一機のタイプRの危機を救った御厨とダリアに浴びせられたのは、やはり罵声だった
『阿呆が!のんびりしている暇はないぞ!伏兵ども、大挙して出てきやがる!』
高速化した思考が解けていく気分だった
狭かった視界が心持ち広くなり、向き直る視線の先に、丘を駆け下りてくるイチノセとアンジーの機体が見える
イチノセのタイプRが激しく腕を振り回しているのを見て、ダリアと御厨は視界を巡らせた
森。当初イチノセが伏兵の存在を危惧した森だ。そこには十五はあろうかと言う、先程殲滅した物と同型の機影が見える
各々ライフルを構え走っていた。中には、肩にミサイルランチャーを装備した機体もいる。およそ一キロは離れていたが、御厨のレンズは確かにそれを捉えた
イチノセより数秒早く御厨とダリアに追いついたアンジーが、青年に問い掛ける
『こちらリガーデン南部ジェネガン基地所属のアイオンズ・ジャコフ少尉だ。おたくの名前は?』
『アンジー、それは俺の仕事だ。・・・こちらハヤト・イチノセ大尉。貴官の所属は?』
アンジーは立ち上がった御厨とダリアを庇うようにして前面にでる。機体の体勢を落として銃身を安定させると、狙撃用ライフルで敵集団を牽制し始めた
敵にはミサイルランチャー以外長距離に対応できる武器がないように見える。これは良い。先程からイチノセの機体よりチャフが撒かれているようで、ミサイルは通用すまい
御厨は安堵し、敵指揮官の失策に感謝した
ロボットになった男 第七話 「意思か命か、エゴか正道か」
ウィンドウの中で面食らっていた青年が、ハッと我に帰り大きい声で返事する
『お、俺はベネットのホレック少尉です!』
『チッ、礼儀のなってない小僧だ!撤退するぞ!補給社を急がせろ』
イチノセはアンジーに習うかのように射撃を始める。御厨の中のダリアも漸く意識が明瞭としたようで、放り出したブロックキャノンを拾い上げた
そこでふと、御厨は違和感を感じる。先程まであった物が、急に喪失した感じだ
ホレックを怒鳴りつけたイチノセが、焦ったように叫ぶ
『チャフが?馬鹿な、奴等、この距離からどうやって・・・・・・・・・・・・クソ。ダリア!ホレック!急げ!』
「了解!」
『り、了解!』
チャフ・・・・・そうか、チャフだ。御厨は焦った。何故か知らないが、チャフが無効化されている
それ即ち、ミサイルが機能を取り戻したと言う事だ
御厨はダリアの命令を振り切り、拾い上げたブロックキャノンを構えた
牽制を続けていたイチノセとアンジーが、焦ったように声を上げる
『ダリア?!何を!』
「え?そんな事言われても・・・え、え~っと」
『ダリィ!遊んでる場合じゃないんだぞ!』
そうは言われても、ダリアの意思じゃないのだから仕方がない。彼女にはどうしようもないのだ
ホレックは駆け出した体勢で機体を振り返らせている。ウィンドウに映る顔は汗に塗れ、焦燥と不可解に覆われていた
御厨はウィンドウに映るイチノセとアンジーの顔を確認する
両方共、この短い間で御厨が抱いたイメージと、少し離れた表情をしていた
アンジーは鋭い視線で、イチノセは必要以上の焦りで、それぞれダリアを見つめている
ダリアはガチガチと計器類を弄繰り回すが、御厨は反応を返さずに射撃プログラムの最適化を行う
モニターの映像が移行し、複雑な数式がいくつも現れた。当然、御厨には何一つとして解らない
だから、勘だ。プログラムに己を浸し、最も自然に感じるイメージの糸を見つけ出す
見つけて、手繰り寄せ、見つけて、手繰り寄せ、僅か四秒で電子音が鳴り響き、作業が終了した事を知らせた
(よく解らないけど!シューティングは結構得意だったんだよね!)
