その日起きた時間は余裕で遅刻になる時間だった。再びベットの上に横になるオレ。
サボろうかと思ったが前の日、さくらさんにこってり絞られたばっかりだった。
そして昨日の事を思い出す。あの日は帰ってきたら珍しくさくらさんがいたんだっけなぁ。
「義之くん・・・二日連続さぼったでしょ」
「お言葉ですが俺は低血圧持ちなんです。今日だって病院に行ったんですが、待ち時間が6時間で
さっき帰ってきた所でまだフラフラするんです。」
「すいませんでしたは?」
「すいません」
そう言って謝った俺に対してさくらさんはため息をついた。
「はぁー・・・なんで義之くんはこんな不良さんになっちゃったのかなぁ。この前の喧嘩だって色々処理大変だったんだよぉ」
「いや、それに関してはオレは無実っすよ。いきなりあっちから肩がぶつかっただの変な言いがかり付けられて・・・」
「そして病院送りと・・・」
「ええ」
そしてさくらさんはうにゅ~と言いながら頭を抱えた。そしてオレはその時の事を思い出した。
その日俺はいつも通りに学校の帰り道を散策していたらいきなりすれ違ってぶつかった奴に喧嘩を売られた。
いかにもガラ悪そうな奴だった。
後で聞いた話だと上級生であることが分かった。多分近くにパチスロ屋があったからスッてしまってイライラしてたんだと思う。
すれ違ってぶつかったと言ってもたいした事じゃない。服と服がかすった程度だ。
そしていきなり襟元を掴まれこう言われた。
「お前舐めてんの?」
いかにもチンピラらしいお言葉。オレはある意味感心したがそういったやつが自分に絡むのは心情的に気持ちのいいものではない。
「いや・・・参ったな。舐めてませんよ」
「今ので怪我しちまってよ、少しお金貸してくれないかな?」
ギリギリと襟元を持ちあげられる。少し呼吸が苦しくなった。大した力ではないがそれでも首元を締められるのは苦しい。
めんどくさいなと思った
ニタニタした顔、多分何も考えないでこういうことをしてるんだなぁと思った。初音島は規模としては小さいが学園はかなりの大きさだ。
こういった手合いもそれなりにいる。
(どうせ返さねーんだろ、金なんて)
そう思っているとさらに襟を持ちあげた。
「出せよ、金」
「わ、分かりました!今財布取るんで・・・っ、は、離してもらえませんか?財布とれませんって・・・っ」
多少怯えた声で苦しい声を出して、そして相手は完璧にオレが金を出すと思ったんだろう。素直に手を離してくれた。
襟元が楽になったと感じた―――その瞬間、相手の鼻っ柱を拳で叩きつけた。
男は変な悲鳴をあげながら鼻血をだしながら跪いた。
「て、てめ――」
「それほど今の日本って不況だと思わないんけどな。テレビ、見ないのか?24時間なんたらかんたらってやってたろ?裕福だよね」
そして下から顎をかち上げた。ひっくりかえったカエルみたいになった男の顔面を踏みつけた。
「ガッ・・・ァ」
「大体こんな普通の学生捕まえてお金せびるなって。バイトでもなんでもしたらいいだろ。そうだ、今のあんたの顔なら
物乞いで通用するな。初音島のみんなはいい人ばかりだから恵んでくれるぞ」
そういって今度は腹を蹴りつづけた。途中で意識を失ったようだが構わず蹴っていたらさすがに人が集まって挙句のはて
には警察まで来てちょっとした騒ぎになった。
幸いにも相手はナイフを所持していて周りの人の証言、さくらさんの必死の頼み込みもあって正当防衛で処理された。
まぁ一週間停学になりはしたが些細なことだ。
そんなことを思い出しながらさくらさんの説教を聞いていた。
「喧嘩なんてそれだけじゃないし、タバコ吸うわ、購買部のパン万引きするわ、はりまおにゾンビのマスク被せるわ・・・」
「あれは傑作でしたね」
ギロっと睨まれておれは閉口した。仕方がないと俺は思った。あの日オレは担任の説教をくらって機嫌が悪かった。そんな時に
