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No.13088の一覧
[0] 【習作】あなたの Lv. は 1 です 【オリジナル D&D風味・人外】[桜井 雅宏](2010/03/19 22:55)
[1] はいてない[桜井 雅宏](2009/10/30 23:00)
[2] まいんどふれいや[桜井 雅宏](2009/11/07 01:14)
[3] そういうぷれいですか?[桜井 雅宏](2010/01/03 04:08)
[4] あくとうのしごと[桜井 雅宏](2009/11/02 23:03)
[5] ふわ[桜井 雅宏](2009/11/03 23:35)
[6] しょや[桜井 雅宏](2009/12/05 02:10)
[7] あなだらけの「わたし」[桜井 雅宏](2011/10/30 10:30)
[8] みえた![桜井 雅宏](2009/11/10 04:08)
[9] おかいものにいこう[桜井 雅宏](2010/02/12 01:32)
[10] ならずものとそうりょ[桜井 雅宏](2009/11/25 00:05)
[11] まーけっとすとりーと[桜井 雅宏](2009/12/05 02:10)
[12] おかいもの[桜井 雅宏](2009/12/05 02:10)
[13] みざるいわざるきかざる[桜井 雅宏](2009/12/05 02:09)
[14] にゅーとらるぐっど[桜井 雅宏](2009/12/19 01:23)
[15] ゆめ[桜井 雅宏](2011/10/30 23:03)
[16] しゅっぱつ!…………あれ?[桜井 雅宏](2010/01/02 22:54)
[17] しんわ 1[桜井 雅宏](2010/01/08 00:41)
[18] しんわ 2[桜井 雅宏](2010/02/27 16:11)
[19] れぎおーん[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[20] ぎよたん[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[21] そらのうえ[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[22] ぐろちゅうい[桜井 雅宏](2010/02/12 05:53)
[23] しゅよ、ひとののぞみのよろこびよ[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[24] いんたーみっしょん[桜井 雅宏](2010/03/19 22:55)
[25] ゆめうつつ[桜井 雅宏](2010/03/30 02:01)
[26] でこぼこふたり[桜井 雅宏](2010/04/30 20:07)
[27] めざめ[桜井 雅宏](2010/04/30 21:13)
[28] ぱーてぃ[桜井 雅宏](2010/05/05 00:54)
[29] けつい[桜井 雅宏](2010/08/02 19:38)
[30] にっし[桜井 雅宏](2010/08/04 00:33)
[31] 真相01[桜井 雅宏](2010/12/01 00:37)
[32] 真相02[桜井 雅宏](2011/10/30 10:29)
[33] 真相03[桜井 雅宏](2011/12/12 23:17)
[34] 転変01[桜井 雅宏](2012/02/02 22:51)
[35] 転変02[桜井 雅宏 ](2013/09/22 23:33)
[36] 読み切り短編「連邦首都の優雅な一日」[桜井 雅宏](2011/12/12 23:14)
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[13088] 読み切り短編「連邦首都の優雅な一日」
Name: 桜井 雅宏◆bf80796e ID:e4b34583 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/12 23:14
|∧∧
|・ω・`) そ~~・・・
|o旦o
|―u'

| ∧∧
|(´・ω・`)
|o   ヾ
|―u' 旦 <コトッ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

