形振り構っていられなくなると、人間酷く滑稽に見える
それは機械の体になった御厨でも同じようで、そんな事を想像した御厨は薄く笑う
彼に表情があればそれは壮絶な笑みとなっただろう。だが、苦笑ではなかった
「レーダー切り替え、サーマルへ。間接負荷軽減予備パック使用」
(サーマルへの切り替え完了。緩衝材予備パック正常に放出)
「情報収集機構、全体より強制遮断。シュトゥルム、その分のエネルギーを各部に当てて」
(遮断完了。モニター動作効率3%上昇。各部稼働率微量ながら回復)
ダリアが放つ指令を、御厨は難なくこなしていく
何しろ今の彼は機械だ。己の体すら完全に把握できない人間の時とは違う。今の彼の体は、完全に彼の支配下にある
そして行うのは『自分自身』の再構築だ
生き残る。それに全てを置き、そのために無用の物を切り捨て、いや、必要な物すらも捨て、己を強化する。そして、御厨は生き残る事に特化する
御厨はダリアの指令のまま、コックピットの生命維持装置を切った
どうせ御厨が破壊されれば同じ事だ。ならば、その分の電力を他に回して何が悪い
(・・・・・・なんだかこの言い方、やつ当たりしてるみたいで良い気分じゃないな)
御厨は、やはり追い詰められているのだな、と確認し直した。余裕がないのがその証拠である
しかし錯乱していないだけマシだ。自分一人だけだったら、いや、中に乗せているのがダリアとホレックではなかったら、絶対に動けなくなっていただろう
あらゆる作業工程を終えながら、御厨は思う
地上へ通じるエレベーターまでの道のりは、御厨の予想より遥かに遠かった
様々な研究施設のためにスペースが割かれており、その通路はかなり長い
大体四百メートルの距離を走破し、一時的ではあるがJ-56を振り切った御厨は、システムの最適化に努めていた
「・・・・!・・ダリア、あの蜘蛛がこっちに追いつき始めたみたいだ・・・・」
「聞こえたの?」
「うん、昔から目と耳はよくてね」
システムの負荷を僅かずつ処理していたホレックが、不意に腰を浮かせた
J-56が迫っているらしい。御厨自身も、あの巨大な八本足が起こす低い振動を感じている。音もある
しかし、人が感じ取るには少々足りなくはなかろうか?御厨はそこまで考えて、思わず自分の思考を自分で笑い飛ばした
(今更、何言う気にもなれないな)
ホレックが規格外なのは大体解っていた事だ。性格は少々熱いが
今やるべき事は、彼について考察を重ねる事ではない。あの醜悪にして凶悪な蜘蛛から逃げ延びる為、自分を造りかえるだけだ
少々上擦るダリアの声を聞きながら、御厨は工程を終了させ、逃げ・・・・ようとした
「な、なら直ぐに逃げないと。・・・・シュトゥルム、動いて」
(ぃよし、システム再構築完了。盛大に逃げますか、ダリ・・ア・・・?)
ぶしゅー
そんな風船のしぼむような、力の抜ける音が聞こえた
続いて、歩き出そうとした御厨の体躯が停止し、制動もままならぬまま硬い床へと膝をつく
動かない。全く動かない。指を揺らすだけの一挙動すらできない。まるで、あれほど鋭敏に動いていた御厨の体躯が、重い、邪魔なだけの甲冑になってしまったかのようだ
いや、甲冑の方がまだマシか。あれは着込んでも動く事はできる
それすらできない御厨、彼は完全にその機能を停止していた
「・・・・・シュトゥルム?・・・シュトゥルム!!」
(か、体が、動かない)
御厨はすぐさま各部を調べ始めた
(OS問題なし。動作プログラム問題なし。損傷はあれどもサーキット問題なし。その他諸々含めて停止要因なし?!馬鹿な!それなら何で動けないんだ?!)
