気が付けば、御厨は、殴る様に倒されるレバーの存在を感じていた
そして否も応もなく、それに応える機械の身体。唐突に灯った黒い翼の炎が、改造で総合耐久の落ちた御厨の身体を、ギシギシと鳴らした
同時に、手の中の凶器を放り出す
炸薬を満載したミサイルは、そこいらに放り出すには少々危険な代物だったが、アンジーならば何とかしてくれるだろう
今、重要なのは、御厨の視界の遥か先を駆けて行く、一つの機影
それ以外の全ての情報を、御厨は出来得る限り無視した
『うぉあ!ダリィ?!・・お前もか!』
アンジーの舌打ちが聞こえた。浅はかな、そして無謀なダリアの判断に苛立っている
だが、気になどしていられない。ダリアが急かすのだ。早く、早くと。御厨は、それに応えてやらねばならなかった
宵闇に、飛行機雲にも似た青いバーニアの残照を刻んで、御厨は翔んだ
『・・・・!全機突撃しろ!通信開け!周波数は10-1!』
(鈍間!反応遅いぞ!)
辺りに放出された、指揮官からの通信を受けて、御厨は罵りながら周波数を合わせた
最早隠匿性も何もあった物ではないが、ここまでくれば意味もない。それよりかは、敵に傍受されるのを承知で味方と連携を取った方が、遥かに効率的だ
10-1回線とは、一般のラジオ放送にも使用される、この世界共通の回線である
国際的な事物の発表時にも使われる為、秘匿などは考えるだけ無駄だ。究極的に、味方と通信を行う為だけの回線だった
「ホレック!!止まって!!」
ダリアが御厨を駆りつつ、零れ落ちんばかりに目を開きながら、ホレックに呼び掛ける
ホレックのタイプRと、猛加速を始めた陸ザメとの間は、既に十五メートルを切っていた。不思議と御厨には、漆黒に塗られている機影が、ハッキリと見えた
『駄目だ!ここで行かせたら、サリファンが潰される!そんな事になったら・・・・!』
『お前さん一人で気張る仕事じゃねぇだろう!』
割り込んできたアンジーの声に、ホレックは些か動揺した様だった
しかし、その動揺は機体の動きには現れない。ホレックのタイプRは、しっかりとミサイルを制御しつつ、猛然と走り続ける
アンジーは、ミサイルの推進力で持ってしてダリアに追い付こうとしているが、それよりも尚、ダリアの駆る御厨の方が早かった
そうこうする内に、陸ザメに変化が現れた。当然である。奴等とて、五感を研ぎ澄まして警戒していたのだ。無謀にも単機で突撃するホレックを、黙って見逃す筈がない
船尾上部に幾つもの穴が開かれ、そこから砲塔が現れる。その数、目測で約四十以上
腹に開いた巨大な穴は、拠点攻撃用か何かの固定武装だったのだろう。目下の障害は、無数の砲塔と言う訳か
加速を続けながら、迎撃する腹積もりなのだ
御厨は、愚にも付かない想像をしながら、吼えた
(ホレック!避けろ!避けろぉ!狙い撃ちにされる!!)
