フレディジャマー。その起源は六十年前、軍事目的に打ち上げられた一つの衛星にあった
ゴールデン・アイ001。通称、GI1と呼ばれる衛星である
元々、超高々度を越え、宇宙からの諜報を目的とした筈のそれは、一人の科学者によってその機能を変貌させた
「フレデリック・スペンサー」
フレディジャマーという名の由来になった人物であり、そしてフレディジャマーを生み出した張本人でもあった
―――――――ドリトン書房:「家庭に一冊。一般的な歴史」より抜粋
ロボットになった男 第一話 「まぁ、そんな一時の平和」
(・・・・やっぱり、大した事は乗ってないな。・・・・・まぁ、教科書みたいな物か)
開きっぱなしになっているサリファン基地の格納庫で、御厨は慌しい周りの状況を確認しながら、データベースを検索していた
御厨は既にメタルヒューム用のベッドから外され、膝をつく格好で座らせられている
元々あれは損傷した機体への負荷を軽減しつつ修復を行う為の物で、完修した機体に使用する意味は無いようだ
しかし、御厨にしてみても、寝かせられている時より視界が利いて、すこぶる良い。態々、やる事もなく寝ていたいとは思わなかった
「こらぁ!なんでこんな所にR型のパーツ野晒しにしてやがる!!担当どいつだ!」
「げ、・・すんません!俺っす!直ぐに補修入ります!!」
すぐ近くでボルトの怒声が聞こえ、御厨はふとレンズを右に動かした
そこには、機体をサンドカラーに塗られた、タイプRに取り付くボルトが居た。移動できるように車輪が取り付けられたタラップの上で、忙しそうに檄を飛ばしている
周りで働く工兵達は、ジェネガン基地に居たときよりも大分増えていた
恐らく、急遽編入された他の基地の工兵が混じっているのだろう。指揮系統において揉め事があった事は想像に難くないが、結果的に工兵達は、ボルトの指揮下にあるようだ
御厨は、人員が増えた分纏め辛かろうなと思いながら、その実ボルトを信頼している
あの男ならば、例えどんな状況にあろうと、整備兵としての仕事を完遂させるに違いない。ともすればそれは、信仰にも近いような信頼だ
だが、買い被り過ぎと斬って捨てる事もできない。ボルトにはそうさせる雰囲気がある
寡黙過ぎず、多口過ぎず、常に己を昇華させている。そんな雰囲気が漂うのだ。彼の周りには
それは経験の少ない御厨からすれば、誠実さの表れと取る事もできた。だから、尚の事信頼する事ができたのかもしれない
と、まぁ、ボルトを讃えるのはそこまでにして、御厨はデータの海より舞い戻る
それは・・・・例えるならば、開かれていた感覚が急に閉じられ、それと同時に御厨が、「己」という物に音を立てて嵌め込まれる。そんな感覚だ
ほんの少しの喪失感と、ほんの少しの充足感
矛盾を孕むそれではあったが、生き物の生とは得てしてそういう物だろう
御厨は何とは無しにそう考え、灰色の床を見つめる。溜息ではないが一度だけ、息を吐いた
(・・・・・・・・そろそろ・・・・・かな?)
彼の時感覚ならば、そろそろである。それは今現在、最も彼の頭を悩ませる事象であり、また遭遇する事を楽しみにも思わせる、不可解な物
また矛盾した。これだから、己の事だと言うのに全く持って度し難い
御厨は考えて、心中で苦笑した
そんな時、あの特徴的な、空気の抜ける音がした。格納庫のドアがスライドする音である
先に言ってしまうのなら、御厨の「そろそろ」と言う予想は当たった。御厨がデータの海から帰還して、僅か三十秒以内。正に絶妙のタイミングと言える
そんなどうでも良い事象を追い払って開くドア。次の瞬間には、その向こうから、威勢の良い少女の声が、格納庫全域に向かって放たれていた
「うーっす!!!レイニー第六等下級技官、只今より補修作業に入ります!!!」
青い瞳が短い金髪に良く映える、小柄な体を工兵着に包んだ少女の、元気の良い参戦である
「きたか・・・・。ミンツ技官!お前の担当機はチェックすんでる!調整に入んな!」
ボルトの声が一つ飛んで、少女・・・・レイニーは、さも当然のように威勢の良い返事を返す
彼女こそ、彼女こそが御厨の頭を悩まし、また退屈に殺されかけている好奇心を揺り動かす存在
他の女性工兵達に比べても飛びぬけて年若い、異色の工兵。レイニー・ミンツ第六等下級技官だ
取り分けて秀麗という訳ではないが、真一文字に引き結ばれた口と、その表情は、キリリと凛々しい
髪と同じ色をした、形の良い眉もそれを際立たせる理由であろう
とても気の強そうな顔をしており、事実レイニーは、気が強かった
面構えは典型的なアメリカ系で、少なくともアジアやモンゴロイドに通じる物は感じられない