はりまおが目の前を通りかかり、思わず近くにあったクリパで使用するのだと思われるゾンビマスクを被せた。はりまおは鳴きながら
ゾンビマスクを被り学園中を疾走した。学園はパニックになった。ほとんどゾンビの顔だけで鳴きながら走ってくる生物。ある女子は
泣いてたりもした。
「もう・・・一時授業がストップになったんだよ」
さくらさんはまたもやコメカミを抑えながらため息をついた。年齢は確実にオレよりは年上なのだがそういう仕草も子供っぽかった
「本当になんで悪い子になっちゃったんだよ~義之君は・・・」
「・・・」
なんで・・・・か。特に理由はなかった。両親がいなく身内もいないせいでこうなったと周りの連中はいうがオレは違うと断言出来た。
周りの人たちは必要以上に可愛がってくれたし元々初音島の住人は温厚で優しい連中ばかりだ、苦はなかった。
ただオレ自身がそういったことが非常に煩わしかっただけだ。好意とか憐れみといったものが。多分オレという人間の根本的な部分が
拒絶反応するのだろう。成長するにつれそれは大きくなり音姉や由夢とも話をしなくなっていった。
せめて自分の最低限お金だけはなんとかしようと思いバイトを始め、それで稼いだお金を音姉に渡したら泣かれたのを思い出した。
家族なのにそんなことしないでと言われたが納得は出来なかった。元々身寄りのないオレをここまで育ててくれたのにオレはこんな性格
だしせめて・・・と思ったからだ。
「さくらの家に行きなさい」
純一さんがこう言ってくれたのはありがたかった。さくらさんは学園長で忙しく家にほとんどいなく、気ままな生活が出来ると思った。
純一さんにしてもオレの性格を知っており、今のギスギスした状態で生活は無理だと判断してくれたからだ。
去る時は音姉はわんわん泣き、由夢も涙目で声を押し殺していた。それをみて罪悪感を感じたがしょうがないと思った。この性格を直そうと
思った時もあるけれど無理だった、後天的なものであれば余地はあるが生まれながらこういう性格なのだ、直せなかった。
今では学校で時々顔を合わすが音姉は辛そうにして下を向くばかり、由夢には遠巻きに見られていた。決して嫌われてはいなかったが
関係は最悪だ。そんなオレだから友人と呼べるのはいない。例外は杉並ぐらいだ。
あいつも最初は煩わしかったがそのうちオレの人との距離感というものを理解したのだろう、必要以上にとっついてこなかった。まぁ何かの
騒ぎにオレを巻き込むのはこの野郎と思う。が、貴重なオレというものを分かってくれる友人みたいなものだ。あまり邪険にはできない。
タバコにしたって最初は気を紛らせるために吸っていただけだ、まぁ今じゃどこにだしても恥ずかしくない立派なヘビースモーカーだ。
喧嘩はなんでなんだろうと思う、自分自身めんどいしかったるいと思っている。ただ、気に入らないと思った相手には気付いたらつっかかってる
状態がほとんどだ。そういう時はほとんど後悔してるが相手にしてみればそんなのわかりっこないのですぐ殺気立つ。そしてそれをみてオレは腹をたてる。
そして気付いたら喧嘩してましたみたいな感じになってる。今でもこれだけは直さないと思っているがなかなか直らない。一番厄介な悪癖だ。相手が
ヤクザだったと思うとゾッとする。
「まぁ・・・いいけど・・・本当はよくないけど、とりあえず今日は遅いから寝よう、ね」
どっちだよと心の中で思ったが特に反論せず、説教が終わりだと元気よく賛同した。その時もさくらさんに睨まれたが。
「じゃあお休みなさい!」
オレはそういうと階段を勢いよく登り床についた。冷たいシーツが心地よくすぐ眠りに就いた。
「はぁ・・・・」
とさくらはため息をもらした。
「根は悪い子じゃないんだよねー・・・自分の分のお金は納めるし寝坊しない日は朝食作ってくれるし家事もしてくれるし・・・」
そう、こっちに来てからも義之は自分のあり方を変えずバイトで稼いだお金をさくらの家に納めている。最初はさくらは渋ったが義之が
