――…メタルヒュームって奴はだ、基本的に何やっても負けます。事、集団戦闘に関しちゃぁね
「………ちょっと少尉、もう少し向こうに行きなさい。パイロットスーツ着たままシュトゥルムに纏わり付かれちゃ、整備の邪魔なのよ」
――隠密性なんてちょっとした設備の前じゃ無いに等しいし、補う事も出来ない。移動の為にバーニアやローラーが付いてても、高速車両には結局総合的に負けてしまいます
「お生憎様。あたしは只今シュトゥルムの清掃中でね。夜間訓練が始まる前に綺麗にしとかなきゃいけないの。…そう言えば技官、さっきボルト主任が呼んでいらした様ですがぁ? 行かなくて宜しいのですか?」
――かといって、速さを捨てた巧遅かと言えばそうでもありません。細かな仕事をするのなら、陸戦隊に任せた方が遥かに効率が良いです。メタルヒュームが陣地設営したり塹壕掘ったりする所、想像できます?
「は、偉そうに言うようになったじゃないこの雛鳥パイロット。体力ばっかり育っちゃって脳味噌に栄養が行かなかった御馬鹿さんは、私の仕事を邪魔して自分にどんな影響が出るのか解っていないみたいね」
――それに何より、金はあまり掛かりませんが手間が掛かります。丸三日俺達整備班が機体を放って置くと、もううんともすんとも入ってくれません。気難しいったらない。…気位の高いレディですよ
「残念だけど、リコイランの家系は代々文武両道なのよ。…はぁ~ん? 嫉妬してるんだ。いつもライオンみたいな技官が。……そうだよね、あたしよりも小さいものね。バスケットゴールに飛び込んだら、そのまま何も引っかからないで抜け出てきそうだものね」
――でも、それでもね、メタルヒュームは兵器の王様なんです。俺達が完璧に仕上げて、格好良く色を塗り上げて、熟練のパイロットを乗せて、銃を持たせれば、それだけで良いんです。それだけで、最強なんです
「高々数cmの違いでよく吼える…! 良いから其処を退きなさい。夜間訓練に備えて部屋で休んでればいいじゃない。ついこの間、ピーピー泣いて閉じ篭ってた時みたいに。そうすれば、ボルト主任は悩みの種が消える、格納庫の雰囲気は良くなる、私は気持ちよく仕事が出来る、良い事尽くめだわ」
――メタルヒュームは一度戦場に立てば、戦闘車両には出来ない機動で敵の攻撃を回避するでしょう。陸戦隊を地力の差で圧倒しつくすでしょう。人の形で、人と同じ事をし、最終的に人以上の事をやるでしょう。メタルヒュームの誇るべきは、その汎用性と悪魔と見紛うばかりの攻撃性能なのです
「よりにもよって其処まで言うのね…! 人の心が読める訳でもあるまいし、よくも好き勝手言えた物だわ。その怒りっぽい頭が覚えていないようだからもう一度言うけど、喧嘩を売られたなら、あたしは黙ってばかりじゃないわよ」
――ですから、その技術とそれを扱う人材の育成発展も、各国で急ピッチにですね…………
「うっがぁぁー! もうあったまきた! 人が冷静に徹していれば調子に乗っちゃってぇー! その威勢が本当かどうか、見せて貰おうじゃない! あたしの本領は超接近戦よ!」
「望む所よ! 人の顔を見れば二言目には嫌味嫌味嫌味の意地悪小姑! 今日と言う今日は、もう本当に我慢なんてしないんだからね!」
「ああもう! あんたら絶対に人の話聞いてないだろ! 大体、メタルヒュームの上で暴れるパイロットと整備士なんて聞いた事がねぇよ!」
(うーん、情けないなー。俺の相棒ともあろう者が、誰に鍛えられたか嫌味に長けてしまうなんて……)
トゥエバ軍サリファン基地、工兵補給人員 トーマ・タカヤナギ
配属されたその日に、マジギレ
「それ以前になぁ! 何で顔つき合わせて二分で殴り合いにまで発展するんだよ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダリアは成長した。御厨は覚悟が決まった
アンジーは機体を破壊された。レイニーは重症の筈だったのに二日後には復活していた
ボルトは方面司令部の出頭命令を受けて一時基地を離れた。トーマは切れた
イチノセのタグはスパエナより返還された。ホレックの私物は彼の家族の下へと送られた
あの夜、炎に包まれた町の中での事には、完全な緘口令が敷かれた。それはつまり、御厨が勝手に動き回った事実すらも圧し留めたと言う事だった
御厨は何処か納得出来なかったが、ダリアは素直に安心した
次いで、トゥエバ本国から、リガーデン方面に増援が到着した
その数は、たったの一人だった
ロボットになった男 第三章 序章
「やーめーねーえーか。この御馬鹿ども。何だって顔突き合わせりゃ喧嘩しかしないのかね?」
一触即発の二人に、御厨を囲むようにして取り付けられたタラップから声を掛ける者があった。くたびれた金髪を、薄汚れた黄色いバンダナで纏めた、アンジーである
「げっ、…軟派少尉…」
「聞こえてるぞ、雌ライオン」
(アンジー……………お前、そのバンダナ……!)
