何度も言う様だが、御厨は元来思い込みが激しい
そしてそれは美徳ではなく、また悪徳でもないと前に話した
思えば御厨は、昔から空回りする事が多かった
友人に頼まれ事をされれば首を横に振れず、母の誕生日プレゼントとどうしても欲しいCDを見比べてはプレゼントを優先し、泣いている子供を放って置く事ができない
決して頭の良い男ではなかったが、人より少し優しい、どこにでも居るような男だった
御厨はレンズでダリアを追う。時々、ホレックも追う
ダリア達は今、埃被っていたクレーンを叩き起こし、御厨の腕の運搬作業をさせていた
(・・・・・ん、何だか、まるでクレーンが生きてるみたいな言い方だな)
そんな事を考えた。思えばこの体になってもう4~5日経とうとしている
機械に親近感を覚えても可笑しくはないかも知れない。果てしなく、人を止めているという証でもあったが
ホレックが極めて精密な動作で腕を運び、失われたままの御厨の左肩と合致させる
そのクレーン捌きに乱れは全くと言って良いほどなく、正に職人芸と呼べる物だった。案外整備士の方が向いているのかも知れないと御厨は思った
ホレックの横ではダリアがクレーンに寄りかかり、心配そうに御厨を見上げていた
御厨・・・・と言うよりシュトゥルムは、座らせてもそれなりに大きい。基本的に足の方が長い造りだが、それでも座高は3.5メートル程ある
自然と、ダリアは見上げる形になる訳だ
「よし!完璧だ!」
ホレックの無邪気な声が聞こえて、左腕が取り付けられた事が解った
御厨は精密機器と言うだけあり、それなりに細かい造りになっている
各パーツは大まかに腕部、脚部、腰部であり、頭部は胸部と一体化している為、システム中枢と言う事も合わせて中々取替えが効き難い
非常時のエスケープはコックピットのある腰部箇所のみで作動する仕組みで、他の部位に負担を掛けないよう心がけている
兎にも角にも、御厨はこれで完全な動きを取り戻す事になる
御厨のシステムは、各部位を統合監視している。異常がある場合は、即刻知る事が出来る理屈だ
勿論御厨のデータは、『左腕部大破』となっているが、これはあまり好ましくない。いや、好ましくないのは当然だが、問題は単純な物では収まらないのだ
御厨のシステムは各部位を統合監視。しかしそのシステムは同時に、各部位が『在る』事を前提に機能している
部位の欠損とは、それだけでシステムに過負荷を与える訳だ
その過負荷を処理するのは、御厨は別として基本的に工兵達である。類敏に出撃し、部位の欠損など珍しくないのが兵器なのだから、正に工兵泣かせのシステムと言えた
ガチン、と小気味良い音がして、完全にシステムが合致する
うん、いい感じ、と御厨が思っていると、奇妙な違和感が湧き上がった
(あ?これ、・・・・タイプRのじゃないか)
付けられた腕は、シュトゥルムタイプの腕に比べて、一回り以上も大きかった
駆動機関を調べれば明らかに応急処置と解る痕跡がそこかしこにある。タイプRのパーツを無理矢理改造して、シュトゥルムタイプ用に仕立て上げた感じだ
直ぐに理解できた。これをしたのはホレックだろう
恐らく彼のタイプRは大破したに違いない。無事だったパーツで、御厨を補ったと言う事か
当初は、かなりの距離を落下しただろうに、何故無事だったのかと言う疑問が無きにしも非ずだった。が、それは直ぐに理解できた
今も尚御厨の体に引っ付きまくっているスライムである。先程、緩衝材として用意されたこのスライムの池がある事を知った。幸運にも、御厨達はそこに落ちたのだろう
それが無ければ今ごろ皆お陀仏か。御厨は薄ら寒くなった
視界の先でダリアがホレックに微笑みかけている。ホレックが顔を赤くして手をひらひらさせた
