『チッ……訳が解らんが、仕方ねぇか…! トーマ! タガの陸戦にワタリつけて、あのタイプSを追え! どこのどいつが動かしてるか知らねぇが、好きにさせるな!』
丘陵の下は細かく区分された工業地区だった。規模の小さい様々な施設が、碁盤の目を思わせるほど規律良く立っていた筈の其処は、天高く上る火炎にやかれ、さながら炎の林である
その炎の林を縫って、御厨は飛ぶ。御厨の駆け抜ける後を、空気の流れに任せて追い縋る炎は、ウィングバインダーが常時発する衝撃によって、簡単に消し飛ばされた
熟練のパイロットでもそう上手くは行かないこの挙動は、御厨にとっては何でもない。彼の挙動の一つ一つは、自分の身体を動かしているのと大差ないのだから
そんな御厨に、通信を通しての怒声が入った。それは無作為な物で、決して御厨を対象とした物ではなかった
混乱の最中に、通信コードも何もない。事実、怒声の主はその事を全く気にしていない様子で、御厨は、迂闊だと思いつつ同時に仕方ないかとも感じた
『む、無理ですよボトル主任! 俺整備班なんですから! 戦場なんかに出たら、間違いなく死にますって!』
『そうならねぇ様に、急げっつってんだ………ぐっ! ……俺が行けるなら、こんな無茶な事言わねぇ。……トーマ、お前しか、いねぇんだ』
御厨は通信を聞き取ると、高揚した精神に任せて笑い声を上げたくなった
決して気狂になった訳ではない。御厨自身にも理由は解らないが、今の彼には余裕があった。何故か、鼻歌でも歌いだしそうな気分だ
声の主、ボルトにそこまで言われて、奮い立たぬ愚物があろうか、いや、ない
御厨はそう何とは無しに思うと、笑みが込み上げそうになるのだった
(ボルトも中々人使いが荒いな)
ウィングバインダーの熱を強める。ボルトが声を荒げている原因は、他の何でもない御厨なのだが、そんな事は気にもならない
ボルトに応えた声は、どうしようもなく情けなかったが、御厨には結果が見えていた
だって、ついさっきも言ったように
ボルトにそこまで言われて奮い立たぬ者など、居はしないのだから
『ああ! ああもう! 解った! 解りましたよ! 行って来れば良いんでしょう!』
ほら、泣きそうな癖に、承諾した。御厨一人きり、胸中で呟いた
ロボットになった男
御厨は燃え盛る炎の町の中で、必死にレンズを左右させる
大袈裟な程に爆発音を奏でていた筈の其処は、思っていたよりも瓦礫が少ない。見れば、大半の建築物は燃えているだけで、爆破されたのは極少数のようである
今回の様に実行部隊が現場に多数潜む場合は、誤爆の危険性があるからだろうか
御厨にスパエナの…ラドクリフの思考は読めなかったが、兎にも角にもそれによって生じた結果は、レイニーの捜索と言う一点で、御厨に有利に働いていた。瓦礫がない分、広く辺りが見渡せる
(わざわざ水を被って、生身で走っていったんだ。そう時間も経っていない今、移動しているとしても距離は高が知れる)
飽くまで、この世界の人間の身体能力が、御厨の常識の範疇に収まるのならば、だが
御厨には、レイニーを見つけられる何か確信的な物があった
(しかし、急がなければならない。敵もそうだが、火勢も心配だ。俺が見つける前にレイニーが焼き殺されるなんて事は、絶対にさせない)
いつしか、笑いは消えていた。そして心に残るのは焦燥感
常人には耐え難いその焦りだが、しかし御厨は、それに任せて突っ走ってはいけない事を知っていた
ただ只管に飛び続ける御厨は、ふと翼の火を消した。多大な加速と慣性の法則によって機体が流れ、御厨は脚部を地面に叩きつけるようにして着地する
脚部に伝わる感触は、工業地区のコンクリートの物ではなく、大地と呼ぶに相応しい、土の柔らかさだった。脚部は大地に減り込み、大幅にその土を抉る
そして御厨は周りを見渡して息を呑んだ。いや、息を呑んだ気がした
(……………ここは……この広場、……何だ、何でこんな…)
其処は広場だった。御厨がここに来るまで見てきた場所と同じ様に、広場は炎に覆われていた
だが、違う部分がある。それは大地に大量に穿たれた弾痕であり、周辺の建築物に穿たれた弾痕であり、そしてその弾痕を身体に刻まれ、息絶えた、ゴムの甲冑とでも言い表せそうな物を着込んだ、大量の死体の山
死体は、辺りを舞う炎に舐められ、そこから引火し、着込んだ甲冑のゴムとチタンを焼け付かせている
御厨は、見たくも無い火葬の現場を目撃し、ありもしない筈の吐き気を催した
(くそ…! これ全部、トゥエバの陸戦隊員か!)
