何とは無しに、考えていた
スパエナは何故、この様な不可解極まりない闘争を仕掛けてきたのだろうか、と
御厨にはメリットが思いつかない。スパエナは何をするでもなく、ただ只管に攻め立ててくる。政治的な声明や宣言もなければ、特使をよこしたと言う話も伝わってこない。スパエナの様な(聞く限りでは)小国が、トゥエバのような(聞く限りでは)大国相手に、領土拡大と言う訳でもないだろう
それでは何の為に? メリットに反比例し、それこそ箒で掃いて塵取りでゴミ箱に捨てる程あるデメリットを抱え込んでまで、戦争を仕掛けてきた理由は?
これはつまり、戦死者達を指差し、「彼らは何故死んだのだ」と問う事と同義だ。イチノセやホレックが、何の為に死んでいったのか問う事と同義なのだ
絶対に、うやむやにしておけない日が、くる
(俺には………予想もつかない事だが………)
御厨には、その『何故』を想像する事すらできなかった
ふと、地平線を見遣れば、太陽はとうの昔に沈みきっていた。古よりの常道として、人々はこの暗闇の時刻より眠りに就く
大半の人間は、この闇の中で明確に物を見る事のできる目を持っていない。探せば見つかるかも知れないが
御厨は、己の腹の内でジッと目を閉じる、ダリアを認識した。「だが、自分達は違うのだ」と、そう感じた
そうだ。最早通常ではない
朝を問わず昼を問わず夜を問わず、闇で目が利かぬと言うなら、見る手段を捻り出し、戦うのが自分達だ。夜の安眠など望めはすまい。そこが違う
普通だった筈が、道を違えた。まともに会話すらも出来ない癖に、周囲に突如として現れた面々を、気に入っている自分がいた
戦う人間達の、別世界。例え様も無いそれを敢えて例えるとすれば、それこそが夜なのだ。一つ、垣根を越えれば、また新しい大地が広がる。成る程、陽光が照らす柵の外には僅かな星明りの夜が広がり、そしてそこには戦友が待っていた
ダリアが力無さ気に笑いながら、右目だけを、うっすらと開く
「………やっぱり、怖くないって言ったら嘘だけど……」
陽光の中の人間と、暗闇の中の人間。どちらが良いなどと御厨には解らない。だが、日々を生きていくのに、是非などあろう筈もない
訳も解らずに引き込まれたのは確かだが、生を放棄する理由にはならないし、……それに
「頑張ろうか、シュトゥルム」
御厨には、打算抜きで彼の事を気にかけてくれる相棒が居た
(…ああ、了解った)
この身は機械。既に覚悟は、出来ている……
ロボットになった男
肌が泡立った。特に根拠がある訳でなないが、それでも『良くないモノ』を感じた
ライフルを持った右手一つ掲げ、必要以上に稼動音を抑えつつ、ゆっくりと向きを変える。右角約百十度。それは、基地正門からみて真横に当たる
平べったい蟹の甲羅を連想させる基地外郭の上を、舐めるように視線を動かす
鴉の濡れ羽色の闇。月明かりと星明りで、御厨はそれに気付いた
――そこでは、大地が鳴動していた
荒涼とした黄土色の大地が、所々に影を伴って蠢いている。自分が立つしみったれた小さい基地へと一直線に迫るその大地の影は、最先端は辛うじて見える物の、注意していなければ呆気なく見落としてしまうだろう。僅かに上がった砂埃は、逸る昂揚の表れか
カメレオンだ。保護色によって視線を断ち、自分達から発する熱をも抑えての陰行。地響きすら立てないそれは、高速で近づきつつあった
「…………来た」
ダリアが近距離高密度通信を開くのを尻目に、御厨はその手に持った長大なライフルの銃口を下げる
(…………来い)
ギチリ、と全身の間接が、音を立てた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『総員、状況開始。一番、二番動け。他は息を潜め続けろ』
光量を最低限まで落としたコックピット内部に、押し殺した声が反響する。慎ましくも殺しきれない笑いが含まれたその通信は、形式の違いからか、ウィンドウが発生しない
ダリアはその通信に従い、身を縮こまらせて息を潜めた。彼女自身の感覚的な問題で、実際はそこまでする必要も無いのだろうが、心情は解らなくもない
通信を放ったのはテスライ。声の調子は平時と何ら変わりなく、どれだけ肝が据わっているのかと問いたくなる程に、平然としている
それに続くように、状況報告が飛ぶ。複数のそれらを集め、素早く吟味しているのは、トワインの声だった
『東…と、北東か。司令殿、情報来ましたぜ。西と東、申し訳程度に北東。三箇所からの進行を肉眼で確認した。…しかしこりゃ凄い。今日、奴らが攻めて来る事を知っていなけりゃ、あっと言う間に陥落してたかも知れませんな、サリファンは』
『我国現行の索敵技術では、スパエナの陰行は見破れんからな。何時も最終的に役立つ情報とは、生身の人間が見聞きした物だよ。…………規模はどれが多い?』
一拍の間をおいて、トワインが答える『…西ですな』
『そうか……一番機動隊、覚悟を決めて置け。連動三波で攻撃が来る。ヘマをやらかせば、真っ先にお前達が死ぬぞ』
基地内を巨大な影が走る。それは外界に露出した基地の通路を通って、皆一様に西側を目指して移動している
どこからその様子を眺めているのか、テスライは、何時にも増して意地悪そうだった
(西…と言う事はつまり)
御厨は音を立てないように、真後ろを振り向く。可愛げなく広がる荒涼とした大地に、遠めにもハッキリと解る砂塵が見えた
先程まで銃口を向けていた影…つまり、東から迫る部隊と比べ、些か規模が大きい
態々三方になど分かれず、一撃に突っ込んでくれば良い物を。御厨は、どこかの本で読んだ『戦力の逐次投入は下策』と言う下りを思い出し、また自分の心労も省みて、そう愚痴を零す。多方向に気を使わねばならないと言うのは、辛い
だが不思議と、今も荒野を突き進んでくるスパエナ軍を、忌諱する感覚はない。寧ろ、“来るならきやがれ”的な奇妙な気構えが、御厨にはあった
「よし来い…!」 (よし来い…!)