| ミ  ピャッ!
|    旦

















 アーケミィ連邦の首都グロリアス。その街路を一人の少女が歩いている。
 少女が身に纏うのはゆったりとしたフード付きローブと、その下には上等な生地で出来たダブレットを着込んでいる。腰から下は地面につきそうなほど長い、丈夫なレザー製のロングスカートを身につけていた。
 連邦特有の定規で測ったような規則正しい赤レンガのタイル道を少女が歩くたび、カチャカチャと硬質の足音がまだ日も昇りきらない早朝の街並みに響く。腰下まで伸びた薄茜色の長髪が朝焼けの光と混じり合うと、少女はふと足を止めて街並みの隙間からかすかに覗く今日一日の始まりに眼を細めた。
 登り始めた太陽の薄明かりに照らされた少女の横顔は、見るものを思わず瞠目させるような美貌に輝いている。
 薄い桜色に色づいた唇は微笑の形に動き、その両目は白雲母のような不思議な色合いをしていた。
 少女は暫しの間、摩天楼の中に奇跡的に作られた空隙の向こうへと視線をやって、小さな声で朝の訪れを祝福するエルフたちの歌を口ずさみながら歩みを再開する。
 曙光と共に囀る小鳥のように、少女はその美しいソプラノを無骨な摩天楼の街路に響かせながら先を急いだ。
 少女は時計を持っていなかったが、日の上り具合からして少し遅れていると気がついたからである。
 やがて少しずつ街路の中に人通りが増える。
 まるで夜明けと共に森の動物達が巣穴から這い出すように、連邦首都という一つの大きな生き物がゆるゆるとその呼吸を再開する。
 歩みを再開してから10人目の出社するビジネスマンを見てから、少女は今まで口ずさんでいた歌を止めた。
 昇る太陽と沈みゆく月、そして天空の星々に感謝するエルフの賛歌は、この連邦首都の真ん中で歌うのになにやら不釣合な、もっと言うなら冒涜的な心持ちがしたせいである。
 こんな早朝から何を急いでいるのか、寒空の下で薄いワイシャツとダークブラウンのスラックス姿のビジネスマンが、革の鞄を脇に抱えたまま彼女を追い越していく。そのフェラーク族*のビジネスマンはちらりと彼女を横目で見てからちょっと頭を下げると、そのまま一定のリズムを刻みながら、髪の毛替わりに生えた真っ赤な羽毛をふさふさと揺らしてアスリートのような美しいロングストライドで走り去っていった。
 フェラークは伝説のフェニックスの末裔であると言われるクリーチャーで、ほとんど一処に留まることなしに各地を放浪する。彼らに共通する大きな習性は、不正に大して公然と反発し、己と他者の自由をこれ以上なく尊重するということだ。連邦建国戦争において、何者にもおもねること無いが故に容赦なく現地権力を叩き潰し、各地で圧政に苦しんでいた少数部族を次々に開放する建国メンバーに感動し、多くのフェラークが建国戦争に参加して獅子奮迅の働きをした。そんな彼らの末裔が、今は世界各地を飛びまわる一流商社のビジネスマンだ。その種族的性格から、連邦捜査官や派遣裁判官になるものも中にはいる。
 そうかと思えば、早朝で他の車両がいないことを良い事に、制限速度を無視した荷馬車がガタガタとセメントコンクリート製の道路を走り去っていく。おおかた、搬入ぎりぎりになった商人が冷や汗をかきながら鞭を振るっているのだろう。
 少女は荷台に座っていたシフター*の男が早朝警邏の軍警察に見つからないように祈った。たしか、早朝夜間帯の警邏はケンク族*が取り仕切っているはずだ。自己中心的で猜疑心の強い――だが、それ故に優秀な――ケンク達に捕まると、ほとんど一日の時間が潰れるだろう。もしそうなれば、ご愁傷さまだ。
 シフター。彼らはライカンスロープと人間の間に出来た子孫の末裔である。彼らの性格はその受け継いた野生の影響を大きく受けるが、無論その例外も存在する。彼らのほとんどは放浪者や狩人、或いは腕のいい探索者や冒険者として身を立てるが、連邦に於いては少数ながらホワイトカラーとして財を成す者も存在する。ただし、彼らが一般的な人社会に適応するためには克服すべき多数の障害がある。その代表的なものの一つは、彼らの持つ抗いがたい肉食と狩りの欲求である。
 そして、ケンク。元々は大都市の暗闇にこそこそと潜むこそ泥や、真っ当な理由で真っ当な人間を雇うことの出来ない輩が、何かしら後ろ暗い汚れ仕事を頼むために金でかき集めるような、どちらかと言えば半社会的な立場にいた彼らが連邦では軍警察の役職についていると聞くと、連邦以外の国ではたいそう驚かれる。
 鋼鉄と煉瓦と蒸気が渾然一体となり、あらゆる種族、あらゆる階級、あらゆるエゴが鬩ぎ合い犇めき合う。
 重商主義と実践主義が支配する、世界最高峰の頭脳と人材の集う連邦首都の、これがその一日の始まりだった。



*フェラーク…………この背が高く、痩せた人間大のクリーチャーは背中に大きなファルシオンを帯びている。ほとんど人間のように見えはするが、赤と金色の羽毛が腕や足の背中側に並んでおり、髪の毛のあるべき場所には羽毛が濃く生えている。金色がかった肌は内なる熱と温かさを放っているかのようであり、両の目も輝いている(モンスター・マニュアルⅢ p.152)
*シフター…………このしなやかな体躯をした人型生物は見を屈めたような姿勢で、素早く飛び跳ねるようにして歩いている。幅が広くて平坦な鼻、大きな目、濃い眉毛、尖った耳、野性的な頭髪はたてがみのような感じで、もみ上げが長い。どことなく威嚇的なニヤニヤとした笑みを浮かべる口元からは鋭い門歯が覗いている(モンスター・マニュアルⅢ p.77)
*ケンク…………外套を纏った人型生物が影に潜んでいる。人間の手足の代わりに鳥のような爪が生えており、外套のフードの下には鳥のような造作――黒い玉のような目、黒いクチバシ、赤褐色の羽毛――が見て取れる。(モンスター・マニュアルⅢ p.56)
――――――――――――――――



