全ての事が唐突すぎて、御厨はゆっくりと流れる時間の中、唖然とするしかなかった
一秒にも満たない間が、酷く長く感じられる
それと同時に、正に目の前まで近づいていた死が、足早に立ち去った事に気付き、僅かながら安堵している自分に気づいた
吐き気がした
『隊長!ロイ隊長!馬鹿な・・・・』
ルーイの悲鳴が響く。それはともすれば聞き覚えのある声で、数秒後に、ダリアの悲鳴に似ているのだと、御厨は気付く
女性の悲鳴は悲しい。そうだ、誰も彼も同じ人間で、どこもかしこも同じ。変わりはしない
イチノセが死んだ時、ダリアが年端もいかぬ少女の如く泣いた様に、ルーイも泣くのだ
胸が締め付けられるようだった
『馬鹿なッ!!!』
御厨も、ダリアも、誰も何も言えない
最初に戦闘を放棄したのは、目の前で青いカルハザンに縋り付いているこれまた青のカルハザン“もどき”だ
だがしかし、それでも余り正しくない感傷ではないだろうか。今感じている物は
息が詰まりそうな御厨に、通信が叩き付けられた
全方位に発せられたそれは、万国共通の10-1。有無を言わさず入り込んできて、コックピット前面に大写しになる
『こちら・・・・・・・!敵守備・・・・・・と接・・!陸ザ・・も確認した!これ・・り戦闘に・・る!!』
『やれやれ・・・・・・・・・・聞いたな?投降しな。どうやら俺達の本隊が、お前達の守備隊とかち合ったみたいだ。増援は見込めんぜ』
所々にノイズが走り、それと同じくらいの銃声と、砲声が混じる通信を聞いて、アンジーが言う
その声に同情や情け容赦など、微塵たりとも無い。だがいつもの軽薄さもまた、なかった
先の大戦は、後半最早硬直状態にあったと聞くが、それでも数々の戦場はありえた
アンジーは若干三十の年にして、その戦場を駆け抜けてきたのだ。軍への忠誠心等皆無であろうが、己の身やダリアを守る為に躊躇する男ではない
ルーイが投降と言う選択肢を取らなければ、間違いなく撃つ。御厨にはそれが解った
(・・・・変な気分だ。さっきまで、俺達が敵を・・ロイを殺そうとしていたのに・・・・。今じゃ何でこんなに・・後味が悪い・・・・)
考えてふと、御厨は思い至った。殺そうとしていた。本当にそうだろうか?
殺すだけの覚悟が、あったのだろうか、自分は。子供みたいな虚勢の癇癪で、ただ恐怖を誤魔化していただけなのではないだろうか
ダリアを守って見せようと、心に誓ったのは嘘ではない。だが、自分と彼女は違うのだ
そう、いつもいつも、全力で命をかけてきた、彼女とは
(・・・・・・・・・・・・・・・・)
その時、ギギギ、と耳を塞ぎたくなる様な異音が響き、ダリアが身を硬くする
『・・・・!・・マジか・・・・』
御厨の視界の中、アンジーの掠れるような声が放たれたのは、青いカルハザンが立ち上がるのと同時だった
ロボットになった男 第八話 「」
カルハザンの腕が、中空を舐めるように、滑るように走る
御厨にはその軌道が読めた。バランスが取れずに逝く道は不安定で、激しく揺れ、酷く精度が低い。しかし、その速度は正に神速
間接が引き千切れんばかりにカルハザンは腕を伸ばす
拳が伸びきり、まともに動く事は有り得ない筈の胴体部すらそれに引き摺られ、その挙動が拳の射程を通常の何倍にも感じさせた。そして、全てを貫く為に打ち出される鉄塊
パイルバンカー。それはまるで、唸り猛る蛇のように
アンジーの駆るタイプR。その右足に、毒の牙を突き立てた
『かぁぁッ!!』
通信を通してぼとぼとと、水の零れる音がした。それは大量の血液がパイロットシートに零れ落ちる音だと、御厨とダリアには容易に想像がついた
アンジーの行動は早い。唖然と動けない御厨を置き去りにし、ライフルを放り出して格闘戦に入る
懐に潜り込まれた以上、銃は邪魔だ。アンジーは、右の拳でカルハザンを殴り返した
「止めて!もう動かないで!」
ダリアの叫びを聞きながら、御厨は構えを取った。銃は無く、左腕も最早使い物にはならない
だが、大破寸前のカルハザンと、半ば戦意を失った“もどき”に負ける積もりは毛頭ない
しかし、しかしだ。これ以上戦いたくはないと言うのが、御厨とダリアの、正直な思いだった
ロイのカルハザンが吹き飛ばされ、アンジーのタイプRが尻餅をつくように倒れ込む
カルハザンとは比べるべくも無かったが、タイプRも中々に酷い。二足歩行のメタルヒュームは、足が一本なくなった時点で移動能力を失う
ルーイの“もどき”が、今度こそカルハザンに縋り付いた
