(けぇあああああ!!!!)
急降下
雄叫びを上げる。いや、それは酷く不恰好な悲鳴にも聞こえた。人が死に逝く時の、断末魔の悲鳴だ
御厨はその事を認識しても、少しも恥かしいとは思わなかった。どうせ誰にも聞こえやしない。聞いているのは自分だけだ
一人ぼっち、他人と遮断された空間で、無様な悲鳴を上げる
以前の御厨なら、鄭重にお断りするような事態だった。しかし、目まぐるしく移ろう、この世界に放り出された今の彼には、そんなに悪くない事のように思えた
少なくとも叫んでいれば、胸に燻る陳腐な感傷など、吹き飛ばせそうな気がする
思考の片隅でふと考えた御厨は、自分が磨り減っていくような気さえしていた
風を切る音が急に戻ってきた。速度を落としたからなのは、明白である
一種異様な世界に取り込まれていた御厨は、急激に世界に色と音を見出す
悲しみの空と、凄惨の大地。平時に聞けば、御厨自身鼻で笑い飛ばしそうな気障な台詞だったが、それもまた良い
寂しさしか感じさせない色の世界の中で、唯一輝いているのは、ホレックの駆るタイプRだった
「ホレック!」
ダリアは通信を開いた。多くは語らない。ただ一言呼びかけて、目の前の中空を睨む
ホレックも、多口に返答を返したりはしなかった。彼の眼球が、ぐるりと御厨のコックピットの中を睨んで、最後にダリアの顔を捉える。それだけで彼は、全て悟ったように視線を外した
『援護は要らない!構造は大体読めた!…覚悟を決めたら、突っ込むよ』
――君は、自分の仕事をやれ
緊張と焦燥に病んだ声が、ダリアの鼓膜と御厨の集音機を打つ
追い続ける、と言う事は存外に体力を必要とする仕事だった。ホレックは敵と戦う前に、激しい疲労とも戦っている
しかし彼の瞳は、疲れ果てたりと言えども衰えていなかった
(スパエナのルーイ。ダリアの敵。ホレックの敵。そして、俺の敵)
ふと、そんな事を考えた途端、後方から激しい衝撃を感じた。既に高度は地面スレスレ。一般的なメタルヒュームの、白兵戦闘可能領域だ
衝撃は御厨の体を突き抜け、バランスを大幅に崩させる。突然に反転し、急激に回転する視界を、御厨は冷静な判断力で持って認識する
そして御厨が、己の脚部が何者かに捕まれたと認識した瞬間に、彼は大地に引きずり倒されていた
激しい衝撃が御厨の前面部を潰し、拉げていた頭部は、そのせいで更に凄惨な状況を深めた
視界を回して、予備モニターで背後を見遣る。そこには、闇の中に浮かび上がる青の巨体
「迂闊…!」
ダリアが呻いた。真逆、御厨は、心を燃やした。衝撃の主は、予見できていたからだ
(俺は、君を倒すぞ)
己の身が大地に叩き落され、砕けかけた事実には、何の痛心も感じない。それよりも重要な事がここに、目の前にある
ルーイ。彼女の駆る青いカルハザン“もどき”は、何の気負いも無く、そこに居た
ロボットになった男 第九話
『不思議な気分だ!』
何時の間にか、コックピットの中には、ノイズだらけのウィンドウが開かれていた
そして、衝撃。数瞬遅れて、背部を殴りつけられたのだと解る。丁度、巨大な翼と翼の中間地点で、そこは人間の脊髄とでも言える部分だった
御厨の矮躯が、僅かばかり地面に減り込み、コックピットの中に映し出された赤い警告ウィンドウが、激しく点滅を繰り返す
ギシギシと鳴った機体が、被害の大きさを容易に想像させた
『私の心は波立たっていない!まるで、紺碧を写す遼面のようだ!…ついさっきまで、これ以上はないと言うほど乱されていたと言うのに!』
