ガタン、ガタン、と足場が揺れ、正に不安定な走行の度合いを伝えてくる
まぁ無理もない。焦っているのだ。何せ今、彼らは夜逃げ中であるから・・・・
宵闇は当たり前、されど影に覆われれば闇は濃さを増す。当たり前の道理だ
御厨は、グリーンシートを掛けられた巨大な輸送車の中で、ただひたすらにじっとしていた
ガタン、ガタン、と揺れる。走行中の車体後方にあるシートの隙間、そこは本来なら何も見えないが、機械である御厨ならば見る事ができる。非常に悪路だった
(暇だなぁ)
執拗なまでにライフルを打ち込まれた両腕は取り替えられ、無理な挙動のせいで起こった間接の消耗はボルトの整備によって解決された
戦闘中に溜まったシステム中の負荷は御厨自身で処理したし、ダリアも御厨の事は口外していないようだ
誰も信じないと言うのもあるだろうが、御厨にはダリアの気遣いが嬉しかった
何せ自分でもよく解らない状況である。自分の存在を知られ、いきなり分解されでもしたら、どうなるか知れない。そんなのは絶対に御免被る
人間(最早人ではないが)、やる事がないと無駄な事を考える物だ
御厨の気分は先の戦闘の昂揚感も薄れ、落ち込みかけていた
(・・・・・・・・)
あの赤い巨体を降した後が大変だった
赤い奴が問題だった訳ではない。ダリアと御厨によって、機能系統の30%を削り取られた赤い巨体は、存外素直に帰っていった。・・・・不穏な言葉を残しながら
『ダリア・リコイラン・・・・か。覚えて置くぞ』
思えば奇妙な戦闘だった。敵側は航空支援もなければ増援も無かったし、始めのハッキング以外に策を弄していたような気配もなかった
あれほどの武装と腕前でなければ、ただのキチガイが乗り込んできたと言われても疑いはするまい
幾ら小さな基地でも、たった一機で陥落させるなど不可能だからだ
逃げる赤い巨体を追おうにも、御厨は慢心創痍でダリアは怪我人。終いにはトワインの帰還命令
戻ってみたら必要物資と書類を掻き集めて、基地を放棄するときたものだ。必死になって防衛したというのに、これでは余りにも報われない
何か恩赦でも出るかと思えば、出撃すらできなかった間抜け(どうやら、ダリアの上司らしい)がやたら幅を利かせている始末
御厨も落ち込もうと言う物だ
兎に角、その他諸々の諸事情をひっくるめて、御厨達は大夜逃げの最中だった
これまでとは違う一際大きな段差でもあったのか、御厨を載せた輸送車が大きく揺れる
恐らくこの輸送車の周りには、数台の同型車が並走しているに違いない。御厨のようなメタルヒュームとはまた違う、もっと直接的な物資を運んでいるのだろう
暗い暗い輸送車の中。星明かり以外の光源と言えば、御厨と繋がっているPCのモニターぐらいだ
御厨はそのモニターを何とは無しに見つめていた
モニターには所々緑色の線が走り、中央には縮約された人型の図面がある。多分、御厨のデータだ
映し出されるデータは全て正常その物であり、あろう事か機体の慣らしまで済ませられている
もしも、逃げ切る前に敵に追いつかれたら、すぐさま応戦するためだろう。そう思うと、余計に気分が鬱になった
そんな時、車体前部の運転席の方から、一人の男が現れる
太い眉に熊のような腕。作業着を着込み、右手にスパナを下げたその男は、ボルトだった
この男も不思議な物だ。御厨の知る限りでは帰還した後も撤退準備の最中も、決してボルトに焦りは無かった。何時も当然のように堂々としていて、見ていると安心させられてしまう
そういえば、工作兵達はボルトの事をボトルと呼んでいた。もしかしたら、ボルトは苗字なのかも知れない
となると彼の名前はボトル・ボルト。違うのであればはボルト・ボトルか
御厨は自分で考えた事に、思わず吹き出しそうになった。勿論機械の体ではそれもできないが
ボルトはスパナを床に転がすと、緑色の光を放つモニターを覗き込む
右手で顎を撫ぜたかと思うと、呻き声の混じった溜息を漏らし、御厨本体に向き直った