 少女が重厚な建築物の立ち並ぶ官庁街にやってきた時、すでに時刻は早朝出勤の人々がぞろぞろと街路を歩きまわる時間帯であった。
 夜勤明けの人々と、これからまさに職場に向かう人々が混ざり合う光景は、彼女の目にはまるでリバーシの盤上のように見える。
 眠そうに肩を落としてゆっくりと歩くのが夜勤明け、そして額にうっすらと汗を滲ませながら早歩きで道を行くのが出勤組だ。
 彼女はゆっくりとした確実な歩みで出勤組の流れに加わると、道行く公務員達に訝しげな、或いは好奇の視線を向けられながらも目的地に辿り着いた。
 いっそ病的なものすら感じられるほど、建物全体が白漆喰で塗り固められたその建物の門柱には「公衆衛生局」という文字が象嵌された金属プレートがはまっている。彼女は常々、その仰々しい飾り文字の看板を馬鹿馬鹿しい権威主義の醜悪なカリカチュアライズだと思っていたが、大多数の人間はこの悪趣味な金属製のプレートを殊更有難がる習性があるらしい。
 彼女には、理解できなかった。が、彼女はいやしくも文明化された連邦国民であるからして、自分が理解出来ないからと言って否定することはない。ただ、心の中で呆れはするが。
 もはや顔なじみとなった守衛のウォーフォージドに片手を上げて通用口を通ると、鋼鉄の体で直立不動のまま、警備兵はそののっぺりとした顔付きで彼女に向かって頷いた。
 ウォーフォージド……彼ら「戦争のために鍛造されしもの」は連邦統一戦争時に於いて、統一派の実働戦力の大半を満たしていた「生ける人造」である。最初は自意識のないゴーレムの派生として作られたはずが、混沌期の氾濫した秘術実験の成果か、或いは完全な偶然か、はたまたそれを意図して作られたのか、彼らは自らの意思を持つ生ける人造となったのである。
 彼らの原材料は黒曜石・鉄・石・ダークウッド・銀であり、それらを組み合わせてできたがっちりとした人型をしている。一見して動きが鈍そうに感じる者もいるが、それは間違った印象で、彼らはその見た目に反して驚くほどしなやかで優雅に動く。大半は男性の形をしているが、制作者の気まぐれか或いは何らかの目的を持って女性型をしているものもいる。顔面はのっぺりとした仮面状のプレートがはまっており、その眼窩には強化ガラスを使って作られた眼球がはまっている。
 彼らの大半は建国戦争にて激戦を生き抜いた古参兵で、戦争が終わった時に自らの存在意義を探し、苦悩して四苦八苦するものが大勢いた。一般的に、平和な時代と国において、彼らの存在は凄惨で残酷な戦を象徴するものとして余り歓迎されない。彼らの多くは戦争が終わったあとも軍に残るか、或いは警察機構等の国家的暴力機関に身を置くことが多い。一部のものは人間たちが自分達をあたかも奴隷のごとく扱っているとして反旗を翻し、反社会的組織を結成している。そして、ある者は未だに戦争が終わっていないかのごとく戦い続けている。
 ロビン自信は彼らに対してあまり否定的ではないが、一般人の多くはなるべく関わり合いになるのを避けようとするのが常だった。
 そのまま彼女は正面玄関から入らずに、建物を横切ってちょうど真後ろにある勝手口から中に入ると、そのまま板葺きの床に足音を響かせながら目的地へと進む。
 三階建ての建物を一番上まで登り、東翼の突き当たり、そのドアに掛けられた小さな金属板には「強制執行課 予備室」と彫られている。泣く子も黙る公衆衛生局の強制執行部隊、その予備室である。連邦首都グロリアスにはびこる「汚物」を消毒し、路地裏から下水道に到るまで完全に「キラッ☆」と「お掃除」するのが仕事である。
 ノックもせずに少女が中に入ると、まず彼女の目の前に壁のような資料棚がドンと構えている。
 床にボルトで打ち付けられたその棚は、オーガがタックルしても揺るがないほどに頑丈で、一体こんな首都の官庁街の真ん中で、どんな襲撃を警戒しているのかと言いたくなるほどの「防護壁」である。
 少女は棚を迂回して後ろに回ると、そこには彼女の予想通りの光景が広がっていた。
 身長8フィート程もある、メガネをかけた男性が資料棚から紙束を取り出して椅子に腰掛けるところで、彼は少女の姿を認めたあとに、少しメガネを直してから椅子に腰掛けた。
 身長が高い割には痩せぎすで、しかし貧弱そうな印象を与えることはない。その骨格には限界まで引き絞った筋肉がつき、短く刈り揃えた髪の毛はほとんど黒に近いダークブラウン。全体的によく研ぎ澄まされた鋭い刃物のような印象をあたえる男であるが、ただ一点だけ、その呆然と中空を眺める焦点の合わない両目だけが浮いていた。
 ここではないどこかを見つめ続けるようなその両目は様は、まるで夢遊病者か幻蓮(ドリームリリィ)をキメて飛んでいる中毒患者のようである。

