敵は人型。それもメタルヒュームなんかではなく、もっと生身に近い。
そして、恐らくは女性
だが、それがどうしたと言うのか。ここは戦場で、相手は敵だ。御厨は敵を撃ち、敵は御厨を撃つ。それが戦場での「当たり前」であり、そして既に戦端は開かれている
故に、御厨は迷わなかった。定まった覚悟と共に持ち上げられた銃口もまた、迷いはしなかった
『あいた! 問答無用って感じッ?!』
(問答無用はそちらだろうがッ! 言うに事欠いて、何を今更!)
歩兵が身を捩る。御厨は、タイプSの想定に無い武装の使用で起こるエラーを全て無視して、トリガーを引いた
図書館の外壁を舐めるように旋回低飛行し、通り抜けざまに一射、二射。ただ只管に撃つ。幾ら機械の瞳を持つ御厨とて、小さな目標を相手に百発百中と嘯ける程、自惚れてはいない
銃口から、視認不可能なスピードで赤熱した弾丸が吐き出される。それは御厨から見ればアサルトライフルの銃弾だが、人間大の歩兵にしてみれば、戦車の砲弾にも等しいだろう
圧倒的な死の予感、それを歩兵は感じている筈だ。今までの御厨が、そうであった様に
しかし歩兵も只者ではなかった。御厨が、大きな隙を覚悟で連射した銃の弾丸が穿ったのは、既に何者も存在していない石屋根
歩兵は、深くその躯を沈み込ませたかと思うと、一瞬の内に御厨の視界から消え失せていたのだ
御厨は唖然とした。翼の火を消し、確りと大地に足をつけて見てみても、歩兵の姿はどこにもない。炎の照り返しで見失った訳でもないだろう。御厨の瞳は、そんな劣悪な不良品ではないのだから
御厨は正に、幽霊の如き不確かさを歩兵から感じた
(…な、何? 消えた? …まさかそんな筈は…)
そうやって、足を止めたのがいけなかった。或いは、自失した御厨自身の問題か
次の瞬間、視界のど真ん中に円筒状の黒い物体を確認した御厨は
何も解らぬ内に、その筒から発生した閃光によって、世界を白く染め上げられていた
ロボットになった男
(かっ! あぁッ!? う、迂闊!)
悔やんでいる暇など、勿論無かった。しかし悪態と言う物は、どうしたって出てきてしまう
御厨は己の不明を、ありったけの語彙で罵りながら、大地を蹴って高度を上げた。停滞し、留まったままでは、確実に狙い撃たれる。がむしゃらに動くのは危険だが、止まっているのはもっと危険だった
『残念賞…♪』
しかし、高速で飛ぶ御厨をまるで鈍亀と嘲笑うかのように、迫る風切り音、伝わる衝撃
視界の無い状況で回避が甘くなったか、御厨は火砲の斉射によって、地面へと叩き落されていた。落着した瞬間、御厨の自重全てを受け止めた胸部装甲が、メリメリと音を立てて醜く拉げた
畜生め、不甲斐ない。御厨はもう何度目になるか解らない、己への呪詛を吐く
(情けない…! ここまで良い様に戦られて、何がメタルヒュームか!)
ギシギシと悲鳴を上げる間接部を動かして、無理矢理に体制を立て直そうとした
ここまで追い詰められて漸く、御厨は敵が、たかが歩兵と侮って掛かれる相手でない事に気付いた。元より油断していたつもりは微塵も無いが、どこか行動に苛烈さが抜けていた
それはつまり、心の内のどこかが、本気でなかったと言う証であろう
敵は強い。緻密に計算された戦闘線、戦術線は、この広場に美しく張り巡らされ、さながら蜘蛛の糸だ。罠である。御厨を捕らえて離さない、罠である
ギリギリと歯を食い縛るように力を入れて、やっと膝を着く体勢になった御厨は、その蜘蛛の罠から抜け出す方法を必死に模索した
逃げ回っている時から、まさかとは思っていたが、これはもう間違いなかろう。敵の放つ弾丸は御厨を執拗に狙ったが、火砲でそれを行おうとするのなら、如何にポジショニングの技があろうと、少数では限界がある
つまり御厨は、三百六十度全方位を、完全に取り囲まれているのだ。
迂闊にも、自ら死地に飛び込んだのだと、御厨は己の境遇を鼻で笑った
『……そこまでにしとくんだね~。…君は運が良いんだ。今ので、死ななかったんだから。……だからさ、大人しく投降する事を、勧めるよ』
先程から何度も聞く女性の声で、投降を呼びかけられる。御厨は酷く滑稽な気分になった。彼女の呼びかけるべきパイロットは、この身の内に存在していないと言うのに
残念ながら、独り相撲だ。御厨は激しく損傷した己の腰部コックピット装甲を見て、そう思った
ふとそこで、御厨は自嘲が幾分混ざる気分のまま、下らない想像を膨らませて見た。一時の間だけ、戦争も殺し合いも忘れて、子供のように考えてみる
今ここでコックピットを開けば、奴等はどんなに驚くだろう。無人の空間を晒し見せれば、奴等はどんな顔をするだろう
やはり、慌てるんだろうな、と御厨は自己完結した。思えば、ダリアはかなり冷静だったように思う。普通の人間では、ああは行かないのではなかろうか
意味の無い思考だった。しかし意味の無い思考は、何と無く心を落ち着かせてくれる気がする
冷静にならなければ、この状況では生き残れない。御厨は、もう無い筈の体毛が、逆立つような感覚を覚えた
そして漸く心静まった御厨は、胸中で独り返事をする。まるで見当違いな言葉に、届く筈の無い返事を返すのだ。それはとても単純で、簡潔な物
御厨は視界を持ち上げた。出てきた言葉は、たったの一言だった
(そんな事はできんさ)
真っ白だった視界は、何時しか色を取り戻し始めていた。御厨は何度撃たれ、何度倒されようと、例え今がどんな状況であろうと、戦意に満ちていた
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『おぉい! …聞いてんのかな…? さっさと降りて来ないと撃っちゃうぜぃ! ……………言っとくけど、カメラの回復を待っても無駄だよ。二度と映らない。ロート回線焼き切る特殊なヤツだからさ』
(ところがどっこいと言う奴だ。理屈は解らんけど、映っているんだよなぁ、今)
御厨は、余裕に満ち溢れた女性の声を聞きながら、動くべき時に備えて、四肢に力を籠める
不思議と、今喋っている彼女の、ふざけたような話の内容を聞いても、怒りは湧いてこない
あの余裕と自信は、彼女自身の努力と才覚によって作り出された物だと、解っているからだろう
メタルヒュームとパワードスーツを良く理解し、その力の差を理解し、双方の出来る事、出来ない事を理解し。全ての事柄を踏まえた上で戦術を練り、そして彼女は戦った。その結果が今、傷だらけで膝を着く御厨だ
ここまではっきりとした現実を突きつけられれば、怒る気も失せる
そう考える御厨は、しかし同時に、胸中で笑っていた。本当に僅かに、だが
『…気絶してるんじゃないスか? 座り込んだのは、ただの姿勢制御プログラム…って事もあるでしょ?』
『………そんなもんかな』
女性の呼び掛けの合間をぬって、別の声がした。女性の物は声の高さから性別が解ったが、こちらはやや解り難い。とても中性的な声をしている。その為か、年齢すらも測り難かった
声は、辺りの様子などまるで気にせず、陽気な雰囲気で言葉を続ける
『確かめた方が良いんじゃないスかねー?』
冗談交じりなのは、御厨でも解った。その言葉を否定するのは、他ならぬあの女性の声
女性の声は、鼻で一度笑う風を見せながら、その提案を叩き潰した
『まさか。 ラドクリフのボスには全然及ばないけど、それでも化物みたいな腕前じゃない。“狸寝入り”だったら、確かめに行く人絶対に死ぬよ? ぶっちゃけた話』
それともユウキ、君が行く? 女性の声は、そう続ける『………遠慮します』
『仕方ないか…………。ねぇ、そこのタイプSのパイロット、…今から私が十数えるからさ、その間に出てきて。もし出てこなかったら、そのタイプSがグシャグシャになって原型留めなくなるまで、鉛玉撃ちこんじゃうからね』
そんな台詞が通信機を通して飛び込んできた瞬間、御厨の思考は完全にフリーズした
戦場に慣れ始めた御厨でも、凄まじい一言だと認識せざるを得なかった。女性の声の言う事は、それつまり問答無用と言う事だ。自分や自分の部下(であろう)を危険に晒すなら、とっととおっ死ねと、御厨に暗に言っている
パイロットが気絶しているとかの話は? そんな御厨の疑問は、続いた言葉が応えを教えてくれた
『失神しちゃってこの通信が聞こえてない場合は…………まぁ、運が悪かったと思って諦めてください。ごめんね』
(………………………………………上等)
暫し唖然とした御厨は、女性の声の意味をはっきりと理解して、漸く冷静さを取り戻した
そして吹き上がるのは恐怖ではなく、何故か怒り。御厨自身よく解らなかったが、先程から話し続ける女性に対する怒りが、ぐんぐんとあふれ出してくるのだ
(………………………………………上等!)
もう一度、同じ言葉を繰り返す。先程よりも、大分強い語気で
それだけで御厨の四肢には、今まで以上の力が籠もるのだった
御厨の視界が、炎に照らされて浮き彫りにされる、夜の闇を捉えた…
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いや、幾らなんでも強すぎだろう、スパエナ陸戦隊
自分で突っ込んでりゃ、世話もないですけれど