荒野の影は、最早基地外壁に到達していた。僅か十メートルしかない壁だ。タイプSの身長よりは高いが、結果としてメタルヒュームの進行を防ぐ物には成り得ない
そこで影は、勢いを殺さないまま壁伝いに走り、一瞬にして肥大した。そんな風に見えた
自らを覆い隠していた巨大な砂漠迷彩の布を取り払ったのだ。惜し気もなくそれらを荒野に打ち捨てたスパエナ軍は、一足飛びに外壁を乗り越えていた
トワインが、僅かに声を荒げる
『迷彩投棄確認! 熱源反応!』
テスライが、笑った
『さぁ、逆撃の宴と行こうか。まずは、“普通”の“スクランブル”を装え。……フ、この言い回しは、中々皮肉が利いているな』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
突如として、先程までの静寂が嘘のように、夜の闇を激しいアラームが破った
第一級戦闘配備発令。だがその実、慌しく動く者は誰一人としていない。当然だ。最早、準備は済んでいるのだから
皆が待っていた。敵を待っていた。一口で噛み砕くには難物だが、己が顎の内に獲物が入り込んでくるのを、待っていたのだ
西側から来た敵は総勢六機。二個小隊。それらが奇襲の手始めに破壊しようとしたサリファン基地の施設
ダリアと御厨がジッと見つめていたその施設達は、己が腹の内に敵が入ってくるとほぼ同時に、轟音と爆炎を上げた
また、何処からとも無く、テスライの声が響く
『彼軍は傍受を懸念して、ギリギリまで通信を統制途絶しておくだろう。これは利用出来る』
西側に集結していた部隊が、一斉に炎の中に飛び込んだ。第一目的は敵を逃がさない事である為、敷かれた陣は半包囲だ。そうなると必然的に、同士討ちの可能性を考慮して、おいそれと銃を撃つ事は出来なくなる
今この時の為に再編成された、寄せ集め在り合わせの一番機動隊、メタルヒューム九機と歩兵六名は、そんな事情など知った事かとばかりに、意気顕揚だった
『通信を使えないスパエナは、今の爆発を奇襲成功の証と取るだろう。そうすれば二波目と三波目は、恐らく同時に来る。そこからが正念場だ。敵侵攻と同時に通信回線10-1に合わせておけ』
御厨は心がザワつくのを感じる。それと同時に、ダリアが放つ体の熱も
視界と高速は、未だ火砲の一発も撃ち放っていないのに、既に加速化が始まっていた
『…クク、ようこそスパエナ軍、サリファンへ。この「篭城」は、お前達の想像を超えているぞ…!』
しまった! 罠だ! そんな悲鳴が共通回線を通じて伝わってくる
その時にはもう、遅かった。激しい振動。耳を塞ぎたくなる轟音。そして上がる獄炎。それらは、基地の東と、北東から
ダリアが御厨の姿勢を安定させる。そして、炎の中を飛び回る敵影を狙い、只管に発砲許可を待った
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コックピット前面に大写しになったテスライの顔を、御厨は発生とほぼ同時に隅へと追いやった。通信回線を切り替えた今、対象が明確ならば、映像の送信は比較的容易だ
だが、いくらなんでも目の前にウィンドウがあっては邪魔の一言に尽きる。それが何を考えているか解らない奇妙な男だとすれば、尚更だった
『遠隔地雷稼動させろ。これよりサリファンは餓狼の檻だ。誰一人逃がすなよ』
それは、味方も、と言う事だろう。御厨は思った
敵を逃がさないのは当然の事。だが、基地周囲を取り囲むようにして設置された地雷は、敵味方の区別なく牙を剥く。最早、誰も逃げる事叶わない
奇妙な感覚を御厨が押し殺す最中、画面の端に新たなウィンドウが現れた
その中からダリアに呼び掛けたのは、アンジーだった
『ダリア、撃て! 西は特隊連中に任せといて良い! 東だ、東と北東!』
(ぃよおっし!!)
KO-スピアを振り回す。姿勢を安定させ、炎の中の影を探す
見つけた。数はハッキリしない、が、遠目にも軽くない損傷が見て取れる
これで漸く、互角。背筋が凍ったが、それ以上に熱い何かに、その悪寒は押し流されていった
「了解! ……………アンジーさん」
ダリアの視線が細まる。一拍置いて、大きく開かれる
光が瞬くような、そんな気がした
「頼りにしてます。信頼してますからね」
『うわッ、ば! 何いきなり! ……えーいクソが! おお! 頼りにしてやがれ』
(あははは!)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
NG
テスライ『…クク、ようこそスパエナ軍、サリファンへ。この「篭城」は、お前達の想像を超えているぞ…!』
アンジー『うっせバーカバーカ!! 浸ってんじゃねぇよこの変態!!』
ダリア「え…そ、その……そ、そうだバーカ!!」
テスライ『……………………貴様ら……』
…………なんちゃって