無骨で、不必要なまでに太い脚部を持ち上げ、歩く
格納庫を出て外に向かおうとする鋼の巨人は、ダリアの駆る御厨、シュトゥルムだ
巨人の為に広く作られた格納庫の通路。そのあちこちに散乱する作業用機械が、シュトゥルムを送り出しているように見える
その中にはシュトゥルムのような巨人達も極少数居た
しかし彼等は、彼等の主たる者が居ないために動けない。しかしその主達も、直ぐに警報を聞きつけて走ってくるだろう
何せ両手で耳を覆っても鼓膜が痛い程の大音量だ。これで気づかぬ者が居ればとくと面を拝んでみたい。御厨は未だユーモアを失わない自分を賞賛しながら、そんな事を考えていた
(・・・・・・何が起こっているんだろう)
御厨には何が起こっているのか解らない。しかし、不思議と混乱はなかった
それは一重に、ダリアと言う存在が居たためであろう。ダリアは自分自身も初めてだろうこの状況で、それでも落ち着いていた
その表情に焦りはなく、御厨自身も落ち着く
御厨は心中で苦笑し、己の不甲斐なさを少々呪った
体は不思議と勝手に動く。シュトゥルムの下胸部にあるコックピット・・・・・その中でダリアが操る一本のレバー、バーニアアクセル、プログラムキーボード、その全てが御厨を支配する
やはり違和感は拭えない。御厨は、堪らない嫌悪感を堪えていた
だがしかしそれも、ダリアのどこか一所懸命な顔を見ると、霞のように薄れていく
(・・・・・うん、悪い気は・・・・・・しないかな)
いつのまにか、御厨は格納庫機動兵器出入り口まで辿り着いてた
巨大な門は観音開きになっていて、いつもは大抵工兵の人員が操作して開けてくれる
しかし工兵が未だ居らぬ状況では、ダリアが遠隔操作で門を開くのだが・・・・・・・・・
「・・・・・開かない?」
何故か門は開かなかった。電気は回ってきているし、システム上も問題は無いのだが、何故かオープンプログラムが承認される前に弾かれる
二、三度それを繰り返したダリアは、業を煮やしてレバーを操作した
(え?あれ?これって?)
御厨は命じられるまま半身を引き、鉄の拳を振り上げる
まるで棍棒を振り上げるような体勢だ。棍棒自体は無かったが、シュトゥルムの鉄の腕ならば、これから行う事に大した違いはあるまい
御厨は言う事を聞かない門に、思いっきり拳を叩きつけた
耳をつんざくような金属音と濁音が同時に響き、観音開きの門は御厨から向かって右側の門を、派手に弾き飛ばす
そこから覗いた星の瞬く夜空は、宝石が散りばめられているかのようだった
「右腕損傷軽微。・・・良い感じ!」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・良いのかなぁ?)
ロボットになった男 第三話 「急襲と銃火の咆哮」
門を破壊して外に出た時点で、御厨に通信が入った
通信拒絶はしていない。いや、していたとしても今入ってきている通信は、レベルAと高い物だ
たかだか量産型に拒否できる通信ではないそれは、御厨の体中を駆け巡り、ダリアの座るコックピット前部に枠を映し出す
そこに映し出されたのは、白髪混じりの逆立った頭髪を持った、不敵な笑みを浮かべる初老の男だった
『うん?貴様はあの時の新入り?随分早いな』
ダリアは急に現れた男の顔を凝視して、人知れず高めていたらしい呼気を噴出した
「はぶ?!と、トワイン司令?!なんでオペレート席に?!」
『オペレーターの馬鹿どもめ、夜勤の野郎が人っ子一人居なかったんだよ。ちょいと前に休戦したからって気を抜き過ぎたって訳だ。こりゃ銃殺物だな』
男はトワインと言うのか。妙に似合った名前だと、御厨は一人心中で頷く
随分と司令らしくない物言いではあった。しかし事態は急を要するようだ
トワインの背後に除く広々とした部屋・・・・・恐らく本部なのだろうが、そこに居る数はトワインを含めても十人に満たない
通常二十人待機のそこは、司令塔としての機能を殆ど果たしきれていなかった
ダリアはその光景を見て、不安そうに顔を歪ませた
『何怯えてやがる。そんな暇はねぇぞ』
「そんな暇はないって・・・・・一体何が起こってるんですか?!」
こちらも、随分と部下らしくない物言いではあった。幾らなんでも、一パイロットが仮にも基地司令に使う言葉ではない
