恐怖からかダリアの呼気が荒い。気持ちは解る。御厨とて同じだ
御厨とダリアとの違いは、彼が人ではなく、彼女が人だと言う事
しかし感じる心は同じだ。二人は、どうしようもない危機に陥っていた
御厨はレンズがチカチカするような気がした。光の濁流と目の前の景色が交互に現れ、次にその中を過去の情景が流れ去っていった
(走馬灯って訳?冗談じゃないよ。洒落にならない)
レンズに、こっちに向かって歩いてくる巨大な蜘蛛が見える。J-56だ
J-56はあちらこちらと動き回り、手当たりしだいに障害物を蹴り飛ばして、動く物体を探す
御厨を探し出す積もりか。なんと執拗なAI。コックピットで、ダリアが息を止める
これでは、その内御厨も蹴り飛ばされるに違いない
そうなっては動かない訳にもいかないだろう
J-56は全長三十メートル。対する御厨は八メートルだ。軽く蹴り飛ばされれば、それだけで終わる
来るな。そう願う御厨の視線の先で、J-56がニヤリと笑ったような印象を受けた
御厨の視界にノイズが走り、J-56が認識できなくなる
代わりに映ったのは、御厨が働いていたバイト先のゲームセンターだ
創業してからまだ二年で、店独特の雰囲気から、また店長の方針にもより、不良などの姿が見えない、子供達が安心できる遊び場である
御厨はそこの開店と同時に雇われた古顔だった
再びノイズ。一瞬だけ視界が灰色の砂嵐に襲われたかと思うと、再度現実を突きつけられる
J-56は先程よりも、更に御厨に接近していた
御厨はコックピットのカメラでダリアを見る。彼女は、亀が頭を引っ込ませるようにして、身を縮めている
御厨は無力感に打ちのめされながら、それでもやはり怯えた
またノイズ。次に映ったのは、半年程前に入ってきたバイトの後輩だ
黒髪をツインテールにしたそれなりの美少女で、良家のお嬢様だったらしい
それが何故ゲームセンターのアルバイト等しているのか御厨には理解出来なかったが、兎に角クルクルとよく働く子で、それなりに好感を持っていた
思い込みが激しく、一度決めたら一直線な御厨は、誠実な人間を友とした
もう何度目か解らないノイズ。ダリアの顔が飛び込んでくる
心なしか目が据わっているように見えて、御厨は肝が冷えた
事実、何らかの覚悟を決めていたのかも知れない。シートに体を預けるダリアは、焦りこそしても怯えてはいない
だが、瞳には力が溢れていた。絶望のない、希望に満ちた目だ
ダリアを評するとして、何処に一番心惹かれるかと問われれば、御厨は間違いなく瞳と応える
それ程、胸の熱くなるような力の光だった
(頼む・・・・・・ホレック!)
御厨は今気づいたが、ホレックとの無線は繋がったままだった。コックピットにあるアナログなスピーカーから、ホレックの焦る声が聞こえていた
ダリアが反応する様子はない。余裕がないと言う事だろう
どの道、希望は潰えていないのだ。御厨は己を奮い立たせる
まだやれる。まだ、頑張れる!
『ダリア!エネルギー、送ったぞ!』
J-56は、今にも御厨に足を振り下ろそうとしていた
ロボットになった男 第十三話 「流れ逝け」
一瞬でエネルギー値が半分程回復したのを感じ、御厨は即座に前へと飛ぶ
後ろに飛んでは避け切れない。奇しくも、ラドクリフと戦った時と同じだ。だがあの赤い機体よりかは怖くない。だって、戦わなくて良いのだから
このまま走り抜ける、と思った矢先、御厨は不意に強烈な力で後ろに引き摺られる
「うあっわぁ!」
(何?!・・・コードか!)
