南ジェネガン基地とは、周囲を荒涼とした大地に囲まれた極めて小規模な基地だ
最も、この世界の軍に置いての大規模、小規模とは、基地の巨大さで決められるのではない。そこに所属する軍人の数で決まる
ジェネガン基地は、およそ4800㎡の中に工兵や生活班、その他諸々を含め、漸く二百五十人程度が駐屯していた
4800㎡の中に二百五十人――実際は基地施設の面積などで、認識できる生活範囲はもっと狭いだろうが――もの人間が住んでいるため、生活環境はすこぶる悪い
下級兵士など、六人部屋にタコ詰めにされているくらいだ
そしてそれが、女性仕官に基地勤務を敬遠させる理由にもなっている
しかし、そこかしこ狭苦しいこの基地にも、唯一広々とした空間がある
鼻に突く鉄錆びの匂い。無意味なまでに高い天井
そう、そこは鋼の巨人達が静かに佇む場所、巨大格納庫だった
・・・・・・・・基地自体が小さいと言うのに巨大格納庫と言うのもどうかとは思うが・・・・・・
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(暇だなぁ・・・・・・・・)
格納庫に佇む巨人の内の一体、御厨は、どうしようもない暇を持て余していた
これでも当初を省みれば、まだマシな状況である
ある日突然ロボットになったと思えば、体はまともに動かせない。かと思えばなにやら外界からそ操作で自分はいいように動かされる。それが約三日間も続いたのだ
だと言うのに、ここはどこなのか、どういう状況なのか、それら情報は全く入ってこない
今の状況に置いて、『知らぬ』と言う事は凄まじい恐怖だった
だと言うのに、要らぬ情報は幾らでも送り込まれてくる
こうやって暇だ暇だと呟く今でも、訳の分からない英数記号が送り込まれてくるのが解るのだ
恐らく、さっきのボトルと言う男が扱っていたPCからだろう。御厨はふと思った
中には御厨に理解できる物も無いではなかった
所々にある数字は数学式だと知れたし、英語のスペルも触りだけなら読める
だが所詮は馬鹿な一般人。英語と数学を中高合わせて六年、その全てで1を取ってきたのは伊達ではない
詰まる所、何かされているのは解っても、打つ手がないのが今の状況だった
ふとそんな時、圧縮空気の抜ける音が聞こえる。格納庫の入り口が開く時の、間の抜けた音だ
御厨がズームレンズを向けた先に居たのは、あの紅い髪の少女だった
肩口までの長さのセミロング。その小さめな顔立ちは、どことなくモンゴロイド系にも見える
鼻は高くないがそれがまた愛らしい、藍色の、大きなつり目が印象的な少女だ
小柄な体躯はまだまだ発展途上と言っておこう
それなりに美少女なのだろう。それは御厨にも解る
しかし御厨自身そういった経験が少ない物だから判断に苦しむ。それに御厨の好みは、もっと成熟した大人の女性だ
じっくりと観察する気にもなれないが、兎に角暇な御厨はズームレンズを少女に合わせ続けた
「うぅぅ~~・・・・・・疲れたぁ・・・・・・」
少女はあろう事か、巨人達の移動効率を考えて作られた格納庫の床に、ばったりと倒れ込む
御厨は少女の格好に目を止める。下は迷彩服のズボンで、上はタンクトップ一枚だ
発汗によってそれが素肌に張り付く様は酷く淫靡だった。・・・・・・・御厨には興味のない事だったが
まぁ兎に角、格納庫内の若い衆の伸びきった鼻下は、暫く戻りそうにない
少女はヒョイと両足をあげて反動をつけると、アクロバティックな動きで飛び起きた
再び圧縮空気の抜ける音が響き、格納庫の入り口が開く。ボルトだ
厳つい顔に渋い笑みを浮べながら、大股に入ってきたボルトは、立ち上がったとはいえダレまくっている少女に、豪快に笑いかける
「ははははは!どうやら、大分きついのを受けたみたいですな、ダリア少尉」
「ボルトさん・・・・。敬語なんていいですよ。初日みたいにしてください。あたしなんて若輩者なんですから・・・・」
あの紅い少女はダリアと言うのか。御厨は何気なくボルトに視線を移す
ボルトはダリアの言葉に対してわざとらしく崩れた敬礼を取る。黒く煤けた、元は綺麗な白であっただろうキャップをかぶり、先程のように渋い笑みを浮かべた