ゴムと合金、チタンで構成されたそのスーツを、御厨はサリファンの格納庫で見た事があった
電力で稼動するパワードスーツだ。前時代的なタートルメットに、やや角張ったように見える四肢。全体的に黒一色のそれは、やや頼りない雰囲気とは裏腹に、威力のない物ならばマシンガンの一斉射すらも耐え切る代物である
御厨は辺りに倒れ伏すそれらの内、一体の肩口にある、星型を模したフラットラインを見て、それらの正体を知った
御厨はレンズを逸らした。生の死体など、見たくもない。今ならこの惨状を表す言葉を幾らでも想像できそうだが、絶対にしたくない
砕かれた銃身が視界に入った。メタルヒュームで運用するには小さく、生身の人間が扱うには大き過ぎる中途半端なそれは、横合いから火砲でも受けたか、真っ二つに叩き折られていた
(何故、ここまで一方的にやられたんだ? 普通はありえない)
御厨のレンズは優秀だった。その御蔭で、ただ一瞥しただけで、辺りに散らばる死体の群れが、全て同種のパワードスーツを着ている事が解る
スパエナ兵士の物と思しき死体は、一つも見当たらない。同様に、メタルヒュームの残骸も無い。あるのは本当に、トゥエバ兵士のものだけだった
周りを背の高い建物に囲まれた広場は、纏まって敵を迎撃するのに最適だろうと、素人ながらに御厨は思った。だがこの惨状はどうした事か。まるで一方的な虐殺である
御厨の焦燥は一気に増した。レイニーの事が、堪らなく心配だった
(………………………立ち止まっても考えても、無駄か)
御厨は機械の四肢に力を籠め、一歩踏み出す。それと同時に、戦死者の冥福を祈った。形ばかりではあったが
レイニーを探さなければ。そう思い、ウィングバインダーに火を灯した。そして、正に飛び立ったその瞬間――
つい数秒前まで御厨が居た場所を、多数の火砲が大音量を立てて貪った
余りにも唐突な攻撃。それに御厨は、瞬時に反応していた
(ッ?! 敵かぁッ!)
御厨のレンズが、炎の影の闇を暴き、敵を見つけ出そうと、左右に閃いた
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広場はその名に見合う通り、かなりのスペースがあった。一辺約百二十メートルの正方形で、メタルヒュームとしては小柄な御厨が飛び回るには、十分な広さだ。辺りの瓦礫や、死体を気にしなければ、だが
攻撃を感知して速度を上げた御厨に向けて、何処に居るかも解らない敵からの、第二射。それは物の見事に御厨に直撃し、激しい衝撃を伝えた
悪態つく暇もなく、御厨は激しく揺さぶられながら飛ぶ。止まっていては良い的だ。せめて、敵に狙いをつけさせない挙動をしなければ。御厨は本能的にそれを悟る
だが、その努力も虚しく、敵の正確な第三射。それは右脚部のブレッドストッパーに命中し、青白い火花を散らして爆散した
(なんて腕…! ほんの数秒で、間違いなく俺の動きに合わせて狙ってくる! しかも……)
御厨は苦し紛れに、近場の建物の壁に突っ込む。軍基地と違い大分脆いそれは、御厨程度の重量でも呆気なく破壊され、大量の瓦礫と粉塵でもって御厨を覆い隠した
間髪入れず、動揺を誘うように飛び出す御厨。その直後、粉塵の中へと火砲が叩き込まれた。一発や二発ではきかない、十前後の火砲
(複数人! 緻密なコンビネーショで!)
何処だ。どこから狙ってくる。御厨は必死になって飛びながら、必死になって考えた
火砲はどこまでも追ってきた。高く飛ぼうと、低く飛ぼうと追ってきた。四角い広場の長大な空間を、隅から隅まで飛んで逃げても追ってきた
その間も、降り注ぐ火砲、火砲、火砲、火砲。並のパイロットとメタルヒュームでは、二十回撃墜されてもまだ足りない程の弾丸を、避け、防ぐ。正にされるがままの状態に、御厨は口惜しさで歯噛みした
だが、幾ら御厨でもそこまでやられれば気付く。背の高い建物に囲まれたこの場所で、遠距離からの狙撃はありえない
ならば、距離は至近。そして、広場の隅から隅までを狙っても障害物に邪魔されない、最高のポジション
ありがちと言うか、何と言うか。それは最早、広場の周りを取り囲む建築物の屋根の上、そこしかないのだ
御厨は、合計五十二発目の火砲を避けながら、レンズを最寄の建築物の上へと流す
それは大理石で建築された図書館だ。その屋根の上、奇抜なカラーのフラットの上に、御厨は目的の影を見つけた
(まず一人、見つけたぞ………!)
ゴムと合金で表面を構成するパワードスーツを着た影。狙撃スコープを覗きこみながら、腰溜めに巨大な銃を構える姿が、酷く目に付く
スパエナの兵士。その、唯一外界にさらされた口元が動き、唇が震えた
それと同時に、御厨は一つの通信を傍受した。流れる声は、若い、女性の物だった
『あれま、気付かれちった?』
御厨は、カルハザンのライフルを跳ね上げた
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いや、何と言いますか。感想掲示板に、過分過ぎるお言葉を頂き、居ても立っても居られなくなったと言いますか…。
ガーっと書いたせいか、今回もやや短めですけど、ご勘弁下さい。文章が回りくどいんだよ! と思われた方も、どうかご勘弁下さい。
……にしたってシャドウさん、○ートエンドのつもりは無かったんですが、言われてみれば確かに…。まさか、深層意識に潜んでいるのか? なんて思ったり。
兎にも角にも、ここまで読んでくれた方、あまつさえ感想まで下さった方々、どうもありがとうございます。
パブロフでした。