システムは半覚醒だった
ゆらゆらと水の中を漂うような感覚で、思考がハッキリしない
人間は、過度の睡眠不足に陥ると、視界に入っていても物体を認識できない場合がある
似ていると言うなら、その感覚が一番近いだろう
レンズの端がひび割れて、大勢に影響はない物の、少々物を見るのに難儀する
(・・・・・・何で・・・・?)
何故、ひび割れなんて物ができているのか?何かあったのか?
(あぁ・・・・・・・落ちたんだっけ)
そうだ、落ちたんだ
視界の先で、クレーンと思しき錆びかけた鉄隗が首を回す
しかしその視覚情報も次から次へと失われていった。記憶する価値もないと言うのか
違う。システムが正常動作していないせいで記録出来ないのだ。これが御厨でなければ映像情報を記録して残しておく事ができたのかも知れないが、それは言っても詮無い事である
ただ、何時までもこの感覚に埋没していなければならないと考えると、酷く不快だった
無理自分を揺り起こそうとすると、俄かに視界がクリアになる
実際に何か変化があった訳ではないが、取りあえず風景を認識できるようになった、としておこう
だが御厨はまだまだ我慢ならなかった。思えば御厨は、映画館が嫌いだ
映画事態が嫌いではないが、あの雰囲気は嫌いだ。真っ暗な部屋の中で、反吐が出そうな位キッチリと同じ方向を向けて座らせられ、モザイクで騙された世界を見る
正に生ある者の地獄だ
御厨のバイト先の後輩はそんな彼を変だと言ったが、御厨は譲らなかった
(・・・・・・なんだ、そんなに変わらないじゃないか)
今更何を、と自らを笑う。何を言うのか。今の自分が一体何なのか、もう忘れてしまったのか
御厨は変わったのだ。機械の体に、中を流れるのはオイル。発汗する為の器官はなく、エアパッケージから熱気を吐き出して体温を調節する。味覚など考えるだけで可笑しい
そして、余程の時でなければ指一本動かせない。すべてダリア任せだ
似てないようだが結構似ているじゃないか。御厨は思った
電子音が鳴り、更に視界がクリアになる。システムが力を取り戻してきているのだ
大体修復度は80パーセントと言った所か。物を視界に捉え、認識するには十分だ
御厨のコックピットカメラには、浮かない顔で計器を操作しているダリアが写っていた
ロボットになった男 第八話 「後悔」
「・・・・・・・良かった、システム回復・・・・・・・。もう大丈夫ね・・・・・」
直ったんだな、と実感しながら、御厨はレンズをあちこちに向ける
ダリアには自分の事は解っているようだし、今更ズームレンズがどうのこうのと騒ぐ事もあるまい
開き直って辺りを調べると、御厨は自分が座らせられている事に気付いた
座っている場所は酷く古臭く、あちらこちらに埃がたまっている。余程深くにあるからだろうか。蜘蛛の巣などは見当たらない。見える位置に天上が無いほど高いのも原因だが
大昔のドッグか格納庫か、そんな雰囲気だ。しかし古臭い空気に比べ、辺りに設置されている機器類は嫌に新しい型に見えるのだ
ジェネガンに置いてあった機器類とも大差ない
御厨が壁に凭れるようにして座っている横には鉄のベッドが在り、そこに背部がはめ込まれる形になっている
これは御厨が稼動するのに主に必要なバッテリーとは別に、予備のエネルギーを充電する物だ。ジェネガン基地でも同じ物が使われた覚えがある
その下よりベッドに空いた穴からコードが延びており、近くの台車に乗せられたPCと繋がっていた
少しPCに進入してみれば解る。ボルト達が使っていた物よりも大分高性能だ
(・・・・・・・変だな。何だか古さと真新しさが同居してるみたいだ・・・・)
御厨は素直にそう思った。自分なりに的を射ていると思う台詞だ
ふとそこで、御厨は己の体に奇妙な物体が張り付いているのに気付く
べちゃ、と言う音を立てて、それが御厨から床へと伝った。かなり粘度が高く、液体の癖にゴムボール程の硬さを持っているようにも見える
硬過ぎるスライムとでも言った所か
スライムは御厨のほぼ全身、ありとあらゆる所に付着していた
ダリアの沈んだ声が聞こえてくる
「・・・・・・・・・生き残ったね・・・・あたしも、ホレック少尉も、・・・・シュトゥルムも」
背筋が震えるような悲痛な声だった。コックピットカメラでダリアを見やる
ヘルメットは既に外されており、何時ものように瑞々しい紅い髪が栄えた
ふと思った。水気があると思ったダリアの髪は、以外にふわりとしている
柔らかく浮き上がった紅い髪は酷く滑らかで、随分と可愛らしかった
(・・・・・・・止めよう。ただの逃避だ)
馬鹿な考えを止める。ダリアの伝えたい事は、髪なんぞの事ではあるまい
ダリアの伝えたい事はきっと、ダリアの考えている事はきっと
(・・・・・・・・イチノセ・・・・って大尉の事だろうなぁ・・・・・・・・・・)
きっとそうだ。イチノセの死に対して、ダリアは言い様もない責任を感じてる
彼の死は自分の責任だと。何故自分はむざむざと生き残ったのだと
