午後六時三十分。御厨に季節など解らないが、太陽は既に傾き、辺りは暗くなり始めていた
それは御厨や、他のメタルヒュームが納められている格納庫も同じ事。しかしここには、どこの骨董品だ、と問い詰めたくなるようなガス灯が掲げられており、外よりかは幾分マシだろう
昼間は、工兵達が所狭しと動き回る格納庫も、今はひっそりと静まり返っていた
そんな中で御厨は見つめる。何をって、御厨のコックピット内で、カチャカチャと調整を続けるレイニーを、だ
一人居残って作業を続けるレイニーだが、彼女が勤労意欲旺盛なのかと問われれば、違うと答える
単に、御厨の調整が難航しているだけだ
「・・・・・ん~、解り難いね。いったいどう言う組み方したのさ、この射撃プログラム」
(そりゃ御免。それやったの、多分僕だ)
短い金髪をかき上げながら呟くレイニーに、御厨は届く筈もない謝罪の言葉を贈る
今レイニーが行っている作業は、本来ならばパイロットが行う物だ
パイロットが己に一番馴染む調整をし、一番合う設定をする。工兵はその作業を手伝えども、決して主導で行うべきではない。・・・・・・と、ボルトが言っていた
だと言うのにレイニーときたら、何が気に入らないのか、ダリアを御厨に近づけようとしない
御厨が覚醒してから、ダリアは何度も訪れているのだが、その度にレイニーが飛んできて、うがー、と威嚇して追い払ってしまうのだ
レイニーは、御厨が思うに恐らく十八歳~二十歳程。まぁ、素人目だが
傍から見ればそんな彼女が咆えた所で、ライオンの赤ん坊程の愛らしさしか出てこないのだが、何より勢いが凄まじい
疾風怒濤の体当たりを専攻し、ダリアを格納庫から弾き出してしまうのだから、洒落にならなかった
どうしようもないのだから、今現在御厨は、ボルトの提示したダリアのステータスに添って調整を続けている
ボルトにしても苦肉の策と言った所か。統括役として、部下の意向を無碍にもできまい
(・・・・・・・まぁ、・・・・職人気質と言うか・・・・)
しかしそれでも、彼女のメタルヒュームに対する姿勢は、どこまでも直向きだ
彼女の様なタイプは怒らせると怖い。例えば、公道を箒で掃除している時、自分が掃除している場所に空き缶を投げ込まれたら、迷わず拳で応答しに行くタイプだ
彼女にとってのメタルヒュームとは、それ以上の物があるのかも知れないが、そんな事まで御厨には解りはしなかった
解る事と言えば、レイニーが相当な頑固者だと言う事だけ
レイニーがふと、調整を中断して顔を上げる。そのまま何を思ったか、コックピットを開く
一瞬後には、ホレックを連想させる動きで外に飛び出していた。極力音を消して格納庫の床に降り立つ様は、まるでペルシア猫の動きだ
御厨は感嘆の息を漏らした。この世界の人間は、ダリアと言いホレックと言いレイニーと言い、何故こうも身が軽いのだろうか
しかし、現実は御厨の疑問など知らぬふう
まるでレイニーが降り立つのを待っていたかのように、格納庫のドアが開いた
圧縮空気の抜ける音は、相も変わらず間抜けだった
「・・・・ミンツ技官、調整は終わったか?」
「そりゃもうバッチリ!」
ドアの向こうに居たのは、缶コーヒーと思われる黒い筒を二本、手にぶらさげた、ボルトの姿だった
ロボットになった男 第二話 「遭遇戦。生きるか死ぬか」
ボルトはレイニーに缶コーヒーを放って寄越すと、自分はそのまま歩き始めた
向かうは、御厨からみて右方向に置いてある、一機のメタルヒューム。サイズから見てタイプRだ
御厨が覚醒したその翌日に運び込まれてきた機体だが、どうにも汚れが目立つ
まるで倉庫から引き摺り出してきました、と名言しているようだった
ボルトはその古ぼけたタイプRに近寄ると、無造作にコードの繋がれたPCのキーボードを叩き、間接のガーダーを外す
作業途中だったのか、辺りにはレンチや溶接機など、様々な工具が転がっていた。ボルトはそれらの中からドライバーとペンチを拾い上げると、間接部に顔まで突っ込んで、整備を始めた