「少尉殿が何と言われましても、軍隊の階級ってのは絶対です。少尉殿も早く自覚してください、何時までも学生気分じゃこっちが困りますんでね」
少し咎めるような口調だった。それ以前に、娘をたしなめる父親のようでもあったが
御厨は、ボルトが熊の様に太い腕を組む様を見つめる
・・・様になっている。違和感なくあのキザったらしいポーズが取れるのだから、ボルトと言う男は凄い
そしてそのボルト自身、サングラスを掛けていれば、ヤクザか黒服に見間違われかねないような大男なのだから不思議だ
ボルトの前では、元より背の高い方ではないダリアなどまるでチビッコだった
(・・・・・・・ダリア・・・・・・・ね)
「そんなつもりじゃなかったんですけど・・・・・・、気をつけます」
御厨は再びダリアにレンズを戻す。ダリアはボルトの言葉に、虚を突かれたような表情を見せていた
御厨に軍人の常識など解りようも無かったが、ボルトが言うのならばそれは正しいのだろう。何となく、そんな気がする
ダリアなる少女も恐らくは同じ心持だったのではないか。御厨はそう考えた
軍人の常識同様、これも解りようのない物だったが、それ程外れてはいまい
そう思い耽る御厨の視界の先には、こちらに向かって歩き出すボルトの姿があった
「・・・・よし、野郎ども仕事だ!少尉殿の機体を仕上げるぞ!いっぺん全システムをカットしろ!」
「「「「「「「「アイアイアサー!」」」」」」」」
ボルトが突如として張り上げた怒声に、近くの工兵達は驚きもせずに唱和した
素晴らしいコンビネーションだ、と御厨は誉めた事だろう。返事を返した工兵達が、わらわらと自分――鋼の巨人の周りに集まってこなければ
(な、何?何なの?)
こうもわらわらと、まるで蟻のように集られては堪らない
工兵達が自分を弄くろうとしている事は明白だ。何よりも先に、恐怖が立つ
ブツン
あからさまな切断音の後、御厨は自分の視界が黒く染まっていくのを明確に感じ取っていた
そして、雑音のやかましい中、何故か聞き取れたボルトとダリアの声を・・・・・
「行ってらっしゃいダリア少尉。あれは少尉殿の機体ですよ」
「・・・・・ありがとうございます、ボルト主任」
(・・・・・・・・・・・・何だか知らないけど・・・・・・・・・・・・・・・勘弁して・・・・・・・・・)
ロボットになった男 第二話 「ダリアと言う少女」
御厨が目を覚ました・・・・・いや、起動したと言うべきだろうか
兎に角、彼の思考が活動を開始した時、既に格納庫はねっとりとした闇に閉ざされていた
肉眼では五メートル先も視認できない。しかし御厨の優れた暗視機能は、その闇の中でも正確に辺りの様子を捉えている
突如、御厨の内部に熱が起きる。驚きも表せないまま闇の中に光が漏れ出し、今の御厨の様は、宵闇を照らすランプのようだ
数分の一秒の後、御厨は漸く己の中に誰かがいるのを知った
思わず二重に驚く所で、それも別段可笑しい事ではないかと首を振る。・・勿論心中でだ
自分は今物言わぬ鋼の巨人、ロボットになっているのだ。名はシュトゥルムだったか
機動兵器と言えば人が乗り、人が動かす物。ならばコックピットの一つや二つ・・・・・と、一つ以上あっても無駄なだけか。御厨はとぼけた事を考えた
ブウゥン
例によって虫の羽が震えるような音と共に、コックピット内部の光景が映し出される
外視界用のズームレンズは、それでも変わらず漆黒の闇を映していた
それとは別に、コックピット記録用カメラが紅い髪の少女、ダリアを映し出す
ダリアは安全性を考慮された、小柄な彼女にも随分と窮屈なシートに収まり、カメラに視線を向けていた
御厨が変な気分だったのは言うまでもない。何せ、目が二つから三つに増えたような物だ。しかし違和感はあるものの、混乱はしていないのだから始末に終えない
これでは御厨自身に溜まるストレスは相当な物だろう。それを考えると、混乱していた方がまだマシかもしれなかった
御厨が不快感に困っていると、ふとダリアが唐突に話し始めた
「これが量産機シュトゥルム。・・・・・あたしの機体・・・・・・・・・・・・・・・・よろしくね?とは言っても、戦争はつい二ヶ月前に終わっちゃったけど」
ダリアの話し掛けてくるような言葉に、御厨の心臓は跳ね上がった
(な、何?!この子、僕が居る事を知ってるの?!)
