御厨は駆けて、駆けて、駆けて、駆けた
多大なダメージを受けたまま整備すらしていない間接が悲鳴を上げる
しかしそれも含めて、諸々の問題を全て無視する。そんな事に意識を割く余裕はないのだ
(だぁぁ!一体何機居るんだ!)
心中で叫びながら、皆目検討がつかない材質の床を蹴る
御厨とその中に居るダリアにホレック。彼等の頭を悩ませるのは、蜘蛛を模した醜悪な機動兵器だった
今も居る。一本の通路から、右外側に向けていくつもの新しい道が走る形の通路
当面は、弓がしなるような感じに曲がっている通路の先に三体。御厨の背後からはガシャガシャと幾つもの足音が聞こえてきている
「こいつら基地中に配備されてるのか!クソッ!考えたら当然だった!」
先程遭遇した大蜘蛛から逃げ出したは良い物の、行く先行く先でこの小蜘蛛が現れた
しかも基地内の損害を考えずやたらめったらガトリングを撃ち放してくるのだから始末に終えない
防衛プログラムは既に、長い間放置された事によって正常に働いていないと見える
ホレックの声を聞きながら、ダリアはコックピット内で更にレバーを強く握った
それに合わせて御厨が加速し、真正面に居た小蜘蛛に肉薄。現地改修によってタイプRの物と化した左腕で豪快に殴りつける
御厨の機械のレンズは、小蜘蛛のレンズが砕け、その体がひしゃげていく様を克明に捉えた
油断はしない。素早くレンズを残りの二体に向ける。敵機はガトリングの逆回転を終えたようだ
コックピットでダリアがキーを叩く。御厨は残りの二体を狙わず、その横を駆け抜けた
御厨の通った道を追う様に弾痕が刻まれるが、御厨自身には当たらない。ダリアと御厨は、見事に小蜘蛛の裏をかいた
シュトゥルムとは偵察、支援用の機体とは言えメタルヒューム
今はバーニアこそ使えないが、こんな整備不良のポンコツ蜘蛛なんかに劣る道理はない
大体サイズ自体が違う。御厨が当面脅威と見るのは、あの手痛い一撃を食らわせてきた大蜘蛛だけだった
右手側の分岐路から飛び出してきた蜘蛛を、容赦なく叩き落し、尚走る
もう大体三百メートルは走った。ホレックの話が本当ならば、中枢部へ通じるゲートが見えてくる筈だ
そして問題のそれは、至極当然そうに現れた。ダリアとホレックの声が綺麗に繋がった
「あったぞ!」
「中枢部へのゲート!」
弓なりにしなる視界の先に、先程のシャッターが降りていた場所と良く似た造りの通路がある
しかし先程と違うのは、そこにシャッターが降りていない事だ
御厨にはその場所が、まるでフルマラソンのゴール地点のようにも思えた
ホレックが安堵したように大きな溜息をつく。気持ちは解らん事もない
追われる恐怖とは存外に強い物だ。コックピットカメラから確認できるダリアの手は、興奮からか小さく震えていた
御厨は振っていた足を無理矢理上げると、床に叩き付けてブレーキ代わりにする
巨躯が一度大きく跳ね、そこから完全に慣性を消して中枢部への通路前に降り立った。御厨・・・・と言うより重量のないタイプSだからこそできる芸当だ
そしてそのまま中枢部に足を踏み入れようとした時、御厨は重い、重い、足音を聞いた
次の瞬間、御厨はダリアの指令を待たずにサイドステップを掛ける
御厨の立っていた位置が無残に貪られたのは、それの僅かコンマ一秒後だった
上半身を振り返らせ、レンズの中にそれを行った巨体を捉える。・・・・あの大蜘蛛だ
「嘘!あれも量産されてる訳!?」
ダリアの悲鳴を聞いたホレックが、モニターに齧り付きながらこちらも叫んだ
「そんな馬鹿な・・・・量産してコストを抑えられるようなサイズじゃない!」
「モニターが見えない!ホレック退いて!」
ホレックが押し退けられる。その間にも、大蜘蛛はガシン、ガシンと歩を進めていた
どうする。中枢部へ到達しても追撃を振り切る自身はない。戦うか?