ダリアはやはり気丈だった
陰りは未だ彼女の笑顔に巣くうが、それでも泣いているよりずっとマシだ。ダリアが目を真っ赤に泣き腫らしたのも、強ち無駄では無かった
ホレックの気質も悪くない。優しいお人よしだ。少々御厨に似通う部分もある
ただ、その端正な顔立ちからは想像もつかないほど、熱血系ではあったが
ふとレンズからダリアが消えていて、御厨は慌てて彼女を探す
気づけばダリアは、既に御厨の伸ばされた膝に飛び乗っていた。相変わらず素早い
そして一度、愛しむかのように御厨に寄りかかると、コックピットに滑り込んだ
「よかった・・・・・・・。よし、それじゃ脱出経路を探そう!」
一つ呟くと、ヘルメットを被る
元気な奴、と溜息する。御厨が知る限り、ダリアは御厨に付きっ切りで、少しも休んでいない。まぁそれはホレックも同じではあるが
或いは、じっとしていたくないだけか・・・・・・
詮無い事だ。彼女は元気で、笑っている。これ以上何を望もうか
視界の先でホレックがジープに乗り換えるのを見ながら、御厨はダリアからの指令通りに体を起こした・・・・・
ロボットになった男 第九話 「朽ちても尚」
御厨達は、埃の多い広大な面積を踏破し、この地下中枢部の一歩手前まで来ていた
この地下・・・・恐らくは何かの基地だろう。天井は高く、通路の横幅は広く、明らかにメタルヒュームの運用を前提に設計されている
今まで歩いてきた場所は見た事のない物が多く、非常に御厨の興味を刺激したが、流石にそうもごねていられない
どこか残念な物を感じつつ御厨達が歩を進めると、そこには無常にも巨大な壁が立ち塞がっていた。その左右には、更に通路が続いている
「・・・・シャッターが降りてるな」
ジープから身を乗り出したホレックが唖然と呟く。彼は軽い身のこなしでジープから降りると、早足でシャッターに近づいていった
どうやら目指しているのはシャッターの横にある小型のモニター
そのモニターは、所々画面が焼けて映らなくなっているというのに、しぶとく光を放っていた
御厨の外部スピーカーを使って、ダリアが呼びかける
『どう?ホレック少尉』
「う~ん・・・・・ここの防衛システムか?・・・・・・・・特に異常はないみたいなんだけど・・・・」
ダリアからの指令が飛んできて、御厨は何気なく、平然とコックピットを開く
腰部搭乗箇所がせり出し、その隙間からダリアが顔を覗かせた
ホレックに一言声をかけると、直ぐにそこから飛び出す。御厨はそれに合わせて、コックピットを閉じた
ダリアがホレックに走り寄る
「何か問題でも?」
「ここはどうやら、元リガーデン側の地下施設みたいだ。プログラムの講習は散々受けたから。・・・・・・・・・ただ・・・・・・・」
「ただ?」
ホレックは顎に手を当て、考える仕草をしながらダリアを振り返る
「ここの人間は、IDカードか何かを使ってたみたいだ。証明書の類だね。それがない俺達は、今ここではただの侵入者って訳さ」
酷く冷静に、ホレックはそう考察してみせた
如何せんただの熱血男かと思いきや、中々に有能である。人は見かけに寄らないとは、本当の事だったらしい。いや、見かけではなく性格か
御厨が、背後に蠢く何かを感じたのは、丁度その時だった
御厨とほぼ同時にホレックも気付き、驚愕の声を上げた
「ダリア少尉!後ろ!」
最初の一撃を受けたのは御厨だった
パラパラと軽い音がしたかと思えば、背部に決して少なくない衝撃
御厨は派手に吹き飛ばされてもんどりうち、後ろに振り返るような形で襲撃者の姿を捉えた
そこに居たのは、らんらんと赤いモノアイを光らせる、五十はくだらない数の、蜘蛛のような体を持った大量の機動兵器だった
(こんなに沢山!いつの間に!?)
