『あぁ、ダリア少尉、確か貴方……確認累計撃墜数が……えぇと、この前の陸ザメ戦で丁度五機ですね。司令から少尉の機体に改修資材が回されてますよ。「エース」への祝いだそうです』
……とは、鼻っ柱の一文字傷、トーマ・タカヤナギ技官のお言葉
ダリアは称号を贈られた。栄えある…なのか、名誉ある…なのか、どちらにせよ、本人は余り意識しないだろうが、五機落とせばエースである
御厨は、夜も明けてからダリアに伝えられた言葉を、何の気なしに聴いていた
そして、ふと思った。ダリアがエースなら、アンジーとか一体どうなるんだ?
アンジーは自称、「歴戦の勇者」である。そこいらのパイロットとは腕前どころか、気構えから一線を画すと本人が自信満々に言うとおり、まぁ誇大広告的な部分はあれど、まるっきり嘘でもあるまい
なら、とっくの昔にエースの称号を頂いていても可笑しくないだろうに
若しくは…こちらは余り考えたくないが、とっくの昔に戦死しているか
ダリアも同じ事を思ったのか、小首を傾げながらトーマに尋ねる。すると彼は、非常に言い難そうに眉を顰めた後、声量をこれでもかと言う程落として答えた
『いや、…アンジー少尉は…その、…記録によりますと、いつも五機落とす前に機体を大破させたり、当時の上官を打ん殴ったり、色々問題を起こして、話がお流れになっているみたいなんです…。それに本来、メタルヒュームが何機も落ちる様な、そんな大闘争は滅多にありませんから』
今起こっている、トゥエバ、スパエナ間の戦争が、異常と言う事か。そう結論付けたダリアに、トーマはキャップを被りなおしながら、最後の伝達事項を伝えた
『あぁ、それと、「五機撃墜を祝うと同時に、機体色の自由を許す」との事です。好きな色があったら言って下さいよ。完璧に仕上げて見せますから。俺は本来担当じゃありませんが、改修作業は複数班で行いますしね』
ロボットになった男 第三話
改修は、優秀な工兵人員の努力により、夕刻には完了間近となっていた
筆頭に立つのは勿論ボルト。自らが纏う寡黙な雰囲気を、部下に対する叱咤で打ち消しながら作業を続ける彼は、少し見ない間にあちらこちらに生傷を作っていた
あの夜、炎の町の中で負った傷であろう事は、想像に難くない。そんな彼は、テスライの発した緘口令に工兵達の中で最も不信感を示していたが、そこは冷静な大人。仕事を仕事を割り切り、顔を顰めながらもその責任を放棄する事はなかった
「よし、板下ろせ。俺を巻き込むなよ!」ボルトが小型クレーンに檄を飛ばす。すると、それに乗っていたトーマが答える「そんなヘマしませんよ!」
御厨は、ゆっくりと己の下半身に降りてくる鉄板を見ながら、憂鬱そうに溜息を吐いた。勿論胸中で
(………改修だなんだと言ってもな……。こんな物取り付けられたら…)
御厨の四肢――主に下半身は、鉛光りする鉄によって、満遍なく覆われていた
ボルトがダリアにした説明によれば、通常のタイプSである御厨に、ラドクリフの機体から強奪したウィングを無理矢理取り付けたあの状態は、重心が酷く不安定らしい
それに加え、ウィングの出力からから弾き出される必要機体剛性や間接の耐久力も足らず、特にウィングの根となる背部は、長時間高機動戦闘を行えば即座に崩壊してしまっても可笑しくないのだそうだ
そんなこんなで、大幅な金属資材の後付改修で問題を解決しようとしているのだが、これが御厨には不満だった
何も知らない一般市民が鎧を着込むような物だからだ。今までに無い鈍重な装甲は、どうしようもない違和感となって御厨に付き纏う。御厨を一般市民と言えるかは微妙だが、例えとしては間違っていない筈だ
(…………鉄の棺桶にならなきゃ良いのだけどね)
御厨は、周囲に展開されたタラップから身を乗り出すダリアを見ながら、のたまった
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暫し後ダリアがタラップから降りた時に、改修作業は漸く終了した。陽は沈みかけであるが、周囲はスパエナの夜襲の備えに酷く慌しく、御厨の居る格納庫だけが取り残されたような感すらある
御厨の足元には、レイニーがぶっ倒れていた。無理も無い。彼女は朝から今まで一度の休憩も取らず、只管改修作業に従事していたのだから
条件としてはボルトやトーマも同じだが、ボルトはそれでもピンピンしており、トーマも多少疲れた風に見えるが、レイニーに比べれば幾分余裕がある
鍛え方が違うと言う事か。ふと御厨が思った時、外界に開かれた巨大な扉から、真新しいタイプRがトレーラーで運び込まれてくる。その横を歩いているのは、アンジーだった
