こしてね」と頼むのだが、そんな時はいつだって彼はそっぽを向いてこちらの声に無反応でつんと澄ましているものだった。
そのくせ、時間が来ても彼女が起きなければちゃんとこうして起こしてくれるのだから、彼女はいつも彼に感謝していた。
「おい、起きろ。行くぞ」
「…………ぁ」
ぼんやりとぼやけた視界の中で、灰色の狼が彼女の顔を覗きこんだ。
寝起き特有の滅茶苦茶の思考回路をした彼女は、目の前の顔をぼんやりと眺めた後「……マー君」と呟いた。
「あ? なんだ? 起きたのか?」
「……マー君じゃない?」
「は? 寝ぼけてんのか」
「まーくん? でも、違う? え?」
混乱しながら自分でも分けの分からない事を呟くと、目の前の彼はやおら溜息をついて「だめだこりゃ」と肩を竦めた。
「おい、寝ぼけてないで早く立て。もう行くぞ」
「……まーくん?」
「そうだよ、ほら、立てるか?」
「……あれ?」
何か違う。だが何が違うのか良く分からない。
そんなもやもやとした感覚が彼女の頭の中をぐるぐると駆け回っていたが、やがてそれは溶けてバターになった虎のように液状化した果てに、頭の隅のどこかに溶け込んで消えてしまった。
そうして彼女は何が違うのかようやくあたりをつけた。マーチの着ている装備が変わっていたのだ。
先程まで身に着けていた普段着と違い、よく使い込まれたソフトレザーの上下につや消しのブラックに塗られたハードレザーの胸当て、そして両手には肘までをすっぽりと覆う金属製の篭手を装備していた。
違うのはそれだ、特に他にはない。見ればすぐに分かる明確な違いだと言うのに、どうしてあんなに悩んだのだろうか。やはり、寝ぼけていたのだろうか。
そんなふうに考えて、彼女は目を擦って起き上がった。
そこは彼女が居眠りをする前と全く同じ光景で、カッサシオンの書斎にあった座り心地のいいソファの上だった。
大寒波が襲ったアラスカ研究所の二階休憩所ではなく、リッチェンス博士の研究室でも、研究所にある彼女の自室でも、ましてやクシュ=レルグにかつて存在した《八つ裂き》の執務室でもなかった。
またこうして彼女の魂に開いた穴が埋まっていく。抜け落ちた記憶と共にじわりと、言いようのない不安が彼女の心に広がっていく。それはまるで真っ白の半紙にぽたりと筆から墨を垂らしたように。
その事実に言い知れぬ不安と期待を抱く彼女は、大きく溜息をついてからソファに別れを告げた。
「ごめん、ねてた」
「見りゃ分かるっての。行くぞ」
「ふぁーあぁい」
「欠伸しながら返事するな」
コツンと軽く頭を叩かれて、カオルは「えへへ」と誤魔化し笑いでお茶を濁した。
彼に促されて階下に降りると、既に準備を終えた他二人が待っていた。
セレナの姿は最初にここに来た時に見たまま、白銀の装いが目にも眩しい鎧姿だったが、今度は上から黒を基調とした陣羽織を羽織っていたので少し地味な印象を与えた。
……もっとも、その黒い陣羽織が敵の返り血を目立たなくするために元来存在すると知れば彼女は戦慄しただろうが。
そしてその隣で小さな砥石でナイフを擦っていたカッサシオンの姿は、さっきまでの糊の利いた三つ揃いと一変していた。
身体にピッタリとフィットするタイプの革鎧で、滑らかなブラックが窓からの明かりに当たって濡れたように光を反射していた。足元は爪先が金属で補強された頑丈そうな編みあげブーツ、手元は細かい作業がしやすいように指先が出たフィンガーグローブをはめている。
腰元のベルトには大小様々なポーチがぶら下がっていて、その中に噂に名高い「盗賊の七つ道具」が入っているのだろう。
前を留めてフードを被ってしまえばそのまま闇に溶け込めそうな色をした、こちらもダークグリーンのフード付き外套を纏っているが、今はフードは被らず前も留めていない。