それ程大きくはない。長さは無駄にあるが、高さはダリアの半分くらいだ。背中には不釣合いな位の大きさのガトリング砲が取り付けられている
視界の端で、ダリアがホレックを引っ張りながら走ってくるのが見えた
御厨はそれを見てコックピットを開く。四肢は動かなくともこれくらいは出来る。一秒くらいの短縮にはなるだろう
ダリア達が御厨に乗り込もうとしたその時、それは大量の弾丸によって遮られた
軽い音が響いたかと思えばダリアの三歩先の床が抉られ、穴だらけになっていた
「きゃぁ!あ、あぶな!」
御厨は心中で舌打ちして、大量の蜘蛛型の背中に取り付けられた、大型のガトリング砲を見る
今は同士討ちの可能性を考慮してか一機しか発砲してこなかったが、一斉射撃を受ければダリア達は即お陀仏だ。流石に洒落にならない
そう考える内に、先程と同一の機体がガトリング砲を旋回させ、ダリア達を射角におさめる
それを見たホレックはダリアの手を振り払うと、そのまま彼女を抱きかかえ、吹っ飛ぶように転がった
一瞬後、ダリアとホレックの居た位置が弾痕が穿たれる
「!・・・・・・・・クッソォ!好き勝手やらせるか!」
恐らくは、この基地の対人防衛兵器か。先程のガトリング砲にメタルヒュームの御厨を破壊しきる程の力はなかった。しかし人間は別だ。簡単に粉微塵にされてしまうだろう
予想するが、御厨には誰何の声を掛ける能力がない
力なく、ジープへと走るダリアとホレックを見守るしかなかった
「な、何でこんな凶悪なのが居るの!」
ダリアが体勢を低くし、飛び込み前転で敵弾を避けた。今のは御厨からしても避けられたのが不思議な程で、恐らく本能に近い部分が反応したんだと無意味に思う
ダリアより先にジープに取り付いたホレックは、天井部に手をかけると、オリンピックの体操金メダリストも真っ青な動きで飛び上がった
そのままジープの上に被せてあったグリーンシートを取り払う
現れたのは、黒く凶悪に光る、大型のマシンガンだった
銃器を持ったホレックを「危険」と認識したのか、前列の蜘蛛型兵器がガトリング砲を回転させる。後方に控える蜘蛛は、未だ動きを見せていない
しかしホレックの射撃は早かった。マシンガンはガトリングのそれと比べて、溜めを必要としない
敵に見せる体の面積を、座り込む事で出来るだけ小さくしたホレックは、それを撃ち放った
蜘蛛型の大多数に弾痕が刻まれ、前列の蜘蛛型が弾き飛ばされる。流石に古臭そうな蜘蛛型の武装とは性能が違う
だが八機九機破壊した所で焼け石に水だ。後方にはまだまだ控えているし、何より溜めの終了したガトリングは脅威だ
ホレックは焦ったように舌打ちする
漸くジープに辿り着いたダリアを抱え上げ、迷わず遁走を開始した。だが遅い。敵の銃口は、既にホレックを捉えている
(遅い!?間に合わない!?)
前列の蜘蛛型が構えた十機近くのガトリング。それが、今にも火を吹こうとしていた
(冗談じゃないぞ!そんなの、同じ事の繰り返しじゃないか!)
御厨の焦りに包まれていた心が、一瞬で沸騰した
このままでは繰り返しだ。状況は違えども同じである。ダリアを、ホレックを、二人を死なせる訳には行かない!御厨はそう思う。いや、願う
気づけば御厨は、ダリアを庇うようにして床に伏せたホレックの前に踊り出ていた
「!?馬鹿な、パイロットがいないのに!」
ホレックの声が聞こえた。随分と驚いている。まぁ、当然か
だが構っている暇はない。背後を庇う様に両手を広げ、何千と言う数の弾丸を受け止める
それは表面を貪り、御厨を酷く見苦しくしたが、装甲を抜くには至らなかった
(動けるぞ!動ける!)
動ければ問題ない。敵はただの対人兵器であり、戦闘特化とは言えないにしてもメタルヒュームである御厨の敵ではない
御厨は僅か75cm程度の高さしかない蜘蛛型を、サッカーボールのように蹴り飛ばし捲った
「シュトゥルム!」
(今回ばかりは、そこで大人しく見ててくれよ)
こんな奴等、ダリアの手を借りるまでもない。一種傲慢とも取れる言い方だが、真実だ
そうして前列の獲物を平らげ、後方でガトリングを撃ち放とうとする蜘蛛型を視界におさめた時である
御厨は、周りに居る蜘蛛達とは全く違う、超重量級の足音を聞いた
それはズシン、ズシン、と巨人のような音である癖に、嫌に忙しい
予想するに多脚型機動兵器の足音だ。多脚型と言えば、周りの蜘蛛型は多脚だな。御厨はほぼ現実逃避でそんな事を考える
次の瞬間、御厨は砲撃を真正面から食らって吹き飛ばされていた
(うおわ!)