『ぐぷ、う・・ぐッ・・・・。俺の・・・任務は・・・・』
御厨は、カルハザンからじわじわと湧き上がり始めた威圧感に、戦慄した
ギシギシと軋むような音を立て、カルハザンは尚も立ち上がろうとする。そこに、倒れてしまおうかと言う迷いや甘えは一切なく、ただただ、戦い続けようとする強固な意志のみが見えた
『隊長!』
なんてドラマティック。茶化している訳ではない。面白がっている訳でもない
ただ、今起こっている事実に、驚嘆しているのだ
体中穴だらけの機兵が、意思力のみで尚も動くなど、現実に有り得ようか。しかし納得するしかない。だって、有り得ているのだから
事実は小説より奇なり。いつだって現実は、人の浅はかな思考能力を凌駕する
(・・・・そこまで、して・・・)
ロイには有ったのだ。己の命を賭してまで、成すべき事が。ダリアや、ホレックのように
それが何かは解らないけれど、ロイにはきっと、重要な事なのだ。この世の常識全てを覆したとしても、それだけは絶対に成さねばならない事なのだ
ダリアの大きな瞳から涙が零れ落ちる。御厨にはハッキリと見えた
(同じなんだ・・誰も、彼も。名前があって、身体があって、命があって・・・・思いがある)
それを知ってしまった。否、実感してしまった
殺せるのか?自分と同じ存在を。あまつさえ、名前まで知ってしまった存在を
アンジーが、苦しげな息を漏らした
『馬鹿、ダリィ!敵を理解するな!トリガーが重くなるぞ!』
御厨は今、銃を持っていない。銃の事ではない
殺す覚悟の事だ。揺れる心で人は殺せない。揺れる心で殺せるのは、自分自身だけと昔から決まっている
アンジーのタイプRは、放り投げたライフルを拾い上げた
座り込んだまま両手で持って構える。張り詰めた殺気が、じりじりと肌を焼く
『俺の、・・・任務は!!・・・・・・がぁぁあぁぁぁ!!』
『チッ!馬鹿野郎・・・・!何でこうも若い奴ってのは!』
カルハザンが再び動く。体を持ち上げ、その不屈の意思で
向かってきたのは御厨の方だった。構えは取っている。迎え撃つのに支障はない
だが、何故だろうか。御厨の機械の体は、咄嗟に動く事がでなかった
『そんな簡単に、死にたがるのか!』
アンジーが横槍を入れた。カートリッジを入れ替えたライフルが火を噴いて、カルハザンを貫き、殴りつける
それでも、ロイは止まろうとしなかった。御厨・・ダリア以外何も目に入っていないかのように、ただただ機体を滑らせ、突進してきた
ダリアは涙を溢れさせながら、唖然とした顔のまま、レバーを倒す
きっと、無意識の行動に違いない。御厨の乗者としての本能が、彼女を突き動かしたのだ
一瞬、世界が白く染まり、何も見えなくなる
次に映った光景は、御厨の右腕が、カルハザンの胴体部を貫く瞬間
『・・・・・・・・ルーイ、頼む・・・・・・・・箱舟を・・・・・・・・・俺達の家を・・・・・』
闇の支配する荒野に、巨大で、壮大で、そして壮麗な、炎の華が咲いた
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膨大な量の炎が辺りを舐め尽くし、そして消え去る
申し訳程度に生えていた周辺の草木は、一瞬で萎れ、或いは燃え散った。カルハザンの燃える残骸は四方に飛び散り、一欠けらとして、その場に留まろうとはしなかった
そして、その中にありながら、尚も存在する事ができたのは、たった二機の巨人の姿
何時の間にか、青いカルハザン“もどき”は、その姿を消していた
『どこに行った・・・・・・・・なんて、考えるまでもないか・・・・・。畜生が・・・・・・・』
敵が目の前から消え去った事を受けて、アンジーは機体のバランスを取る事を放棄する
右足を失い、立つ事はできない。バーニアは申し訳程度で、稼動させれば九十秒しか持たないのだ。実質的に、アンジーの出番は終了したと言える
闇の深い荒野で大の字になったタイプRは、やるせなさそうに夜空を見上げていた
御厨はウィングバインダーに炎を灯す。彼はまだ動ける。そして、未だ戦闘は終わっていない
ルーイは、間違いなく“もどき”駆り、陸ザメとホレックの後を追っているだろう。ロイの遺言を守る為に。ダリア達の呼ぶ陸ザメこそ、ロイが命を掛けた箱舟に違いないのだから
今ここで追いつけるのは、御厨とダリアしか居ないのだ。御厨は、ここまできてまだ戦わねばならないと言う事実に、胸が張り裂けそうだった
レンズを動かして、己が右腕を見遣る。そこには、心なしかロイの血液がこびりついていそうな気がして、御厨は背筋を凍らせる