さっきまで身に纏っていた「やり手の商人」という姿を脱ぎ捨てて、その下から現れたのはどう見ても裏家業に精を出すキナ臭い世界の住人だった。
彼は階段から降りてきた二人に気が付くとナイフを砥ぐ手を止めて立ち上がると、まるで手品のようにその右手から鋭いナイフをかき消して見せた。一体どうやって何処にしまったのか、彼女には見当すらつけられない早業である。
「さて、全員揃いましたね」
「ええ、それでは行きましょうか」
軽やかな足取りでカッサシオンが外に続く戸を開け、全員が外に出るのを確認してから扉に鍵をかけた。
カッサシオンとセレナが前を歩き、その後ろにカオルとマーチが同じように並んで続いた。
通りの人出は先程まで多くはないものの、やはりそれなりに存在した。
円形の公都を南の正門まで続く通りは緩く右手方向に湾曲している。その道を四人連れ立って歩く途中、不意にカッサシオンがおかしくて堪らないと言うふうに笑い出した。
唐突なその様子に他の三人が疑問の視線を投げかけると、彼は「失敬」と謝って笑いを治めた。
「さっきすれ違ったご婦人を見ましたか?」
「いえ? 特に注意してなかったわ。どうしたの?」
セレナが首を傾げてそう問いかけると、彼はくすりと笑った。
「私たち四人を見てあからさまに警戒していました――いえ、不愉快そうと言ってもいいでしょうかね。実は彼女は冒険者というやからに以前手酷くやられた経験がありましてね、それもその中の盗賊に。それ以来こういう――」
彼は全員の格好を示して見せた。
そしてその中でも自分の格好を特に指差してみせる。
「格好をした手合いを見るととたんに不機嫌になるようです」
「それがどうしたの? ここはあなたの聞き耳の腕を褒める所なのかしら。「あら、物知りね」って?」
「いえ、いえ」
彼はそう言って、再度おかしくてたまらないと笑った。
「彼女、商人としての私の常連でして――上得意というやつです、何度も直接顔を合わせているんですが、そんな相手すらこうして服装を変えただけで私だと気付かず、唾を吐きかけそうなくらい嫌悪感を隠そうともしない……まあ、人間の観察力なんてそんな程度のものだと言うことです。人間と言う生き物がいかにいいかげんな生き物か、凄く良く分かるって物じゃありませんか」
そう言って、彼はもう一度ニヤニヤ笑って肩を竦めた。
その言葉に感心したように頷くセレナの後ろで、彼女の隣のマーチは呆れたような溜息を吐いてそっと彼女の耳に囁いた。
「よく言うぜ、手酷くやった冒険者ってのはテメェの事だぜ? さっきのババアからがっぽり裏の商売でせしめておいて、今度は表の商売でしこたま稼いでやがるんだ。絵に描いたような悪党だぜ」
「……もしかして、盗品をおもてで……」
「よく分かったな」
なんと言うマッチポンプ。
彼女は今更ながら目の前でずんずんと歩く男が正真正銘の悪党だと気が付いたが、外面は紳士的なのもムスカそっくりだなと変に納得したのだった。
やがて一同は商業区から公都の玄関口である南街区に足を踏み入れた。
基本的に公都に入る正規の入り口はこの南街区にある正門を通る必要があるため、外から来る人間たちはまずは絶対にここを通る。そのためこの場所には冒険者や旅人相手に商売をする宿屋、露天、賃貸住宅、酒場やカフェなどが軒を連ねていた。
ここまで来ると彼女達の格好はむしろ周りに溶け込んで目立たなくなった。
門まで後少しという所までやって来た時、突然セレナが「あっまず」と呟いて回れ右すると後ろのマーチの背中に回りこんで身を縮めた。そうしていると元々マーチの体格がいいせいもあって小柄な彼女はすっぽりと隠れた。