「う…っぐぁ。な、何を言って…」
ダリアの呻きは、堪えるような、押し留めるような、そんな響き
更に、衝撃。再び同じ場所への打撃だ。背部装甲板が砕かれ、内部構造が露呈しかける
危急を知らせるウィンドウは更に明滅を強くし、耳に障る警告音は執拗にがなりたてる。その様子が、いよいよ危険な状況である事を悪し様にも伝えてきた
次はない。持ち堪えられず、耐え切れない。御厨は考え、冷静に機を伺う
『だが、熱いんだ!熱くて、冷たい!まるで、ドライアイスの塊を飲み込んだような気さえする!』
ルーイの叫びにも似た声と共に、“もどき”が再三右腕を振り上げる。御厨は、気を吐いて動いた
段々とまともに動かなくなってきている脚部を稼動させ、右の踵で中空を貫く。狙いは“もどき”の脚部であり、ひいては“もどき”そのものだ
露となった隙を、踵で的確に貫く。そのイメージは、漠然としながらも御厨の構想の中で煌いていた
「このぉッ!」ダリアの気合が重なる
ゴシャ、と鈍い音。蹴りは、物の見事に命中した。“もどき”は大幅に体制を崩し、ダリアはその隙を逃さずに、レバーをこれでもかと弄り倒した
御厨の体が、野生の獣のように四肢をしならせ、うつ伏せの状態から一瞬にして跳ね上がる
僅かばかりの距離を取った御厨は、土煙と摩擦、そしてそれに伴う熱を大量に巻き起こしながら、メタルヒュームとは思えない程人間臭い動きで、“もどき”を正面に捉えた
(ライフルは…イカレたか!一発も撃たない内に、駄目になるとは!)
『私はお前を許さない。この、腹の中にある氷が融けるのは、お前が無様に死んだ時だ』
ルーイは言った。まるで、ダリアと御厨を取り逃した事など、何でもないように。それよりも、ダリアに思いのたけを突き付ける事の方が、余程重要だと
その心根を表すかのように、ルーイは今しがた“もどき”の脚部に刻まれた傷を、まるで誇示するかのように胸を張った
それが事実。本当に何とも思っていない。構いはしないのだ
ダリアを取り逃しても、取り逃さなくても、ルーイ自身の内にある、確固たる覚悟が揺らがなければ、彼女は構いはしないのだ
ダリアは一瞬、身を震わせた。ルーイの一言一句に、ビクリ、ビクリと四肢を痙攣させ、それでも前を見据えて、歯を食いしばる
そしてぐっ、と顔を上げると、やり切れない思いを吐き出すように、怒声を上げた
「……貴女達スパエナ軍は皆そうだ!ラドクリフも、貴女も!自分勝手な事ばかり!」
『吼えたな!痴れ犬!』
御厨は、挑むようにして“もどき”に躍り掛かった
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“もどき”は速かった。御厨とダリアの予想よりも速く、硬く、柔軟で、そして何より強かった
御厨が先手必勝とばかりに繰り出した体当たり。それは十分な加速を伴い、かつ無駄な力を極力排した理想的な物だ
それが、真正面から受け止められたのだ
「そんな!…シュトゥルム!」
ダリアが目を見開きながら、更に御厨のウィングバインダーの熱を強めさせる
爆音が響き、前に進もうとする力が格段に増した。それと同時に、御厨の体がギシギシと鳴る音も、その大きさを強めている
少し、本当に少しだけ、“もどき”を押した。すると、決壊したダムを連想させるが如く、“もどき”は押され始める
しかしそれも、僅かな間のみだった
(クッソ!この!…押し切れぇ!)