次の瞬間、無数の砲塔は、一斉にホレックへと向けて、その凶弾を発射した
ドン、と言う腹に響くような思い轟音。余りにもタイミングが合っていた為、発射音は一つに聞こえた程である
ホレックのタイプRは、慌てて進行方向を変更するが、全弾避けきる事は、どだい無理な話だった
「ホレック!!」
被弾は、ミサイルを支えていた左半身。腕が吹き飛ばされ、肩が穿たれ、余りにも高密度の弾幕を遠慮無く受けた為か、タイプRは派手に跳ね飛ばされていた
そして、一瞬の浮遊の後着地
いや、着地と呼べる程見事な物ではない。無様に倒れ伏し、摩擦で荒野の土は削られ、装甲が火花と雷を上げる
ミサイルは制動を失って空に打ち上げられ、バーニアの火を消滅させて、地面に叩き付けられた
『糞ッ!まだぁ!』
それでも尚、ホレックは立ち上がり、再びローラーで駆け始める。不屈の闘志。御厨は、戦慄する
何故ここまで猛るのか。今のホレックからは、ダリアに通じる何かが感じられた
視線をめぐらせた。最早三十メートルは離れつつある作戦ポイントの、味方を見遣る
遅い。ひたすらに遅い。彼等は、まだ崖の淵で間誤付いていた。指揮官機が必死になって統制を取ろうとしているが、それも間々ならないようだった
視界を戻し、ホレックのタイプRを見た。御厨は漸くそれに追い付いて、速度の劣るホレックのタイプRを、支えるようにして加速した
危険な状況には変わりないが、引けないというのもまた変わりない
こうなれば、腹を括るしかなさそうだ。たった今、漸くアンジーのタイプRが追いついて来る
アンジーと、ホレックと、三機で、陸ザメを追撃する。無謀だが、やるしかなかった
ロボットになった男 第六話 「闇の中で」
「何であんな無茶をしたの!一人でどうにかなる相手じゃないでしょう!」
『・・・ダリィ、説教は後だ!糞みたいな鉛玉のプレゼントが来るぞ!』
アンジーは、言いながら蛇行した。ミサイルを抱えたままで、キャノンなんかに狙い撃ちにされては、たまった物ではない
ダリアは、迷わずホレックを自走させ、ウィングバインダーの火を強める
一瞬の浮遊感。そしてその後、他の何も気にならなく成る程の加速。御厨は、空を飛ぶ
灼熱の砲弾が数十発、一秒前までダリアが居た場所を通過して、荒野の彼方へと消えていった
『ダリア!無理しちゃ駄目だ!三十メートルそこらからでも、フレディの影響はあるんだぞ?!』
「無茶するなって?!ホレック!今の貴方からそんな台詞が出てくるなんて思わなかったわ!」
御厨は、続いて第二斉射を避ける。狙いはそれなりに正確だが、単調で、避けられない物ではない
ダリアは御厨を飛翔させ、ホレックの頭上を守るように飛ぶと、本式のウィンドウを開いた
「教えて。何をそんなに焦ってるの?貴方のそれ、ただ基地を心配してる様には見えない」
アンジーが砲塔の狙いを誘うように、陸ザメの横面を攪乱した。そしてすぐさま、速度に緩急をつけて回避行動に移る
まるで大地の中に地雷でも仕掛けてあったかのように、土が捲くれ上がり、粉塵が舞った
ホレックが自走の感覚を取り戻したか、再度陸ザメに接近しようとする
ダリアは、今度は有無を言わさぬ程強い口調で、呼び掛けた
「ホレック!!」
『・・・・・・・・・・・・・・・・俺の故郷は、ここの近くに在るんだよ!サリファンが落とされて、スパエナがその先にまで侵攻してきたら、そうしたら、戦火に巻き込まれる!!』
ホレックのタイプRが、一応無事である右手を腰部に回し、ライフルを装備する
砲塔に狙いを付けて、発射・・・・と言う所で、荒野が大きくうねった。陸ザメを追い続ける内に、崖と平地の高低差が消えていたのだ。後は、凸凹道が続く
ホレックは、未だ高速で回転し続けるローラーを駆使し、体制を立て直した。再び狙いをつける
御厨は、凄まじい気迫に中てられた気がした
『そんなの!絶対に許せない!』
叫んで、ホレックは、連続して弾丸を放った
命中。命中。命中。命中。あれよあれよと言う間に、ホレックの放つ弾丸は、砲塔に突き立っていく
勿論、一発そこらで破壊されたりはしない。だが、威力を最大限、凶悪とまで呼べる程に改造したタイプRのライフルは、確かに砲塔部に痛打を与え続けている
馬鹿な。と御厨は思った。こんな激しく揺れる視界の中で、一体どうやって狙いを付けているのか
流石に状況を理解し難かった。御厨は、ホレックの才能の、その片鱗を見た気がした
そんな時、半ば唖然と見守る体制に入りかけたダリアと御厨に、アンジーの叱咤が飛んできた
『馬鹿!調子にのるな!二人とも砲塔の射角から逃げろ!!』
慌てて御厨とホレックのタイプRは、体制を斜めにして急激に進行方向を変える
陸ザメの横尻を舐めるようにして、片やバーニアを吹かし、片やローラーを回す
その後を追うようにして、弾痕が刻まれていった。心なしか、狙いが正確になっている様な気がした
アンジーが再び敵を攪乱しながら、舌打ちした
『チッ、・・・・折角俺の手の中に、史上最悪の火器があるってぇのに!こうも狙われる上に賢しく逃げられちまったら、機関部に打ち込めねぇ!』
御厨は、苦々しいアンジーの言を聞きながら、突撃銃を構える
一斉射、二斉射、放たれた弾丸は、全て砲塔に命中しているが、全てその装甲に弾かれてしまった
御厨は、悔し紛れに、陸ザメに向けて突撃銃を投げつけた
(クソッ!何でこんな時に限って僕は!こんな豆鉄砲しか持ってないんだ!)