が、残念ながら遅きに失したらしく彼女が身を隠そうとしたらしい相手が真っ直ぐこちらに向かって近付いてきた。
中肉中背といった風情の人族の男性で、その身を包んでいる僧服からして僧職にある人物だと見て取れた。年の程は20をようやく超えたくらいであろうか、若々しい覇気を僧服に詰め込んだ青年だった。
彼は明らかに怒りを湛えた顔でマーチを回り込むと、顔を伏せて無駄な努力をするセレナの横で「ごほん」と空咳をする。
セレナはその咳にびくりと肩を揺らした。
「ビショップ・セレナ、少しお話を伺わせて頂けないでしょうか?」
「ひ、人違いです」
その返事に、青年の両目がカッと見開いた。
「この私が貴女を他の誰かと見間違えると、本気で思っておられるのかっ。いいから顔を上げなさい、見っとも無いっ」
「うぅ……」
「第一、そんな格好でほっつき歩いて、ばれないと思っておられたのが不思議でなりません。現在公都にその黒いベレー帽を被ることが許されているのはたった三人しかいないのですよ」
「う……」
「ほら! しゃきっとしなさい!」
殆ど無理矢理に顔を上げられた彼女は、そこでようやく青年の顔を正面から見た。
そうして彼女が何か言おうとした瞬間、殆ど有無を言わさず青年が彼女の手を取って歩き出した。
セレナはギョッとした顔をするが、もっと驚いたのは見守っていた他の面子だった。慌ててマーチが青年の前に回りこむ。
「ちょっと待ちな、今連れてかれちゃ困るんだよ。話がしたいならクエストが終わってからにしてくれねぇかな」
青年は目の前のマーチを見て鼻で笑うと、懐から取り出した金貨を彼の足元に放った。
ちゃりんと澄んだ金属音を立てて石畳に転がった金貨を見て、マーチの眉間に皺が寄る。
「何のつもりだ?」
「それを拾って何処へなりと申せるがいい、公都の秩序を乱す乞食同然のゴロツキめ。彼女はお前たちのような薄汚い野良犬と付き合うような時間は一秒たりともないのだ」
「――いい度胸だクソが」
その瞬間に彼の全身から膨れ上がった殺気に、カオルは思わず息を呑んだ。
彼の全身を包むソフトレザーが殺気と共に膨張した筋肉で張り詰めると、荒事の空気を察知した人々がサッとその場から引いていく。
そこにいたのは彼女が今まで見てきたお人よしで、優しい人狼のマーチではなかった。牙を剥き出しにして闘争本能を隠そうともしない一匹の飢えた獣だ。まさに餓狼。獲物を引き裂く事だけに全てを研ぎ澄ます狩人の姿だった。
「ほう……」
それに相対した青年は少しも怯んだ様子を見せず、セレナの手を取っていた右手を離すとマーチと正面から向き直った。
「少しは出来るようだな」
「失せな、二度目はねぇぞ」
「ほざけ、野良犬め」
その瞬間、振り抜かれた拳がぶち当たり通中に金属同士がぶつかる硬質の音を響かせた。
金属の篭手に包まれた彼の右拳は、青年の顔にぶつかる寸前で半透明の何かに防がれている。
驚きに固まる彼を見て、青年は笑った。
「そら!」
「ぐっ」
半透明の何かは唸り声を上げながら彼が防いだ両腕の上から強烈な打撃を叩き込んだ。
みしりと骨が軋む音が聞こえそうなほどの強烈な一撃で、3フィートほど後退した彼は驚愕の表情で青年と、それを守るようにして空中に浮かぶそれを見た。
一言で言うなら中に浮かぶ人間の上半身だ。ただ、その大きさが巨人のようである事と、まるで霧か霞のように半透明であることを除けばであるが。
驚愕に固まるカオルはなんとなくその姿を見て金剛力士像をイメージした。
事実、その表情といい逞しい筋肉といい、日本の仏閣によく立っているそれにそっくりである。
「霊媒師(Holy Mediumer)か!」
「その通りだ、降参した方が身のためだぞ。私のヴァロースは手加減が下手だ」