頭、腕、胴、足、関節、ジロリとなめるように見回し、再び溜息を漏らす
頭をがしがしと掻いたボルトは、唐突に呟き始めた
「・・・・・・・・・・・・やっぱり信じられんなぁ・・・・。あの少尉、素質はあると思ったが、こんな戦闘に向かないシュトゥルムタイプでカルハザン型に勝てる筈が無い」
「そもそも」ボルトは御厨に歩み寄る「・・・・・相手はスパエナの死神ラドクリフだぞ?」
殆ど囁くような声であったが、聞き取った。パッシブソナーを応用すれば屁でもない。先の戦闘では手が足りずに使用出来なかったレーダー類も、ジェネガンの工作兵達は何とか稼動させた
そんなに凄い事なのか、あの赤い巨体・・・・カルハザン型か、それを倒したのは
御厨は何となく誇らしい気分ではあった。楽観すれば、自分とダリアは誉められているのだろうから
(しかし・・・・戦闘に向かない・・・・か。良い事聞いたな)
御厨は思う。此度の事はどこかなし崩し的な感じがあったが、戦闘に向かないと言うのならば積極的に戦う必要はあるまい
何せ『戦闘向きではない』のだ。御厨はどこか、肩の力が抜けた気がした
こうして思えば複雑である。困惑混じりとはいえ敵を倒した事を賞賛され、その直後に戦わずに済む事を喜ぶ。実に不可解だ
まぁ、ここら辺は流石に一般人だという事だろう
己の力を誇示したいと言う本能的欲求はあったが、それよりも身の安全の方が大事だった
御厨の視線の先で、難しい顔をしたボルトがキャップを被り直す。相変わらず薄汚れているそれは、撤退の際に少しは洗濯でもしたのか、少々黒さが抜けている
ズームレンズをボルトに向けていた御厨は、ふと近づいていくる音を感じた
それ程重くない。パタパタと騒がしいそれは、訓練された兵の物ではあったが、年若い少女の物でもあった
ロボットになった男 第五話 「新たなる戦場に向かえ」
先程ボルトが出てきた所から、新しい人影が姿を現す
薄暗い室内で御厨が見て取ったのは、闇の中でも尚紅い、鮮血色の髪
出てきたのは、軍服をラフに着崩したダリアだった
「あれ?ボルトさん、何してるんですか?・・・・ってうわ!」
輸送車が再び大きく揺れた。ガクン、と一気に落ちる感じだ
普通なら倒れて転ぶ所だが、生憎とこの場にいる二人は訓練された軍人。少々仰け反るだけで、見事に体勢を立て直した
ボルトはダリアの方に体を向けると、何時もの様な不敵な笑みを浮かべた。そこにはもう、険しさの色も困惑の色も見て取る事はできなかった
「・・・・・ったく、解りました。階級で呼ぶのが苦手なら、せめて主任とお呼びなさい。変な所で年功序列気取ってんですからね、少尉は」
「あ、ははは・・・。良いじゃないですか、別に」
頬を人差し指で掻きながら言うダリアに、ボルトはキャップを目深に被って返す
やれやれ、と肩を竦めてしまいそうな風情だ。御厨は思わず笑った
ダリアは包帯を巻いていた。どこにって、頭に
それ程深くはないようだったが兎に角出血が酷かったようで、元は清潔な白であっただろうそれは、今や血塗れになり、パリパリと乾いてしまっている
だというのに、本人は馬鹿みたいに元気で、ボルトの呆れの理由には、これもあるのではなかろうか
ダリアはトコトコと御厨に歩み寄ると、その無骨な足に凭れ掛り、腰を下ろす
ボルトはキャップを抑えつけ、ジッとしたままだった
御厨の死角に入ったダリアが唐突に口を開き、ボルトに話し掛けた
「・・・・・とんでもない事になりましたね。まさかリガーデンの南部一帯が、たった一夜で全て制圧されるなんて・・・・」
「・・・・少尉、我々もその対象だったと言う事を忘れんようにしてください」
「解ってますよ。・・・・・忘れようったって、忘れられません」
ボルトはダリアに背をむけ、モニターが置いてある輸送車の床に、ドカっと腰を下ろす
彼らの口ぶりからして、どうやら襲撃を受けたのは御厨達だけではないらしい
複数であると知れる。しかも、途方もないくらいの広範囲でだ