「こら、ポンコツ。ボクを起こさずに先に行くなんて、随分薄情じゃないか。おはようの挨拶くらいしろよな」

 少女はそう言って唇を尖らせながら男の正面の机に腰掛けた。
 声をかけられた当の本人は、相変わらず何処を見ているのか分からない両目をゆっくり彼女の方に向ける。

「お早う御座います、ミス・ロビン」

 男はその焦点の合わない両目を、辛うじて彼女の方に向けながらそう答えた。
 少女――ロビンはぐるりと両目を回すと、肩をすくめて溜息をつく。

「相変わらず、木で鼻を括ったような返事ありがとう。はいはい、おはよう。朝ごはん有難う」
「お気に召して幸いです」

 相変わらず茫洋とした様子で、本当にそう思っているのかどうかすら怪しい。

「で、他の面々は?」

 ロビンがキョロキョロと部屋の中を見回しながらそう問いかけた。

「私以外の全員は、緊急出動、いたしました」
「へえ?」ロビンは片眉を跳ね上げる。
「錬金術師通りの下水道で「塊の怪物」が出現しました。四号装備で公衆衛生局員はフル出動です」
「ええっ、塊の怪物!? ポンコツは留守番してていいの」
「私は、閉所での戦いに向いていません。邪魔だと言われましたので」
「ああ、なるほど。まあ、あんなクッソ狭いところでスパイクトチェインなんか振り回せないか」
「いえ、攻撃自体は、可能です。ただ、味方も全員巻き込むので」
「はぁ……」

 ロビンは呆れたような返事をして窓際にあるボスチェアに座りなおすと、両足をデスクの上にどかっと乗せた。そのローブがはだけて丸見えになった両足は、太股の付け根からつま先まで真っ白で肌触りの良い羊毛に覆われており、頑丈な偶蹄目の蹄がその先端についている。
 彼女は人間ではなく、グラシュティグと呼ばれる水辺に住まわるフェイであった。
 グラシュティグは森林地帯や山岳部の泉などに住まう美しく危険なフェイで、信じられないほど美しい容貌をした人間或いはハーフエルフの顔をして、その美貌や美しい歌声で犠牲者を水辺に呼び寄せてからその血を吸う。無論、血を吸われた犠牲者の多くは命を落とす。気まぐれに通りすがった旅人や迷い人を助けることもあるが、再度出会った時にもその気まぐれが続くことはまずない。
 被害者は概ねその整った容姿にしか目がいかないが、その下半身は白山羊の脚が生えており、グラシュティグはその脚を他者に見せるのを激しく嫌う。誰かがそれを見た時は、怒り狂ったグラシュティグに襲われている時だろう。
 また、生まれ育った水辺から遠くに離れられないという弱点も存在するが、ロビンの場合はそのどちらも当てはまらなかった。
 いや、少なくとも、その両足を見せることには激しい抵抗感が存在するが、相手によってはそれも特に大きなものではない。
 ロビンは豊かな双丘を押し上げるように腕組みをして、悩みながらコツコツと蹄で机の上を叩いた。

「あー、そうかー、皆いないんだ。どうしようかな」
「どうしました」
「いや、実は依頼を手伝ってもらおうかと思ってたんだけど。四号装備で行っちゃったんだ。まさにそれが欲しかったんだけど」
「フレイムスロアーが、ですか」男は首をかしげた。
「そう、今度の依頼に丁度良さそうだったからさ」
「いったい、どういう依頼ですか」
「ん? 雑草駆除」
「雑草は、駆除するという動詞に似つかわしくない気がします」
「ええ? そこなの、突っ込むところ」

 ロビンは思わずぐるりと両目を回すと、肩をすくめてから「全く相変わらずのポンコツめ」と溜息を突きながら苦笑を漏らした。
 なんどもポンコツ呼ばわりされながらも、男はやはりほとんど感情を見せない茫洋とした顔のまま、ゆっくりと口を開いた。

「私に手伝えることなら、手伝いますが」
「んー、そうだなー、一人じゃきつそうだったし、暇なら頼むよ」
「暇、という言葉がどういった定義付けであるかの議論は、今は止めておきます」そう言って、彼はおもむろに立ち上がった。「さあ、行きましょう」
「よし来た」

 男が隣室で素早く装備を整えて戻ると、ロビンはニコニコ顔で先を急いだ。
 二人は足取りも軽やかに、部屋を出る。
 そうして裏口から石畳の街路に出てからふと、ロビンは首をかしげた。

「ところでさ、下水道にでたんだよね? 四号装備って危なくない?」

 隣を進む長身にそう問いかけると、彼はまるでそれが取るに足らない些細な事であるかのような仕草で頷いた。

「疑い無く。大惨事です」








――――――――――――――――
 摂氏数千度を超える火炎地獄の中を、耐熱防護服に身を包んだ男達が今まさに絶体絶命の佳境を迎えていた。

「ちょッ! 誰だよコイツらが火に弱いとか言ったアホは!」
「弱いじゃん! 現にめちゃくちゃ弱いじゃん!? ちょーこんがりパリパリじゃん!」
「ハァハァ……ハァ、ハァ、閉所で、火炎放射とか、自殺行為じゃね?そうじゃね? 兄者」
「い……今更気づいても、遅くね?遅くね?俺ら絶体絶命じゃね?弟者」

 ただ一人、何の防御機構も装備せずに生存可能なウォーフォージド・サンドロフが、アダマンティン製の身体を白熱させながら、襲い来る塊の怪物に向かってフレイルを叩きつける。ヘドロそっくりの汚水色をした体液を周囲にまき散らして、彼は背後の仲間たちに警告する。
 
