KO-スピアを撃ち放った感触は、突撃銃やブロックキャノンのそれとは、まるで違った
ズンと来る、乱雑で攻撃的な感覚ではない。それはザックリと肉に切り込むナイフの鋭さ。鋭さの手応え
たった一発の火砲を撃ち出しただけだと言うのに、御厨は脳髄に刻み付けられていた。白刃が皮膚を断ち、その下の筋繊維を断ち、神経を、血管を、骨を断つ鮮烈なイメージを
狙いも、必中の意で以ってのそれは、完全無欠。凶弾は放たれた地点から東へ約六百メートルの先、そこで僅かに隙を見せた炎の中のカルハザンを、腹と腹部を纏めて吹き飛ばす事で薙ぎ倒した
(……一機、撃墜…!)
カルハザンのモノアイは、その時こちらを向いていた。御厨の方を、偶然にも
だがカルハザンのパイロットは、己の命を奪う凶弾は見えなかったに違いない。ただ、何らかなの気配を感じただけだろう
KO-スピアの火砲は目視不可能。朝も夜も関係なく、ただ空間を裂き、重厚な筈のカルハザンの装甲を一撃で抜いたそれは、天国からの熱烈なラヴコールだった
『やるなダリィ! いきなり一機か! 最高だぜ!』アンジーは拍手喝采、歓声を上げ、呻くスパエナ軍兵の声がそれに被さる『火砲支援…! よく用意していやがる、トゥエバめ…!』
これだけでは終わらないぞとばかりに、ダリアは素早くモニターを叩いた。レバーを操作、操作。すぐさま次の目標に狙いを定め…………
瞬間的に射撃姿勢を解き、アンジーの下へと駆け出した
えいクソ、口惜しい。そうそう上手くは、やはり行かない。愚痴る御厨にトワインから通信が入った『下がれリコイラン! ランチャーだ!』言うのが遅い。もうとっくの昔に逃げ出している
「う、うわったぁぁあ!!」
同様にこちらへ向かって走り出しているアンジーのタイプRまで、残り約四十メートルと言う地点で、御厨は低空のダイブを敢行した。お世辞にもお淑やかとは言えない悲鳴を上がり、それはダリアの物だ
その僅か後に、東より飛来したロケットランチャーが二発着弾。下から上方向に向かって撃たれた癖に、これは一体如何いう事か。コンクリートの地面を、盛大に抉り貪る
御厨は今自分が居る場所が、大仰に開けていて、本当に良かったと、そう思った。御厨にもその中に居るダリアにも、硬い壁に頭を突っ込んで喜ぶ趣味は無いのだ
一足飛びに三十メートルの距離を越えた御厨は、それはもう派手に転倒た。火花も飛んだが、そんな物を気にしている余裕はないし、気にする人間も居ない。呻き声一つだけで我慢すると、御厨は体勢の立て直しにかかる
その時にはもう、アンジーが滑り込んで来ていた。どこから取り出したのか、タイプR程度ならば、その表面積を半分スッポリ覆い隠せてしまう程大きなサイズの防御盾を持ち、次々と迫るロケット弾を受け止めていた
ドォン、と言うロケット弾の爆発音が連続する。アンジーは吼えた。次弾、次弾と次々受け止めて、アンジーは吼えた
『ぃぃいよぃしょおおおお!!!』
そして最後に、一塊となって飛来した三発のロケット弾を受け止めて、大盾は大破。タイプRは既に体勢を立て直した御厨の足元に、つい先程の御厨宜しく、見事に吹っ飛ばされて来た。吼え声は、呻き声に変わっていた
『うぅ…っぐ、あつつ……………ダリィ……全部叩き落してやりゃ良かったのに……』
「………狙撃の時、咄嗟に狙いを変えるのって、とんでもなく難しいんですよ……」
(ミサイルなら、まだやりようも在ったんだが……)
御厨は、KO-スピアを持たない機械の左腕を、タイプRに差し出した
ロボットになった男
スパエナはとんでもない。いや、とんでもないと言うのは以前から知っていたが、それよりも、その想像よりも、スパエナはとんでもなかった
あれだけ見事に罠に嵌っておきながら、混乱した素振りも見受けられない。軽くない筈の損傷を受けた機体どうしが、互いを庇い合うように陣を組み、付け入る隙を与えてくれない
スパエナは全員が動く。全員が攻め、全員が防ぎ、全員が避ける。動くのはメタルヒュームでなく、メタルヒュームが構成する陣、それ自体が動くのだ
統一された、役割分担のやの字もないその動きは、酷く硬い守りの姿勢だった。その底力が、この期に及んでトゥエバ軍と互角に戦っていた
(…状況はこちらが圧倒的に優勢…と言うより、これは最早トゥエバの勝ち戦だが…)