複雑な悲鳴を上げて、それからそんな訳がないだろうと自分に突っ込む
ロボットの中に人の心が入ってます、なんて話、一体どこの誰が考えるのだ。よしんば考えたとしても、それを信じる人間は狂人くらいの物だろう
よってこのダリアと言う少女が御厨の存在を知っている可能性は無し
御厨は高速化した思考の中で結論を付け、心を落ち着ける
意識してダリアを見てみれば、当の彼女はコックピット前部の調整キーとモニターに凭れ掛り、気の抜けた息を吐いていた
ダリアは腕に顔を埋め、紅い髪をくしゃり、と掴む。再び語りかけるようにして呟き始める
「うーん、やっぱり変かな?こんなただの・・・・ただのメタルヒューム話し相手にするなんて」
メタルヒューム、聞き慣れない単語だ。自分の事だろうか?御厨は考える
自分はシュトゥルムではなかったのか?いやそれ以前に、僕は一人の人間であったのだけれど
もし御厨が肉の身体のままなら、今はきっと眉根を寄せていただろう
こめかみを揉み解し、ついでに皺の寄った眉間も揉み解している筈だ。御厨にはその仕草をする己の姿が、はっきりと想像できた
「でも・・・・話し易いんだよね・・・・。いや、話てる事にはならないのかなぁ」
そういって目を伏せるダリアに、御厨は「聞いてるよ」と話し掛けてやりたかった
しかしこの鋼の体は、動く事もままならない。もし動けたとしても、まともなコミュニケーションが取れるとは考えられない
御厨は流されるばかりだったが、今この時はこの鋼の体が憎らしかった
「・・・・・・・・・・・・・兄さん、絶対に見つけてみせるからね・・・・・・・」
ダリアの薄紅色の唇から、そんな言葉が漏れた
御厨は、今はもう存在しない己の脊髄が、凍りついたような感じがした
それほど、それほど、知って間もない人間が動きを止めてしまう程、その言葉に哀哭の響きが混じっていたからである
何かあったのだろうか。ダリアと、ダリアの兄なる人物に、何かあったのだろうか
今の状況すら知りようのない御厨に察する事など不可能だが、考えずにはいられない
雷のように喧しい警報が鳴ったのは、ちょうどそんな時だった
ビイィィィィイイイイ!!!! ビイィィィィイイイイ!!!!
鼓膜が破れてしまいそうな音と共に、赤色の系色灯ひかりだす
輪を掻きながら回るそれは、まるで螺旋の輪のようにも見えた
ダリアがハッと顔を持ち上げ、上ずった声を上げる
「こ、これは、緊急時の第一級エマージェンシー?!何があったの?!」
それは既に悲鳴に近かった。ダリアは手元のキーを操作して、緊急対策時のマニュアル情報を引き出そうとする
ダリアが何を望んでいるのか解った御厨は、それらしい物を感覚で引きずり出し、ダリアの目の前にあるモニターに弾き出す
不思議な事に、今の一連の作業には、一瞬の淀みも無かった。御厨自身自分が一体何をしたのか、よく理解できない有様だった
(今、僕は何を?・・・・・・・本当に、僕は本当にロボットになっちゃったっていうのか?)
「パイロットは・・・・独自の判断で機体を起動させ、中央管制からの支持を仰げ?よし、それなら!」
御厨の声が聞こえる筈もないダリアは、意気込んで手元のスイッチ、計器類を操作する
無意識の中に、御厨は鋼の体に力が満ちていくのを感じていた。御厨の意思に関わらず、巨人は立ち上がる
制動をきちんとした御厨――シュトゥルムは、朱色の系色灯が散らばる中を、ゆっくりと歩き出した
「一体何が起こってるの・・・・・?」
(兎に角誰、か何とかしてください・・・・・)
やはりやはり、御厨の受難は続く