そうやって自分を罵った御厨は、正直、ホレックが羨ましかったのかもしれない
あの男は言い切ったのだ。「そんなの許せない」と
自分の故郷を、掛け替えない大切な物を守るため、無謀だったとは言え、己の身すら省見ず、果敢に敵に向かった
その確固たる勇気が、自分には欠けているように、御厨は感じられたのだ
自分が死ぬかも知れない。ダリアが死ぬかも知れない。そんな事をぐだぐだと悩んで、それで何になると言うのか?
決めたのだ。ダリアを守るんだ、と。それで今更、何を迷うとのか
ホレックは恐れなかった。迷わなかった。ただ、守ると決めた誓いを果たそうとした
これは、御厨の思い込みなのかも知れなかった。でも今は、その思い込みかも知れない感情が、ひたすらに眩しく感じられた
(もっと強い銃があれば、僕も、ホレックみたいに!)
今の御厨には、銃の強さが人の強さを決めるのではないと、思いつけなかった
御厨がそう考えた時だった。唐突に鳴り響く、乾いた破裂音。そして、金属的な音と共に消え去る、アンジーのタイプRの肩部ブレッドストッパー
『・・・・・・・・・・・・・・新手か!』
一瞬、何が起こったのか解らなかったアンジーは、次の瞬間急激な回避行動を取っていた
通常の戦闘とは違い、ローラーを使用しながらの高速戦闘は、どうしても横の移動に時間のズレが出る
その隙を突いて再び撃ち放たれる敵弾。アンジーのタイプRのレンズが、盛大に火花を散らす
『あぁ?!メインカメラが死んだかよ!』
御厨は弾丸の飛んで来た方向を予測して、すぐさま視界を巡らせる
左前方、遥か遠くに、こちらに向かって高速で移動してくる二機の機影
前を走るのは、宵闇の中でも解る鮮烈な青のカルハザン型で、そのやや後ろを、これまた青いカルハザンもどきが随伴している
「ホレック!陸ザメの気を引いて!」
(油断するなよ!)
御厨は砲塔の動きを見て、自分に狙いが向いていない事を確認してから、迷わずアンジーのタイプRを庇った
空力制御。両腕を前面に押し出して、保つには最悪の体制を、ウィングバインダーのみで支える
鈍い、嫌な音がして、御厨の両腕が打ち抜かれた
青いカルハザンから放たれた、凶弾だった
(この・・貫通力!たかが接敵中用のライフルの一発一発が、なんて威力!)