レイニーがボソリ、と呟いた言葉を、アンジーは地獄の閻魔もかくやと言う地獄耳で聞きつけた。ひょい、と片手で煙草を取り出すと、咥えながらタラップから身を躍らせる。茶色のジャケットが中空を滑り、御厨の右肩の上、ダリアとレイニーの直ぐ近くへと降り立った
ダリアはアンジーの額に巻かれているバンダナを見て、息を呑む。御厨はその様子を、不自然だとは思わなかった。だって彼自身、同じ心境だったから
「覚えておけよタカヤナギ。こいつら二人はな、口で言っても聞きゃしねぇんだ。止めたきゃ体張らにゃならん」
今にも掴みあおうかと言う体制で固まった二人。そんなダリアとレイニーの頭を、まるで米でも研ぐかのようにしてグシャグシャと掻き回す
アンジーの声に応えたか、「ったくもう!」何て言う怒声と共に、御厨に立てかけられた梯子を、何者かが上ってくる音が響いた
梯子の終着点から、ひょこ、と首だけが飛び出した
トーマ、と言う人間を初見した時、まず最初に注目するのは、その鼻っ柱に真一文字に刻まれた、ギザギザの引っ掻き傷だろう
刈り上げられた栗色の髪に、美形だと言うよりは凛々しいと言った方が似合う顔立ち。そんな取り合わせに鼻っ柱の傷と来てしまっては、それだけで彼の人格を邪推する者が出てくる。詰まる所、トーマと言う青年は不幸。この一言で言い表せる
極端に言ってしまえば、堅気には見えないと言う事だ。夜道で出会えば腰が抜け、一本道で出会えば回れ右。そんな凶相の持ち主が、トーマなのだ
だというのに彼自身はとても良く出来た人格者だった。この青年を初めて見た時、御厨は何言うでもなく彼の人生に幸多からん事を祈った
「アンジー少尉、助かりましたよ…。本当にもう、俺じゃ如何し様も無いですから…」
まさか機械の身にそんな失礼な事を思われているとは知らず、トーマは犬歯を覗かせて笑う
酷く幼げにも見えるが、彼は立派な成人男子だ。年も二十五と、落ち着き出す頃合である
アンジーはそれを一瞥して苦笑すると、面倒臭げに己が肩を叩く
「俺の新しい機体が搬入されたみたいだからよ、それを伝えに来たのさ。馬鹿二人にかまけてないで、早い所調整してくれってな」
「…え? ほ、本当ですか?! ぃよし! 任せて下さい、最高に仕上げて見せますよ!」
アンジーから旨を伝えられた瞬間、トーマは自分が今の今まで何に怒っていたのかすらも忘れて、花が弾けた様な笑顔になる。上りかけていた梯子を飛び降り、着地する暇も惜しいと言わんばかりに駆け出した
アンジーはそれを見届けた後、「ほら、お前もアイツを手伝ってきやがれ」そう言って、レイニーの躯を御厨の上から蹴り落とした
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの、アンジーさん………そのバンダナ」
「ああ…………“これ”な……」
アンジーはおもむろに御厨の肩で胡坐を掻くと、ごそごそと懐をまさぐる
お探しの物――恐らくはライターだろう――が見つからなかったのか、アンジーはやれやれと頭を掻くと、咥えていた煙草を仕舞い込んだ
ダリアがその様子に、本当に言いたい事は別にあるだろうに、如何でも良い事を口走った
「…格納庫は火気厳禁ですよ……」
「わはは、そう言うお堅い所は………。アイツも生きていたら、ダリィと同じ事を言っただろうなぁ」
「っ! …アンジーさん…!」
「アイツの部屋片付けてたら、出てきたのさ」アンジーは親指でクイ、と己が額のバンダナを刺すと、怒気に任せて御厨の頭頂部から身を乗り出したダリアに、邪魔と言わんばかりにデコピンをかます
「全く、アイツは阿呆だと思ったぜ。ちっと部屋を漁ったら、黄色いバンダナの代えが六枚も七枚も出てきやがるんだ。お前はどこのバンダナマニアだってぇの」
そう言いながらアンジーは、出し抜けに黄色いバンダナを取り出す。身を乗り出すダリアに向かって、無造作に差し出した
アンジーが今、頭に巻いている物とまった同じ物で、しかも大分年季の入った品だ。色褪せかけたその様子が、何とも言えない。御厨はレンズでそれを捉えると、今度こそ本当に息が詰まる気がした
「遺品って…事ですか……?」
ダリアは差し出されたバンダナを手に取ると、暫しそれを見つめた。その胸中にどんな思いがあるのかは、やはり御厨には解らない
だが、御厨には思いも着かない程、少なくともダリアやアンジーに取っては重要な物に違いない。それだけは、嫌でも解る
(ああクソっ。………ハヤト・イチノセ……か…)
やがてダリアは、自分の額の位置までバンダナを持ち上げるが、暫し逡巡。するとそこに声が掛かる 「構わねぇよ」 そうして漸くダリアは、たどたどし手付きでバンダナを巻いた
似合っていなかった。彼女の軽い質感の真紅髪に、色の抜けかけた黄色いバンダナ。ダリア自身の纏う雰囲気もあるが、どう贔屓目に見ても似合っていなかった