「何を・・・何をしようって言うの?」
ダリアは震える声で呟く。イチノセ達が、皆一様に不可解そうな顔をする
これ以上は不味い。御厨は交信情報処理を放り出し、通信をカットする
浮かんでいたウィンドウの群れが、見えない壁に潰されるかのように消えた。御厨は、本格的に集中した
(来るならこい)
多数の敵機がミサイルを発射する。距離は既に八百メートル程で、七を数えるそれがこちらに届くのに、それ程時間はかかるまい
御厨の体の中を流れる電気信号とオイルが、激しく燃えるような気がした
心を細く。視界は要らない。狭く、狭く、一点に
ここだ、と御厨はは感じた。気づけば、引き金を引いていた
一発。放たれた砲弾が、先頭を走りながらこちらにむかっていたミサイルを四散させる
「打ち落とした?!」
ダリアの驚愕の声が聞こえた。されど御厨の集中を解くには至らず、尚も砲弾は吐き出され続ける
二発。三発。四発。あれよあれよとミサイル達は炎を撒き散らしながら姿を消していく
五発。六発。まるで、アニメでも見ている気分だと、ダリアは思っただろう
そして、一部の乱れも無いまま最後のミサイルを打ち落とそうとして、撃鉄の降りきらない、中途半端な濁音と共に御厨は気づいた
(・・・・・・弾切れ)
そう思った瞬間、御厨は音速を超える勢いでブロックキャノンを放り投げていた
ミサイルの距離は既に三百の所まできており、尚も飛翔し続けている
ぶつけてやる。御厨は思った。だが近くなったとは言え距離は三百。狙いをつける以前に、届かせることがまず難しい
しかし、軽く五百kgを超えるであろうブロックキャノンは、見事に三百の距離を乗り越え、ミサイルを叩き落した
散々に散った炎と、キャノンの破片が、御厨の目に焼きついた
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ダリアは唖然としていた。当然と言えば当然か。ミサイルをライフルで叩き落すなんて、御厨も聞いた事がない。ダリアもそうだろう
御厨は一仕事終えて息を吐くと、閉じていた通信を再度開く
先ず飛び込んできたのは、ホレックの興奮した童顔だった
『スゲェ!スゲェスゲェスゲェ!凄いよあんた!あんな事が出来るなんて!』
「い、いや、今のは私じゃ・・・・・」
『始めて見た!見てみなよ奴等、唖然として足が止まってる!』
そう叫ぶホレックは、本当に少年のようだった。恐らく今、自分がどんな状況に居るのかも忘れているのだろう
本当に無邪気に、本当に純粋そうに言うホレックは、線の細い整った顔を赤く上気させていた
ホレックの横に、イチノセとアンジーのウィンドウが新しく作り直される
イチノセは流石に驚いたように沈黙し、アンジーは毎度ながら飄々と笑っていた
『やるねぇダリィ。ついつい見入っちまったぜ』
何と答えた物やら。それが解らなくて、ダリアは困惑しているようだ
彼女とて賛辞を受ければやぶさかではなかろうが、自分がやった事ではないのに、功績を讃えられても嬉しくはあるまい。しかし彼女は答える術を持たないのだ
何せ、メタルヒュームが勝手に動いてミサイルを叩き落しましたなんて、誰が信じるか
「は、はぁ・・・・・・・・」
その返事は、溜息にも似ていた。ここで御厨にとって可笑しかったのは、アンジー達に対する罪悪感より、自分に向けられる罪悪感の方が強く感じられたからだ
何と彼女の真正直な事か。こんな機械相手に、思い詰める事などしなくてよいのに
(ほんと・・・・・真直ぐな子だなア)
しかし、いつまでものんびりしている訳にはいかない
御厨が叩き落したのはミサイルで、決して敵メタルヒュームではないのだ
敵は、どこに射るのか解らない砲手も入れれば優に十六機。彼我戦力差は四対一だ
敵が足を止めてくれている今の内に撤退せねば。御厨はモニターに小さく警告灯をちらつかせる
ダリアは、イチノセ達のウィンドウ側からは確認できないそれを見て、漸く我に帰った
「そんな事よりイチノセ隊長!早く逃げましょう!」
『・・・!逃げると言うな、戦略的撤退と言え。よしお前等!速攻で逃げるぞ!』
(いや、あんたも逃げるって言ってるじゃないか)
イチノセの号令を聞き、ダリア達はホレックを先頭に機体を反転させる
逃げ・・・・じゃなくて、戦略的撤退を行うのだ。御厨も、今度はダリアの指令に従った
しかし御厨は、反転する視界の隅、朝焼けの白い大空に、何か飛翔する物体を見つける
そして思うのだ。僕たちは、逃げるのが遅かったと
何故だろうか。結局の所、力及ばずと言うのが一番近いのかも知れない
空を飛翔し、その赤熱した矮躯を轟音と共に主張していた質量弾は
物の見事に背中を向けていたイチノセの機体を、コックピットから貫いていた
死んだ。痛みを感じる暇すらなかったに違いない。完全な、即死だった
御厨のレンズからその光景をハッキリと見ていたダリアが、悲鳴を上げる
「い、イチノセ隊長おおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」
叫ぶ。ダリアが叫ぶ。御厨は思った。なんて悲痛な声なんだと