それもトワインの無意味なまでに砕けた口調がさせるのであろう
トワインは、ダリアの少々礼を欠いた言葉に目くじらを立てたりはしなかった
『敵襲・・・・・・・・こりゃまた見事な急襲だ。ここは今、複数の所属不明機から攻撃を受けてる』
忙しなく両手を動かしながら――恐らくキーを操作しているのだろう――トワインは片方だけ眉を顰めた
中々器用な顔をするおっさんだな、と御厨が思うのも束の間、すぐさまトワインは表情を正し、後方で働く人員達に檄を飛ばす。段々と焦燥が募ってきたようだ
ダリアが控えめに声を掛けるのを聞きながら、御厨は鼓動とも言うべき駆動音を抑えた
「て、敵襲って、そんな感じは少しも・・・・」
『ハッキングが掛かってんだよ!発信元と、武装したメタルヒュームも確認してある。こいつは立派過ぎるくれぇの侵略行為だ』
納得出来ない。ダリアはそんな風に、尚もノイズの走るトワインの顔を見つめた
解らないでもない。いきなり敵襲だなんて言われて、彼女のような人間が咄嗟に反応できるだろうか
御厨とてそうだ。きっとこんな事になっていなければ、きっと暖かい毛布に包まり、ココアでも飲みながらテレビの画面に向かうだろう。それが現実がどうかは別として
確かに現実味は無かろうが、何よりも信じたくない。そんな気持ちが強いのだ
格納庫でのダリアの余裕は、自分の勘違いだったのだと、御厨は知った
御厨は冷えていく己の心を感じながら、二人の遣り取りに耳を傾けた
「じゃ、じゃあなんで攻撃がないんです?ミサイルとか」
『馬鹿野郎!手前仕学で何教わってきた!60年前の奴が残ったまんまだろうが!』
「あ、フレディジャマー」
呆けたようなダリアの声にも、やはり力がない。トワインは頭を掻き毟る
と言うより、フレディジャマーとはなんぞや?ここに来てから、御厨には解らない事だらけだ。取り残された状況にも慣れてくる
ぼーっと御厨が見つめる先で、トワインが焦りのあまりチェアを破壊した司令塔職員を殴りつけていた
トワインは再びこちらに向き直ると、今度こそ無駄なお喋りは許さないとばかりにダリアを睨み付ける
(おいおい、真面目に恐いよ)
流石に小さいながらも基地司令。ダリアなどとは貫禄どころか年季も迫力も違う
ダリアも流石に怯えたのだろう。肩を一度震わせ、後ろに飛びのいた
『いいか新入り。事態はお前が思ってるよりいいもんじゃねぇ。寧ろこんな小さな基地じゃ、あってぇ間に制圧されるかもしれねぇ瀬戸際だ』
「ひゃ、ひゃい!」
『解ったらとっとと北東ゲートに向かえグズが!兵士が質問するな!『はい』とだけ言ってりゃ言い!ぐだぐだと無駄な時間を取らせるな!!』
「了解!了解!」
(懇切丁寧に教えてくれた癖に・・・・・・)
ダリアの声は裏返っていた。其れほどまでに、トワインの大喝は迫力のある物だった
御厨にしてみればトワインは理不尽過ぎたが、この渇の前では黙らざるを得ない
慌てて動かされたダリアの手元のレバーから、彼女の動揺が伝わってくるようだった
駄目だ。手に力が入っていない。不思議と御厨は、レバーを握るダリアの手を感じる事が出来た
出撃させる前から怯えさせてどうするのか。御厨はなんだかむしょうに泣きたくなった
ふとそんな時、中の人物が消え去り、慌しい司令塔を映し出すウィンドウから、声が漏れ聞こえて来た
苦虫を噛み潰したような、それでいて純粋に相手の事を気遣っていると解る、優しい声
『・・・・死ぬんじゃねぇぞ、新入り』
レバーから伝わるダリアの手の感触が、驚くほどに強くなった
―――――――――――――――――――――――――――
外面的にはシンと静まり返る基地を、御厨は駆け抜ける
まだ経験の浅いダリアが操るだけあって、その挙動はかなり危険な物だったが、そこはかとなく御厨がフォローしていた
御厨からすれば、基地の中は変な所だらけだ
殆どの建物に屋根はないし、あったとしても簡素なグリーンシートが掛けてあるだけだ
まともな屋根がついているのは、御厨の出てきた格納庫か、密集した居住区の建物しかない
その癖通路だけは無意味に広い。基地自体は狭い癖に、通路はマラソンランナーが二十人横に並んで走れる程広いのだ。何故これだけの広さが必要なのか?