しかし御厨は、その一種棘のような雰囲気すら醸し出すつり目と、ピシリと背筋を伸ばして歩くその姿勢に、どこか懐かしい物を感じていた
(・・・・・・何と言うか・・・・・毎度毎度、物凄い威圧感を感じるんだけど・・・)
御厨は、工兵仲間と短く談笑し、それでも歩を止めずに御厨に近づいてくるレイニーを見ながら、なんとも情けない言葉を漏らす
しかし、彼女の態度がどことなく挑戦的なのは否めない。どことなく危なっかしいのだ
周りの誰もが自分よりも年上の中、終始気を張っているのだろう。それは若さ故であり、また特効薬はない
恐らく、あのアンジーですらも、この少女の前では肩を竦めるのではないか。御厨はそう考え、そしてその予想が外れていない事を本能で悟り、身を震わせた
御厨に近づいてくるレイニーの後ろで、ボルトがやれやれとでも言うようにレイニーを見る
思う事は御厨とそれ程変わるまい。「若いな」とか、「青いな」とかだろう
激しく同感だった
だがしかし、御厨は知っている。僅かに垣間見える、レイニーの本質を
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
レイニーは何を思ったか、御厨が座するその数メートル手前で、歩みを止めた
そして御厨の目、レンズをじっと、じっと凝視。それこそ鉄でも融かしそうな熱い視線で凝視し、後二、三分で穴があくのではないかと勘違いしそうな程凝視した
そして満足気に小さく頷きながら、御厨を・・・・・言い方は悪いが、舐め回すように、やはり熱く、鋭い視線でじっくりと上から見下ろす
そして御厨のどこにも欠けたる所がなく、一部の隙もない事を確認したレイニーは、ふっと頬を抑えた
微笑んだのだ。それは加熱されたフライパンの上に放り出された氷のように、何とも言えない、「へにゃ」と、溶け切った笑顔だった
途端、レイニーの後方から様子を見ていたボルトが、溜息を吐きながら歩き出す
レイニーの居る方向だ。ボルトは、何か・・・・例えるのなら、物事がまるで自分の予想通りになり、且つそれが喜ばしい事態ではないと、そう言いた気な表情で、歩いてくる
そして、己が右の拳を固く握り締め、すくい上げるような形で、レイニーの後頭部を張り倒した
甲高いが、決して上品とは言えない悲鳴が上がった
「あぎゃっ!!」
「あぎゃっ、じゃないあぎゃっ、じゃ。何にたにた気持ち悪い笑いしてやがる。とっとと作業に入れ」
「い、いくら何でも拳はないっすよ!しかも後頭部!」
レイニーは左手で頭をさすりながら、右手で、どこから取り出したのか、ボルトの被っている物と同じキャップを取り出し、まるで頭で突き破るかのように被る
勿論、それはボルトの物よりか幾らか綺麗ではあるが、同じ布製だ
防具としての意味は無いように思うが、今の彼女には、鉄の兜よりも頼りになるのだろう
ボルトは、何を思ったか目頭を抑え、空をあおぐようにして見上げる
そして大きく、大きく、本当に大きく息を吐きながら、レイニーを一睨みした
「こちとら一睡もしてないんだよ。無駄な手間を取らせんな」
御厨はボルトに、心の中で「夜勤お疲れ」と労いの言を送った。・・・・届きはしないが
レイニーは追い詰められた苦笑いを浮かべ、精一杯仰け反りながら――逃げたくても足が動かなかった――苦し紛れの返事を返す
怖かろう。そりゃ怖かろう。ボルトとて本気ではあるまいが、ボルトとレイニーでは役者が違いすぎる
ボルトはレイニーが頷くのを確認すると、やはり大きな溜息を吐きながら他の機体へと歩き去っていった。彼は暇ではない。多忙なのである
しかしレイニーは、たった今怒られたばかりだと言うのに
未だ融け切った笑顔で、シュトゥルムを見つめているのであった・・・・・・・・
彼女は工兵。そして彼女の担当機こそ御厨
彼女が記憶の中に残る声の主であり、他愛もない流行歌のファンであり、御厨を修復し続けた(であろう)職人だ
詰まる所、非常に感謝はしているのだが・・・・・・・・
今の御厨には、それ以上に思う物があった
(・・・・・・・・・・自分の手掛けた機体ってのは、やっぱり可愛いもんなのかな・・・・)
御厨は、自分を見つめてくるレイニーを、負けじと睨みかえしていた
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ちょいと、時間をかけすぎました。気づけば恐ろしい程日数が・・・・・。
本来なら、こっちが第一章序話になる筈だったんですけど、何故かこうなってしまいまして。
今回は少なめですけど、それでも読んで頂けたのならば、嬉しい限りです。