正直御厨にはどうにも出来なかった。何せ喋れないのだから
喋れたとしても、言うべき言葉が見つかるまい。御厨自身イチノセの事を知ったばかりで、彼の死について思いを馳せる事も出来ないのだ
随分と非人間的な台詞かも知れないが、これが御厨の正直な感想だった
「あたしのせいだよね。命令無視して、勝手に突っ込んで」
ダリアは身じろぎ一つしなかった。システム復元直後からその体からは力が抜けきり、瞳は閉じられている
酷く儚げで、消えてしまいそうな姿に御厨は思わず寒気を覚えた。機械の体だと言うのに、だ
だが救いはある。彼女には力が溢れている
今は儚くとも、必ずダリアと言う形を取り戻す筈だ
それは御厨の希望であり妄想であったが、信じる他なかった
「たった二週間だったけど、色んな事教えてくれたんだ・・・・イチノセ隊長」
彼女の小さめな口だけが、唯一動きを持っていた
吐き出される言葉はか細く、例えるなら小雨の音にすら掻き消されてしまいそうな小ささだったが、御厨は決して聞き逃したりしない
これは彼女の懺悔か。二週間の間で、イチノセの存在は決して小さくなかったのだろう
ダリアの事は解り易い。きっと、太陽に向かって咲く向日葵のように真正直に心で、イチノセやアンジーの背中を追いかけていたに違いないのだ
容易に想像できる
ダリアは目を開く。その髪と対照的なブルーが、光なく存在していた
何を思うのか?まだ二十歳にもならぬ彼女は、何を思うのか?
後悔、自虐、絶望、諦念、懺悔。思う事は幾らでもある筈だ
何故こんな事になったのか
彼女が後悔する必要があるのか。自虐を念する必要があるのか。絶望に堕ちる必要があるのか。諦念に侵される必要があるのか。懺悔に浸る必要があるのか
罪は誰にある。その問いに、ダリアは自分だと答えた
「あたしが殺した。あたしが、殺した。敵も・・・・・・・・イチノセ隊長も!」
御厨のパッシブソナーに、最後の声は幼子の鳴き声にも聞こえた
母を捜す少女のように泣くそれは、どうしようもなく孤独で、悲しい
同じだ。ダリアも探している。イチノセの影と己の罪を
「教えて・・・・シュトゥルム。私はあの時どうすれば良かった?私の行動は正しかった?・・・・・・・それとも、ホレック少尉を見殺しにした方が良かったの?」
モニターの僅かな光が、一瞬ダリアの瞳で反射する
御厨は頭を殴られたような気がした
答えなどある訳がないではないか。あの時、イチノセが退くと言った時素直に撤退すれば、確かにイチノセは死ななかったかも知れない
だが補給車は別としてもホレックは死んだ筈だ。囮に降伏など許す筈がないからである
(迷うなよ)
迷うなよ。生死の境で、自分が決めた事ならば
答えなんてある筈もない。人間である以上、そんな物は見つけられない
御厨にはダリアの気持ちが解る。肯定して欲しいのだ。自分は、決して間違っていなかったのだと
どんなに身勝手だと解っていても、心が許さない。放って置かれれば壊れてしまう
(迷うな)
だから御厨は、肯定する事にした
戦場なんて今の今までしらなかったけど、涙を流す女の子を放っておける程腐ってはいない
軍人と言う面で見ればダリアが悪いのは解る。上官の命令を無視して、終いにはその上官を死なせて
銃殺刑物だ。イチノセの遺族も黙ってはいないだろう。だが、だから何なのだ
御厨の選択だ。今は機械の身でこそある物の、心は人だ
軍人では無く、人間としての選択で、御厨はダリアを肯定する
手を動かす。左手は失われたままで、動いたのは右腕だけだ
それでも自分の心を伝えるのに不都合はない。御厨はそのまま、己の腰部、コックピット辺りを抱きしめる
硬い鉄の奥に熱い人間の感触がある。わかる筈もないのだが御厨にはダリアが認識できる
そしてダリアは、それに気づいた
火がついたように声を上げ、涙を流し始めたダリアを、御厨は必死に見ない振りした
「おーい!ダリア少尉!タイプSの部品・・・・って」
そんな時、ドッグらしき部屋の奥から、一人の男が現れた、ホレックである
手入れなどしてそうにないが、陽気に飛び跳ねる頭髪が酷く印象的な、黒目黒髪の好青年だ。その平均的な体躯はしっかりと鍛えられていた
野暮な真似するなよ、と言う意味を込めて御厨はレンズをホレックに向ける
ホレックは勿論御厨の視線には気づかなかったが、ダリアの鳴き声には気づいた
ダリアの鳴き声に足を止めたホレックは肩を落とし、その場に立ち止まる
そうしてそのまま彼は、ずっとダリアが泣き止むのを待っていた・・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今回のこれは書き出したら止まらなかった恐怖の一品。
寧ろ何をかいてんのか私はって感じが無きにしも非ず。
しかし・・・私も一SS書きとして感想や批評が欲しかったりするのです。
無理矢理な小説とは承知していても
駄目駄目なSSなら駄目駄目なSSなりの批評が欲しかったりするのです。