盛大なギミックだった。ラドクリフの駆る機体は
『動けば、理由が無くとも人は死ぬ…! それが、軍と言う物だろう…!!』
次々とガンバレルが開かれる。内蔵式のそれらは一斉に勢いよく飛び出すと、解放の歓喜に身を震わせた
腕から弾けるように、肩から覗き窺うように、背中からせり出すように、脚部から突き出すように
『<ワガーズ・レッド>、 バレル・フル!』
一瞬でラドクリフの乗機、<ワガーズ・レッド>は、例えるのならば、そう。銃の華と化したのだ
その棘は、凶悪の一言
『私達が意味も無く攻め立てるから、だと…? 少尉、無知とは罪ではない。…だが、その余りにも極端な物の見方は許せないッ』
初めに受けた巨大な剣山の如き威力の銃撃、それ以上の火。御厨は吹き飛ばされると言う台詞すら生温いほどの勢いで、しかし吹き飛ばされた
「あ、あああ……! ゲホッ! ケホ!」
格納庫の端から端までだ。四肢のみが千切れ落ち、その場に取り残されてしまうかと思うほどの飛び方だった
ダリアが肺の中の空気を全て吐き出す苦しみに咽る。それに焦りを助長されながら、御厨は壁に減り込んだ体を無理矢理引き抜く。翼は壁よりも硬かったらしく、どうにか無事だ
(何と言う無茶な機体だ……うぐッ、あのストーカーめ、誘爆を恐れていないのか?!)
各部の歪みを認識し、思わず御厨は呻いた
頭に昇っていた血が、一気に下がる。御厨は胆を冷やしながらも、冷静さを取り戻す
信じられないくらいのダメージとインパクトであったが、辛うじて致命打はなかった。ダリアの直感と、御厨の人間離れしてきた危機回避能力で、発射の直前、どうにか射線から逃げる事が出来たのだ
そうでなければ、今頃御厨はスクラップになっている筈だ
何とか体制を立て直す御厨。しかしここは戦場。息つく暇もありはしない
砲火の硝煙を掻き分けて、ボロボロの御厨にさらに追撃を加えようと、シャープペンシルサイズの円筒形の物体が幾つも火を吐き散らしながら迫(せま)ってきたのだ
その数は、十や二十では利くものではなかった。少なくともその二倍。しかも、それが二波
「う、…く! 目の前に、いるからぁ…!!」
(ダリア!? …冷静になれ! 死にたいのか!!)
ダリアが何かに耐えるかのように、頭を押さえる。うわ言のように漏れ出る声は、とても現状を認識しているとは思えない
御厨はそんなダリアに怒鳴りつけつつ、先程御厨が突っ込んで崩れた壁を捥ぎ取り、盾の様にして構えた
(ぐッおぉぉ!!) ――着弾
ペンシル大の大きさとあっては大した威力はない。精々が陸戦隊の携行大型ライフル程度だ
だがそれも、十が一度に来ればどうが。二十来ればどうか。三十は、四十では。その全ての火は、どれ程の物か
それは最早、小型の物ならば質量弾と変わりない。御厨の「ヤワ」な機体は、第一波のインパクトを受け止めただけでギシギシと撓(たわ)んだ
ロボットになった男
『誰も好き好んで人を殺したい等と思う物か。喜びながら部下に、「殺されに逝け」と言える人間が、どこに居ると言うのだ。戦争など、無ければ無い方が良いに決まっている』
聞かれれば反逆とも取られかねない台詞を吐いて、ラドクリフはミサイルの第二波、その後ろを動き出していた
ミサイルは広がる炎が無い。自弾に巻き込まれる事が無いと、そう確信しているからこそ出来る行動だ
この期に及んで、何て反吐が出る理想論。ダリアからして見ればそうだろう。だからこそ彼女は、ラドクリフのそれを正論と感じつつも、激しく反発した。御厨にはその心の機敏が、自分の事のように解った
「メタルヒュームに乗って、そんなので目の前に居るのにッ、何で今更そんな事をォォォッ!!」
『必要だからだ…!』
ダリアが怒声を上げ、盾をミサイル弾幕に対して垂直に蹴り出す。広い面積一面にミサイルを受け止めて、盾はその物質としての限界を迎えたか、粉々に四散した
炎が広がり、ミサイルの群れに穴が出来る。御厨はその穴を抜けると、待ち構えていたワガーズ・レッドに肩から体当たりをしかけた
「必要って何の事だ! そんな、そんな「まとも」な事を言える癖に! 何故なにも言わない! 何故誤魔化す!」
『それが知りたければ、私について来い、リコイラン! 君の能力は、私の下でこそ永く輝く事を許される! …その時こそ、この侵攻の意味を伝えよう。ついでに、私が君を幾度か見逃し、追い続ける理由も、な…』
御厨の覇気が衰えた。この男の話を聞けば聞く程、無性に腹が立ってくる。それと同時に…何故か、……何故か……