御厨の動きを阻害したのは、背中に繋がれたままの充電用コードだった。確かに御厨はJ-56の足を避けた。しかし、コードまでそう簡単にはいかなかったのである
今の御厨には忌々しくも見える太いゴム線が、丁度踏みつけられえているのがレンズに移った
後ろに跳ねるようにして引きずられる。背中の挿入部がメキメキと音を立てたのを感じる
また壊れた。何を今更と思わないでもなかったが、御厨は心が薄ら寒くなった
「パージ・・する必要もない、シュトゥルム走って!!」
ダリアが気合の呼び掛けと共にレバーを倒す。御厨は倒れかけた体制を立て直し、少々不恰好ながらも前に走り始めた
痛恨のミスを誘ってくれたコードが、メキィ、と嫌な音と共に千切れ飛ぶ
御厨はそれすらも気にせず、ダリアの指令通りに八本の足の間を駆け抜けた
動いてしまっては、後は隠しようがない。J-56はこちらを敵と認知しただろう
すぐにでも追い討ちが来る筈だ。御厨は予想して、上を見上げる
J-56は一瞬の硬直すら見せず、すぐさま方向転換を試みていた。時間はない
ダリアは御厨を駆りながら、無線に呼び掛けた
「ぎ、ギリギリセーフ!!ホレック、これからどうすれば良いの?!」
すぐに応答が帰ってくる
御厨は頭部だけを器用に回し、後ろのJ-56をレンズに納めた
J-56は狭い通路(それでもかなりの幅)だと言うのに完全に方向転換を終え、凄まじい威圧感と共に御厨の背後を追ってきていた
思わず悲鳴が飛び出す
(か、勘弁して!!)
どれほど覚悟を決めようと怖い物は怖い。寧ろ恐怖だ。J-56の前部に取り付けられた、たった一つだけの丸いカメラが、その大きさも相まって地獄の入り口のように見えた
御厨は毒づく。今じゃ使い物になってないガラス板のくせに、と
そちらも移動を開始したらしいホレックは、やや迷いながら此方に指示を出してきた
御厨に聞いている暇はない。走るので精一杯である
三つ目のシャッターの溝を走りぬけ、一番と銘打たれたドアの横を擦り抜けた
『ダリア、今どこ?!』
「解らない!兎に角一直線に走ってる!」
走り続ける内に、不意にJ-56が動きを止めた
足を折り曲げ、何トンあるのかすら解らない巨体を、深く沈みこませる
御厨は己でも鼻で笑いそうな事を想像し、しかしそれを自分で否定する事ができないでいた
『あの蜘蛛を抜いたのか?!・・・・・・・・なら好都合。六番のゲートに・・・・・』
ホレックの声が鈍く響く。毎度の如く、御厨にそれを気にかける余裕はなかった
(飛ぶ気かぁぁぁぁぁ?!)
そう胸中で叫びながら、御厨は脚部を床に叩き付け、緊急停止を試みる
都合よく成功したのを確認した御厨は、今まで走ってきた道を逆走していた
「シュトゥルム?!・・・・って、えええええええ?!?!」
ダリアも遅まきながら気づいたようだった
J-56は高く高く飛び上がり、大分高さがあった筈の天井に、ミサイルランチャーの上部を激突させる。壊れかけた戦術AIは、そんな事すら気にしなかったのだろう
しかし少々のミスがあった所で、結果に大した違いはなかった
J-56は地球の法則とも呼べる重量に引かれ、物の見事に落下を始める
数秒後には御厨が走りぬけようとした通路を、マグニチュード6を越す揺れを引き起こしながら、圧倒的重量を持って踏み潰していた
(こんなAI、在る訳ないじゃないかぁ!!)