御厨は逡巡して、すぐさま首を振った。冗談じゃない、あんな化物と戦えるものか
大蜘蛛はあの巨大さに加えキャノンを装備している
こちらは万進創痍で、マシンガンの一つすらない
懐に潜り込めばどうにか出来ない事もないが、高速機動の行えない御厨の白兵戦能力など、本当にたかが知れているのだ
高速機動を求められた為に削られた装甲で、あの大蜘蛛の打撃を受けたらどうなるか、想像もしたくなかった
(ブロックキャノンの一つもあれば、あんな奴!)
そんな事を思っても意味がない。何より、無い物ねだりで時間を浪費する訳にはいかない
心持不安げな顔のダリアが、ホレックに尋ねた
「このまま中枢に行って・・・・・それで、助かるの?」
「・・・・ある。地上に通じる出口はこの先を越えた場所にあるんだ。それにもしかしたら、メインコンピューターを操作してあの蜘蛛達を止められるかも知れない」
紙同然のファイヤーウォールしかないからね。と、ホレックが続ける
御厨はじっと大蜘蛛を睨み付けた。敵機はこちらが動かないのを良い事にキャノンで勝負をつけるつもりなのか、僅かな挙動すら見せない
しかし眼前の敵が動きを見せなくとも、先程から御厨達を追ってきている足音はある
初めから、選択肢など存在していなかった
ダリアはキーを叩く。関節が熱を放ちながら駆動して、体勢を入れ替えた
逃げの一手。それだけだ
ついで、全てに置いて言える事だが、有効な一手を打つには敵の隙を狙わなければならない
暫し硬直し、静寂が高まる空間に、ガコン、と言う何かの落下音が響く
(来る!)
御厨はその場で空中に体を放り出すと、足を振った
慣性の力で下半身が持ち上がり、上半身が引きずり倒される。そして見た
己の目の前を、赤熱化した砲弾が通り過ぎていくのを
そこまで確認して、御厨は床に手を叩き付け、身を捻って一気に立ち上がった
「メタルヒュームでこんな機動ができるかぁぁぁぁ!!!」
不安定な体勢のため、やはりコックピット内のあちらこちらに頭をぶつけながら、ホレックが叫んだ
至近距離から放たれた敵弾を、御厨は物の見事に回避してみせた
華麗な回避だったと自分でも解る。神業的な物であったと自分でも理解できる。そしてその事実が、御厨とダリアの精神を昂揚させる
「シュトゥルム!」
(ぃよおし!!)
御厨はほぼ一瞬で身を反転させ、駆け出した
敵はキャノンの反動で動けまい。回復には、数秒の時間を必要とする筈だ
それは僅か数秒だが、戦闘の趨勢などその僅か数秒で決まる
御厨の視界の先で、敵弾が床に落下し、激しく火花を散らしながら消滅する
その場に残る熱量も気にせず、御厨は再び駆け出した
――――――――――――――――――――――――――――
中枢部には、一分と掛からず到達できた
そこは先程までとは違い、広大な空間に大量の機器や訳の解らないコードが何千と設置され、一種異様な雰囲気を醸し出している
高い天井に設置されたライトは既にその役目を果たしていない
そこは中枢部であるにもかかわらず、酷く陰鬱だった
御厨は一分の見逃しも無くメインコンピューターを探す。メインと言われる位だから、その威容は巨大な物になるだろう
大量の情報を処理するのなら、物理的にも大量の配線、回路、記録媒体が必要になる筈だ
でかい奴、でかい奴、と心中で呟きながら、御厨はとうとうそれを見つけた
「ダリア、あれじゃないか?」
ホレックがモニターの中に映るそれを指差す
それは、大量のPC端末を円形に組んだ中にある、巨大なモニターだった
確かにあれだけが周りに比べ異色を放っており、あからさまに怪しい
御厨迷わず、そのPC端末の集合体に歩み寄った
システムを操作して、コックピットを開放させる
腰部がせり出し、中からホレックが顔を出した。そのまま反動をつけて飛び上がると、ホレックは約四メートルの高さを楽々着地した