「警告。空気中の二酸化炭素濃度が急激に上昇しています。このままの速度で上昇した場合、3分20秒後には有酸素運動が必要な生物は生存に著しく支障をきたします。本機は撤退を推奨します」
「………………」
「おい! ラームが息してねぇぞ!?」
「テファレス(ちくしょう)! 誰かあのアホを止めろ!!」

 あのアホことテリー・マッケンジーは、正面の敵陣に向かってずんずん進みながらフレイムスロアーの炎を景気よくボウボウとまき散らしている。
 確かに敵の被害は右肩上がりで上昇中であるが、それと同時に下水道内の温度もギュンギュン上昇し、おまけに酸素濃度は反比例して急降下中である。

「クソッタレ! こんな事ならオルトヴィンも連れてこりゃよかった! こんな所で連携もクソもあるかッ」
「テリー! 作戦失敗だっつってんだろ! ボケ! 帰って来い!」

 必死に呼びかけるも、残念ながら全く聞こえていない。
 とうとう痺れを切らした隊長が追いすがって彼の肩を掴んだ瞬間、テリーはフレイムスロアーの火力を最大にして灼熱の粘体を盛大にまき散らした。

「ヒャッハァァァー! クリスピィィィィィィ!!」
「ぬわーーーーーーーーーーーーー!!!」
「た、たいちょぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!?」
「テリー! 止めねぇかッ」
「巻き込んでる! 巻き込んでるよ!」
「警告。接敵。三時方向から敵増援」

 警告と共に、サンドロフはたすき掛けにしていたロングボウを取り出して新たな敵影に射撃を開始する。
 弓の弦や矢束を金属製の物に交換していたから良いものの、そうでなければこの異常な温度の支配した空間であっと言う間に使い物にならなくなっていただろう。
 ゾロゾロと悪夢の中から這い出してきた異形の群れを見た瞬間、双子の片割れがチアノーゼを起こしたように真っ青になって腰を抜かす。

「ヒィッ! 東の通路からも来たぞぉ! あ、兄者ぁ!」
「ラーム! ラームしっかりしろ! クソッ、人工呼吸を……」
「馬鹿! 防護服脱いだ途端に焼け死ぬぞっ! サンドロフ、お前が引きずってこいッ、そんなモン仕舞ってついてこい、今更弓なんて焼け石に水だ!」
「イエッサー」
「撤退! 撤退するぞ! テリー! 聞いてんのかッ!」
「ヒャぁ! もう我慢できねぇ! 突撃だぁ!!」
「ッんのドアホが!」
「隊長! 動けますか!?」
「だ、だれか、あのアホを何とかしろ……」
「警告。接敵。九時方向から敵増援。本機は撤退を支持します」

 とうとう進退極まった戦況に、錬金術師サンドラ=サ=スッガと生得魔術師ルードラ=サ=スッガの双子兄弟は悲鳴を上げながら抱きつき合って卒倒寸前となった。

「ぎゃああぁぁ! グロい! グロいよぉ兄者! 俺が今まで見てきた中で一番グロいクリーチャーだよぉ! 四方から襲われるぅ!」
「ヒィィィィィ! 肉屋の臓物が合体して襲ってくる!? あわわわ、ば、爆裂弾、爆裂弾はどこだ弟者!」
「これだ兄者! ついでに王水爆弾とルビージェムテックスも投げよう! やろうぶっ殺してやらぁ!」
「よーしいいぞ! 最高にカオスだ弟者! 兄ちゃんなんかグレーターファイアーボール投げちゃうもんね! せーの!」
「あ、このクソバカ兄弟ッ、何してやが」
――――――――――――――――









 どーん、と、どこかで下腹に響く重低音が響いた。
 それと同時に遥か遠くのビルの影から、天上高くに火柱が上がるのが微かに見える。
 早朝の街路を足早に進んでいた人々は、その異様な光景にざわりざわりと口々に何かを話しながら、それでも立ち止まったのはほんの一瞬。直ぐに目的地へと歩き直したのだった。

「早朝から随分飛ばしてますなぁ、ありゃあ錬金術師通りですよ」
「またか! 錬金術師ってのはこれだから始末におえん。三日に一回は騒動を起こさんと気がすまんのか」
「知ってます? こないだの繊維分解魔法事件って、あそこの錬金術師が原因らしいですよ」
「ああ、あれか。娘が巻き込まれて往生したよ。全く碌なことをせんな。頭のいい奴らのすることはさっぱり理解できん。ま、議事堂のお偉いさん方が揃いも揃って全裸になったのはさすがに笑ったが。にしても意味不明な魔法だったな」
「まあ、天才となんとかは紙一重といいますし」
「奴らのほとんどはそのナントカの方なんだというオチだろう」
「いっそあの陰気臭い混沌の大使館を焼き払ってくれればいいのに。そう思いません?」
「おいおい、滅多なことは言うなよ、まあ、否定はせんがね」
「ハッハッハッハ」
「ワッハッハ」

 出社途中のビジネスマンが馬鹿笑いをしながら二人のそばを通り過ぎていった。
 それとすれ違うようにスーツ姿の若い女性がクスクスと笑いながら街路を進む。
 ロビンとポンコツことオルトヴィンは黙って視線を合わせると、どちらともなく肩を竦めたのだった。