……何故か、とても哀しくなってくるのだ。ここが戦場でなければ、ダリアが兵士でなければ、自分が機械でなければ、そして
…………ラドクリフが、敵でなければ
――それならば、どんなに良いか。馬鹿な事と知りつつ、そう思ってしまうのだ
「なら…! それなら…ッ、この戦争に意味があるって言うのならッ!!」
ダリアのそれは、悲鳴に近い。全てが納得行かない。そもそも戦場で、何を喚きたてているのか。自分でもそう思っているらしい
だが御厨はそれを止める気になれなかった。叫びたいだけ叫べばいい。そう思った
「あたし達と、貴方達…! ……一体、どっちが正しいんだ……ッ」
『戦争に、正しいも間違いも無い! ――“人間が居るだけだ”、“私たちのような”!』
盛大に体当たりした筈が、御厨の機体は勢いを失っていた。御厨は、最初に肩をコンタクトさせたまま、ワガーズ・レッドはそれを受け止めたまま
ボン、と御厨の内部から、何かが弾けるような音がする。途端に御厨を襲う脱力感。どうやら、御厨の感知できない部分が、限界を迎えて壊れ砕けたようだ
………双方ともその状態のままに、静止していた。力が、抜けていった
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暫し固まって、数分間の沈黙
戦闘の気配など残っていない。散々に破壊しつくされた格納庫と、ゆらり流れるミサイルの残り火。そして漂う硝煙が、僅かにそれを感じさせるのみ
ワガーズ・レッドの右腕が、ガチリと御厨の頭部を掴む。慌てはしなかった。それは、戦闘行為ではなかったからである
仮に、ラドクリフに害意があったとしても、慌てはしなかっただろう。勢いを失った御厨では、この至近距離からラドクリフの駆るワガーズ・レッドを打倒するなど、絶対に不可能だ
その時は、足を止めたダリアと自分の間抜けを呪って、運命を受け入れるのみだった
『………………酷い顔色だな』
「………………そんなこと、どうだって、良い。………教えて」
頭部送受信予備機器に、無理矢理通信が繋がれる。ダリアの目の前に、サングラスをかけたままメタルヒュームに乗っている、ラドクリフの姿が映し出される
先程からダリアには、溶岩のような熱が失せていた。口調にも冷静さが戻り、ギラギラと輝く瞳は、しかし力を失いつつあった
――頭(こうべ)垂れたその様子は、まるで神か悪魔か、それとも散っていった英霊達か、それに懺悔しているかのようにも見えた
それは、酷く、無様
「何故………何故、隊長やホレックは………死んだの……?」
消え入りそうな声
『力無き故に』
返す力強い声
「なら、なんで、あたしだけ、……今、生きているんだろう……」
いやだ、と頭を振るように、目を覆い耳を塞ぐダリア
『その拾った生を生きて見なければ、永遠に解らんさ』
無理矢理介入して作り出したウィンドウの中で、ラドクリフは不敵に答えた
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『気が変わった。今回こそ確実に、「こちら」に引き込むか確保するか…或いは殺そうと思っていたが。うむ、君は暫く自由にするといい』
「………何…? それは一体……?」
『言葉通りの意味だ。その千乗の才、やはり死なせるには惜しい。しかし無理矢理捕えた所で君は納得しないだろう。なら、今はまだ、自由にしていろと言う事さ』
「…………………………………」
『………それに自分でも納得できていないんだろう? 君の言う「ホレック」の死に方。何時までも増援を回さないトゥエバ本国。アルキオシティの情報漏洩。スパイ疑惑。…そして、テスライ・ハウゼン。君のトゥエバに対する不信感は留まる所を知らんのではないか』
ラドクリフがそう言うと、彼の駆るワガーズ・レッドは御厨の頭を掴んでいた手を離し、そのまま背を向けた
ラドクリフの唐突過ぎる物言いに、御厨は面食らった。一体何が言いたいのだ、この男は
正直何の事を言っているか解らない。情報を手に入れにくい立場であるため、仕方が無いと言えばそうではあるが……。だからと言って、それで御厨に都合よく世界が回る訳がなかった
しかし、そんな状況にあろうと御厨は、咄嗟にKO―スピアをワガーズ・レッドの背に向ける。奇妙な感覚に戸惑いを覚えつつ、それでも何とか憎まれ口を叩いた
(…何だか訳が解らないが…、気に入らないな、そのこちらを見下しきった態度が…!)