メインコンピューターと思しき物、その威容に圧倒されながら、ゆっくり歩み寄る
ホレックは恐る恐るPCの一つを起動させると、そのまま画面に見入った
「どう?それで当たり?」
ダリアがコックピットの中から声をかける。流石に降りたりはしない
あの忌々しい蜘蛛達は、すぐに追いついてくるだろう。ダリアと御厨は、咄嗟の事態に備えなければならないのだ。油断は決してできない
ホレックはキーボードを叩きながら、返事を返した
「あぁ・・・・・・どんぴしゃ!かなりの年代物だけど、壊れてないよ!ファイヤーウォールも大したことない!」
そう言いながらホレックは、嬉々とした表情でPCを弄り始めた
PC画面の中を、凄まじい速度で文字がスクロールしていくのが、ここからでもよく解った
何と言うか・・・・多芸な奴だ。ああ言う男を天才と言うのだろうか
ダリアも御厨と似たような胸中なのか、感心したように呟いた
「凄いなぁ・・・・。あたしもAIプログラムの構築とかなら得意なんだけど・・・・・・」
そう言いながらも、ダリアは御厨を後ろに振り向かせた。コックピットは閉じない。何かあった時、速やかにホレックを収容するためである
警戒する場所は、先程自分達が通ってきた通路だ
今はまだあの蜘蛛達の足音は聞こえないが、やはり油断はできない
何にせよ、確実に来るであろう敵を警戒すると言うのは、思ったより気を張る物だ
ぶんぶんと頭を振るダリアから汗が飛び、その仕草がまるで子犬のようで、御厨は思わず笑ってしまう
ダリアは己の疲労を誤魔化すようにして、大きく息を吸い込む
ふと、何か思い立ったように顔を上げ、口を真一文字に結んで首を傾げた
そして何事か話そうとして、思いとどまったように口を噤み、話そうとして、口を噤み、それを数回繰り返して、漸くダリアは声を発した
「ねぇ、シュトゥルム・・・・・・・・・・・・・。シュトゥルムってさ、やっぱり自分の・・・・なんて言うのかな?意思とか、考えとか、・・・・あるの?」
余りにも意図していなかったその発言に、御厨は苦笑した
成る程、迷う訳だ。ダリアもやはり心の中にどこか信じきれていない部分があるのだろう。御厨が居ると言う事。いや、彼女にしてみれば、シュトゥルムに意思があると言う事を、か
ダリアを自分に置き換えてみたら、やはり疑うだろう。終いには自分の頭を心配する筈だ
しかし、こうやって話し掛ける事のできるダリアの素直な面は、見習わなければならないな。御厨はそう思った
そこまで思い至って、御厨は更に思案する。どうした物か、と
ダリアがどれほど自分に呼びかけてきても、御厨には応えを返してやる術がない
だがそれではあんまりだ。自分も悲しいし、自惚れでなければダリアも悲しむ
御厨は居るかどうかも解らない神様を呪った。ついでに、激しく落ち込んだ
(・・・・・ごめん・・・・・)
御厨は己の不甲斐無さを謝る。今の今まで意志の疎通が取れない事に不便さを感じなかったのに、いざ意識してしまうと本当に歯痒い
御厨の思いをしる由もないダリアは、些か落胆したように息を吐いた
「何言ってるの、私の馬鹿・・・・・・・・・・・。助けてくれたんだから、信じないでどうするの」
小さく、本当に小さくそう漏らすと、ダリアはモニターに突っ伏す
心が痛い、ああ痛い。こんな事を言われてしまうと、御厨は更に罪悪感に苛まれる
カメラの先でダリアは、突っ伏したままホレックを呼んだ
「ホレック。まだかかりそう?」
「いや、もう直ぐ終るよ!これであいつら、永遠におねんねさ!」
ダリアの心中など知らぬホレックは、あくまでも陽気に告げる
不思議な声だ。何となく安心してしまうような感じがして、御厨はボルトを思い浮かべる
あの男も、ホレックとは別の意味で他人を安心させてしまう男だ。御厨はボルトとホレックに、少々の憧れを抱いた
(って、ボルトさんはともかくホレックは年下じゃないか!何言ってるの僕は!)