成る程、成る程、しかし解せない。何故、自分と交戦したあの・・・カルハザン型は、たった一機で現れたのだ?御厨は考える
二度目だが、如何に御厨の居た基地が寡兵であったとしても、流石に一機では落とせない
航空支援がないのは、戦闘前のダリアとトワインの会話である程度納得できる
確か・・・・・フレディジャマーか。その名の通り、何かをジャミングする為の物だろう。六十年前と言うのが少々気に掛かるが・・・・
少なくとも、それがあるから航空支援がないとして、後は一機で来た理由だ
「・・・・・・でも何であのカルハザン型、たった一機で来たんだろう・・・・・・」
ダリアがボソッと呟いた。御厨はよくよく彼女と気が合うようだ。彼女の疑問は、御厨のそれと全く同じ物である
ダリアの声はかなり小さかったのだがボルトはその声を聞き取ったようで、顔だけダリアの方を振り返ると、彼は淀み無い口調で語った
「・・・・・少尉殿は、ご自分の戦った相手をご存知ですか?」
「え?い、いや、知りませんけど」
「少尉殿がやり合ったのは、スパエナでは中々有名な男です。通り名までありましてね・・・・・『死神ラドクリフ』。聞いた事がありませんか?」
ボルトは暫くダリアの方に視線を向けていたが、その内に「そうですか」とモニターに向き直った
ここからでは見えないが、恐らくダリアは首を振ったのであろう
ボルトはモニターを見つめながら、再び話し始める
「まぁ、無理もありませんね。・・・・ラドクリフ・エスコット、休戦当時のデータじゃ、撃墜数は百十六機。被撃墜数は零機。凄腕です」
「・・・・・って凄腕どころの話じゃないじゃないですか!化物ですよ、そんなの!」
驚きのあまりか、立ち上がったダリアがボルトに歩み寄る。心持早足だ
漸く、御厨の視界にダリアが映った
何となくだが、ホッとする。そんな自分を見つけて、御厨はぶるぶると頭を振る。勿論心の中で
ダリアは歩きながらも捲くし立て続けた
「それに被撃墜数零って・・・・・・・・・・あれ?零?」
ふと、足を止める。薄暗い空間の中で、ダリアの頭がひょこひょこと揺れる
ぽかんとした顔でこめかみを抑えるのが見えた。何か引っかかっているとでもいう様な表情だ
そんなダリアに、ボルトは告げた。御厨の主観で、だが、とても面白そうな声だった
「負けなしだった奴が少尉殿に負けたんです。今ごろ『死神』の奴、少尉殿のデータでも探し捲ってるでしょうね・・・」
輸送車内にオペレーターの声が響いたのは、丁度ダリアが「がーん」と擬音尽きで頭を抱えた時だった
嫌らしく耳に残る警報音と共に発されたそれは、同様に嫌らしく耳に障った
『たった今、この付近でSOS信号を感知しました!格メタルヒュームパイロットは、準備次第状況をクールよりホットへ!クールよりホットへ!』
「SOS?!馬鹿な、罠じゃないのか?」
ボルトが瞬時に立ち上がり、それと同時に疑問の声を漏らす
それは御厨も思った事だ。しかし万が一という事もあるし、何より自分たちと言う例がある。疑い切る事はできない
しかしダリアは迷い無く動く。暗い中でも素早い動きで、御厨の体を駆け上り、コックピットに滑り込む
ダリアは計器類を無理矢理立ち上げながら、ボルトに向かって叫んだ
「それでも、行くしかありません!だって本当かも知れないじゃないですか!」
「チッ、少尉殿!そんなんじゃ長生き出来ませんぜ!」
そう言いつつも、ボルトは跳ねる様に動いて壁に取り付き、青に塗装されたスイッチを叩く
途端に輸送車の天井部が取り払われ、薄明かりのさし始めた夜空が目に入った
ダリアがシステムを完全に立ち上げ、レバーを握った
「行こう!シュトゥルム!一緒に!」
(了解!どこまでだってね!)
御厨の受難に、ほんのりと光が・・・・・・・・・・・・入り始めたか?
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こんな無茶苦茶な作品に感想がつけられていて、とても感激
稚拙な文章ではありますが、努力したいと思います