ルーイの“もどき”が、御厨を掻き擁くように手を回す
そして、ギリギリと締め上げた。その尋常ではない出力に、御厨は圧殺されかねない恐怖を感じた
するとどうした事か、今度は全く“もどき”に敵わないような気になってくる
翼の力で押し捲っていた筈の“もどき”、どっかりと両足を大地に突き立て、不動の拠点の如く、屹立している。それはいつしか御厨のイメージではなく、現実の物となってしまっていた
『どう…した!隊長を殺したメタルヒュームの性能とは、そんな物か!…たったそれだけなら』
正直、信じられなかった。御厨自身の総重量は知れた物とは言え、加速がつけばその限りではない。正々堂々真正面から屈服させられる等、在ってはならない事なのだ
下半身に体当たりをしかけた時とは、まるで違った
(機体性能だけじゃぁない!ならコイツは!なんで!)
『白兵戦など、挑んでくるなぁ!』
ルーイの気炎と共に、“もどき”の背中が火を噴いた。バーニアだ。“もどき”の推力が、それこそ台風勢力のように勢いを増した
抵抗も何もなかった。否も応もなく、ただ押される。流される。圧倒される
成す術もなしとは、正にこう言う事を言うのだ。御厨は、“もどき”と言う濁流によって、荒野を圧し流されていた
「や、ああ!わぁあ!」
体制が崩される。“もどき”は体格差で御厨を押し倒すように飛び、御厨は逆に倒されまいと、半ば仰向けになりながらも飛び続ける
脚部を地面に叩き付けた。役には立たないと思いつつも、それに願いを乗せた。しかし
ガリガリと、酷い摩擦音を出しながらもそれは、“もどき”を押し留めるには至らなかった
ダリアが必死に姿勢を制御した。ウィングバインダーの熱を、限りなく無駄の無いよう、地面へ垂直に叩き付ける
御厨は融けるのならば融け落ちろ、燃えるのならば燃え尽きろとばかりに、その熱を強めた。これで駄目ならば、ペチャンコにされる他はないのだ。他の事になど構っていられない
ダリアと御厨、ルーイと“もどき”は、激しく押し合いながら、高速で飛翔し続けた
『思ったより、やる!』
ルーイは苛烈にも、“もどき”の右腕を自在に操り、矢鱈滅多殴りつけてくる
ガン、と、腹の底まで鳴り響く音は重たく、その一撃一撃が、御厨の装甲板穿った
御厨は必死にそれに耐えた。“もどき”の左腕で、唯一無事な右腕は捕らえられ、逃げ出す事が出来ない。加えて、体制も悪い。甘んじて“もどき”の拳を受けるしかないのだ
勢いに圧され、御厨は、あわやその背を大地に着きそうになった
(調子に、乗るな!)
状況を打開する
御厨は大地の上にあると言う感覚を捨て、重力に逆らった
仰け反るようにして翼を地面と水平にし、渾身の力を振り絞って、“もどき”を抱きかかえるかのように仰向けの体制を整える。この間、併せて二秒足らず
ダリアが御厨の意図に気付き、計器を叩いた
バランス誤差が修正され、それと同時に視界反転による位置の認識ズレも修正される
御厨はより性格に世界を捉えると、そのまま一も二も無く、翼の力を解放した
『ッ?!う、ああ?!』
急激なG。それを受けて、ダリアは歯を食いしばる。内臓を引きずり出せる程の加重だ。楽な訳はあるまい
その証明に、ウィンドウの向こうからは、ルーイの悲鳴が聞こえてきた
(がぁらぁああ!)