「全員生きて帰ってくる方に10ドラゴン金貨」と、ロビン。
「では、私はテリーが「完全に無傷」な方に10ドラゴン金貨」と、こちらはオルトヴィン。
「賭けになってないよ」
「そもそも成立しませんが」

 ぐるりと目を回し、かつかつと蹄の音を立てながら、ロビンは町の外に向かって歩みを再開する。
 それに並んでオルトヴィンはブーツの音を立てながら、無言で歩幅を調節するのだった。

「あ、仕事終わったら買い物行こうか。冷蔵庫中身空っぽだったよ」
「承知しました、ただ」
「ただ?」
「暫く、肉系は遠慮したいところです」
「…………同感」

 そう呟いて、ロビンは早朝の爽やかな空気と共に、錬金術師通りの方からじわじわ漂ってくる焼肉の匂いに、げんなりと溜息をつくのであった。
 一体何が焼けているのか、考えたくもなかった。
 それから二人はロビンの先導のもとに都市郊外の大規模農場にやって来ていた。
 農場には一面の真っ赤な花が咲き乱れ、陽光を燦々と浴びながら風に揺られている。
 ただそれだけならば華やかな光景なのだろうが、オルトヴィンは思わずといった様子で首を傾げた。

「……ここは牧場だったはずですが」
「そう、で、その牧場主が今回の依頼人」

 真っ赤な花が咲き乱れる元牧草地をかすめるように進むと、その先には二階建ての頑丈そうな家がある。いかにも農家の屋敷といった風情で、大きな家畜小屋とサイロ、家族を養う分を作るだけのこじんまりとした畑がひっついている。
 その木製の扉に設えてあるノッカーを彼女が叩くと、扉を開いて暗い顔つきの40男が顔を出した。
 男は二人を胡散臭げに眺めると「なんだ、あんたら」と不機嫌そうに詰問した。

「何だとは酷いな、依頼を受けてやってきたのに」
「なにっ! 冒険者か!」
「そうだよ」
「さあさあ、早く入ってくれ! 早く! あのクソッタレ共を皆殺しにしてくれ!」

 一瞬にして不機嫌顔を喜色満面にしながら、農場主のバーマンと名乗ったその男は家の中に招き入れた二人に状況を説明した。
 バーマンは身振り手振りを加えながら臨場感たっぷりに色々と説明をしてくれたが、単純に纏めるならばたった一言で済んだ。

「つまり、この赤い花を全部駆除しろってこと」
「なるほど」

 そう言って、二人は小高い丘の上から一面に広がる花畑と化した牧場を眺めた。

「しかし、どうやらただの花ではないようですが」
「まあ、ただの花があんなコトしたら溜まったもんじゃないよな」

 そう言って彼女が指さした先には、干からびて白骨化寸前の牛が点々と花畑の隙間に転がっている。
 牧場主いわく、あの「赤いクソッタレ共」が牛を殺してしまったらしい。
 当然、ただの花にそんな事が出来るはずもなく、依頼を受けた斡旋ギルドではこの異様な花を魔物災害の一種と認定した。

「さぁて……こいつの出番かな……?」

 そう言ってロビンは腰のホルスターから全長1ftほどの短杖(ワンド)を抜き出した。

「それは?」
「えへへ、師匠のところからちょっと借りてきた。今回の依頼にちょうど良さそうだったからさ。それ!」

 彼女がワンドを振ると、飛び出した火球が花の群生地に直撃して爆炎をまき散らした。
 やった、と彼女が小さくガッツポーズをした次の瞬間、今の今まで例の焦点の合っていない両目を中空に向けていたオルトヴィンが目にも留まらぬ素早さで彼女を抱きかかえてその場を飛び退る。
 彼女の小さな唇が抗議の言葉を吐き出すより先に、さっきまで彼女が立っていた場所に数十本の赤い花がその鋭い茎を矢のようにして突き刺していた。
 ぎょっと目を見張る彼女の目の前を、まるで羽虫のように舞い上がった大量の赤い花が、獲物から吸い取った赤い血を滴らせながら飛び回っている。
 彼女が放った一撃に触発されたのか、見渡す限りに続いていた赤い絨毯が次々に空中に舞い上がりはじめた。
 ロビンの顔が引き攣る。

「な、なな、これは」
「ドレッド・ブロッサム・スウォーム(恐るべき花の群体)を確認。対象を危険度AAAランクの異次元災害と認定」
「げ! トリプルエー!? 聞いてない!」
「殲滅します、援護を」
「分かった!」

 グルグルと上空で旋回するドレッド・ブロッサムが狙いを定めたのか、一塊になってその鋭い茎の先端を向けて急降下してくる。
 狙いは前衛のオルトヴィン。
 だが、その攻撃が届く前に彼の準備は完了していた。

「変身ッ!」

 オルトヴィンが特徴的なポージングを決めた途端、彼のベルトのバックルが閃光を放つ。
 その光が消え去った時には、その場には全身と一体化したなめらかな鎧に身を包むオルトヴィンの姿があった。その両手には鈍色に輝くスパイクト・チェインが握られ、周囲には雲霞を纏うが如く刃のついた武器が舞っている。
 襲いかかってきたドレッド・ブロッサムの群れはまず舞い上がった武器の群れに蹴散らされ、それでも抜けてきたものは振り回されたスパイクト・チェインに薙ぎ払われてバラバラに粉砕された。