ダリアは御厨の体躯を屈み込ませた。御厨の横で、アンジーのタイプRも身を伏せる。下高度から放たれたロケットランチャーが御厨達の頭を飛び越え、虚空へと消える
(改めて対峙してみてよく解る。こいつら本当に…本当に、とんでもない連中だ)
乱戦の最中にありながら、遠方であるこちらの動きまで抑え込んでくる精神力は、脅威だ。驚嘆と言い換えても良い
胆を一気に冷やした御厨は、丁度その時飛び込んできた通信に舌打ちしながらも、それのウィンドウがコックピットの隅に行くよう、手早く処理する。相手は誰か、など、既に解りきっていた
『はン…、リコイラン少尉。君の持っているKO-スピアは、分割携行可能な君専用のオーダーメイドだ。出来れば、もう少し優しく扱って貰いたいのだが……』
ウィンドウが映し出したのは、御厨の予想通りの人物。テスライだった
御厨はテスライの苦笑混じりの言を受け、右手の長大なライフルを見遣る。成る程、ぞんざいに扱われたライフルは、小さくない傷をいくつもこしらえている
馬鹿馬鹿しい、と、消耗品だろうが、と笑い飛ばす事は、御厨には出来なかった。このライフルに命が無いなど、元人間にして今機械の自分に、どうして言えようか
そんな風に、御厨は考える
「そんな事言うくらいなら………!!」
『ハ! 申し訳ありません司令官殿! 先任たる自分の注意が足りませんでした!』
ふと御厨が意識を外していれば、ダリアがテスライに噛み付きかけ、それをアンジーが無理矢理誤魔化していた
『さすればこの上は、最前線で敵を止め置く部隊に、更なる奮戦を期待する物であります! 司令官殿!』
訂正。誤魔化すどころか、率先して噛み付いている
罠まではって敵を抑えられない手前の指揮が悪いんだろうがこんチクショー。要約すれば、そんな所だ
御厨自身は、テスライ・ハウゼンの指揮を悪い物とは思わないが、アンジーは今のテスライの発言に対して、どうにも腹に据えかねる物があったらしかった
『ははは、……隠し玉として、チキン隊を温存して置いたのが裏目に出てしまったようでな、スパエナも予想以上に、やる』
「やるってちょっと…! …………当初の目論見通り、乱戦になりました。ここからどうするんです? 罠を作動させてから五分、スパエナの後続が、この事態を見過ごすなんて思えません」
そうだ。テスライが戦力を温存しているように、敵もまだその全容を見せては居ない
トゥエバも、スパエナも、リガーデン各地に戦力を振っているが、その本体は間違いなくここ、サリファンに集っている。馬鹿に出来ない
未だ見ていないのだ。あの男の姿を。あの死神の、赤の機影を
テスライはダリアに問われても、顔に薄い笑いを貼り付けたままだった
『何、それはそれで構わん。奇襲を逆撃で返した時点で、こちらの勝ちは決まっている。切羽詰っているのはあちら側であり、事態を動かそうとするのも、またあちら側だ。………………例えばほら、あんな風にな』
テスライがウィンドウの中で親指を突き上げた。その向く先は天だ
御厨は反射的に上体を反らし、ズームレンズで夜空を見上げる。争いの匂いを嗅ぎ取ったか、空には星すらも少ない
そしてその南の空に、それは在った。光り輝く球。いや、弾
小さくて僅かな星の明かりとは、根本的に違う。ぱっと見、それは闇の中に出た太陽にも見える。本物の太陽と違うのは、辺りを明るく照らさない事だ
そしてそれは、かなりの速度で大きくなって……否、落下してきていた
『何だありゃ! メテオか?!』
「あんな隕石、ありませんよ!」
アンジーの声が、耳に残った
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『地雷の檻に穴を開ける!! 先遣隊、サリファン基地正門へ向かえ!! こんな所で死ぬのは許さん、手段を問わず生還しろ!!』
10-1の雑音と罵声に塗れた通信で、その声だけがハッキリと聞こえた
声は殺せない。その声はトゥエバ軍の怒声も、スパエナ軍の罵声も飲み込んで、ただ一人の男の命令を伝えるためだけに、戦場を飛んだ
御厨は驚いた。常人と違う男は、何もかもが違う男は、やはり声からして違う物なのかと
(らど……クリフゥゥッゥウウ!!)