「……」
一触即発の空気が辺りを包み込んだ。
マーチは注意深く構えを取りながらじりじりと隙を窺い、青年は先程の一撃を防がれた事が驚きだったのかこちらも慎重に相手の出方を見守っている。
そこでようやく我に帰った彼女は、この事態を何とかしようと当事者の一人であるセレナを見たが、セレナは真っ青な顔のまま今にも倒れそうな様子である。
それならばと振り返ってカッサシオンを見るが、こちらはニヤニヤと楽しそうに笑いながら細身の投げナイフを弄んでいる。事態を積極的に収める気がない事はそれだけで明らかであった。
どうしよう、どうしよう。彼女の思考が空回りする。
こんな時に限って司教は表に出てこない。それが《狂気の反転》の判定に失敗したからなのか、それとも発動する条件か何かがあるのか、例の「声」が聞こえなくなっているために彼女には分かりかねた。
思わず唇を噛み締める。あんなに鬱陶しく思っていた声だが、なくなった途端に必要になるとは随分な皮肉だ。
やがて一触即発の空気が限界まで張り詰め、周囲の観客が息を呑んだその瞬間に天の助けがやって来た。
「スタァァップ! 屑の犯罪者共が、ゆっくりと両手を頭の後ろに組んで這い蹲れ!」
「どけどけ!! 貴様等! 天下の往来で何をしているか!」
「散れ! 野次馬め!」
「俺の公都で犯罪を犯すクソッタレはどいつだ!」
鎧に身を包んだ衛兵達が大声で怒鳴りながら観客を散らして走り寄ってくる。
ガチャガチャと鎧を鳴らしながら殺気立った様子で走ってくる彼らを見てマーチは構えを解き、それとほぼ同時に青年も彼を守っていた半透明の巨人を消し去った。
やがて衛兵達の先頭を走っていた男がやって来る。
その姿を見て彼女は思わずギョッとその姿を見回した。最初は目の錯覚かと思っていたが、そうではない。その身長は明らかに成人男性の平均よりもかなり低く、その代わりにまるで筋肉と金属で出来た達磨のようにがっしりと横に太い。
鋼鉄の全身鎧と兜に包まれ、その顔面には綺麗に三つ網をした立派な髭が蓄えられていた。
鉄と大地の妖精族、ドワーフである。
御伽噺の中の存在がまたしても現れた瞬間であった。
「そこになおりやがれ、犯罪者め! それとも抵抗するか? 俺はそっちをお勧めするがな!」
そう言ってドワーフは腰に佩いていたサーベルを抜き放った。
まるで墨を流し込んだような真っ黒の刀身が傾きかけた太陽の光に照らされてぬらりと光る。
「ま、待ってください!」
「あぁ?」
そこでようやく再起動したセレナが衛兵の前に出る。
「騒ぎを起こしてしまった事は謝罪いたします」
「謝罪ですんだらガードはいらねぇんだぜ」
「承知しています。ですがどうか手荒なまねは……」
「けっ! 勝手に騒いでおきながら随分とまぁむしのいい――」
そこまで言ってドワーフはセレナの黒いベレー帽とその陣羽織に気が付いたのか、まじまじとそれを見た後に彼女の尖った両耳と自分とそう変わらない身長を見てギョッと身を引いて息を呑んだ。
「あ、アンタまさか――」
そう言って二の句が告げられない様子で絶句したドワーフを、後ろに控えていた人間の衛兵が不振そうに声をかける。
「ガンツ曹長、拘束しないんで?」
「ば、馬鹿! 出来るかそんな事! 常識で考えろ!」
「こ、ここは全員拘束するべきでしょう、常識的に考えて」
「馬鹿! 死にてぇのかっ」
ごつんと胸元を叩かれた衛兵は何故怒られたのか理解出来ずに目を白黒させた。
セレナに向き直ったガンツ曹長は、やや改まった様子でセレナに話しかけた。
「あー穏便に済ませたいというそっちの意向は分かった。けどこんだけ騒ぎになって、そっちの若いのは魔法まで使ってる。事情聴取に来てもらわねぇとな」
