薄暗さと圧迫感、それは、ジェネガン基地の格納庫に似ている
背部から地下基地のメインコンピュータに繋がった端末配線。そこから様々な情報を吸い出しながら、御厨は想像した
地下基地中枢部は、それ程広い訳ではないが狭くもない
いや、乱雑に物が散らばっているため、広いと認識できないだけか
しかし、このどうしようもない圧迫感だけは同じである。蟻が人間に踏み潰される直前、その靴の裏を見る時の気分がこんな感じだろうか
言った自分ですら想像し難い情景である筈なのに、御厨は良い例えだと思った
(流石に基地って呼ばれるだけあって、凄い情報量だ・・・・)
御厨は、自分のサーキットの中を流れていく情報を眺めながら、そう考える
御厨・・と言うよりタイプSは、偵察・支援型と言うコンセプトだけあり、その記録容量は他のメタルヒュームの追随を許さない・・・・らしい
確定でないのは、それがホレックの言であり、尚且つ確かめる方法が無いからだ
とは言え御厨自身、己の中に広大な、ポッカリと開いた穴のような空間が在る事は認識している
其処が情報によって埋まっていく様・・・・、自分の無駄な部分が補完されていくと言っても良い様は、御厨に程好い爽快感をもたらした
流石に元人間の処理量で、今吸い出している情報の全てを把握するなんて出来やしない
が、情報の中には、この世界の事が中々細かく記録されているようだ
御厨とて知性体。知りたい事なら幾らでもあるし、今の状況ならば知る事もできる。ならば、少し苦労しても探ろうと言うのが人間ではあるまいか?
御厨は必要もないのにそう言い訳して、サーキットの中に潜る
実際には違うのだろうが、感覚的には『潜る』と言うのが一番正しい
御厨はあちらこちらと彷徨いながら、情報の海を泳いだ
(世界地図~世界地図~と・・・・・・・・・無いなぁ)
やはり、世界の事を知るなら世界地図である。残念ながら無かったが
人間、言葉だけでは伝わり難い事も、『世界地図』など、ハッキリとした方向性を持つ指針があれば理解できる物だ
大雑把ではあるが、中々馬鹿に出来た物ではないと、御厨は思っていた
しかし・・・・・・・無い
この世界にも地図くらい在るのだろうが、データの破損か、今は見つけられない
だが、それなりの事は知る事ができた。国、歴史、この地下基地の情報
特に国は重要だ。自分は軍の物であると予想がつく以上、知っておくに越した事はない。歴史については・・・・・まぁ勉強嫌いに何を今更と言った所か
そんな事をしつつも、ダリア達が気になった御厨は、レンズをメインコンピュータの左右に走らせる
情報を吸い出す御厨の横で、ダリア達は暢気に飯をかっ食らっていた
(・・・・・・・・・・・・・・本当、度胸があるよね・・・・・・・・・)
ロボットになった男 第十一話 「大脱出・・・・か?」
「データの吸い出しは・・・・何時頃終わるのさ」
「さてね・・・・・まぁ、元より情報全部持ってくつもりも方法もないから、大体あと三十分ぐらい吸わせたら出発しよう」
カンパンを口に放り込みながら問うダリアに、ホレックは少し考えてから答えた
ホレックの処理により危険はないのだろうが・・・・それでもやはり、図太い神経だと賞賛する他ないだろう。あれほど梃子摺らされた蜘蛛どもの住処で、暢気に食事を取るなんて
因みにメインコンピューターの横には、未だにあの大蜘蛛が倒れ伏していた
「・・・やっぱり、ここの記録全部持っていくのは、シュトゥルムでも無理なんだ」
ダリアが言いながら、御厨の方を見る。意図せず御厨のレンズと視線が重なった
御厨は何となく焦り、急いでレンズを正面に向けて誤魔化す
ダリアは暫し沈黙したが、やがて苦笑したようだった
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「タイプSで良かったと言うべきだよ。RやDだったら、とてもデータの吸い出しなんて考えなかった」
ホレックの声が聞こえ、御厨は再びダリア達へとレンズを向ける
ホレックは倒れた鉄隗に腰掛けて、水筒片手にダリアに話し掛けていた
ダリアがホレックに、更に質問する。その視線は、もう御厨へは向いていない
「でもさ、一体なんの基地だったんだろう。態々地下に作るなんて・・・・・」
ふと、勢いをつけて立ち上がった。ホレックだ。彼は落ち着いた足取りでメインコンピュータに近寄ると、キーボードを叩きながらダリアに答える
「多分、兵器開発か何かをやってたんだろう。無駄に設計図があったし。・・・・ただ、何故バイオプラントまであったのは解らないな・・・・・。BC兵器を作ってたって感じでもないんだけど」
ホレックの言う事は正しい。御厨は、情報の海を泳ぎながらそれを肯定する
片っ端から閲覧した情報には、この基地が兵器開発を主に行っていた事を証明するデータが多分にあった
実弾兵器は勿論、要塞兵装、メタルヒューム構築理論。果ては中々に想像し難い、光学兵器の類まで
正になんでもござれ、だ。バイオプラントが何だったのか、までは解らないが
御厨が関心しながらデータを見ていくと、一つだけロックが掛かっている物があった
非常に堅いロックだ。本来なら吸い出し自体できない類の物だが、データの破損か、情報をこの基地へと繋ぎ止める事ができなくなっている
開発名は「ヒュームブレイン」。そして責任者の名前は、「スコット・リコイラン」とあった
御厨は驚愕する
(リコイラン・・・・・って、ダリアは確か・・・・・・・・!)