自分の事を棚上げしつつ、御厨は嘆いた
本来、元人間のAIの方が「在る分けない」のだが、そんな事に違和など感じていない
何せ必死である
大きな振動により、御厨は派手に転倒する。見事に装甲が拉げた
凄まじい事にレンズの罅割れが酷くなっている
戦場で目を失う事は死んだに等しい。だから脱出装置と共に、非常に気を使われている筈だ
しかし長時間のダメージや酷使に耐え切れなかったか、レンズは崩壊しかけていた
『だ、ダリアぁ?!今の地震は?!』
「地震なんかじゃないわ!それより、あの蜘蛛に道を塞がれた!どうすれば?!」
ダリアは激しい振動に襲われたであろう頭を抑えながら、それでも御厨を立ち上がらせる
以外に難しい作業だが、ダリアは無意識だろうか、いとも簡単にそれをこなしていた
ホレックがこちらも息を切らしながら、ダリアに返答を返した
『なら当初の予定通り罠に嵌める!』
「だ・か・ら!どうやって!」
『そ、そんなに怒鳴るなよ。・・・・・・さっきの場所まで戻ってくれ!』
御厨の眼前で蜘蛛は向きを変え、既にこちらを伺っていた
尻尾を巻いて逃げ出す。無様だが、それが一番似合う言い方だ。御厨は尻尾を巻いて逃げ出す
ホレックの話を聞いていた訳ではなかったが、奇しくも目指す場所は指定の所だった
走り続ける御厨の背後を追うように、ミサイルが連続して着弾した
激しい振動と衝撃に襲われるが、倒れたりしない。逆に爆風を利用して、尚も走る
目的の場所へは、本当に僅かな時間で到達できた。いや、帰ってこれたと言うべきか
御厨の頭上を越えたミサイルが目前に着弾し、たまらず一番と銘打たれた方の壁に飛ぶ
ダリアが、無線に向かって吼えた
「戻ったよ!!!」
『了解!伏せててくれよ!!!』
何がなんだか解らなかったが、取り敢えず御厨は伏せる
無意味だと言うのに、両手で頭を庇ってしまった。はたと気づいて、コックピットを庇い直す
J-56を見れば、あの醜悪な蜘蛛は再びミサイルを発射しようとしていたが、こうなった以上ホレックを信じるしかない
コックピットのダリアは硬く目を閉じていた
その時、異音が辺りに響いた
それは、金槌でトライアングルを叩き回すような激しい音で、コックピットのダリアは眉を顰めた
何の音だ、周りを見回す。音は地下基地の、更にその地下からで、原因は解らない
ただ
(なんだ?この床。どうしてこんなに・・・・・・?)
奇怪な音に動きを止めたJ-56。その周りの床が、激しい熱を放出していた
御厨のサーマルスコープは切り替え式だが、それでも気をきかせれば気づきはするだろう
あきらかな異常。御厨はゴロゴロと体を転がし、少しでもその場から離れようとする
しかしJ-56は、その場に立ったままだった。異音の原因を特定できず、混乱しているのだろうか
いや、違う。J-56は動けないのだ。この不快とも言えるような打音によって、パッシブが俄かに妨害されている
ダリアは耳を抑えながら、ホレックに問い掛けた
「ほ、ホレック、・・・これが罠?」
『まぁ見てなって!本命は・・・・・・・・・・・こいつだから!』
途端、激しい爆音と共に、J-56の周りの熱を持っていた床が爆ぜた
盛大に、遠慮なく。そこからは炎こそ上がらなかったが、変わりに吹き上がる物がある
それは少し黄色がかった霧だった。もしかしたら、ガスと称した方がよいかもしれないが
その黄色いガスの洗礼を受けたJ-56は、混乱したように八本足で暴れ回る
「ホレック!これ?!・・・・・・・・・・・・・まさか」
『そうさ。シュガーレットガス。レーザーどころか音すら吸収する、ガスと思えないほど多質量のガスだ。それでダリア、効果の程は?』
ホレックの声は弾んでいた。結果は予想できているのだろう
そして御厨とダリアの心も弾んでいた。あの蜘蛛を、まんまと出し抜く事ができたのだから
あの蜘蛛にパッシブソナーしかついていないのなら、音を阻害するあのガスに囲まれれば、周りを認識することなど出来はすまい
まるで、急に四方八方上から下まで壁に囲まれたような感覚だろう
ダリアは、ホレックと同じように声を弾ませながら、御厨を起き上がらせた
「勿論バッチリだよ!」
(よし逃げるぞ!)