御厨はダリアとホレックの頭上を越え、シャッターへと叩きつけられた
各部に以上はないが、胸部装甲の損壊が激しい。これは応急処置でどうにかなるレベルではない
油断した。完全なミス。御厨は己を恥じ、敵を見る
それは御厨の約1.5倍程の高さを持つ、巨大な蜘蛛型だった
その質量のなんと圧倒的な事か。その重量のなんと圧倒的な事か
先程まで御厨が蹂躙していた小型の蜘蛛達など、まるで相手にならない巨大さだ
その背中にはガトリングでは無く、凶悪なまでの存在感を誇るキャノンが取り付けられている
御厨は敵武装が古い物であった事を神に感謝した
もしあれが旧型でなければ、今ごろ御厨は大破している。その点で言えば、御厨は僥倖だった
「シュトゥルム!・・・・・・・・ホレック少尉、急いで!」
「あ~!訳が解らない!タイプSは勝手に動くし!変なのには襲われるし!」
「後で説明するから!」
ギャーギャーと喚きながら走ってくるダリアとホレックが見える
御厨は心の中で謝りつつ、再びコックピットを開いた。こんな時は、コックピットが腰部についていて良かったと思う
直ぐに二人は御厨に取り付き、まずダリアが先に乗り込んだ
続いてホレックが乗り込もうとするが、御厨は「ガコン」と何かが落下するような音を聞く
発生源は・・・・・あの巨大な蜘蛛型だった
(!・・この音、次弾が装填されたのか!)
御厨はホレックが完全に乗り込むのを待たず、急激な挙動を行う
ホレックがそれに振り回され、コックピットないでしこたま頭をぶつけた
心の中でやはり謝るが、今はそれどころの騒ぎではない
御厨はコックピットを強引に閉めると、ダリアの操縦を待たずに駆け出した。前へだ
そしてジープに密着すると、抱えあげるようにしてそれを持ち上げる
御厨・・・・タイプSは、それ程トルクがない。コンセプトを考えれば至極当然だが、今はそれが憎らしい
しかし御厨は力を振り絞り、ジープを放り投げた。狙いは、敵機の眼前
轟音が響いて、御厨を狙ったであろう敵弾は、ジープと共に火の塊となった
ジープを盾にした訳だが、正直御厨も上手く行くかどうかは解らなかった。いちかばちか、と言う奴である
小型の蜘蛛達は御厨の様子を伺っているのか、攻撃してはこない
そこでやっと落ち着いて、御厨はダリアがレバーを握っている事に気づいた
自分一人の仕事はここまでだ。後は、ダリアと協力して事に当たれば良い
御厨は、ダリアの指令に従って反転した
コックピットの中で、計器類を操作するダリアが、涙目で頭を抑えているホレックに質問する。その声は焦りの為か、無意味に大音量だった
「ホレック!奴等一体何なの!?」
「いちちち・・・・・・・・・知らない!多分ここの防衛兵器だろ!?ID持ってない俺達は、奴等にとって侵入者なんだ!」
既にダリアは、ホレックに少尉をつけていなかった。余裕がないのか、遠慮がなくなったのか
兎に角、今はそんな事を言っている場合でもあるまいと、御厨は走る
どうやら腕は修理できても、脚部及び背部のバーニアまでは修理できなかったらしい
こればかりは仕方なかった
「他に中枢部への入り口は!?」
「入り口は合計で七ヶ所ある!一番近いのはそこの通路を右に。道なりに一直線に進んでいけば、三百メートル先にはある筈だ!」
ダリアはホレックを振り返ると、訝しげな視線を向ける
「ホレック、なんでそんなに詳しいの!」
「さっき見取り図を見たんだ!ここはハッキング対策が取られてなかったから、簡単に見れた!」
(そんな事言ってる場合じゃないだろう!?)
御厨の受難は、まだまだ壮絶な物になるだろう・・・・・・多分
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約二時間で書き上げた代物。やはり恐怖の一品。
一応三度程誰何を繰り返しましたが、それでも不安な一品です。
そして私は、これからが一番大変な時間と言う三段構え
・・・・・・そう考えると、今の内に一本上げる事が出来たのは、良かったと取るべきかしら?
皆様方に楽しんで頂ければ、真幸いです。