小さな体を震わせ、今にも喉が破れんばかりの声で、ダリアは叫んだ
爆発音が響き、御厨の巨躯が弾き飛ばされる。イチノセ機を貫いた質量弾が、この荒涼とした大地に突き立ったのだ。アンジーやホレックも同様に吹き飛ばされる
切り立った丘の側面に叩き付けられた。激しい衝撃と共に、御厨は左腕部の統制を失う。関節が逝ったか。着弾で巻き上がった土煙で、辺りが確認できない
しかしそんな中でも、ダリアの悲鳴は続いてた。御厨は、心が裂かれるような感覚に襲われた
『ハヤト!ハヤト!・・クソッ!ダリア!早く立て!次が来る前に逃げるぞ!』
『畜生!・・・・・俺は・・・・・・俺はまた何もできないで!』
通信から悔しげなアンジーの声と、泣きそうなホレックの声が聞こえてきた
だがダリアには聞こえていまい。彼女は漸く絶叫をとどめた物の、目は焦点が合わず、呼気は激しい
仕方なく、御厨はうまく動かないが体を起こす。やっと土煙が晴れたかと思えば、アンジーとホレックは既に機体を立ち上がらせていた
ホレックは、その端整な顔いっぱいに憤怒の表情を浮かべながらも冷静な判断力を失っておらぬようで、辛そうに、本当に辛そうに呼びかけて来る
『辛いだろうけど、早く逃げるんだ!奴等、直ぐ大挙して・・・・・・・・・!!』
次の瞬間、ホレックは何かに慌てたように、恐慌して叫んでいた
『皆伏せろ!ミサイルが来てる』
御厨は振り返る。ダリアはレバーこそ握っている物の、その力は弱々しく頼りにならない
ダリアがこうなった責任は自分にもあるのだ。彼の無力がイチノセを死なせた
そう思うのは傲慢だろうか。思ってダリアを守ろうとするのは、傲慢だろうか
振り返った途端、一発目のミサイルが着弾する。激しいプログラム負荷と共に、間接の壊れていた左腕が消失した事が解る
飽くまでも戦闘用で火力が小さいのが幸いしたのだろう。腕部一本とは行幸だ
御厨は、再度地面に叩き付けられながらそう思った
『ダリィ!』
ミサイルは御厨に着弾した物以外、全てすり抜けて行った。恐らくあれらの誘導装置はサーマルタイプの物で、質量弾の熱とミサイルの熱で馬鹿になったのだろう
運が良い。御厨はすぐさま立ち上がる
そこで漸く、まるで寒さに耐えるかのように震えるダリアが、意思を持って呟いた
「・・・・・・・逃げなきゃ・・・・・・」
呟いたのはその一言だけ。彼女の目は見開かれていて、小さな肩は震え、更に小さく見える
それで良い。這ってでも逃げるんだ
ダリアに意識が戻ればこちらの物だ。御厨の体は、よりスムーズな動きを取り戻す
しかし御厨を先頭に全員が走り出した矢先、再び質量弾が突き立った
場所は逃走方向の丘の傾斜。アンジーの罵声が聞こえて来る
『クソったれ!ダリィ!ホレックとやら!足を止めるなよ!』
ダリアは止まろうとしなかった。御厨はそれに応えた
ホバー移動はほぼ出来ない。先程のミサイルでイカレたようだ。現在御厨は、ダリアの主導によって二本の足で走っている。速度はタイプRと変わらない
御厨は上体を振り向かせて質量弾を確認した
新しい物が発射され、空を飛翔している。先程よりも随分と早い
御厨は足を止めた。あのまま走れば命中する。着弾予測地点の五メートル前で立ち止まり、体勢を低くする
刹那、何度目かの爆音が響き渡った。そしてそれに伴う衝撃と、熱風
体勢を低くしていたため、転倒する恐れはない
しかし御厨は、奇妙な浮遊感を感じ、下にレンズを向ける
そこでは質量弾の衝撃で、地面が崩れていく様が映し出されていた
(地盤沈下!?あれだけでか!!!!)
激しく罵った。この世の理不尽をだ。そうしながら、苦し紛れに手を伸ばす
空を切るだろうと御厨は予測していた。しかしその鋼鉄の手を握る者が居る。何時の間にか追いついていたホレックである
アンジーの機体は転倒し、何とか立ち上がろうとしているようだった
『無事か?!』
無事じゃないのはそっちだ。お前が掴んでいる物は、ゆうに千キロを超える物体だぞ
御厨は、声を発する事が出来たなら、そう叫んでいたに違いない
それは真実だ。御厨がそう思う内に、ダリアは錯乱した思考のままで、直感的に叫んだ
「離して!ホレック少尉まで落ちるわ!」
『そんな事言われても・・・離せる訳がないだろう!』
無駄な努力なのに。御厨が思った矢先、ホレック機が体勢を崩して倒れこみ、御厨と一緒に落下し始める
(だから止めろと言ったのに!)
時は既に遅すぎたのだ。そう、既に。何と言う理不尽。御厨は、この好青年まで道連れにしてしまうのかと嘆く。だが、手の打ちようがない
御厨は謝る。ホレックに、そしてダリアに。
白い朝の光に手を伸ばしながら、深く深く落下していった
『ダリィ!ホレぇぇック!!!!』
御厨の受難はまだまだ続く・・・・・・・・・だろう
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突然ですが・・・・・・・これの主人公はダリアです。
これは彼女の成長を描いたヒューマンドラマです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・御免なさい、嘘つきました。