御厨は仰天した。こんな物を受け続ければ、装甲の薄い御厨は、一瞬でスクラップだ
だがその心配は杞憂に終わる。こんな遠距離からでも、圧倒的な貫通力を見せ付けた恐怖の弾丸は、御厨に四つ目の弾痕を穿つと、ぱったりと途絶えたのだ
「・・・・弾切れ?もう?」
ダリアが恐る恐る呟きながら、空中で御厨に体制を立て直させる
御厨のレンズが、遥か彼方のカルハザンが、長大なライフルを投げ捨てるのが見えた
一瞬、安堵の息を吐きそうになって、御厨は反転し半ば押し倒すようにしてアンジーのタイプRに体当たりする
その直後、一瞬前までアンジーのタイプRが居た場所が、轟音と共に粉塵を舞い上げた
高速で飛翔し続ける御厨の視界で、それは直ぐ後ろに流れていったが、その威力は存分に理解できた
『ダリィ!サンクス!』
そう言いながらアンジーは、時間差で緩急を付けて撃ち出されるキャノンを、次々と避けていった
そして何を思ったか、ホレックのタイプRの首根っこを掴んで併走すると、無理矢理ミサイルを押し付ける
敵のメタルヒュームがこちらに急接近してくると、陸ザメからの火砲は、途絶えていた
『アンジー先輩?!』
『五月蝿い!今から、俺とダリィで敵さんの相手をしてやる!手前は隙を見て、ソイツをサメにぶち込むめ!・・・・・・ダリィ、やれるな?』
「アンジーさん・・・・・・・・はい!最善の努力を尽くします!」
ダリアの言葉を聞くと、アンジーは前傾姿勢になり、ローラーを回転させる
冗談の様に彼の口から漏れた言葉が、やけに耳に残った
『はは!模範的な回答だな!つまらねぇの!』
ホレックが、制止の声を上げたような気がしたが、無視。ひたすらアンジーの後を追って、御厨は飛翔し続ける
二機の敵は、最早近い。御厨は、ダリアと共に呼気を高めた
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『この空巣どもが!こそこそしてやがって!覚悟は良いかッ!』
突如、青いカルハザンから通信が飛び込んでくる。ウィンドウが開かれるが、映るのはノイズの嵐だけだ。聞こえたのは、年若い青年の声である。多少、口汚くはあったが
その怒声に、ダリアが眉を顰めた。御厨は、威圧された
アンジーが、敵からの罵声に罵声で返す。挑発しているのが見え見えだ
『はん、盗人猛々しいとはこの事だな。スパエナの狂犬野郎』
『言ったな貴様!』
アンジーが嘲り、青年が噛み付く。この時点で、役者の違いが見えている
距離は既にない。青いカルハザンは、どう見ても無理矢理増設されたとしか思えないバーニアを吹かして、アンジーのタイプRに殴りかかった
(――早ッ!)
『ぐ、・・ぅお?!』
カルハザンは、瞬く間にタイプRの懐に潜り込み、拳の一撃でアンジーを弾き飛ばす。火花が起こり、一瞬だけ闇の中を照らし出した
強烈且つ凄まじい気迫の攻撃だった。それだけではない、針の穴を通す様な緻密さもある
ダリアが焦ったようにレバーを倒した。御厨は、一瞬の迷いもなく、カルハザンに体当たりした
奇しくも、不意を突く形となったタックルは、綺麗にカルハザンを仰け反らせた
(・・・・コイツ!全然強い!)
言動には落ち着きが無いが、強さは圧倒的だ。油断すれば、一瞬で極楽浄土に送られてしまう
御厨は思いながら、体制を崩したアンジーを支えて、再び飛翔を続ける
低空を飛びながらの高速戦闘で、敵に追い討ちをかける暇などない。それより、少しでも長く敵を引き付け、戦闘を継続する事こそが肝要であった
『ロイ隊長!そんな簡単に熱くならないで下さい!』
カルハザンを支えた、青いカルハザンもどきから聞こえたのは、妙齢の女性の声だった
ダリアよりは多分年上。青年とは、同年代だろう。カルハザンの腕を引き、こちらの隙を伺うように併走してくる
ダリアに支えられたアンジーのタイプRが、メインカメラも壊れている癖に、挑むようにカルハザンを見る
“もどき”に支えられたカルハザンが、威嚇するように、アンジーのタイプRを見る
『くぅ・・・・・俺の仕事は箱舟の防衛だ。手前ら、生きて帰れると思うなよ!』
そして、溢れ出る闘気と気迫。ダリアは、それに気圧されぬように、全身に力を込める
『ダリィ・・・・・少し、分が悪いかもしれねぇな・・・・・』
何を言うか。恐怖も、負ける積もりも、これっぽっちも無い癖に
四機のメタルヒュームは、少し離れた位置を怒涛の如く走る、陸ザメとホレックを追うようにしながら、戦闘体制に入った
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ここ暫くの自分のSSを読み返して、こう思いました。
これでは、燃えない。
燃えない(詰まらない)から感想も来ないし、燃えないから書いていても面白くない。私は今、燃えていない、と。
ってな訳で、今回と次回は無理を通してでも燃える話にしようと心に誓ったのです。
これを読んで下さった方が一瞬でも燃えたのならば、私は、己に勝った事になる・・・・。なんちゃって。
下手をすれば、愚にもつかない痛い文章が残るだけなのですけれどね。
まぁ、冗談はさて置き、ここまで読んで下さった方がいらっしゃるのなら、真に有難うございました。
パブロフでした。