しかし御厨は、直ぐにスピアを下げる他無くなる
「シュトゥルム止めて」
(………………………)
そういわれてしまえば、ダリアに従うしか無い。御厨などよりも余程、ダリアの方がラドクリフを恨んでいる筈だからだ
ダリアは、スパエナとの戦いで様々な物を失った人間の一人である
それは御厨とて例外ではないが、その意識差はダリアと比べようもない。そんな自分が、ダリアに何を言い返せると言うのか…………何も言える筈が無かった
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夜の闇の中に、今にも高速離脱しようとしていたラドクリフが、ふと思いついたように声を発し――
『…そういえば、リコイラン。一つ言い忘れて『ここに居られましたか、閣下!』………ターレスか? そうか、良く無事で居てくれた』
――唐突に、遮られた。それをしたのは、穴だらけの格納庫に追加の大穴を開けて飛び込んできたルーイの機体だ
『申し訳ありません、あのジャコフと言う男、予想以上に強かった。恥を忍んで敗走して参りました…!』
『…フ、そうかね。それにしても敗走したにしては、機体にそれ程損傷が見られないが』
『………閣下は、首尾よく事を運ばれた様ですね…。基地の外に展開している部隊はそろそろ限界です。最早、メタルヒューム一機程度にかかずらっている暇はありません。撤退を進言致します』
ダリアが安堵の為か、息を吐いた。アンジーはどうやら無事と見える
意地悪く言うラドクリフを無視し、ルーイ駆るカルハザンのモノアイは、こちらを一瞬見遣った。だが、それだけ
意外だった。てっきり問答無用で戦闘になると思ったのだが。御厨は首を傾げる
『アイオンズ・ジャコフと何があったか知らないが……その分では、あれ程言い募っていたダリア・リコイランと、一戦交える気すらも無さそうだ。……君も甘いな、ターレス』
どうやら、ラドクリフも同じ事を考えていたようだ。その物言いに、やはりルーイは無視を決め込む。御厨は別件で、(ターレスも名前か)等とズレた事を考えた
ラドクリフは黙するルーイに苦笑すると、遮られた言葉の続きを語りだす
『兎に角、だ。私はここで戦闘に突入する前、隣の物資用エレベーターに一つ置き土産をしてきた。有態に言ってしまえば、ダイナマイトを、だ。時限式の物で、簡易CPUでも判別出来る解除コードが組んである』
(…ふん、それを一体、如何しろと言うんだ)
もう何を言われても驚きはしなかった。色んな意味でこの男は規格外だ。何を考えているか等と……その本質を理解してはいけない
最早ラドクリフならば、月を木っ端微塵にしたと言われても、疑いもしないだろう
…それに正直、爆弾などどうでもよかった。弾けるなら弾けろと言うのだ。別に全人類が滅びる訳でもあるまいに、知った事では無い。そんな自棄である
ダリアが些か疲れきったように、返事を返した
「………………それが?」
『いや、別に何も無いさ。ただ、コレは通信を完全に遮断している今、君にとって大きな可能性となるだろうよ』
(遮断…? 確かに、通信機能が働いていない。道理でテスライが何も言ってこない訳だ)
ワガーズ・レッドが、首だけ後ろを振り返る。実に人間臭い動きだった。熟練のパイロットとは、無意識の内に機体を自分の体と同等に扱ってしまう。ラドクリフの挙動は、とても滑らかだった
『大火事の混乱に紛れて、折の中の鳥が逃げ出す。良くある事だ。…………願わくば、トゥエバからは赤毛の鳥が逃げて欲しい物だが…』
「…ッ!」
(何だと、貴様…!)
『まぁ、好きにするが良いさ、君は』
安穏と話し続けるラドクリフを、ルーイの声が急かす『閣下、お早く!』
見れば、彼女は今しがた自分で空けた大穴から、機体を離脱させようとしている所だ。ラドクリフは一つ呼気を吐き出すと、今度こそそれに続いた
『……ルナイアス・ターレス。それが私の名だ、ダリア・リコイラン』
『ク、やはり君は甘いぞ。ターレス中尉。これからは大尉にでもなって、一層働いて貰うか』
最早二人は、ダリアに気をかけるような事はしなかった
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二人が去り、ダリアは暫し身動き一つしなかった
しかし唐突に御厨のシステムをダウンさせると、無言のままにコックピットを開ける
当然の如く、御厨は慌てた
(な…! ダリア?! まさか!)