ダリアのフルネームは、「ダリア・リコイラン」である筈だ。苗字が一致する
単なる偶然と放って置くには、兵器開発者と言う肩書きは少々重過ぎる
どうにも把握し難い。偶然か?それとも、彼女の親族か何かか?
そんな時、御厨の中で、ふと湧き上がってくる物があった
『・・・・・・・・・・・・・兄さん、絶対に見つけてみせるからね・・・・・・・』
(或いは、ダリアの捜し求める・・・・・・兄・・・・・・?)
御厨は情報の海から自分のサーキットへと這い戻り、レンズを動かす
見つめるのはダリアだ。彼女は未だに食事中で、何も知らないとは解っているが、どうにも気勢を削がれてしまう
(どうする?知らん振りか、それとも伝えるか・・・・。そもそも、どうやって伝えればいいんだろう)
期せずして、御厨は痛烈な現実問題とぶつかってしまった
どうしよう、壁に字でも書いてみるか。そんな事を考えるが、実行できよう筈もない。危機的状況になければ、全てダリアに頼りっきりなのだ、御厨は
歯痒い。非常に歯痒い。まだダリアの関係者と決まった訳ではないのだが、それでも歯痒い
基地全体が揺れるような衝撃を受けたのは、丁度その時だった
轟音、そして衝撃。重量のある御厨は良いが、ダリア達は堪らない
激しい横揺れに、体制を崩して床に転ぶ。幸いなのは、それが一瞬で収まった事か
すぐさま飛び上がって、ダリアが焦ったようにホレックに声をかける
「な、何?!一体何が起こったの?!」
「俺は知らないよ!・・・で、でも今の衝撃、向こうから来たような・・・・・」
尻餅をついたままホレックが指差したのは、メインコンピュータの先にある巨大なシャッターだった
横幅役六十メートル。高さは約三十メートル。物が乱雑に散らばっているこの中枢部内で、唯一何も物が落ちていない場所だ
漸く立ち上がったホレックに、ダリアが駆け寄る
その時、再びの衝撃が中枢部を襲った
ドォォン!!!
まるで至近距離に質量弾が突き立ったような衝撃。しかも今回は連続して、だ
御厨はレンズをあちこちに回して、驚愕する
そして確認した。ホレックの指差した巨大なシャッターが、衝撃毎に歪み、破られんとしている光景を・・・・・・
慌ててメインコンピュータのキーボードを叩き始めたホレックに、ダリアは大地が揺れる中、御厨に向かって走りながら呼びかけた
「ホレック!何やってるの!早く!この感覚絶対に、・・・・絶対にヤバイって!!」
「そうは言われても!・・・・・・・・・ド畜生!何でだ、基地のシステムは完全に・・・・・・」
御厨はコックピットにダリアを迎え入れると、間髪いれずに立ち上がった。背部から伸びていた多数のコードは物理的に引き千切る
御厨のシステム内で多数のエラーが発生したが、無理矢理抑え込んだ。この分の負荷は、後で処理しなければならないだろう
ダリアがレバーを握るのを感じながら、御厨は千切れたコードを背中から抜きとる
非常に気持ちの悪い感触だ。まるで、筋繊維を数本力任せに引っ張るようだった
御厨は巨大なシャッター、振動の原点を、確りと睨み付ける
(何なんだ。一体、何が居るって言うんだ?)