「…完了したのか。…ミンツ、トーマ、もう一仕事だ。タチキオの格納庫まで行ってこい」
「うぇぇ…………か、勘弁して下さいよ…。いくらなんでも死にますって」
口ばかりで反論したものの、レイニーは体を起こしていた。当然だ。どんなに疲れていようと、レイニーがボルトに逆らう訳がない。トーマだってそうだ
ボルトがアンジーに歩み寄りながら、レイニーを見もせずにもう一度指示すると、彼女は今度こそ何も言わずに立ち上がった
レイニーは漸く仕上がった御厨を見上げ、にへら、と表情を緩ませる。崩れた敬礼をダリアに向ける。同様に御厨に手を振ると、ヒイコラ言いながら走り出す
やれやれと肩を竦めながら後を付いて行ったトーマの背中が、やけに印象的だった
「………急がしそうですね、整備班」
「まぁ…そうです。新任の司令官殿が無茶を言って下さるもんで、ここの所俺達は右へ左への大騒ぎですよ」
「わはは、主任も言うねぇ。誰かに聞かれたら拙いんじゃないのか?」
「へ……今更減俸なんざ怖くもありませんが、別に悪口って訳でもありゃしません。随分と革新的なお方だ、そう思っただけです」
奇しくも、先日の御厨と同じ事を言いながら、ボルトは工兵達を呼びつけた。アンジーの伴ってきた機体の納格作業だ。彼らからしてみれば、皇帝陛下の下される命令なんぞよりも余程重い一言を受けて、工兵達は駆け回る
その様を見ながらアンジーは、ダリアの横で腕を組んでいた
「…良いな、ビシッと決まってるぜ。……戦闘員連中も、これくらいの練度があればなぁ…」
何とは無しのぼやきだった。ボルトは底冷えする眼光でアンジーを見るが、彼は気にした風もない。ダリアが、何とも言えないような相槌を打つ
「はぁ……。そんなに弱いですか? その……私達は」
「……いんや、成って一年経たねぇ内と見れば、十分過ぎる位だろうよ」
「それに、ダリィの事を言ってる訳でもねぇ」アンジーは続けた。特に意識せずアンジーと視線がかち合った御厨は、じっと見つめ返す
「ここ最近、俺が指導してる連中も大分様になってきてる。お前何か特にな。シミュレーターは大した事がねぇのに、実戦となると馬鹿強いんだから全く。……けどそれでも、まだ足りねぇ」
半ば聞きの体制に傾いていたダリアに、呼ぶ声が掛かった。ボルトだ。何時の間にやら新しいタイプRの納格と調整を終わらせていた大柄な整備主任は、灰色のシートに包まれた物体の前で、大きく手を振っていた
ダリアは申し訳なさそうな表情で、アンジーを見る。構わねぇよとばかりに手をひらひらさせて、ダリアを送り出した
「(行って来るね)」
(行っといで)
口をパクパクさせたダリアに、御厨は視線を動かして応じた。
アンジーが、座り込んでいた。くたびれた金髪がバンダナで逆立ち、格納庫の明かり跳ね返している
煤けた背中が、彼の隠しようのない深い疲労を、物語っていた
「………体がうまく動かねぇな…。ちと、無理し過ぎたか…?」
次に聞こえてきた独り言を、御厨は「何も聞こえなかった」と、知らぬ振りした
「トゥエバに強兵なし、されどトゥエバ軍に凡将もまた無し。…押されながらもここまでやれてんのは、将が優秀だったからだ……。だがトワインの狸爺の後釜も、どれくらいやれるのか解らねぇし」
――ハヤトよぅ、…お前とまた会うのも、そう遠くないかも知れねぇな……
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ダリアと御厨、そしてアンジーが、“あの”テスライ・ハウゼンに呼びつけられたのは、夕日が大地に沈んだその直後だった
日が沈めば、それはもう夜の時だ。予めスパエナの奇襲が知らされている基地の人員達は、皆一様に神経を張り詰めている
そんな重苦しい雰囲気の中で、ダリアと御厨は、基地の最も高い位置から、荒涼とした大地を見渡していた
(…………チッ)
最も高い位置、と言っても、基地自体があまり高くならないよう地下施設を重要視して作られているのだから、程度が知れる
しかしそれでも、一番の高所は一番の高所だ。御厨は、暫し異界の絶景に酔った
バンダナを巻き直したダリアが、御厨の各部を動かして微妙な挙動を調整する。御厨はそれにやんわりと意識を合わせ、じっとりと自分の今の状態を頭に叩き込む
挙動の一環として天を抱くように伸ばされた右手には、長大なライフルが携えられていた。分厚い砲身に大口径、タイプS標準装備のマシンガン所か、ブロックキャノンすら比べ物にならない程の性能を持つライフル、「KO-スピア」だ