全然譲らなかったので仕方なくもらっている状態だ。義之には内緒だがそのお金は全部新規で作った通帳に納めてはいるが。
「・・・とりあえず寝ようかな―・・・うにゅ~」
さくらはやるせない顔をしながら床に就いた。せめて義之くんが喧嘩で大きな怪我だけはしないように祈りながら、深い眠りの底に就いた。
「あーマジかったりぃなー、今日も休もっかなぁ」
昨日の説教が堪えてないのかそんな台詞を義之は吐いた。空は一点の曇りなし、快晴まっただ中。そんな空の下を義之はのんびりと歩いていた。
少しずつ貯金し買ったタグホイヤーの時計をチラッと眺めた。時間は9時30分、遅刻当り前の時間だ。
「でもなーさくらさんおっかねーんだよなぁ、お世話になってるしあんまりふざけた事できねぇな~」
さくらが聞いたらまた怒りそうな台詞を歩きながら呟いた。義之の中ではもう間に合えばいいやの感覚である。海はキラキラと輝いており
釣りをしてるおっちゃん連中を羨ましそうに見ながら登校した。
平和な平日、主婦たちが立ち話に夢中になる横を通り過ぎる。通り過ぎた後なんか後ろからオレの事を話題にしてる話が聞こえてくるがいつもの事。
あともうちょっとでつくかなぁ、あと10分ぐらいかなぁと道を歩いていた。
すると道の途中に遊んでる姉弟がいた。恐らく5~6歳ぐらいの年齢だろう、仲良くボールの蹴り合いっこをしていた。
「うらやましいなーこんな平日から遊んでてー、俺もボール蹴って1日あそびてぇなぁー。うん?待てよ、そんな事してたらオレの体力もたねぇか」
義之はそう自己完結しながら今度はどーもでよさそうな目で見ていた。
「あ」
そう弟呟くとボールを蹴りそこなったのだろう、ボールは見当違いなところに転がって行った。姉が慌ててそれを追いかけていった。
「つーかオレ友達いないんだよな・・・なんか言ってて虚しくなってきた・・・・やっぱり休むか」
そして何気にさっきの姉弟を見てみたら姉がボールを追いかけていた。ボールはそれほど速い早さではなかったが子供の足では追いつかないぐらいだった。
「あっぶねぇな~転ぶなよー・・・・と?」
そんな台詞を呟いてると姉がボールを追いかけてる先の左からトラックが走ってくるのが見えた。姉のほうはボールのほうに目が集中していて
見えていない。
「オイオイ」
義之は嫌な予感がした。よくテレビで聞く子供の飛び出し事故。自分には関係ないと思っていたことだがそのことが脳裏をかすめた。
気付いたらダッシュしていた。さっきまでのんびり歩いていたのが嘘のような俊敏さ、嫌な予感は止まらない。
「あ――」
やっとボールに追いついて安心したのだろう。姉はそっとボールを持ち上げてその場に踏みとどまっていた。何か音がするなと思って左を
向いたら大きなトラックが自分に向かってきていた。姉は茫然としてその場を動けないでいた。
「お姉ちゃん!」
「クソッ・・・!」
弟が悲鳴にも似た悲鳴をあげ、義之は苦虫を吐き捨てるように呟きながら駆けた。
トラックの運転手が気付いてブレーキを踏んだ時にはもう遅い。多大な重さが乗ったスピードはもう止まれないでいた。
「こんのガキ――!」
義之はそう叫ぶと思いっきり姉を突き飛ばした。多分すげー擦り剥いただろうなぁと思いながら。
そして襲いかかる衝撃、次に浮遊感。地面に叩きつけられても特に痛みは感じなかった。多分最初の衝突で神経がイカれたのだろう。
「あ――、ぐ」
息なんて出来たもんじゃない。身体が本当にそこにあるのかと思うほど何も感じなかった。ただ息が苦しかった。まるで喉に何か詰められた
みたいだった。
擦り剥いた傷に顔をしかめながらも茫然としてる姉、急いで駆けてくる弟、慌ててドアを開けて出てくる運転手。
(あーくそ、まじかったりぃぞ・・・クソ・・・めんでぇ)
義之はそれらをみながら意識を失った。