御厨は、混乱するJ-56の横を駆け抜けた
―――――――――――――――――――――――――――――
体よくJ-56を抜いた御厨とダリアは、六番のゲートを開ける
そこには、一本の巨大な筒に取り付いて、こっちを振り向いた体制のホレックが居た
興奮冷め遣らぬダリアはコックピットを開き、ホレックに呼びかけた
「ホレック!」
「ダリア、やっと着いたのか」
ホレックは肩の力が抜けたように安堵の溜息を吐き、慣れた動作で床に飛び降りる
そして巨大な筒状の物に手を置いて、自慢げに胸を張った
「見てくれよ。このレーザーライフル、一本だけ壊れてなかったんだ。ちょいと整備したら、簡単に使えるようになった」
そんな話聞いてもいないようで、ダリアはコックピットから飛び降り、ホレックに駆け寄る
一本だけ、と聞いて御厨は頷く。成る程。レーザーライフルの背後には、同じような形の物体が幾つも転がっていた
どれもこれも丸く、筒状で、銃らしく見えるのはトリガーと先端だけだ
御厨は、レンズをダリアとホレックに向けなおす
視界の先では、ダリアとホレックが、丁度ハイタッチを交わした所だった
「ありがとうホレック。本当に助かったわ」
「い、いや、何だか面と向かって言われると、て、照れるな」
そう言って頭をガシガシと撫で付けるホレックが初々しい。御厨に表情筋があれば、きっと頬を緩ませていただろう
しかし、のんびりとお互いの無事を祝いあっている暇はない
ガスの効果が何時まであるのかは未知数なのだから、一刻も早く脱出せねばならなかった
ホレックは切れてしまった緊張の糸を張りなおしたようで、真面目な顔でダリアに話し掛ける
「兎に角、再会祝うのは後でも良い。早く逃げないと。・・・・・・・・・・このライフル、古い上にタイプSとは規格も違うけど、使えない事はないだろう?武装がないままじゃ心許ない。持って行こう」
「威力は?」
「最新式の防御盾を一瞬で蒸発させられる程度・・・・かな」
「はぁ?!そんな無茶苦茶な!」
そうやって話しながら、二人は揃って御厨に駆け寄ってくる
御厨は二人を受け入れ、すぐにコックピットを閉じた
色々あったが、兎に角二人とも無事で良かった、と御厨は思う
双方とも、今度こそ肩の力が抜けたようで、揃って大きな溜息をついていた
だが、悪い事ではない。御厨にしてみれば、少々行き過ぎにも見えていたからだ
御厨はそんな二人に苦笑しながら、レーザーライフルを持ち上げた
(ん、っと・・・・結構重いな・・)
ライフルは四メートル程の長さだったが、見た目よりも大分重い。ブロックキャノンよりも重いのではなかろうか
「ああ、その下のはカートリッジさ。二発分しかないけど、回収して」
弾は、合計三発って事か。御厨は少々心細く感じながら、ダリアの指令を受けて二つのカートリッジを拾い上げる
手に持っていく訳にもいかないので、突撃銃のカートリッジを捨て、無理矢理そこに押し込んだ
「・・・よし、じゃ、行こうよ」
ダリアは呟き、またもや深い溜息を吐きながら、シートに身を深く沈みこませる
レバーが倒される。御厨は己の体を動かすシステムに乗っかって、移動を開始した
カートリッジは少々大きめだったが、少し運ぶくらいならば問題あるまい。御厨は、通路に出ようと後ろを振り返り、ゲートを開ける
そうして最初に目に入ったのは、目の前に下りてくる巨大な蜘蛛の足だった
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
正直信じられない。この蜘蛛は、もうあの罠を切り抜けたと言うのか
いや、罠を過信し過ぎただけか。そんな考えが頭を過ぎるが、今更何を言っても始まらない
兎に角突然の事に、三人は硬直した。その足は決して中空で止まったりなどせず、無遠慮な音を立てて床に降り立つ
上方には、あのJ-56がしぶとくも巨体を覗かせていた
ダリアもホレックも、勿論御厨も少しも動かない
本能で動いてはいけないと感じ取っていたのかもしれない。そしてそれは正しい筈だ
J-56が音響反射レーダーしか装備していないのは既に知られた事だ
ならば例え遭遇したとしても、動かなければやり過せる。御厨は遅まきながらその事実に気づいて、より一層身を硬くする
しかし御厨の予想に反して、J-56は御厨に向けてその脚部を振り上げる
そして僅かな逡巡も混乱もなく、一直線にそれを振り下ろしてきた
(わああ!わああああああ!!)