御厨は意外に年功序列に厳しい人間だった。今の己への叱咤には、ホレックを蔑むと言うより、人間的にホレックに劣る己を恥じている感の方が強い
つくづく良い事がないな。御厨は、未だ警戒を続けながらそう感じた
そんな時、激しい轟音が中枢部を揺るがす
それは極めて強烈な衝撃であり、とてもただごとでは有り得ない
御厨は思わず通路の先を睨み付ける。モニターに突っ伏していたダリアは飛び上がる程驚き、わたわたとレバーを握った
しかし、御厨達の通ってきた通路に以上はない。寧ろ平静その物だ
じゃあ、今のは何だ?その答えが現れるのは、御厨の背後からだった
「う、うわぁぁぁ!?!?」
「ホレック!?」
突然のホレックの悲鳴に、ダリアは急激に御厨を反転させる
まず視界に入ったのは中枢部の壁だ。他と比べて頑強な筈のそこは無残に貫かれ、大穴が開いている
大穴を開け、そこから這い出そうとしているのは、何を隠そうあの大蜘蛛だった
「ホレック逃げてぇ!」
尻餅をついていたホレックがダリアの声で正気に戻る
しかし彼は、逃げ出すどころか座り込んだまま更に猛烈にキーボードを叩き始めた
(ば、馬鹿!何考えてるんだ)
御厨は駆け出す。また間接に無用な負荷が掛かったが、そんな物よりもホレックの事の方が重要だ
だが、足りない。時間が足りない。完全に不意を突かれた。間に合わない
気分は灰色だ。気のせいか、視界すらその色に染まって、胃も食道もないのに猛烈な嘔吐感が込み上げる
敵の方が早い。このままではホレックが死ぬ。駄目だ、それだけは。御厨は力を振り絞る
だが御厨の努力も空しく、大蜘蛛はその巨大な足を振り上げた
あんな物を叩き付けられたら、人間が生きていられる筈などない。トマトケチャップを散らして、肉片へと変わるだけだ
「ホレェェェェェェック!!!!」
ダリアの壮絶な悲鳴が聞こえた
(動け、動け、動け、僕の足!動け!)
死ぬのか。彼は死ぬのか。イチノセのように、彼のように呆気なく
そして、大蜘蛛の振り上げられた足はホレックに向かって
――叩き付けられる事はなかった
「・・・・・・・・・・・へ?」
御厨の視界の中で、ホレックが腰砕けにでもなったかのように仰向けに倒れこむ
大蜘蛛は動かない。しばらく静止し、耳障りな電子音を約十秒間発した後、力なく倒れた
ホレックが御厨に、いや、正確には御厨の中のダリアに向かって、ガッツポーズを取ってみせる
「へへ!・・・・・・・・・・・下手には下手なりの戦い方があるんだ!」
あぁ、生きている。死んではいない。呼吸し、発汗し、物を考え、話している
ホレックの生存を確認したダリアは、堪え切れなくなり、火がついたように泣き始めた
思うのは何か。ダリアは、ホレックとイチノセを重ねでもしたか
それは辛いな。御厨は、挙動を止めながら唖然と考える
目頭を抑えるダリアは、本日二回目の大泣きだった
「う・・・う・・・・わぁぁぁぁん!!!」
「んえ?だ、ダリア?おい、泣くなよ」
何が泣くなだこの馬鹿野郎。地獄に落ちろペテン師が
落ち着いてくれば、沸々と湧き上がって来る物がある筈だ
純粋な怒りである。成功するかどうか解らん無茶をしやがって、何より、ダリア泣かせやがって
御厨は余りの怒りに体の操作系統をダリアから奪い取り、近くに転がっていたバレーボール程の鉄隗を指で挟み、持ち上げる
そしてそれを、容赦なくホレックに向かって投げつけた
(お前みてぇなクソガキは初めてだ阿呆が!)
「おわぁ!ダリア!ば、馬鹿!死んじゃうだろ!?」
御厨の受難は、更に更に続く・・・・・・・・
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諸事情により、次回更新は恐らく五日後。
もし見ている人が居るのなら御免なさい。
作者は不甲斐無さ溢れる人間なのです。