飛翔。飛翔。ただひたすら飛び続ける。高速で過ぎ去っていく視界は、それを数秒見ていると、まるで溶けたバターのように思えてきてしまう
こんな状況では、メタルヒュームの操縦などままなるまい、と思いきや、それでもルーイは、決して御厨の右腕を離そうとはしなかった
それどころか、「絶対に逃がさん」と言わんばかりに、御厨の肩をも掴み上げ、喰らい付いてくる
「う、うう、くぅぅ!」
『か、ああ、がぁぁ!』
呻き声が重なった。ダリアも、ルーイも、信じられない程の胆力だった
ダリアは呻きながら、パイロットシートに頭を押し付けようとしていた。下手に体の力を抜けば、加重によって首の骨を圧し折られかねないからだ
御厨はその様を目の当たりにしながらも、ダリアを信頼して、飛び続けた
ふと、視界に大きな砂塵が入る。陸ザメが起こす土煙だと気付くのに、御厨は不覚にも数瞬の時を要した
勿論、陸ザメに追い縋るホレックのタイプRも、そこに居る。地質が乾いている事によって、起こるようになった土煙の中に隠れ、砲塔の凶弾を遣り過ごしているようだ
ホレックのタイプRが視界を巡らせ、こちらを捉えた
『だ、ダリア?!無事か?!』
ダリアは返答を返せなかった。Gに耐えるのが精一杯で、他に気を回していられなかったのだ
ダリアは限界に近い。それを悟った御厨自身、既に限界を通り越して、分解寸前の領域にまで足を踏み入れていた
(こ、これ以上は、無理か!)
御厨の心が折れた時、その脚部は、大地に叩きつけられていた
それから先は凄まじい。一度大きく跳ねたかと思うと、更に中空を滑るように飛び、ホレックどころか陸ザメすら大幅に跳び越して、漸く地面に落ちる
激しい衝撃。それを感じた次の瞬間には、地に降りた二つの巨体が、絡みあい、縺れ合い、壮絶なまでにあちらこちらを打ちつけ、転倒した
腕が千切れ飛ぶかと思った。ヘルメットを外していたダリアは、頭部から出血していた
『ダリアぁ!!』
ホレックが、砲塔に狙われるのも構わず、土煙を抜けてこようとする
しかし、それを静止する声。ダリアと、ルーイだ
「来ないで!陸ザメに集中して!」
『寄るな!…痛ッ?!…………じゃ、邪魔すれば、お前もただでは置かない!』
両者の一喝を受けて、ホレックは変更しようとしていたタイプRの進路、半ば本能的に押さえる
『司令部こちらもだ!邪魔をするな!手が回らないから援護はできない。執拗に背後に取り付く敵にだけ注意していろ!』
ルーイが再度怒鳴ると同時に、“もどき”は体制を立て直そうとしていた
ギシギシと歪んだ巨体を起き上がらせようと、必死に“もどき”を操っている
先程のは、陸ザメに向けた物であろうが、こちらは陸ザメの通信その物を傍受する事は出来ない
流石に移動拠点だけあって、通信設備は段違いと見た。そしてそれは、正解であろう。御厨は負けじと、必死に立ち上がった
『よくも…まぁ、散々に引っ張りまわしてくれたな』
立ち上がった御厨の中に、ルーイの声が響いた
どこかに怪我を負ったのか、それはまるで、痛みに耐えるかのような苦悶の声だったが、やはりと言うべきか、覇気は失せるどころか力を増している
「貴女、相当タフだね。信じられない位だよ」
『ぬかせ。お前も十分、……元気じゃぁないか!』
その言葉が引き金になる
烈閃の気合と共に、ルーイの駆る“もどき”は再び飛んだ
驚きも、度を越せば無我の境地に至る
バーニアが損壊しなかったのも驚きだが、機体はおろか、己の肉体にすら尋常でないダメージがあるだろうに、戦意を失わないその気力。仰天に値する
「まだやる気なの?!」