ボルトの分の缶コーヒーは、作業服のポケットに入れられたままだった
「・・・・・お前、まだ乗せんつもりなのか・・・・?」
缶コーヒーを受け取り、御厨の足元にどっかり腰を下ろしたレイニーに、多少くぐもった声が掛かる
勿論ボルトだ。誰何を問おうにも、今ここにはレイニーとボルトと・・・・・御厨しかいない
レイニーは丁度、缶コーヒーのプルタブを開けた所だ。彼女は唐突過ぎるボルトの言葉に、首を傾げながらもその意味を理解し、やや拗ねたような声を出した
「・・・・あの新米少尉の事ですか?・・・・・・・・だったら、その通りです」
「意地張りやがって。どっちにしろ、近い内にスパエナの攻撃が始まるだろうよ。幾ら指揮系統がハッキリしてなくても、お前の我侭を通す事は出来んぜ」
御厨は、開きっぱなしのコックピット内のカメラから、意識を離す
その分レンズに集中した。御厨には、三つの目で物を見るような、そんな器用な真似はできない
いや、出来ない事もないが、やはり不慣れだ
御厨が見下ろしたレイニーは、缶を口に当てて傾けたまま、どこか遠くを見つめていた
「幾ら切れたフリしてても解るんだよ。まぁ嫌いでもねぇんだろう?あの甘ちゃん少尉の事」
少しも滞る事なく続いたボルトの言葉に、レイニーは慌てて飛び上がった
「い、いやそりゃですね、誰も人を嫌いになんてなりたくはありませんよ」
「馬鹿。若い癖に悟ったような事言うな。素直に慌ててりゃ良いんだよ」
ボルトは首だけ回してレイニーを見ると、微小を浮かべながら諭した
・・・・諭したと言うのだろうか。御厨には、酷く理不尽な理屈だったような気がする
だがしかし、こうも一瞬で堂々と返されてしまっては、反論の言が見つかるまい。レイニーは溜息を吐いて立ち上がる
ボルトは既に、こちらを向いていなかった
「・・・・パイロットなんて皆自意識過剰で、・・・・・どうしようもないんですよ」
レイニーはガス灯に近づくと、そこから溢れ出る熱を確認するように、ひらひらと手を振る
何とも言えない台詞だった。御厨よりも年下の筈のレイニーの声には、どうしようもない諦念の感があった。悟った台詞とは、正にこのような事を言うのではないか。御厨は思う
しかし、少々キツイ言われようだ。胸中は苦い
御厨には、自意識過剰と言う言われ方を、どう取るべきか解らなかった
少なくとも、ダリアやホレックは違うと思う。贔屓目かも知れないが、自意識過剰とは違うような気がする。アンジーや、今亡きイチノセとてそうだ。付き合いは短いが
(君の勘違いだよ・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
御厨は愚痴ったが、ボルトは沈黙した。レイニーの次の言葉。それを待っているようにも見えた
「きっとあいつ等、自分を物語のヒーローか何かと勘違いしてるんです。特にここ二ヶ月の新兵と来たら、実戦も経験してないくせに思い上がっちゃって」
「・・・・ったく、お前だってそうだろうが」
「同じにしないで。私は紛争地帯の出ですよ?鍛え方が違います」
ボルトが呆れたように出した言葉にも、レイニーはあっさりと言い返した
ボルトは漸く整備の手を止め、上半身を振り返らせて、レイニーを見遣る
レイニーはその視線を受けながら、格納庫に据え付けられた椅子に座った
メタルヒュームの状況把握に使用されるPCが置かれた、簡易式のデスクである
だが、置かれているのはPCだけと言う訳でもない。分厚い紙の書類もそうだ。レイニーはその一つを持ち上げて乱雑にページを開きながら、やや挑戦的に言った
「ほらこれ。四日前の訓練だってそうです。ただの完熟訓練なのに、帰ってきた機体は間接がまともに動かない状況だったんですよ?整備班がどれだけ苦労したか・・・」