危機だと言うのに、よりにもよってこんな時に
御厨は心の中で思いつくだけ罵りの声を上げる。誰に向ければ良いのかは解らなかったが
問題はない筈なのだ。御厨が稼動するのに必要な条件は、完全に揃えられている
では何故動けない?再び御厨がそう考えた時、彼は、コックピットで光る赤い警告灯を見つけた
(・・・・・・・・・・・・エネルギー残量・・・・・・・ゼロ?)
余りにも、余りにも初歩的なミスだった
唖然とした状態から逸早く抜け出したダリアは、無理と知りつつもレバーを握った
必死に前後に動かすが、如何に御厨と言えども燃料がなければ動ける筈もない
足音は近づいている。幸いモニターは死んでおらず、各レーダーによってJ-56の位置は認識できる
「そん・・な、こんな事って!」
「!畜生!何でこんな事に気づかなかったんだ!」
ダリアのシートの後ろで、ホレックが悔しそうに自分の頭を殴った
不思議と、ミサイルは飛んでこなかった。何をするつもりか。動けぬ相手には、ミサイルも必要ないとでも言うつもりか
三十メートル、二十五メートル、二十メートル、足音は更に近づき、振動は大きくなった
そして十メートル、五メートル、・・・・御厨とJ-56を指し示す光点が重なる
「・・・・!」
(クソぉッ!南無散!)
ダリアとホレックは次に来るであろう衝撃を予測して、目を硬く瞑った
御厨も反射的にレンズを下ろして、必死に現実から逃避しようともがいた
・・・・・・・・・・・・・・・・・衝撃は、なかった
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
(・・・・・・・・・・・・・・・?)
不可解な気持ちと共に、目を開けるダリアとホレック
恐怖心と共に、レンズを上げる御厨
次の瞬間、彼らの目の前に、J-56の足が下りて来た
ガィン!
「ひゃあぁ!」
「うぉわぁ!」
(・・・・・・・・!)
悲鳴を上げる。御厨など、恐怖のあまり何も考える事ができなかった
そんな彼らを嘲るようにして、J-56は悠々と足を進め、その巨体の全容を現す。まるで御厨達になど、気付いてもいないかのように
ガィン、ガィン、と八本足が床を叩く音が、幾重にもこだました
流石に御厨も、違和感を覚えた。同時に、ホレックも呟いた
(もしかしてあいつ・・・・・・)
「・・・・・・気づいてない・・・のか?」
ダリアが震えながらも首を傾げる中、御厨とホレックの視線はJ-56に向いていた
その巨大な蜘蛛は、何かを捜すかのようにあちらこちらに体躯を揺らし、整備されぬようになって久しい間接をギシギシと鳴らしている
J-56は、御厨達になんの反応も示さなかった。まるで何もいないかのように頭上を跨ぎ、通り越して行ってしまった
その背中は、少しずつ小さくなっていた
ロボットになった男 十二、五 閑話 「山場の前の一大事」
ダリアが漸く震えも収まり、ホレックに問う
「・・・気付いてないって、どう言う事?なんであの蜘蛛は、こっちを無視して・・・・?」
ホレックは身を乗り出して計器を操作しながら、その質問に答えた
「・・あの蜘蛛には、恐らく音響反射式のソナーしか搭載されてないんだ。だから、動きを止めて移動を感知できなくなったタイプSに、見向きもしなかった」
「え?でも、仮にも拠点防衛用の兵器なんでしょう?そんなので良いの?」
「良くはないさ」ホレックはモニターに現在の御厨の状態を映し出し、再び話し始めた
エネルギーが切れたのに、未だに光の灯ったままのモニターを調べているらしい
少々黙り込み、モニターに異常がない事を確認したホレックは、ダリアに向き直った
「でも、ここは兵器開発施設だろ?全施設が本稼動したら、きっと普通の基地なんかより、よっぽど熱が出る」
ホレックの視線を受けて、ダリアはシートへと深く身を沈ませる
気を抜けば、思わずグッタリと下がってしまいそうになる右手で目を覆い、人生の中で恐らく最大ではないだろうかと思う程長い溜息をついた