『何を今更!!』
ダリアの驚きは、御厨と同じ物だった。果てしない不可解。このルーイの戦意は、まるでラドクリフと相対した時の、あのダリアと見紛うばかりである
御厨は、既にまともに動こうとしない脚部を駆使して、サイドステップした
“もどき”の打拳がその横を通り過ぎる。反撃のチャンスだったが、この機械の体ではそうもいかない
御厨はウィングバインダーに火を灯し、大きく距離を取った。疲労困憊だった
「何故?何故そこまでするのさ。何でそこまでして、戦うのさ」
ダリアが呟く。荒い息に紛れ、些か聞き取り辛かった物の、確かにそれは聞こえた
御厨は、「ダリアが言える事じゃないな」と一瞬想像し、すぐそれを振り払う。今の状況に置いて、不必要な思考だからだ
一方、ルーイの息も荒かった。しかしそれでも、彼女は止まらなかった
『何故?お前は、前線に立つ兵士の癖に、そんな事を考えるのか』
“もどき”が前傾姿勢を取った。バーニアの火を高めつつ、されども直ぐには突っ込んでこない。極限の疲労の中に力を溜め込んでいるのが、ありありと解る
最早この戦いに、華麗さも何もない。メタルヒュームを扱う腕も、敵を打ち倒す為の技も何も関係ないのだ
これは、魂を削りあう戦い。最も当たり前で、最も正しい、戦場の在り方だった
(う、うぅぅ、…畜生…。もう、何が何だか、解らなくなってきた…)
ルーイは、彼女は、悲しいくらいに兵士だった。ギリギリの戦場を知る、歴戦の兵士だった
だって、この極限状態にありながらも、彼女が選んだ先方は、愚直なまでの突貫だったのだから
次で決着がつく。御厨は、その予感を確かに感じていた
『目の前に敵が!それも仇が居る!戦う理由は、それだけで十分じゃないか!』
(でも、負けられないんだよ!俺はそう、決めたんだ!)
翼を広げた。熱を高め、放射する。今まで以上の出力を。今まで以上のスピードを
ラドクリフを前に感じた、あの高揚感はない。あるのは最早、使命感のみ。勝利しなければならないと、ただそれだけの感情が、御厨を突き動かした
御厨は飛翔した。正真正銘、最後の飛翔だ。これを逃せば、いや、これを逃せば死ぬだけだ。次などない
それと同時に、“もどき”も飛翔していた。拳を引き、前傾姿勢になり、目の前にある物はすべて砕くと言う、限界ギリギリまで引き絞られた覚悟が伝わってくる
「あぁぁぁぁあああ!」
ダリアが声を上げ、レバーを倒していた。御厨はその声を、どこか遠くに居る第三者の鼓膜で聞くような、そんな隔絶感と共に、認識していた
そして、交差の瞬間。御厨は、どこにあるのか、何があるのかも解らない
真っ白な空間へと、放り出されていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふと、御厨は唐突に我を取り戻した
気付けば、目の前には胸に大穴を開けて転がっている“もどき”の姿
動力は傷つけていない。コックピットもだ。だから、強力な爆発は起こらなかったらしい
この分なら、ルーイも生きているだろう。だが依然開かれたままの、ノイズだらけのウィンドウからは、ダメージ警告音以外の何者の気配も感じ取れはしない
どうやら、彼女は逃げた後のようだった
(………………………勝った………………のか)
限りない沈黙の中、それ以外に聞こえる物と言えば、ダリアの荒い呼吸音のみだ
ただただ、荒い息を吐き、顔を上げるのすらも億劫なのか、ひたすら項垂れたままである
御厨は、何だか自分が夢でも見ているような気分になって、どうにもならなかった
(………陸ザメは?一体どうなったんだ?)