当然止まってなどいられなかった。身の危険を感じた御厨は、咄嗟に後ろに飛んでその足を避ける
激しく転倒したが、気にしてなどいられはしない。部屋に逃げ場などない。絶対絶命の危機だ
御厨は取り落としたレーザーライフルを再び拾い上げる
「何で?!動かなかったのに!」
「壊れかけてても、学習はするって事か。・・あの蜘蛛、タイプSの形状を覚えたんだ・・・・!」
ホレックが腹立たしげに言う。その声はまるで唸るようで、聞くに耐えなかった
そんなホレックを尻目に、ダリアは少々慌てながらも御厨を立たせ、J-56の方を向いたままゆっくりと後退りさせる
J-56は、上半身をせり出させていた
(・・!ミサイル!)
御厨は気付く。あの醜悪な大蜘蛛は、この狭い空間で馬鹿みたいに地獄の炎を撒き散らすつもりなのだと
冗談ではなかった。そんな事をされたら今度こそ逃げ場はない
つくづく、基地の被害を考えない攻撃方法だが、やられる側の御厨にしてみれば、たまった物ではなかった
「ダリア!撃たせたらヤバイ!」
「解ってる!シュトゥルム、お願い!」
そう、半ば叫びながら、ダリアはトリガーを引く
途端、使用規格ではない筈のレーザーライフルを使用としたため、エラーが起こった。機械なんて、こんな所で融通がきかないからいけない。御厨は毒づく
御厨は多数のエラーを無視して、レーザーライフルを構えた
狙うは脚部。J-56の体制を崩してミサイルを暴発させる
(レーザー!・・・・行ってくれ!)
御厨がトリガーを引いた途端、ライフルの先端から、青と緑の入り混じった、オーロラ色の光が放出される
発射される所など見えない。当然だ。光なのだから
それはトリガーが引かれた瞬間には、歪に歪む青緑の軌跡を生み出す
美しく、流麗。とても破壊など似つかわしくないのに、その光はなによりも効率よくそれをこなすのだ
本当に僅か。正に刹那の瞬間に、それはJ-56前足を二本とも切り飛ばしていた
ジュー、という融解音を立てて切り口が火を噴き、J-56がバランスを崩す
発射されようとしていたミサイルの銃口は完全に下を向き、吐き出された火薬の塊は、意味もなく床に着弾し、辺りを一瞬で火の海に変えていた
ダリアは途轍もない威力に悲鳴を上げながら、それでも御厨を走らせる
御厨も内心驚きながら、ダリアの指令に従って、倒れ伏すJ-56の横をすり抜ける。ミサイルの炎が御厨の装甲を舐めたが、今更なんでもない
狭い通路に飛び出した御厨は、壁に穿たれたレーザーの弾痕・・・融痕とでも言うべきか、それを見て、心が凍る感覚を味わっていた
「何よ!何なの!冗談じゃないよ!この銃!」
(ホレック!手前糞野郎がぁぁぁぁ!!なんて危険な物を撃たせとんじゃこらぁぁ!!)