しかし、アンジーにしてみれば予想の範疇だったと言う事か。苦笑しながらガシガシと頭を掻くアンジーは、御厨には一種疲れ果てているようにも見える
「へ、ダサいったらないな。まるでチームカラーみたいだ。…洒落たもんだぜ」
「…アンジーさんこそ。まるで似合ってませんよ。………………でも、良かったんですか? ……遺品は全部、家族の方に届けられるんじゃぁ……」
「知るもんかよ」アンジーはダリアのか細い声を、鼻で笑って一蹴する「家族が、何だってんだ」
「俺とアイツは、ずっと昔から一緒だった。それこそガキの頃からな。良い事も、悪い事も、やる時はいつもアイツとやった」
胡坐+頬杖。アンジーは遥か下の格納庫の床を見つめ、それからジロリとダリアに視線を移す
その瞳には何も無いのに、迫力がある。まるで湖を写した鏡のようなのに、それを見る者を威圧するプレッシャーが吹き出ている。御厨はそれを肌で感じる
しかも向けられているのは自分では無いというのにこの有様だ。アンジーの視線の先に居るダリアに掛かる重圧は、如何程の物か
しかしダリアは、怯んだり等しなかった。何抗うもなく自然体で、そのままでアンジーの瞳の前に居た
「アイツが困ってる時は俺が助けたし、逆もそうだ。惚れた女も一緒だった。好きな食い物も、好きな酒も。唯一、テレビジョンの趣味と出世の速さだけは合わなかったがよ」
アンジーはおもむろに、手を伸ばす。一度御厨の肩をコン、と叩いて、大きく旋回させてダリアの額へ。そこに巻かれた黄色いバンダナを一撫でする
ダリアの頬と細い顎の線をなぞって、漸くその腕は元の位置へと戻った。しかしアンジーの視線は、ダリアから逸らされていた
(…後悔してるのか? …兵士になった事……)
俯くアンジーに、御厨の問いは届かない。当然だ。御厨自身、届く等と思っていない
ただ何と無く、そう、何と無くだ。問わずには居られなかった。御厨は己の肩に座る男に、問わずには居られなかった
「俺は他の誰よりもアイツを知っていたし、アイツは他の誰よりも俺を知っていた。親友じゃねぇし、兄弟じゃねぇ。だけどな、これだけは絶対に譲れねぇよ。『俺が一番、アイツの近くに居た』んだ。このバンダナは、俺が受け取るべき物だ」
「アンジー……さん」
「チッ、阿呆臭ぇ。何でこんな話になったんだ畜生。……………アイツが死んでからもう何日も経つのに、俺達のどちらかが、若しくは両方が死ぬ事なんて、とっくに覚悟してた筈なのに…」
歯軋りの音がする。バリバリ、なんて擬音に出来る程の、大きくて耳障りな歯軋りの音だ
御厨の視界の中で、アンジーはもう一度、頭を掻いた
「吹っ切ってた筈なのに、アイツのタグを見たら、アイツのバンダナ見たら、思い出しちまった。陸ザメ戦にも平気な面で参加したってのに、今更思い出しちまった…! ………畜生…格好の付け様がねぇ。俺は、アイツの仇を取りたいんだ……」
馬鹿な、そんな事が出来る物か。御厨は直感的にそう思った
イチノセを殺したのは、個人と言い切るには状況が厳しい。質量弾を発射した者がイチノセを殺したとも言えるし、敵部隊そのものがイチノセを殺したとも言える
それに何より、戦場で人が死ぬのは……。御厨は其処まで考えて、自分の思考に吐き気を催した
(…何を考えた? 「戦場で人が死ぬのは当たり前」? 俺は今、そう考えたのか?)
そんな事が当たり前で良い訳がない。誰も死なないで良いのなら、誰も死なない方が良いに決まっている
御厨は自分の思考を嫌悪しつつも、されどそれを否定する事が出来ない自分が居る事に気付いて、鬱屈した気分になった
ダリアが軽く飛んだ。御厨の頭頂部から一足に離れ、胡坐を掻くアンジーの直ぐ隣へと歩み寄る
ダリアは右手で両の目を覆うと、やっぱりか細く、言葉を紡いだ
「……………そんな事言って……アンジーさんまで、死に急がないで下さい……」
「馬鹿ヤロー、俺は歴戦の勇者だぞ? …そんな簡単に、死ぬものかよ…」
「……前にも似たような事言いましたよ、アンジーさん…」
トゥエバとスパエナの二国を揺るがす新たな戦局は、そんな鬱屈とした空気の直ぐ傍から動き出した
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
うわ、意味不明だ。
今回かなり睡眠の足りていない頭で書いたので、もしかすると今後編集改定する場合がありますです。
まぁ兎にも角にも、ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。
パブロフでした。
………それとこの話は、「最近アンジー出番無かったから、少しは目だって貰うかな~」とか言う思想の下に書かれた訳では、決して、決してありません。悪しからず。