御厨の視界に、花びらが舞っていた
ひらひらと、強くもない風に当てられて踊るそれは、淡い青色。キッチリと扇の形をした花びらが舞うたび、無機質な格納庫は、天上の宴もかくやとばかりに彩られた
格納庫いっぱいに広がる花びら中には、大勢の人が並び立って居る
二列縦隊の間に隙間を開け、向く方向はその中心
御厨の知る人物、知らない人物。パイロットに、工兵。仕官服を着こなした者も居れば、一兵士用の礼服を窮屈そうに着た者も、だ
基地内の主要な人物達が集まっているのだと、御厨には直ぐに解った
ロボットになった男 幕間
先ず始めに、ボルトとレイニーが目に付いた。二人は横並びの整備班の一番端に立ち、そして二人して威圧感を撒き散らしていた。周りに居る者達の脅えたような様子が、印象的である
だが、さし当たってそれが奇妙な訳でもない。ボルトはどちらかと言えば寡黙な方であるし、レイニーはいつだって気を張った状態だ
もしかすると、腕の良い整備士と言うのは、総じてああなのかもしれない
詰まる所、いつもの二人だった
御厨は苦笑いしながら、視線を列の後ろへと移動させた。集中と剥離を繰り返し、モニターレンズの焦点を変化させ続ける
そして、一瞬の停止。あの頭一つ周りから飛びぬけた人影――アンジーだ
御厨の記憶の中で、大抵軽薄な微笑を浮かべている彼は、今、この時ばかりは笑っていなかった
まぁ、この場に居る者で笑顔の人間等、元より一人として居ない
ただ、その中でアイオンズ・ジャコフと言う男だけが、一際違和感を醸し出していただけである。それは、先程のボルトやレイニーと通じる物があった
くたびれた金髪の下で、目だけがギラギラと光を放っているのが解る。いつも斜めに吊り上がっている筈の口元は、歯が食いしばられて犬歯が僅かに覗く
センサーを澄ませば、今にも歯軋りの音が聞こえてきそうだった
ふとその時、アンジーの口元に、大量に舞う花弁の一枚が覆い被さった。すると彼は何が腹立たしいのか、乱暴な仕草で首だけ動かし、花びらを噛み千切ると、そのまま咀嚼して飲み込んでしまった
御厨は迷わずツッコんだ。いつから花を食うようになったんだ、アンジー
アンジーは何かに憤慨し、理性と感情の合間で揺れている。何が理由で、何故そこまで猛るのかは解らない
だが、アンジーがそれを御しきれていないのは、傍から見ていても明白だった
御厨は黙したまま、窮屈そうな礼服に身を包んだアンジーから視線を流す。更に列の後方へ
機体は、未だ修復どころか平時の整備すら行われていない。その為、旋回させた予備モニターが、勘弁してくれとでも言うようにキリキリと悲鳴を上げる
だが、無視。そんな事よりも、好奇心が勝った
人の群れは、視線を動かせば動かす程、段々とその絶対数を少なくしていった
ここまで来ると、二列縦隊の人の波も、殊更豪壮になってくる
列を成す者達が着ているのは、一部の将校のみが使用する仕官服だ。勿論着ているのは上級仕官連中だから、数が少ないのは当たり前だ
装束の様相が細分化されており、代わりに階級章が目立たないのが、トゥエバの軍服の特徴とも言えた
御厨は、そこでトワインを見つけた。と言うより、向こうから視界に飛び込んできた
トワインは、二列縦隊の間に居たのである。皺が数多く刻まれた顔を、厳しく固め、手を後ろに組んでいる。嫌でも目に付くはずだ。
元より、目立とうとしなくとも、自然と目だってしまう存在感を持つ男。人が数多く居るこの場でも、その気配は変えようがない
それが列の真ん中に居るのだから、これはもう気付くなと言う方が無理だった
最後に、御厨はトワインからそう視線を動かさずして、見知った人物を見つけた
トワインの目の前に居たその人物を見つけるのは、最早必然であった
軽さに任せて広がるセンミロングの真紅の髪。鼻の低さが愛らしい物の、それ故に幼く見られる損な顔立ち
着飾る服は、やはり儀礼用の角ばった軍服。いつも明るい大きなつり目は、今日は暗く沈んでいた
トワインの目の前に居たのは、御厨の相棒、ダリア
ホレックが逝ったあの戦闘から、今、この時まで御厨の前に姿を見せなかった彼女は、両手を硬く、硬く握り締めながら、そこに立っていた
トワインが、右手を大きく振りかざす。空気が揺れて、トワインの周りを舞っていた花びらが大きく流される