「い、いや、俺もあそこまで威力があるとは・・・・。兎に角、何とかなったじゃないか」
御厨を駆りながら、ダリアは半狂乱に叫んだ。ホレックが、こちらも半ば錯乱しながら言い訳する
しかし、助かったのは事実だ。本来なら、怒るに怒れない場面なのだが・・・・・
まぁ、理性と感情は別物と言っておこう
コックピット内で誤魔化すように計器類を操作するホレックは、言葉を続ける
「ま、まぁそれは置いといて、これであの大蜘蛛も動けやしないだろう」
「・・・・・・・動けても、追いつかれる前に逃げるわよ。二度とこんな物撃ちたくないし」
「そんなに責めるなよ・・・・、だってデータにあったスペックじゃ、あんな威力があるなんて明記されてなかったんだ・・・・」
何を暢気に。と御厨は思った。J-56が再び動き出さないなど、どうして言えるのか
ダリアとホレックに余裕があるのも気に入らない。まぁ、走っているのは自分だけだから、仕方ないか、と御厨は自分を納得させる
兎に角、何がなんでもこんな所、もう一秒だって居たくなかった
御厨は思う。どこでも良いからゆっくりしたい。心休まる場所が欲しい
機械の体でだって構わないから、もう格納庫でだっていいから、ゆっくり寝かせてほしい
不意に、悲しくなった。生身ならば涙を流していただろう
御厨は機械の体に感謝した。これなら、涙など流れない。その為に器官がないのだから
涙は、後ろ向きだ。だから、御厨は涙が嫌いだった
ダリアとホレックを乗せ、御厨は緩い曲がり角を曲がる
こんな基地にしては珍しい造りで、それはF1のコースのようなカーブだった。そこを駆け抜ける
間接なんて、もう殆ど曲がらなくなっていた。しかし走っていられるのは、一重に御厨のがんばりだった
「ホレック!見えたよ、エレベーター!」
御厨は確認した。巨大な舞台にも見える機械仕掛けの鉄板が、闇の向こうにある事を
それは縦横四十メートル程ある巨大な正方形の板で、エレベーターと言うよりも、スライドするフライパンと言った方がしっくりくる
無骨なそれは、今の御厨には、花嫁が父と歩くバージンロードよりも貴い物に見えた
そんな時、駆ける御厨の背後で、鉄がひしゃげるような音が響く
御厨は頭部を回し、後ろを見た。そして、すぐそれを後悔した
なんだって後ろを見てしまったんだ。もう何も気にせず、エレベーターまで走ればよかったじゃないか
そう思っても後の祭り。知らぬよりかは知っていた方が良かったのかもしれない
御厨の背後では、J-56が鉄の壁を突き破り、狭い通路に踊り出ようとしていた
「・・・!・・・!クソ!本当に、どこまでしつこいんだ!!!」
J-56は覚束ない足取りで、切り飛ばされた前足を庇うようにして走っている
どうやって追いついてきたのか、御厨はすぐに解った
正に一直線に来たのだろう。壁と言う壁を突き破り、邪魔な障害物全てを薙ぎ払って
緩いカーブを描いていたこの基地の造りが、御厨達の仇となったのだ
「今更、今更構うつもりなんてないんだからぁ!!」
気合一閃。ダリアは、御厨に更なる速度を要求してくる
だがこれ以上はどうしようもない。本当に、これ以上の速度を出せないのだ。御厨は全力だ
だと言うのに、まともに走れていない筈のJ-56は、御厨より僅かに速い程の速度で追いかけて来る
御厨は腰部のカートリッジを取り、レーザーライフルに取り付ける
御厨がエレベーターに辿りついた時、J-56は既に数メートルの距離に居た
「シュトゥルゥッゥゥム!!!」
(うわあああぁぁ!!)
御厨は絶叫しながらダリアの操作を奪い取り、レーザーライフルを振って後ろを向く
そして慣性の法則を利用して中を飛びながら、仰向けになった。咄嗟の事に反応できないJ-56は、無様に御厨に腹部を曝け出すようにして、走り抜けていく
御厨はJ-56に視界を覆われながら、トリガーを引いた。反動はまるでなかった
青緑の光が瞬く。音も無い癖に、それは一瞬でJ-56の腹を貫く
移動スピードはJ-56の方が速い。レーザーは、見事にJ-56を切り裂いた
レーザーの熱でミサイルに火がつき、激しく誘爆した
ズシャァァ、御厨が床に着陸し、激しい摩擦が起こる。もう何度目なのか覚えていない
J-56は御厨よりも更に先まで飛んで、エレベーターに乗り上げていた。ミサイルの炎で、辺りは火の海だ
機械の体だと言うのに、激しい脱力感。もう、立てない気がした