御厨には理解できない
何か、伝わる振動からしてかなり巨大な物体が、あの頑強そうなシャッターを破ろうとしている事は解る。解る、と言うか直感だ
しかし解る事はできても、納得は出来ない。それは御厨の機械の物と化した本能に、純粋な危機的感覚がビシバシと叩き付けられているからだ
同じ物を感じているのだろうか。ダリアが、先程より焦燥を募らせた風にホレックを呼ぶ
「ホレック!早くシュトゥルムに!」
シャッターは、既に表面が盛り上がり、今にも破られんばかりだった
怖くないのか。御厨は、そう問い掛けたい。勿論ホレックに、だ
何故これほどの圧迫感を感じて、逃げ出せずに居られる?それ程重要な物でもあるのか?
ダリアは堪らなくなったのか、御厨を移動させ、ホレックの横に立たせた
「ホレック!!!」
ダリアが呼びかけた時
ホレックは漸く、己の答えを見つけたようだった
「・・・・・・これか・・・・・・マザーに連結してない、完全な独立防衛システム・・・・・・。基地が死んでたせいで、・・・・全然気づけなかった・・・・・」
唖然と呟き、ホレックは力なく床にへたりこむと、キーボードのエンターを押す
途端、中枢部のライトが灯り、部屋中が明るくなる。しかしそれも束の間。赤い警告灯が閃いたかと思うと、あっと言う間に辺りは騒がしくなった
ビィー、と言う耳障りな音が響き、女性型の合成音声が流れ始めた
『基地中枢部にて極Sレベルの情報への接触を確認。非戦闘員は直ちにシェルターへと避難して下さい。尚、基地司令権限によりJ-56の出動が認められて居ます。繰り返します・・・・』
極Sレベル?御厨には心当たりがある
恐らく、あの唯一ロックのかかっていたデータ。件の「スコット・リコイラン」のデータ
何と言う事か。迂闊過ぎた。断言出来る。「我々は、迂闊過ぎた」
御厨はダリアに続き、ホレックをコックピットに迎え入れ、思わず一歩後退る
一際大きい轟音と共にシャッターが破られ、そこから巨大な影が現れる
それは大き過ぎた。先の大蜘蛛ですら御厨の1.5倍もあったと言うのに出てきた影はその更に2倍はある
背上にはざっと見で三十を超える銃口を持つミサイルランチャーが見えた
正に圧倒的だ
現れたのは、赤い警告灯よりも尚赤いボディーを唸らせる、巨大で醜悪な蜘蛛型だった
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホレック・・・・・・・・勝てると思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理・・・・・・・・・・・・だな」
―――――――――――――――――――――――――――――
ミサイルランチャーの咆哮。辺りを気にしないJ-56の一斉射に、御厨は木の葉のように吹き飛ばされる
「ホレック!どこか逃げ場は?!」
「ない!さっき見たけど、エマージェンシーのせいで今まで通ってきた道が塞がれてる!行くならここからじゃないと・・・・・」
「じゃ、じゃあ脱出の方法は?」
ダリアの震えながらの問いに、ホレックは押し黙る
ダリアはレバーを操作し、御厨をメインコンピュータの陰に隠れさせた。その様は正に、人間という圧倒的な存在から隠れる害虫のようだ
ダリアの横で顔を青褪めさせながら、ホレックは唸る様に呟いた
「地上に通じるエレベーターへの通路は・・・・・あのどでかい蜘蛛の真後ろだよ」
御厨はメインコンピュータの後ろから飛び出した
直ぐにJ-56が反応を示し、多数のミサイルが発射される
その悉くを避ける。避ける。避ける。爆風が少ないのが幸いだが、圧倒的な火力差は覆しようがない
勝つ事など考えてはいない。何か方法を、何か方策を。御厨はそれのみに思考を巡らす
いい加減無理が祟り、御厨の間接は拗ねてへそを曲げようとしていた
もしそうなってしまえば、今度こそ生き延びられる可能性はなくなるだろう
(早く、早くなんとかしないと・・・・)
ダリアが必死にレバーを動かす
「何とかして奴の気を引かないと・・・・・・。倒せなくてもいいから、何とか奴を出し抜く方法を・・・・」
「おわ!!」
御厨の背後でミサイルが爆ぜた。直に振動が伝わり、体制の安定しないホレックは頭をぶつける
駄目だ、これ以上は持たない。御厨は悲鳴を上げていた
(駄目だ!もうこれ以上は・・・!!!!)