こればかりは、その「整備班」にお世話になっている御厨としては、何も言えなかった。まぁ、当たり前だが
ボルトはガーダーを開いた時のようにキーボードを叩き、古ぼけたタイプRの間接を閉じる
そしてそこで漸く、ポケットの中の缶コーヒーを取り出して、プルタブを開けた
腕を組み、体を古ぼけたタイプRに任せ、時々コーヒーを傾けては、話に耳を傾ける
何も言わないボルトに苛立ったのか、レイニーは少しだけ、声を荒げた
「冗談じゃないって事です。機体を大事にできないなら、生身で戦場に突っ込めってんですよ!」
(随分と男らしい事で・・・・・・)
細い腕で力瘤を作り、繭を顰めながらレイニーは憤った
御厨は苦笑する他ない。彼はパイロットでなければ、工兵でもない。それどころか、今では人間ですらないのだ
使われる側としては大事に扱って欲しいが、その実ダリアの必死な表情が記憶媒体に焼きついている
結局の所、パイロットか工兵か、どちらに味方すれば良いのか、解らなかった
ふと、御厨は何か不安を覚えて、ボルトを見遣る
御厨には彼がどう出るのか解らない。それに、少々興味もあった。ボルトが、一体どう答えるのか
しかし、御厨の期待に反してボルトは、たった一言放っただけだった
「・・・・・・・・・・・青二才、手前、勘違いしてるぜ・・・・・・」
「え?」
それだけ言うと、ボルトは一気にコーヒーを飲み干した
レイニーの上げた間抜けな声になど、反応すらしない。まるで、「後は自分で考えろ」と言わんばかりだ
ボルトはそのまま踵を返すと、格納庫のドアを開く
脱力するような音を立てて開いたそこを通りながら、ボルトは一つ、唖然と見送るレイニーに置き土産を寄越した
「おい青二才」
「へ?は、はい」
「良いのか?当の『少尉殿』が、ハゲタカみたいに目を光らせてるぞ」
そうして背を向けながら、親指を突き立てて、格納庫の開いた天井を指す
レイニーはその示す先を追った。勿論御厨も、レイニーに気づかれないように追った
・・・・・・・・見た限りでは・・・・・何もない。ただ、どんどん暗くなっていく空があるだけだ
「・・・・・?一体何なんですか?」
レイニーがそう呟いて、ドアの方向のボルトを振り仰いだ時だった
(・・・・・・・・!人影?!)
闇に紛れるようにして、唐突に現れる人影
遠目の上に暗くても、御厨の機械の目には、よく見える。沈みかけの太陽を背負って立つのは、何を隠そう彼の相棒、ダリアだ
ダリアは次の瞬間何を思ったか、なんの躊躇いもなく、宙を舞っていた
僅かな音を聞きつけ、漸くレイニーも気づく
「うわぁぁん!ボルト主任の馬鹿ぁぁぁ!!!」
「な、な、なぁ!何やってんだあんたーーーー!!!!」
(だ、だだだ、ダリアァァァァァ?!?!)
格納庫に二人分の絶叫が木霊した。御厨は突然の暴挙に出たダリアに愕然としつつも、サッとボルトの方に視線を向ける
その時には既に、ヒラヒラと手を振るボルトが、ドアの向こうに消える瞬間だった
「ば、馬鹿少尉!まさか死ぬ気?!?!」
レイニーが叫んで、駆け出そうとした時、布の擦れる音が響いて、宙を舞うダリアの頭上に丸い物体が広がり、急激に落下スピードが低下する
落下傘だ。御厨に種類までは解らないだろうが、ダリアはトゥエバ空軍特殊訓練用の落下傘を背負っていた
ダリアが体制を変え、その浮遊に方向性を加える
向かう先は・・・・・・・御厨
何か言う暇すらなかった
御厨に接近したダリアは、一瞬で落下傘を切り離し、開かれたままになっていたコックピットに滑り込んだ
何と言う無茶をするのか、この少女は。御厨はこの暴挙に、怒る以前に呆れてしまった
コックピットに入ったダリアは、駆けてくるレイニーを尻目に、コックピットを閉じる
そのままプログラムキーを叩いて御厨を起動させると、嬉しそうに、本当に嬉しそうにレバーを握った
「あはは♪シュトゥルム!久しぶり!」
(・・・・・ああ・・・・何日振り・・・かな・・・・?)