トワインは、僅かに顎を上向かせると、灰色の瞳を閉じた
「全翼、黙祷ぉ!」
上級仕官の群れの中から、ベレー帽を被った男が、大声で怒鳴る
その声に合わせて、格納庫に居る全人員が目を瞑った。ボルトも、レイニーも、アンジーも、ダリアも。唯一、叫んだ男自身は目を開いたままだ
幾許かして、トワインが目を見開く。そして、格納庫に広がる光景を重々しく見回すと、掲げていた右手を、勢いよく振り下ろした
「活目!」
ベレー帽の男の、再びの怒声。先程と正反対の言葉に、誰も逆らう者は居なかった。全員が閉じていた瞼を開く
誰も彼もが、無表情だった。皆口は堅く真一文字。一様に能面のような顔つきで、御厨は寒気と同時に激しい嫌悪感を覚えた
人間の面ではない。人形だった。人形の集団が二列縦隊を作って、その中では、人形の王様のように踏ん反り返ったトワインが、やはり人形のような無表情でいる
デパートで服を着ながら展示されている、マネキンの方がまだ温かみがあろうと言う物だ
しかし、御厨が幾ら思った所で、誰にも変化が在る訳はない
トワインは物怖じも恥もなく、堂々と胸を張り、やはり人形のように平坦な声音で、語って見せた
「まぁ、その、…なんだ、………敬礼」
気負い無く、ゆらりと腕を上げるトワイン
何故、人が話す言葉でありながら、ここまで無機質に聞こえるのだろうか
何故、心を表す言葉でありながら、ここまで無機質に聞こえるのだろうか
「さようなら戦友よ。俺達の傍らで戦った戦友。背後を守った戦友。前に立って散った戦友よ。さようなら」
全員が、唱和した
――さようなら
――さようなら戦友よ
――我々の傍らで戦い、背後を守り、前に立って散った戦友よ
――さようなら
(畜…生)御厨は唸る。吐き気は、最早止めようもない(……畜生め)
(畜生、頭に響く…)
必死に不快感を堪えながら、ダリアを見遣った。彼女は、小さく肩を震わせていた。花びらは、そんなダリアの肩にも優しく乗り上げた
大きく風が吹く。開かれた外への大扉を乗り超えて、吹き抜けの天井へと駆け抜けていく。青い花弁も道連れに
皆が皆、敬礼で見守る列の間に、数人の人間が歩み出た
彼らは淀みない動作で左右に散り、腰を落としてしゃがみ込む。その内の一人はダリアの隣へと赴き、他と同様に腰を下ろした
ダリアはその一連の動きを眉根を寄せながら見遣ると、こちらもまたしゃがみこむ
俯いた顔は、親と逸れて途方に暮れる、子供のようにも見えた
「最敬礼! 友を送る! さようなら、戦友よ!」
トワインが、驚天動地の大喝を発した。ビリビリと、御厨の鋼鉄の身体までもが、その気と声量に圧倒された
そのままに、胸を張ったままに、トワインは列を退く
代わりに動いたのはダリア達だ。彼女達は床を睨みながら、一度靴を当て鳴らす
そして、今まで人の波に隠れて御厨に見えていなかった、大きな長方形の箱を抱え、立ち上がった
簡素な箱だった。鉄と、合金と、ゴムと、プラスチックやその他諸々。そんな物しかない格納庫にありながら、その箱は木造である
木目が大きく、はっきりと見える
大の大人一人が、すっぽりと入ってしまう程、それは大きかった
ブツン、と、唐突に御厨の視界が音を立てて真っ黒に染まった。今の今まで保たせてきた予備のモニターが、にっちもさっちも行かなくなったようだ
身体の中を走るコードが熱を持ち、ぶすぶすと焼けだしている
完全な闇である。集音機が捕えるのは、複数の人間が揃って行進する音だけ。その中にはダリアの物も混ざっているのだろうと、御厨は思った
見えなくとも御厨は構わない。どうせ、何が行われているかは知っている
これは盛大な葬送式。送られるのは、ホレック以下二名だ。それが答えである
そして御厨は、木造の箱の中に入っているのが
薄っぺらな認識票だけだと言う事も、十分に解っていた
「さようなら、……あたしの隣で生きていた、……ホレック……」
ダリアのか細い声が、御厨には聞こえた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
見せ場が来ない…のは、無駄に戦闘シーン書いた後遺症かしらん?
もう正直、これを第一話として扱う勇気が私にはなかった…。