そう言ってセレナの後ろにいる僧服姿の青年に目線を移すと、青年は先程までの傲慢な様子を欠片も見せずに頭を下げると「申し訳ありません、自分が挑発してしまって事態が大きくなりました。先に手を出したのは私で、この獣人は正当防衛です」と証言した。
この発言にマーチは呆気に取られたようにポカンと口を開けた。
セレナも驚いた様子で後ろにいる彼を見た。
唯一、カオルの隣で事態を見ていたカッサシオンだけが不審そうに眉根を寄せる。
「事実か? それならまあ、お前と仲間は別に来なくていいぞ」
「あ、ああ、まあ」
もごもごとはっきりしない返事をマーチがすると、青年が更に一歩進み出てセレナの横に立った。
「曹長、事実です。ついかっとなってしまいました。詰め所まで上司と一緒に同行します」
「そうか、分かった。おい! 引き上げだぞ!」
その瞬間、カッサシオンが舌打ちと共に「やられた」と呟いたが、その意味をすぐに彼女も知る所となった。
「二人とも、俺の前を歩きな。詰め所まできてもらうぜ」
「では、ビショップ・セレナ、行きましょうか」
「あ……っ」
しまった! という顔をセレナがする。
すべては巧妙に仕組まれた事だった。まずマーチを挑発して喧嘩沙汰を起こし、ガードを招く。そしてその場ですぐに事実と違う自供をして自分が一番悪いのだと衛兵に告げる。マーチはわざわざそれを指摘してしまえば自分が先に手を出した事を言わなければならなくなり、結果的には口をつぐむ。
そしてセレナが弁護のためにでて来る事も織り込み済みだったに違いない。この場にいる五人の中で僧侶然とした姿の二人は浮いて見える、そしてそんなセレナがもう一人の僧侶を庇う――実際は少し違うが衛兵にはそう見える。この時点で衛兵は頭の中で僧侶二人と冒険者三人という図式を勝手に作ってしまう。
そんな中で青年がセレナと肩を並べて言った「上司」という言葉に、衛兵の印象は完全に固まってしまった。
こうなってしまっては今更事実を言った所で「なら全員ツラ貸せ」と言われるだけなのは分かりきっている。
それでもやはり納得できないマーチが声を出そうとするのを、カオルはその手を引っ張って押し留めた。
「なんだよ!」
「みて」
「あ?」
顔を前に向けた彼が見たのは、申し訳なさそうな顔でこちらを見ながら衛兵と青年に見えない位置で右手の指をそれとなく動かすセレナの姿だった。
その指の動きを見て、マーチは怒らせていた肩を降ろして溜息をついた。
「なんて?」
「……すぐに追いつくから、先に言ってろって」
「さて……どうしますか?」
面白そうな顔でカッサシオンがそう水を向ける。
一体何がそんなに面白いんだ、この野郎め。マーチの両目がそう言っている。
「これだけ見事に一本取られたのは久しぶりです。いや、冒険者と言うのはやはりこうでないと、刺激がありますね」
「…………出発する」
「彼女を信じると? あのねちっこい取調べで有名なブルーノ・ガンツ曹長の調書がそんなにすぐ終わると言われる?」
「俺は信じるっ、文句あるか!」
「いえ、ありません。行きましょう」
「へ?」
予想と違うその答えに思わず間抜けな声を出す彼に、カッサシオンは肩を竦めて見せた。
「この状況で適当な憶測を彼女は言わないでしょう。何か手早く終わらせられる確信があるに違いありませんしね」
「それにセレナはお前みたいに嘘つきじゃねぇ」
「その通り。分かっているじゃないですか」
皮肉も通じぬその様子に悪態をついて、彼は傍らで不安そうに立つカオルを見た。
「行くぞ。大丈夫だ、セレナは追いつく」
「……うん。行こう」
「おう」
初っ端から僧侶不在で出発という、なんとも先行き不安なクエストであった……。