持った当初は、新しい玩具を手に入れた子供のような心持だった御厨も、流石に醒めていた。目前に待つのは戦闘なのだから、浮かれ気分を続ける気には当然なれない
KO-スピアと同時に支給された肩部で黒光りする銃身…いや、砲身を見て、御厨は溜息を吐いた。勿論胸中で
『準備…は、万端のようだな。一分の隙も見当たらん』
突如として開かれた通信に、御厨は面食らって応答した。余りに唐突であった為、ダリアの中で人知れず高まっていた呼気が弾けたのだ
ダリアが何か言う前に、御厨は愚痴を零した
(何が「一分の隙も」だ。……訓練も何もなしにこんな物を持たされても、上手く扱えるかどうか………)
だがしかし、それを持って僅かなりともはしゃいで居たのは御厨である。都合の良い事に、その事は忘却の彼方だ
ダリアが深呼吸し、ドッシリとシートに腰を収めた。毅然とした表情で、開かれたウィンドウに向き直る
テスライは、横に補助官の女性を立たせながら、自然な笑みを浮かべていた
「司令……このポジションは、一体…?」
『いやな、少し計算に手間取ってね。…苦労した。一歩も動かずに、ライフルだけで基地全域をフォローできるポイントを探すのは。………メアリ』
テスライが補助官…メアリに一声。『はっ!』すると今度はテスライに変わり、短い返事を返したメアリが淡々と話し始める
『リコイラン少尉には、そのポイントから基地全域をダイレクトにサポートして貰います。直接火砲支援です。今、少尉がお持ちのKO-スピアは、今作戦の為、司令が直々に取り寄せた物です。少尉の機体の改修資材も同様ですが』
『ジャコフ少尉には、リコイラン少尉の護衛を担当して貰います』御厨の視界の右端で、俄かに離れた位置から一機のタイプRが右手を上げる。乗っているのは、アンジーだった
『戦闘開始後、敵を特定施設に誘い込み、爆薬により殲滅。基地の被害を盾に敵を目減らし、乱戦に持ち込んだ後、リコイラン少尉、ジャコフ少尉は、司令の指示に従って下さい。臨機応変と言うヤツですね。………何かご質問がお有りですか?』
爆薬により………自爆戦術か。腹を掻っ捌いてでも好き勝手やりたいものかね。御厨は憤然とした。基地を守りつつ、基地を壊す。何とも言えない気分だ
テスライは基地に侵入される事に対して、まるで危機感を抱いていない。それどころかこの「サリファン基地」など、ぶっ潰れてしまっても構わないと言い出しそうな程だ
だが、被害を度外視しなければ、まともに張り合う事すら困難な相手だ、スパエナは。現に、もう幾つの町や基地が落とされ、破壊されているのか、(御厨には)把握できない程なのだから
補助官がビシッと格好を付け、説明を終わる。ダリアは、間髪入れずに問うた
自分が今、最も聞きたい事を
「…何故、私なんですか?」
『…報告は聞いているよ。撤退戦の最中、敵の小型ミサイルを全弾打ち落としたそうだな? しかもあの威力以外粗悪極まりない、ブロックキャノンで』
テスライが話し始めたのを受け、自分の出番が終了したのを感じたか、メアリが一歩下がった
テスライはそのまま当然の如く彼女の前に出ると、クスクスと笑った
『宴が始まる。君はその主役、極上の美酒の様な存在だ。……精々酔わせて貰おう。期待している、ダリア・リコイラン。そしてアイオンズ・ジャコフ』
そこで一旦話を区切り、テスライは次はアンジーに質問はあるかと問うた
唐突に出現するウィンドウ。テスライの映るウィンドウの右下に、小さなサイズで現れたウィンドウは、アンジーを映す
やはり、と言うか、アンジーは、いや、アンジーも、似合わない黄色いバンダナを巻いていた
アンジーは素っ気無く答える
『はっ、何もありません』
それを聞いて、テスライは、満足そうに頷いた
『では、状況開始まで通信を途絶する。武運を祈るぞ』
『お気をつけて』
ダリアは、コックピット前面に大写しになったウィンドウが閉じるのを、溜息で見送った
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『不安か? 安心しとけ、俺がエスコートだ。姫様の持ってるもんは、この上なく色気無いがな』
「………はぁ………。いえ、何と言うか……」
(どうにも、訳が解らんのだよな……)
『余計な思考は、省いとけ。無駄な事考えてると…死んじまうぜ』
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…訳わかめ。しかし、訳解らん内容なのは何時もの事なので、そこは敢えて黙殺。
駄文失礼、パブロフでした。