《説明しよう! アレックス・オルトヴィンはベルトのバックルに仕込まれた高精度物質圧縮装置を起動することにより わずか0.00001秒の瞬時にて戦乱と憤怒の使者レイジ・ウォーカーに変身するのだ!》
「ベルトから師匠の声!? また変なギミックをッ!」
《スパイクト・チェインで敵を討て! ブレードバリアーで身を守れ! すごいぞ僕らのレイジ・ウォーカー! 君もグロリアスで僕と握手! でもリボ○ケインだけは勘弁な!》
「しかも長い! リボルケ○ンてなに!?」
「うおぉぉぉぉおおおぉ!」

 ロビンが引きつった叫び声を上げるのを尻目に、今までの茫洋とした様子からは想像も出来ない怒声を上げてオルトヴィンがスパイクト・チェインを振り回す。
 襲いかかってきた敵の一群を打ち払うと、危機感を抱いたのか見渡す限りに広がる真っ赤な花の絨毯が一斉に飛び上がる。
 空が一分で赤が九分の光景にロビンが引き攣る。

「ちっくしょっ! 燃えろ!」

 振りかざしたロッドから複数の火球が飛び出して炸裂する。
 爆轟波によって数百単位の敵が一斉に燃え上がり粉砕されるが、その穴を埋めるようにざあっと雨のような音を立てて更に敵が飛来する。
 ロビンの脳内で瞬時に撤退と抗戦が天秤にかけられ、その秤が撤退に傾きかけたとき、突然ドレッドブロッサムの一部が同士討ちをし始めた。
 はっと視線をオルトヴィンの方に向けると、相変わらず鎖で敵を打ち払いながら彼は憤怒の雄叫びを上げる。
 その瞬間、地面から吹き上がった炎の壁が敵を分断する。
 レイジ・ウォーカーの特殊能力、《血の狂乱》と《ウォール・オブ・ファイアー》が発動したのだ。
 炎の壁で分断され、隣の味方が突然敵になる。
 飽くなき闘争と戦乱の狂気を象徴するレイジ・ウォーカーにとって、その戦法は常套手段であった。この戦い方に一度嵌ってしまうと、よほど戦闘力に隔絶したものがあるか、もしくは類まれな幸運に恵まれない限り容易に抜け出れない。

「いいぞポンコツ! ヒャッハー! 燃えるんだよぉ!」
「オオオオオォォォ! 闘え! 戦え! 世界の戦がすべからく燃え尽きるまで! 死ぬまで戦え! 死んでも闘え!」

 炎の壁を敵の一群が突破する。
 どうやら団子状に固まって無理やり突破したらしい。
 オルトヴィンを避けてロビンに突っ込もうと飛びかかったが、そうはさせじとオルトヴィンのブレードバリアがそれを阻み、それすら突破した敵は彼が身を呈して弾いた。

「うっわぁ! ポンコツ!」
「闘え!! 戦うのだ! 現世の戦が消え果てる日まで! 闘え! 戦え! 戰え!!」
「うん……大丈夫そうだ」

 猛り狂った《歩く憤怒》と超一級アーティファクトを惜しげも無く振り回すグラシュティグのコンビが振るう、地獄の鬼すら裸足で逃げ出す情け容赦ない攻撃の前に、とうとうドレッド・ブロッサムはその最後の一匹に至るまで狩り殺されるのにそう時間はかからなかった。



■■■



「おお…………」

 燃えていた。
 彼がその半生をかけて築き上げた、彼の全てが燃えていた。
 というか、燃やされた。

「……………………殲滅……完了」
「……………………ごめーんね☆彡」

 燃え上がる牧草地帯と厩舎、納屋、穀物庫を前に、変身を解いたオルトヴィンがボソリと、冷や汗をかいたロビンが「てへぺろ(・ω<)」とかなり無理のある誤魔化し方をしたが、地面に崩れ落ちて男泣きをするバーマンは見てすらいない。
 メラメラと全てを灰燼に帰す炎を背に、やけに冷たい風が三人の間を吹きすさんだ。
 景気良く燃え盛るオレンジ色の炎をぼうっと眺めながら、オルトヴィンが口を開く。

「争いは……いつも虚しさだけが残る……」
「えっ」

 本日のお前が言うなである。
 それを突っ込むより早く、憤怒の形相で立ち上がったバーマンがオルトヴィンに掴みかかる。

「どうしてくれる……ッ! どうしてくれるんだあんたら! 私の財産が! 私の人生が! どうしてくれる、どうしてくれるんだよ! ええ!」
「私は、衛生局の役人です、汚物を処理しただけなので、周辺被害は別窓口へどうぞ」
「シュナウクァ(クソがッ)! じゃあお前! そこの魔法使い! お前冒険者だろ! ギルドに連絡するからな! 覚えておけこのアバズレが!」
「ちょちょ! ちょっと! ボクはそもそもあんな危険な異次元生物が巣食ってるなんて依頼で聞いてないし! ボクのせいじゃない! あんなのがいるって知ってたらもっとスマートに殺せる方法を準備してきたって!」
「うるさいうるさいうるさい! 畜生! 光輝神の心臓にかけて! 貴様ら覚えておけよ!」