ダリアも同じ事を思ったのか、一層疲労の色を強めた。精神的な物であるのは、明白だった
『・・・・馬鹿。士学で習わなかったのか?軍人の心構えってやつを』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ダリアのヘルメットの中には、涙が小さな水溜りをつくっていた。その感触を感じたくないのか、ダリアは気だるい動作で、ヘルメットを脱ぎ捨てる
その様子を通信で見ていたのだろう、アンジーが言った。御厨は、何も言えなかった
アンジーのタイプRが、腕だけ動かしてライフルを差し出してくる
規格が違うが、使えない事はない。御厨は、是非もなく右腕で受け取った
『行きなダリィ。お前の役目だ』
「はい」
ダリアが、何時になくゆっくりとレバーを倒した
最初は微速。そして、段々と速さが増していく。次第に、風を切るまでになる
荒野は暗闇と相まって、どこまでも続いているような気さえした。だが、御厨の知った事ではない
『迷うなよ。陸ザメの所には、ホレックも居る筈だ。次迷ったら、死ぬのはおまえか、ホレックかも知れん』
「はい」
翼の力を最大限に引き出し、中空十メートルの高さを飛翔する
もっと早く。もっと疾く。心を塗り固めて、どんな風を受けても、寒くなんてないように
ダリアの息が咽ぶようにして荒くなった。呼吸が不規則になり、その肩は小さく震えた
『お前は、仲間を助けなけりゃならない。どんな奴だったとしても、ダチは見捨てちゃならない』
「は・・・ぃ。・・・はいッ!」
前傾姿勢になる。出来得る限り、風の抵抗を少なくする為だ
風を切る音が次第に大きくなる。どんどん、大きくなる。どんどん、どんどん、大きくなって、そして何故か、何も聞こえないようになってしまう
ダリアが急激なGに耐えながら、右腕で倒しこんでいたレバーに左手を添えた
両腕の力でもってして、必死にレバーを倒し続ける。立ち止まれない。この先に、何が待っていようとも。前に進む為に、このレバーだけは支え続けなければ
それは或いは、ダリア自身の心を支える両手なのかもしれなかった
『お前の目の前に立つのが、敵でしか在り得ない存在なら、打ち倒せ。殺したくないなんて考えるのは、優しさじゃねぇ。ましてや、強さだなんて有り得ないんだ』
「はいッ!」
ダリアは涙を流しても、声をあげようとはしなかった
何時までも、どこまで離れても繋がり続ける通信を、必死に受け止めていた
下方に見える大地に、巨大な、舌が舐め通っていったような痕跡が見える
あれこそが、御厨を陸ザメへと導くしるべ。あの先に、御厨とダリアの「成すべき事」が待っている
荒野は凹凸でありながらも、さながら巨大な一枚絵に見えた
『泣くんじゃねぇよ馬鹿。敵を思っての涙は、悲しさじゃない。ただの傲慢だ。解るか?返事は!』
「はいッ!!」
半ば自棄とも取れる叫びを返しながら、ダリアは涙を拭かなかった
ただ、前だけを見据えて、レバーを握り締める
アンジーの声が僅かずつ掠れ始める。少々、距離が開きすぎた。送信する側も受信する側もぼろぼろなのだから、まともに通じないのは当たり前だ
それを悟ったのか、アンジーが叫んだ。それは、今聞ける最後の一声。そして、最後に相応しい呼び掛けとなる
御厨は、心が震える気がした
『逝け!ダリィ!絶対に、絶対に!死んだりなんてするんじゃねぇぞ!』
「はいッ!!!!!!!!!!」
視界の先。そう遠くない位置
激しい土煙をあげる、巨大且つ強大な存在があった
御厨は、飛翔した
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・決戦は近い。
誰のって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私の。
今回、皆様のご意見を参考にさせて頂き、題名の変更と設定を追加させて頂きました。
できれば、皆様により楽しんでいただければ良いな、なんて、考えてたりします。
そして感想を下さった皆様。真にありがとうございます。
最早過分としか言い様のない褒め言葉を頂き、ついつい有頂天。
しかし、申し訳ない事に、これから暫くは更新できません。いや、真に申し訳ないですが。
恐らく、次回は四月ごろになるだろうな、と予測しております。
それまで、見捨てずにいてくれたのならば、望外の喜びなのですが。
それでは、ここまで読んでくださった方、真にありがとうございました。
パブロフでした。