ダリアは、嬉しそうに笑いながら、御厨に話し掛けてきた
御厨はそれに返事を返す。しかし、ダリアには届かない。やはりそれは、寂しい物だ
悔しいなぁ。御厨は思う。せめて一言、話せれば、と
だが、今はこれでも良いような気がした。ダリアは自分の事を知ってくれている。そしてそれを気味悪がりもせず、気さくに接してくれる。これ以上を望むなんて、罰当たりだ
何時の間にか感傷に浸っていた御厨は、目の前で何か叫んでいるレイニーを見て、急に現実に戻った
大きく口を開いて、精一杯叫んでいるのだろう・・が、生憎コックピットは密封されており、完全防音だ。砲弾が着弾したりでもしない限り、音は届かない
だが、御厨には聞こえる。「何やってるの!」とか「直ぐにお・り・ろー!」とか、しきりに叫んでいる
一方ダリアは、久しぶりに御厨を駆る喜悦から、レイニーの事など見ていなかった
・・・・・無理矢理見えない振りをしているようにも見えたが・・・・・
「えへへ、トワイン司令が、『今日は他の基地から流れてきた奴等が実地訓練を行っている。』なんて、聞こえよがしに言うんだもの。無理言って参加許可貰っちゃった」
(いや、絶対確信犯じゃないの?それ。・・・・・・・・司令、何考えてるんだ・・・・)
御厨の中で深呼吸しながら、ダリアはキーを叩く。御厨に司令が伝わり、久しく動いていない巨体が、何ともスムーズに立ち上がった
御厨はここまで修復してくれた工兵達に、心の中で感謝する。レイニーには特に、だ
御厨はレイニーに感謝しつつ、深く陳謝の言葉を送りながら、彼女の小柄な体を飛び越える
そして一気にホバーバーニアを吹かすと、陽の沈み行く荒野に向かって移動を開始した
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「・・・・・シュトゥルム・・・・御免ね。・・・・・・・・・・・・・怒ってる?」
格納庫を抜け出した時点で、ダリアがふと、呟くように言った
御厨は疑問符を掲げる。唐突過ぎて、彼女が何を言いたいのか解らない
だがその疑問も、直ぐに氷解した
「・・・・・言われたんだ、あの子に。あたしはシュトゥルムを、大事にしてないって。大切に思ってないって。・・・・・・・・そんなつもり、なかったんだけどな」
言いながら、ダリアは計器を操作したホバーが熱を高め、速度を上げる
そのまま翔け行く様は、正に疾風。シュトゥルムの名に相応しい
御厨は、ダリアと共に風に酔いながら、独白を聞いていた
「・・・・シュトゥルムは・・・・迷惑かな?あたしの事、怒ってる?」
そんな訳ないだろうに。そんな筈ないだろうに
語るのに陳腐な台詞はいらない。ただ、思いがあれば良い
(友情は・・・・・・不滅さ)
御厨は、多機能な右手を無理矢理動かして、レンズに写るようにサムズアップした
その途端ダリアは、融けたような・・・・・いや、本当に融けて笑みを漏らす
御厨はその笑顔を推進力に、大きく切り立った崖を飛んだ
だが
だが、良い気分もそこまで
御厨は見てしまった。今、気づくべきでない物を
ダリアは見てしまった。今、知るべきでない物を
御厨は思わず足を止め、ダリアは思わず、レバーを戻していた
「・・・・・・・・・・今の、下に見えたの・・・・・」
(・・・・・・・・・・赤い、機体・・・・・・・・・・・・・)
今のは、何だった?崖を飛んだ際、遥か下方に認識できた、赤い巨体は何だった?
前見た時とは機体が違う。だが、あの鮮烈な赤は同じだ。記憶の中に焼きついて、離れない
そしてなにより、感じた事のある圧倒的な威圧感
誰何する暇もなく、次の瞬間には、強制的に回線が割られ、通信が飛び込んできていた
『・・・・・・・よくよく縁があるようだな、ダリア・リコイラン・・・・・』
(・・・・ラドクリフ・・・・ラドクリフ・エスコット!)
御厨の受難・・・・・・・・いや、これはダリアの受難かもしれない・・・・・・
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ははは、皆様が書き込んで下さった感想を見て、居ても立ってもいられなくなり、無理して一話上げてみたり・・・・・。
結局、消化不良な感じです。特にレイニーが書き切れなかった。質を落としてしまって、申し訳ない。本当に。
兎に角、更新は亀の歩みながら、これからも書き続けてゆきたいと思っております。
感想を下さった方々、本当にありがとうございました。