呆けた頭で考える。散々に乱戦を行って、陸ザメの進路とは大幅にズレてしまった筈だ。もしかしたら、一番重要な敵に置き去りにされたのかもしれない
だが、御厨の心配は、杞憂に終わった
唐突に飛び込んできた通信。それはホレックからの物で、開かれたウィンドウに映し出された顔は、疲れ果てながらも輝く、笑顔だった
『ダリア!……よかった。無事みたいだな…』
ダリアは何も言わずに拳を掲げ、親指で天を指し示した。サムズアップ
それを見たホレックは、さも可笑しそうに、カラカラと笑った
「…………………………………………………」
『…………………………………………………』
(…………………………………………………)
そして再び、沈黙。ウィンドウで繋がれたコックピットの中を静寂が支配する
皆、疲れていた。疲労困憊だ。御厨もダリアも、多分ホレックも、体すらまともに動かせまい
長い長い沈黙の後、ダリアは呼気を整えると、ゆっくりとパイロットシートに背を預けた
その緩慢な動作が少しだけ、本当に少しだけ妖艶に思えて、御厨がビクっときたのはここだけの秘密だ
そんなダリアの様子を見て、ホレックは、今思い出したとでも言うように、あぁ、と息を吐いた
『…………………………………陸ザメは仕留めたよ。俺がやった』
ダリアは黙って聞いていた。ホレックは、少し恥ずかしそうに、頬を掻く
『俺の故郷………へへ、俺が、守ったんだよな』
そうやって微笑んだ笑顔は、まるで少年のようだった。彼は何も知るまい。命の遣り取りの真の意味。今回の戦いの中で死んでいった、戦士達の断末魔。何も知るまい
けど、それでいい。ホレックがそれを知るのは、ずっと後で良い。そんな気がする
御厨は同性であるにも関らず、否応なしに、その笑顔に見入っていた
ダリアも微笑む。その表情は心の底から嬉しそうで、一遍の陰りもない
「………………………やったね、ホレック」
状況が一変したのは、正にその時だった
突如として鳴り響いた警告音に、ダリアは肩を震えさせ、ホレックは無駄だと言うのにコックピットの中を見回す
御厨は辺りを索敵した。本能と言うよりは、最早反射的に、メタルヒュームとしての仕事を果たしていた
(違う?俺じゃない。この警告は、俺が出している物じゃない。……なら)
「ホレック?!どうかしたの?!」
警告音は、御厨のコックピットから発せられている物ではなく、通信を通して聞こえていた
つまり、警告音の元は、ホレックの乗るタイプRだ。向こうに異常事態が起こったと御厨が理解した時、その背中に冷たい予感が走る
「ホレック!応えて!応答して!ホレック!」
『ダリ………爆……が!勝手に……し……』
ダリアが呼びかけた途端、ついさっきまであれ程明確にホレックの顔を映し出していたウィンドウが、ビリビリとノイズを走らせ始める
(何だ!何だって言うんだ!ホレック!)
まず最初に音声が。そして次に、映像が
最早、断片的にもれ聞こえてくるホレックの声のみが、ダリアと御厨を、彼と繋ぐ物だった
『畜……何で……………が!俺は………………いな…のに!』
「どうしたの?!何があったの!応えて!お願いだから応えてよ!ホレック!」
もう、何がどうなっているのか、御厨には全く解らなかった
この異常事態に対し、どうすれば良いのか。ホレックは、一体どんな状況に置かれているのか
思えば思うほど、御厨は冷静さを失っていく。ダリアもだ。しかし、それを理解しつつも、焦らずにはいられない
次の瞬間。ホレックのやはり断片的な言葉を残して、ウィンドウは消え去った
それこそ、見えない鉄槌に、跡形も無く潰されるように、ペシャンコに
『ダリ……俺きっと、君…事が……!!』
「ホレック?ホレック!」
ブツン。それが、ウィンドウが掻き消える時の音である
あまりにも呆気なく、ホレックとこちらを繋ぐものは切断され、後に残るのは、異様な沈黙だけだった
「う……そ。ホレック」
ダリアは、喉も張り裂けんばかりに、叫んだ
「ホレェェェッッックゥゥゥ!!!!!!!!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……感想に押されて、書いてしまいました。ありがとう感想くれた方。もしかしたら私、ここで投げ出していたかも知れません。いや、本当にありがとう。
とは言っても、まぁ何といいますか。読んでしまった訳ですよ、本を。蒼天航路ってやつ。もう続きが気になって気になってしょうがない。
はははは、こんな奴で申し訳ない。
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。
これ読んで「燃えた!」って方は感想下さると嬉しいです。「つまらねぇ」って方は御免なさい。
パブロフでした。