南の荒野、それはハッキリと見えた。右に砂漠迷彩のカルハザン、左に鮮烈な青のカルハザン
そしてその二機を率いるようにして、先頭に立つ真紅の機体。流線型のフォルムを持つ、他のどの機体とも違う、死神の専用機
最悪だ。全てが台無しになる。全てが覆される。御厨は圧倒的なまでの理不尽さを感じた。罠によって確定した勝利でさえも、『無かった事』にされてしまいそうな気さえした。これを理不尽と呼ばずして、何と呼ぶ
『ボゥっとしている暇は無いぞ、リコイラン少尉。あの死神も問題だが、それよりも問題なのはあの質量弾だ』
テスライの声で、ダリアと御厨は漸く我に帰った。空を舞う質量弾。夜の闇の中、真っ赤に輝くと言う事は、火薬炸裂式である。食らった時の被害は想像し難いレベルだ
『別働隊を派遣して、超遠距離武装の類は破壊させたつもりだったのだが……まだ残っていたらしいな』
そんな事は関係無い。状況は最悪。天にメテオ、地にデスサイズ。追い詰めていた立場が一変、追い詰められている
だがテスライは、それでも薄く嗤っていた。何を恐れる事があるのかと、嗤っていた
『どうした。脅えている暇など無いぞ? 君の仕事が来たのだ。君の本番だ』
「…は?」
『私は「君達」の能力を信頼して、オーダーメイドのKO-スピアを持たせた。たかが真っ正直に落ちてくるだけの火薬の塊を、撃ち落とせなくてどうする』
「…………………………………あはは……」
何て奴だ、と、御厨はそう思った。アンジーなんて呆れて声も無い
撃ち落せなくてどうする、と。まるでそれが当たり前であるように言う。何て奴だ。重ねて思う
そして、同様に思った。……上等、と
(………………上等)
今だけは忘れよう。真紅の機体は間違いなくラドクリフだが、今は忘れよう。その横を走る内の片方、青い機体も、きっとルーイだろうが、今は忘れよう
天を見上げた。質量弾を視界の真ん中に捉える。醜悪な兵器のそれは、この世に存在していてはいけないのだと、傲慢にも思った
(他に道は無いんだ。見て驚け、撃ち落としてやる。神話の時代の、弓の女神も真っ青だ)
ダリアがレバーに両手を添える。一部の隙も無いと、今なら言えるだろう
時間が緩く流れ始めた。さぁ、ここからが、ダリアと俺の独壇場だ
「解りました。やってみます。…………アンジーさん、あたしにダンスの申し込みが来ても、誰も通さないで下さいね?」
『…け、任された。こんな良い女からの頼まれ事じゃ、否が応にも断れねぇぜ』
そして御厨は、銃口を天に向かって突きつけた
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NG
ダリア「解りました。やってみます。…………アンジーさん、あたしにダンスの申し込みが来ても、誰も通さないで下さいね?」
アンジー「相手が居るのか?」
ラドクリフ「私は遠慮するが」
ルーイ「私も…遠慮して置く」
スパエナ兵「俺も、ちっと勘弁して欲しいっスね」
ダリア「ギャフン!」