御厨は制御装置も周辺装置も無視して、その行為を止めようともがいた。だがそんな物が叶う筈もない。労せずダリアは外に降り立ち…そして、ボロボロの格納庫の床から、これまたボロボロの御厨を見上げる
瞳は力を取り戻していた。迷いも何も無い、嫌な目だ。こう言う目をした人間は、大抵何を言っても聞かない
そんな事を経験から知っている。御厨に今表情があったら、それは間違いなく絶望の色をしていただろう。最早何を言えば良いのか、それすらも、御厨には解らなかった
「シュトゥルム」
ダリアが御厨を見上げて呟く
「…………シュトゥルム」
もう一度呟く。シュトゥルム、何度でも呟く。シュトゥルム、しつこく呼びかける
「……シュトゥルム…」
何度でも、何度でも、だが結局、それしか言わない
それしか必要無いのか、それともそれしか出来ないのか
もっと何か言う事はないのか。戦いの事とか、訓練の事とか、仲間の事とか
言う事は沢山ある筈だ。この身がただの機械では無い事を、ダリアなら知っているだろう?
だけれどそれしか言わないで、そのままで、それなのにダリアは身を翻す。格納庫の外に、御厨の手の届かない所に、行ってしまう
手を伸ばそうとしても、伸びなかった。その情感豊かな背を追おうとしても、動けなかった
咄嗟に御厨は叫んだ。必死になって叫んだ。もっとマシな言葉があるだろうに、そう思っても直せなくて
だから兎に角叫んだ。それは、自分の名前だった
(違う、シュトゥルムじゃない! 俺の名前は! 俺は! 『ダリア・リコイラン』の相棒はッ!!!!)
――御厨 翔太
ダリアが振り向く。何かに驚いたように一瞬身を竦ませ、御厨を向く
「……―――……―……?」
ダリアの唇が揺れた。それを必死に読み取った。御厨に読唇術の技はない、だから、間違いかも知れない
だが、御厨は見た。見て、確信した。ダリアの、些か疑問が混じったような呟きを
今、後ろ髪引かれる思いを振り切り、再び御厨に背を向け、歩き出そうとしている彼女は
確かに、こう言った
『……ショー…タ……?』
――ダリア。御厨は、一度だけ、万の思いこめて相棒の名を読んだ
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結論から言って、ダリアは帰ってこなかった。エレベーターで運ばれた地下でダイナマイトは爆発し、それと同時に、ダリアは姿を消した
一週間経っても、二週間経っても、ダリアは帰ってこなかった。テスライはダリアを戦争が始める以前には、既に軍役で無かった事にした。死んだ等と思っていないらしく、ダリアを敵前逃亡等の罪で本当に死なせない為の措置だろう
御厨は戦闘の後、絶対に動こうとしなかった。元の格納庫に搬送され、完全な修理作業と整備を受けても、絶対にその身を機動させようとはしなかった。意地で抑え込んだ
何故そんな事をしたのか、今でも解らない。最初は御厨に呼びかけていたテスライも、その内諦めた
アンジーは何をどうすれば良いのか解らないらしかった。元より御厨の事を知らず、命がけで後輩の援護をしてみれば、その当人は消え去る始末。誰よりも落ち込んだのは、実は彼では無かろうか
ボルトとレイニーはそんなアンジーの尻を蹴り飛ばしつつ、発破をかける。トワインはそれを、黙ってみていた
御厨の事を知るのは、今のサリファン基地にはテスライとレイニーのただ二人になってしまった。テスライは裏の仕事が厄介らしく、御厨には進んで関ろうとはしない。時々、「まだ動かないつもりか」と言ってくる程度だ
レイニーは動かない御厨を、それでも担当官として整備し続けた。テスライは御厨が動かないのを、原因不明の一言で片付け、それでも廃棄しなかった。理由が半ば解っているのだから、当然と言えば当然か
戦争は、何故か一応停止した。会談か何かの有無を御厨は知りようがなかったが、今はどうでも良い事だった
――ダリアが消えてから暫くし、御厨は、ついにその意識を浮上させる事すらしなくなった――
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………………………………ロボットになった男、完ッ!
とか言ってしまえたら、楽だろうな、なんて。
これより暫し更新停止。マジに土下座をしたく成る程再開の時期が予測できないので、兎に角申し訳ありません。
しかもそんなんで書いたのがこんな出来かよ! とか言われたら反論のしようが無いですだ。