「・・・・・・・・・・・・俺、お、俺さ、・・・・・もう死んだかと思った・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あたしも・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんな会話が聞こえる。御厨は、ギシギシとあちらこちらを軋ませながら、それでも立ち上がる
そしてJ-56を見遣った
散々こちらを追い立ててくれた憎らしい大蜘蛛は、体の半分を失って無残に倒れ伏している
僕の勝ちだ、と御厨は思った。壊される前に壊した。僕たちは生き残った、と
(二人のお陰だな・・・・・、二人が居なければ、僕は・・・・・・)
ほぼ惰性でエレベーターに乗りながら、考える
憎らしい事に、電力は通っていた。ホレックの仕事の結果かも知れない
都合よく、それはメタルヒュームでも起動させられるよう、大型のパネルになっていた
御厨はダリアの呟きを聞きながら、上を向いた矢印が描かれたパネルを押す
エレベーターは、低い稼動音と共に、斜め上へと上昇を始めた
「・・・・・また、シュトゥルムに助けられちゃったな・・・・・・。駄目だよね、こんなんじゃ」
「・・ん?ダリア、何か言ったかい?」
「なんでもない」
二人とも疲れきっているようで、御厨は当然だな、と寧ろ納得する
ダリアの事が、酷く気にかかった。自分もへとへとな癖に、態々メタルヒュームの事にまで気を回す。御厨にしれみれば、ダリアだからこそ頑張れるのだけれど
そしてそれと同じ位、ホレックの事が気にかかった
出会ってからまだ二日だが、とても密度の高い二日間だった。いや、密度など、寧ろ高過ぎる
ダリアと大して変わらない年なのに、まるで物語に出てくる主人公のようだった
ダリアを気遣える程優しくて、勇気もある。そしてそれに見合う能力もだ
本当に、全く、奇妙な感覚だと、御厨は思った
ギシ、と言う何かの稼動音が聞こえたのは、正にその時だ
ダリアとホレックは気づいていない。流石にこれ以上、緊張していろと言う方が無理だ。心が壊れてしまう
御厨はそろり、そろり、と手を動かし、最後のカートリッジを付け替える
ダリアよりも早くその動作に気づいたホレックが、疑問の声を上げた
「?!・・また、・・・・・・また動いてる?ダリア、動かしてないよな?!」
「も、勿論。・・・・・・シュトゥルム、どうしたの?」
答える術もなければ、またそんな暇もない
御厨に必要なのは覚悟と集中力。自分の中で、ひっそりと数を数えた
覚悟を決める五秒間を
(五・・・・四・・・・三・・・・二・・・・一・・・・)
カチリ、と、何かの歯車が噛み合った気がした
(零!!!!!!!!!!!!!)
先程のようにライフルを振り、唐突な方向転換。コックピットの中でダリアとホレックが激しく揺さぶられるが、構っている暇はない
真後ろに向き直って、御厨は謎の稼動音の主を捉える
J-56は、あれだけ破壊されて尚、立ち上がろうとしていた
何も考えられない。精神的に疲労していると言う事か
御厨は、無心にトリガーを引いた
(逃げ場も時間も、与えるか!!)
薙ぎ払う光線。青緑の美しいオーロラ。それは、破壊の熱線
居合斬りのように銃身を振られながら打ち出されたレーザーは
四分の一程の大きさになったJ-56を、上下に両断した
ドォォォン!
断末魔を表すかのような爆発と、爆音
今度こそ。今度こそ、だ。今度こそJ-56は、この地上から消え去った
「・・・・・・・・・・本当、レーザーライフル様様・・・・・・・だな」
「・・・・・・違う・・・・・・・・・・・シュトゥルムのおかげよ・・・・・・・・・」
上を見上げれば、地上と地下を隔てるハッチが、悠然と待ち構えているのが見えた・・・・・
『ロボットになった男 ダリア初陣編 終了』
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苦心の一話、上がりました。って言うか序章、終了しました。
もう何がなんでも書くぞおらーって感じです。更新は亀の歩みですけど。
自分で言うのもなんですけど、この作品、かなりイロモノだなーって思います。情けない事にダリア目立ってないですし。技量が足りないな、と痛感。
イロモノですし、素人が考えた設定ですけど、オリジナル投稿掲示板にのっかっても恥ずかしくない作品にしたいな、と思ってはいるんです。
と、言う訳で誰か教えて下さい。ダリアを目立たせる方法を・・・・。
こんな作品でも、誰か楽しみにしていてくれると良いな
と思いつつ今回はこれで。
呼んでくれた方、ありがとうございました。