意を決して、御厨はダリアの操縦を振り切り、J-56に向かって突貫を専攻した
何たる無謀か。敵に向くレンズには、空を飛ぶ多数のミサイルが映し出されている
そして、その全てが御厨を襲うのだ。突破などできよう筈がない。それは水に濡れずして嵐の中を走り抜けるのと同義なのだ
だが、やるしかない。むざむざやられる訳にはいかない
死なせない。ダリアを死なせない。ホレックを死なせない。そう、勝手に心に誓った
人の身には不可能でも、この機械の体ならば
だから、御厨は走る。怖い訳がない。気を抜けば、足が止まってしまいそうだった
しかし止まれない。ここで止まれば、御厨は死んでも後悔する
心まで折られる訳にはいかないのだ。御厨の悲鳴は、雄叫びへと変わった
走る。J―56まで残り三十メートル。それ程遠くない
御厨の目の前にミサイルが着弾した。爆風と熱気が上がるが、御厨は止まらない
今にも千切れ飛びそうな機械の四肢を振って、尚も走る。それで二人を救う事ができるなら、いっそ千切れ飛んでしまえとも思った
御厨はまともに物を考えられない思考のまま、ダリアを見た
彼女は怯えている。だが諦めていない。その姿に御厨は再び力を取り戻す
「シュトゥルム!!」
ダリアの声が聞こえる。御厨は走り続ける。ダリアが居る限り諦めたりはしない。救うべきモノがある限り倒れたりはしない
ホレックが計器を操作するのが解った。システム負荷が僅かに解消され、走る速度が上昇する
(ありがとう)
礼を一つ心に浮かべ、御厨は目前に迫ったJ―56を睨み付けた
「お願い!」
御厨の力が増した。ダリアの願いだ、唯一御厨を、自分を知り、またその存在を認めてくれる人の願いだ
・・・・・答えない訳にはいかない。誰に言われたでもない。自分で決めた
J―56はその巨躯に似合わぬ俊敏さで足を振り上げる
打撃を食らわせる気か。だが、そんなに上手く行くと思うなよ。御厨は体制を低くする
そしてミサイルが着弾。御厨は毒づく。J―56の自機すら省みない攻撃方法に、だ
(感じる!解るんだ!僕は死なない!!)
御厨は爆風に押されながら、飛んだ
バーニアは壊れっぱなしだ。だから、己の脚部に込められた力のみで飛んだ
見える。J―56が繰り出した前足の打撃より尚早く飛び、物の見事に擦り抜けた
激しく床に叩き付けられながらも、御厨はそこを切り抜けていたのだ
酷い摩擦熱で御厨の装甲が溶ける。しかし、今更如何ほどの物があろうか。どうせボロボロの状態だったのだ。おまけがついた所でどうという事はない
御厨の心は今、激しく燃え上がっていた。それこそ炎のように
「ぬ、抜けた・・・・・・・・・信じられない・・・・・・・。ダリア、どんな・・・マジックを使ったんだ・・・?」
ホレックがまともな呼吸すらできずにそう尋ねる
御厨は立ち上がる。目の前では、既にJ―56が方向転換を開始しているのだ
こちらを再度捕捉するつもりだろう。ゆっくりしている時間はない。ついでに、喜んでいる暇もない
敵にはいまだ傷一つないのだ。こちら側の生き延びられる可能性が上がっただけ
だが、それでも構わない。一%でも可能性があるなら、百%にしてみせる
コックピットの中で、ダリアがレバーを握るのが解った
「・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう、シュトゥルム・・・・・・・・」
その口から出てきたのは、ホレックへの返答ではない。いや、彼女自身も答えとなる言葉をもっていないのだろう
ギシギシと音を立てる関節を叱咤し、御厨は再び走り出した
その先には、中枢部よりも尚暗い陰鬱な通路が続いている・・・・・・・・・・・
最早、御厨の受難とは言うまい
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書いてる最中ずっと違和感を感じていた一話。どうにか自然な形に直そうとしても直ってくれないへそ曲がり。
いや、私の腕が悪いんでしょうけども。
そんな訳で、次の投稿は四日後となります。
感想を下さった皆様、皆様の優しい言葉は、深くハートに響きました。
できれば、これからも飽きずに読んでくださると嬉しいです。そして、できれば感想も。
では、パブロフでした。