「つまり・・サーマルが役に立たないから、ソナーと目視回線だけで運用するつもりだったのね。けど、PC機能が失われた今じゃ、目視回線モニターがどれだけ良くても使えない」
「敵かどうか、判断する存在がないんだから」ダリアの言に、御厨は首を捻る
ダリアとホレックの会話は、御厨にはどうにも理解し難い
いや、吟味しながら聞けばある程度は理解できたのだろうが、殆どが聞きなれない単語の上に、二人とも結構な早口だ。理解する気も失せる
兎に角、チャンスだと言うのは、ホレックの一言でわかった
「・・・・・・・・これを利用して、あの蜘蛛には道を空けてもらおう」
御厨のモニターには、未だあちらこちらをふらふらと動き回る、J-56の姿が映し出されていた
ガチャン、と聞いていて不思議と気分の良い音と共に、御厨の背部にソケットが装着される
近くの壁から伸びていた充電用の物だ
このコンセントのような充電器の方に、メタルヒュームは規格を合わせているらしく、それは難なく御厨と合致する
外に出て作業を行ったホレックが、無線通信を使って事の成否を伝えてきた
『完了したよ。後は予備電源施設から操作すれば、ある程度は誤魔化せる』
「了解。・・・・・・・ホレック、お願いね?」
『任してくれよ!・・っとと、大声はマズイな・・・』
ホレックは無線機を腰のベルトに挟み込むと、御厨の影からJ-56を覗き見た
そうして、J-56がこちらを向いていない時を狙って走り出し、野生の豹の如き動きで通路右の扉に取り付く
随分と手馴れた動作だ。御厨がそう思う間もなく、ホレックは御厨が昔映画で見た、特殊部隊顔負けの動作で行動を開始する
扉横のパネルを、通路に体を晒さぬように気をつけながら叩き、扉を開けた
御厨とダリアに向かって一度手を振ったホレックは、直ぐに闇の中へと消えていった
「・・・・・・・・・・・大丈夫よね、防衛システムは止まってるし・・・・・」
(・・・・だといいのだけど)
ホレックが向かうのは、この地下基地の予備電源施設だ
兵器開発基地となれば、流石に非常時への備えも違う。言ってみれば、基地自体が秘密の塊だ。まぁそれにしては少々対人防御がなっていないが、これは仕方ない事としておこう
兎に角、この基地には正、副、副2、予備の、四つの電源装置がある
ホレックの話では、この内予備の電源施設が比較的近い位置にあるらしい。生きているかどうかは別として
そこを作動させる事が出来れば御厨のエネルギーを回復できる
あまつさえ、J-56を罠に嵌める事もできるそうだ。ホレックの談では
(・・・・・・・出来るだけ・・・・・早くしてよ)
勝手な願いだとは思うが、御厨はついついそう愚痴った
J-56はこちらに気づいていないとは言え、目の前でうろうろされては精神的に圧迫される
それはダリアも同じ筈だ。生身の分だけ、むしろ彼女の方が辛い
緊張が続けば精神は磨耗する。そんなのは、ほとほと御免だった
そんな時、ホレックから通信が入った
『ダリア、何か変化あるか?』
「・・・・今の所何もないわ。どうかしたの?」
幾分か肩の力を抜きながら、ダリアがそれに応じた
知らず知らずの内に不必要な力がこもっていたらしく、ダリアの頬は上気している
ホレックは少し言いよどんで、それからハッキリと話し始めた
『いや、あの蜘蛛なんだけど・・・・。曲りなりにも戦術AIで動いてるじゃないか』
「まぁ、基地が死んでるのに動いてるんだから、そうなんだろうけど・・・・それが?」
次に出たホレックの台詞に、御厨とダリアは盛大に固まった
『・・・・・そろそろ簡易思考で、辺りの物を調べ始めるんじゃないかな・・・・・・・と』
「・・・・・・へ?」
(・・・・・・何?)
御厨の動かない視界の端で、J-56はがさがさと辺りに揺さぶりをかけていた・・・・
御厨の受難は閑話でも容赦がない
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取り敢えず・・・・・・間に合った・・・・・・と安心
しかし、閑話にこんな時間をかけてしまうとは・・・・