御厨は考えて、直ぐに思い当たった。(・・・・・・・・・・・・僕等の為か)
どうやら、メタルヒュームと呼ばれる物を考慮して造られたのは、格納庫だけではないらしい
御厨は物珍しそうにズームレンズを彷徨わせながら、尚も走り続けた
「あれ?なんだか・・・・・・モニターの挙動が・・・・・・・」
(げ、マズった)
少々はしゃぎ過ぎたようだ。御厨の見た視界は、そのままダリアのモニターに繋がる。勝手に視界が動いていれば、不審に思うのは当たり前だ
「あ、直った」
(・・・・・自粛しよう・・・・)
気を取り直し、ズシン、ズシン、と象が歩くような音を立てて走る
今は走っている物の、本来この機体はホバー機動のようだ。脚部にはその為のバーニアらしき物も見られる
今走っているのは、エネルギーの節約か。考えてみれば当たり前かも知れないな。御厨はそう感心した
少し走ると、それ程時間を掛けずに外壁まで辿り着く事が出来た
敵の攻撃を防ぎ、侵入を防ぐための壁にしては、この基地の物は少々低い。御厨の視点と同程度の高さしかない
小さな基地だとこんな物なのか
御厨は走りながら、今しがた受けたダリアの命令を執行し、司令塔に通信を送る
すぐさま応対がなされ、ウィンドウが開かれた。今回はトワインではなく、本職のオペレーターが出たようだった
茶髪で小柄な、まだ年若いオペレーターだ
『・・・・はい、認識番号確認。ダリア・リコイラン少尉、こちら本部』
「ダリアです、ゲートに到着しました。えっと・・・・指示を」
『了解、ブロック開放します。銃を取ったら、その場で敵に備えて』
ダリアは少々もたつきながら、外壁に近づくようレバーで指示してくる「りょ、了解」
幾許もしない内に、外壁の内側――つまり御厨の見ている側――が開き始める
ギィィ、と少々古臭い音を立てて開くそれは、酷く緩慢な動きで、思わず苛々しそうになった
外壁の開いた中にあったのは、整然と並べられた、巨大なライフル達だった
ただのライフルでは無い。御厨のような、巨人用のライフルだ。半端じゃない大きさがある
唖然とする御厨の内部でキーが叩かれ、再びダリアから指令が下った
御厨は無造作に両手を伸ばすと、方や己の身長すら超えそうなライフルを取り、方やその奥にあったマシンガンのような突撃銃を取った
なんて人間臭い動きをするんだ。御厨は、自分の事ながらそう思う
考えるのも束の間。すぐさま御厨は身を返して、外壁の上からライフルの銃口を突き出した。突撃銃は取り合えず放り出してある
よく見れば外壁の上には、少数ではあるが複数の砲台らしき物が見られる
さしずめ今の御厨は、動ける砲台とでも言った所か。御厨は心中で苦笑する他なかった
ジッと、ジッと敵を待つ
嫌な時間だ。響く音は御厨の駆動音と、次第に荒くなっていくダリアの呼気
緊張しているのだろう。それも恐怖による、最悪の奴だ
これならば、まだ不慣れながらにも走っている時の方が良かった。少なくともこうはなるまい
御厨はダリアの様子を見守りながら、命が掛かっていると実感した
(・・・・・・・・・・・・・・・・ん?)
ふと御厨は、夜の闇の向こうに奇妙な影を見つけた
闇が深すぎて、確認できたのは一瞬だったが、それは確かに大型の影だった
何だ?敵か?敵なのか?敵なんだな?
ダリアも気づいたようで、レバーを握る手には今まで以上に力がこめられ、荒かった呼気は隠れるように塞き止められている
次の瞬間、闇の向こうから、赤い人型が飛び出してきた
装甲は赤。いや、赤と言うよりは朱。ずんぐりとした体型で、方にはランチャーが取り付けられている
御厨のズームレンズと違い、モノアイだ。それは重装甲、大火力。御厨などではとても相手になりそうになかった
ダリアが通信に向かって叫ぶ。まるで、悲鳴のような声だった
「て、敵機確認!!司令塔!発砲のき、許可を!!!」
御厨の受難は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない