誇っても、良いのだ。御厨は感じる。星明りに照らされるだけの、その小さな背だけを目にして
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燃え散る町を飛び出して、御厨は歩き続けた。併せた両手の上に、御厨にしてみれば、そう、この世で二番目くらいに大切な宝石を抱えて
宝石の名前は、レイニー・ミンツと言う。事の最初から最後までを全て御厨の心のままに通し、そんな初めての状況の中で守り抜いた宝石だ
人のようにも、ライオンのようにも見えるその宝石は、あどけない子獅子の寝顔で、星の夜空を窺っていた
御厨は歩く。自勢力圏内で辺り憚らず放たれる、集合のシグナルを目指す
散り散りになった味方を集める為のそれは、勿論御厨達だって例外ではない。呼び寄せている
ノロノロと歩く御厨を、風が足早に追い抜いていった。その風に巻き上げられた草葉も、一度御厨の装甲に触れたかと思うと、直ぐに手を振って離れていく。一抹の寂しさなど無い。宝石を抱えて歩く機械の男には、行くべき道が決まっているのだから
ふと後ろを振り返れば、御厨が刻んだ筈の大きな足跡は、巻き上がる砂によって段々と埋められていた
やはり、寂しさなんて物は湧かない。必要ではない。足跡など…過去など無くても生きていける。重要かも知れないけれど、必要ではない
皆そう言う筈だ。星も、空も、どれがどれなのか解らないお月様も。もしかしたら、地中で寝こけている虫ですら、そう言うかも知れない
そして…――これは絶対に確信が在る――御厨にとってこの世で一番大切な、相棒だって、御厨の事を肯定する筈だ
突然に響く何かのエンジンの駆動音。やたらと激しくて、五月蝿い
次の瞬間、大地の影から一つの鉄の塊が飛び出してきた。車輪の三つ付いた、バイクにも似た不恰好な機械。不恰好な機械は、一度大きく跳ねると、御厨の目の前でバウンドし、乗っていた人影を放り出して吹っ飛んで行く
不恰好な機械は止まらなかった。跳ねて跳ねて、小さな爆発音が上がる。少し離れた場所で上がる黒煙に、御厨は肩を竦める
そして手に抱えた子獅子の宝石を、放り出された人影に差し出した。御厨にとってこの世で一番大切な相棒に、この世で二番目に大切な宝石を、差し出したのだった
(何だか、久しぶりだ。ダリア、また会えて嬉しく思う)
相棒は、ダリアは最初反応する事が出来ないでいた。大地に座り込んだまま、涙を流しすぎて真っ赤になった瞳を、時が止まりでもしたかのように、カチコチに凍らせるばかり
数分の後にダリアは我に返る。ギュッと歯を食い縛り、今にも泣きそうな顔で、御厨に一礼する。そして、レイニーを背負った
言葉はない。ただ御厨に背を向けて、ダリアは歩いた。レイニーを背負って。御厨は、その後に続く
誇っても良いのだ。御厨は思う。星明りに照らされるだけの、レイニーを背負うその小さな背だけを目にして
ロボットになった男
(……………………ふふ)
御厨は、レイニーを背負うダリアの背を見て、堪えきれず笑った。だが嘲った訳ではない。純粋に、面白かったからだ
ダリアの背は、本当に解り易く変化、変化、変化を繰り返していた
しょぼん、と背を丸めていたかと思うと、急に肩を張って怒り出し
この世の終わりでも来たかのような、鬱屈とした溜息と共に俯いたかと思えば、唐突に跳ね上がって何度も首を振る
背中だけでこれほどの『表情』とでも呼べるべき物を見せたのは、御厨に取ってはダリアが初めてだ。男は背中で語ると言うが、女にも当て嵌まるのではないか。
もしこの世界に、「背中で語る選手権」なんて物があったなら、ダリアは優勝どころか、背中で語る名誉会長をすっとばして背中で語る伝説の女にランクインだ
御厨はそんな自分の愚にもつかない想像に、笑みを零しているのだった
(……面白いな、ダリア。君の考えている事が、こうして君が俺の中に居ない今でも、何と無く解る)
少し前の自分ではこうは行くまい。御厨は予想する。状況を楽しむとでも言うのだろうか、その余裕は、御厨を少なからず動揺させる
人間、変われば変わる物だ。そして、変わるのは御厨だけではない
ダリアもだ。彼女は今、思考に思考を重ね思考を繰り返し更に思考し、激しい勢いで変化している
――成長、している
(いや、違うかな。君が俺の中に居ないからこそ、解る物があるのかも知れない…)
御厨は、ダリアとの間を詰めた。間違って踏み潰したり何て事は在り得ないが、それでも注意しながら彼女の隣に並ぶ
ダリアが自分の中に乗ろうとしない訳を御厨は解っていた。それは単の恥である
自らの意思で愛機から遠ざかっていて、今更どの面を下げて乗ろうと言うのか。そんな心が、ダリアの中にはあるのだ
良く知る人間の死から逃げて、しかも予期せぬスパエナの襲撃が重なり、その羞恥心と自己嫌悪は無意味な程に強くなってしまっている
逃げても、逃げても、気が付けば自分を打ち据えている、何よりも辛い罵声
見栄とか外聞とか、そんな物は関係ない。自分の信念と自尊心が、その自分の心と弱さを叩く。叩きまくる。それは人の心を憔悴させる悪循環だ
そしてダリアは、それを飲み込み、食い殺す真っ最中なのだった。直向に前を見つめ続ける彼女の、変化の証なのだった
きっとダリアは、今回に限っては何も語らない
ただ一言「ごめん」と謝って、それ以外は何も言わないに違いない。御厨には簡単に解った
そして、その後は行動で示し、背中で語るのだ。折角、「背中で語る伝説の女」になれる程の、情感溢れる背を持っているのだから
ふと、ダリアが口を開く。御厨は、(そら来た)と思う
「…………ありがとう」
しかし御厨の集音機届いた言葉は、彼の予想していた物と大分違った
「ありがとう、シュトゥルム。壊れないで居てくれて、ありがとう。ミンツ技官を助けてくれて、ありがとう」
(………いやはやこれは…)
御厨は、閃光を受けてから未だに少し調子が悪いレンズを、ダリアの足元に向ける
そしてそこに見つけた。ダリアの瞳から溢れ、頬を伝い、大地に落ちる激情の滴。手に付けば暖かく、一舐めすれば塩辛い
涙の数だけ強くなるとは、一体誰の言葉だったか
御厨は、強ち間違いでは無いな、と思った
(ダリアは、俺が思うよりずっと………………。うん、ずっと強い女の子だ)
「本当にありがとう、本当に……うっく、…本当に……本当に…」
それきり、ダリアの声は嗚咽に変わる。そして直後に、ダリア自信訳が解らないのであろう、奇妙な笑い声
御厨は一歩下がり、ダリアの背後を歩いた。何と無く敬意を表したくなって、自分なりに敬意を表した。この少女の背後を守らないのは、不敬の様な気がした
御厨は思った。ダリアの一番魅力的な所は、真正直なその瞳。そしてダリアの考えている事が一番解り易い所は、その背中なのだな、と
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「…………はッ?! ここは…? って…ば、馬鹿少尉?! 何であたしがあんたに背負われてるのよ!」
「ミンツ技官…一人称、戻ってるよ。あたしって言っちゃってるよ。動揺し過ぎだよ」
(しかし、結局そのキャップは握り締めたままだったな)
「い、いやそんな事はどうでも……どうでも良いから、止まりなさいよ。自分で歩くわ」
「無理よ。ミンツ技官、今へにょへにょだもの。歩けっこない」
(言っても無駄だと思うぞ。…素直じゃないものなぁ)
「良いから! 降ろしなさい!」
「勢いは良いけど…全然力入ってない。やっぱり無理だって」
(寧ろそんなに元気なのが、不思議でしょうが無いんだがね)
「…って、タイプS………ん、え? 馬鹿少尉はここに居るのに、誰が乗って…?」
「誰も乗ってないわ。『動かしてる』んじゃ無くて、『動いてる』の。シュトゥルムが」
「………………………………………………………………はい?」
ダリアはレイニーを背負ったまま、遠くで光る簡易設営駐屯地の光を見る
御厨は後ろを振り返ったレイニーに、突き出した人差し指を差し出しながら、ついでに記憶した
やはりこの世界の人間は、身体能力が尋常じゃないな、と
まぁ、小柄な少女が自分と同じ位の重量を担いで、十二kmの道程を踏破できる程度には
ロボットになった男 第二章 『目覚め』 編 終了
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…形振り構わなければ、まだまだ行けると判明。
個人的に、クールな主人公も良いけど、ダリアみたいな主人公の方が良いな、とか思ったりしてます。これぞ王道。(笑)
まぁ、何はともあれ、ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。
パブロフでした。