 怒り心頭といった様子の依頼人は、頭から湯気が吹き出そうなほどカンカンになって二人に背を向けると、そのまま唯一無事だった家屋の中に引っ込んでいった。
 しばらく呆然とその閉じた扉を見つめていたロビンであったが、やがて肩を落としてとぼとぼと帰路につく。
 そのまま双方無言で都市の門扉近くまでやってきて、ロビンは深くため息を付いた。

「あーどうしよう、ギルドになんて言ったらいいかな」
「言い訳を考える、必要はないでしょう」
「え? なんで」
「そんな余裕は、吹っ飛びそうです」
「は?――――――げ」

 オルトヴィンの指さした先には、ニコニコと笑顔を浮かべる絶世の美女が立っていた。その姿を見て、ロビンの顔色から血の気が引く。
 連邦アカデミー教員服の上から白衣を羽織ったハーフエルフの美女は、如何にも上機嫌といった風情で此方に歩み寄ってくる。
 が、その内心では怒りの炎がマグマのように煮えたぎっているのが手に取るように分かった。

「し、ししょぉ……何故ここに」
「ああ、何処かの馬鹿が私の宝物庫から《炎の杖》を勝手に持ちだしたから回収に来たんだよ。心当たりがあるだろう?」
「は……はい、こ、ここに……」

 ブルブルと震えながら差し出されたロッドを手にとって矯めつ眇めつして、小さく溜め息をつく。

「なるほど、確かに。正直に返したのいい心がけだ。うちに来て妹をファックしていいぞ」

 その言葉の直後に間髪入れず、渾身のレバーブローがロビンを直撃する。

「この半端者のクソッタレが! あの程度の折檻じゃ足らなかったか? 帰ったら修行の続きだ! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」

 呻き声も上げずに崩れ落ちたロビンの後頭部を踏みつけて、容赦無く罵倒するその姿、まさに外道。
 道行く人々はなんだなんだと視線を向けるが、白衣姿のハーフエルフを見るなり触らぬ神に祟りなしとばかりにコソコソとその場を逃げさって行った。

「うぅぅ……」
「立て! それとも半分山羊だから道端の雑草でも食いたくなったか? 立てッ! 道草食ってる暇があったら今すぐ私の研究室に行って目録の続きを作れ! わかったか!」
「は、はぅ……あ……」
「返事!」
「は、はいぃ!」

 ボロクソになじられ涙目になりながらロビンが走り去ると、後に残った美女は大きなため息をついてジロリと傍らのオルトヴィンを睨みつけた。

「おい、あんまりあいつを甘やかすなよアレックス。あの気まぐれなグラシュティグをあそこまで持って行くのにどれだけ大変だったか、お前考えたことあるのか?」
「…………鞭ばかりで、人は育たない」
「ふん……飴はやってるさ、前払いでタップリとな」

 そう言って彼女は耳元のピアスを少しいじった。
 二人の周囲を盗聴防止の力場が包む。
 物問いたげなオルトヴィンの視線に彼女は険しい顔つきで「クトゥーチク猊下が暗殺された」と呟いた。

「――まさか」
「私も、本当に死んだのか疑問だ、顕界派は死体も残らないほどの火力を叩きつけたと言っていたが……。さて、あの化け物を相手にそれだけやれる戦力が奴らにあったものか……?」
「この世にあり得ぬことなど何もない、世界とは無限の可能性が織り成すタペストリであり、我らはその糸の一本を見ているだけにすぎない。糸を見てタペストリの絵を見たと放言することこそ傲慢の誹りを受けねばならぬ」
「無名司教至言集か……。なあ、アレックス、私たちは確かに世界を構成する糸の一つだろうよ、だけど、かなり重要な糸だって自負は、コレは自惚れかな?」
「……あの司教なら、笑ってこう言うだろう、「自覚無くして覚醒なし。覚醒なくして大成なし」と」
「ふん……ほんと、いけ好かないイカ野郎め」

 苛立ちを隠そうともせず、彼女は連邦首都の摩天楼を仰ぎ見た。

「さて……凸凹コンビは予言通りに薫さんを見つけられるのかねぇ」
「司教の予言が、外れたことはない」
「さて、だからこそ腹が立つんだけど」
「?」

 首を傾げる彼の横で、彼女は眉を顰めた。

「だったら、自分の死期ぐらい伝えて逝けってんだ」
「予言なんて、そんなものだ」
「それもそうか……全部分かったら何も面白い事なんてなくなるもんな」

 そう言ってカラカラと、気持ちのいい笑い声を中天に登った太陽が見下ろす。
 時に、1845年11月。
 すべての役者が揃うまで、あと一ヶ月…………。














――――――――――――――――
以前書いた短編の加筆修正版です。


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