「さて・・・どうしようかねぇ・・・」
目の前には耳のあたりから煙を吐きだしている物体があった。外見は人の形をしていて付属の制服を着ている。
普通ならそれだけで終わるのだが、生憎そうじゃないらしい。オレの知っている人間には煙を吐く人間はいないからだ。
とりあえず聞こえるかどうか分からないが、話しかけてみた。目が虚ろだから返答が返ってくる事はあまり期待しなかったが。
「大丈夫か、アンタ?」
「――――、――――あ」
「あんまりかったるい事は好きじゃない。だが、声を掛ける前に周囲を見回したがどうやら善良な一般人はいなかった」
オレはめんどい事は好きじゃないのでとりあえず周りを見回したんだが、人っ子一人いなかった。
話しかけてみたのは興味本位――――そりゃそうだ、煙を吐いてるんだからな。
そうしてかったるい、めんどくさい、人と話したくないって感情よりも好奇心が勝ってしまい、こうして話しかけたというわけだ。
「だから、オレがお前を助けてやる。嫌ならそのまま煙を好きなだけ吐きだせばいい」
「――――だま――――れ――――桜内」
オレは思わず天を仰いでしまった。オレは、こんな怪しい奴とも知り合いだったのか・・・・。
前いた世界じゃこんなやつは知り合いでもないし見たこともない。
オレはため息をついた。
「随分愉快な事をしているが、何してるんだ?」
「――――バナナミン、が、きれた」
「あ? バナナミン?」
「バナナミンは――――、バナナに含まれている、栄養素だ。貴様、資料に目を通し、ていなかったな?」
「資料?」
「それ・・・に・・・私も教え、たはず、だが・・・・」
「・・・・・・」
てんで記憶にない話だ。おそらくこいつはロボットだろう。だろうというのはあまりにも外見が精巧すぎたからだ。
商店街でμが店舗販売されているのを見掛けたが、あまりもそれとは違う。
感情が宿っているかのような目、仕草、わずかな動きもそれは人間すぎる、今までの価値観がひっくり返るぐらいだ。
本か何かでそういった類のモノの話は見た事があった。現段階でもμの性能を上回る研究がされており、常に進化し続けている。
今じゃ皮膚も人間のと変わらない人口皮膚を使用しており、まずパッと見じゃわからない出来だ。
だがここまで人間に近いロボットは見た事ないし聞いたこともない。オレはかなり驚いている。
だが今は――――――――
「それはバナナ単品でなくてもいいんだな? バナナの成分さえふくまれていれば構わないんだな?」
「――――ああ」
「なら少し待ってろ」
そう言ってポケットの中に手を入れて、バナナ入りの饅頭を出す事に集中する。あまりにも使えないクソ能力だと思っていた力、魔法。
純一さんに教えて貰って以来、その力を試した事はなかったが果たしてうまくいくだろうか・・・・。
「――――・・・・よっと」
「あ、――――」
どうやら久しぶりに魔法を使ってみたがうまくいったらしい、少し小さい気もするがまぁうまくいったと思う。
それをそいつの口の中に入れる。苦しいのか嫌そうな顔をしたが無理矢理突っ込む。
そしてモグモグと食いだす女ロボット。すこし回復したのか今度は流暢に話しかけてきた。
「もっと、ないのか? たりないぞ」
「欲張るなよてめぇ、少し待ってろ」
「なんだ、ずいぶん口が悪いな・・・嫌な事でもあったのか?」
「ここ最近は・・・だな。ありすぎて頭にきちまう」
「そうか・・・・」
納得いかないのかいったのか知らないが黙りこんでしまった。そしてオレはまたズボンの中に手をいれて集中した。
出来あがる饅頭、今度も口の中に突っ込んでみようと思ったんだが、出した瞬間に取り上げられてしまった。
かわいくねぇヤツだな――――オレはそう思った。
「ふぅ・・・・・」
「元気になったようだな」
「――――ッ!うるさいっ!もっと早く助けにこないか!美夏は機能が停止するところだったんだぞ!」
「お礼を言われる筋はあっても文句を言われる筋合いはねぇな、ええ? ポンコツさんよ」
「だ、だ、だ、だれがポンコツだ!! 美夏は最新鋭のロボットだぞ!」
「最新鋭が煙を吐くのか? どういった仕組みは分からないが出来そこないもいいところだ。機械で不良品ほどやっかいなものはない。
まぁロボットに限らずの話だが」
「き、き、貴様ァ! 言う事かいて不良品だと!? そこに正座しろぉ!」
「恩人に正座させるのか、さすがロボットさま。昔、映画か何かでロボットが人間に侵略をしかける物があったが満更ウソばっかりじゃないな
お前のその様子を見てると、その映画みたいに人間を襲いそうだよ」
「ふ、ふんっ! 人間など滅んでしまえばいいのだっ! そのうち世界にロボットしかいない素晴らしい理想郷を作ってやるからな!」
「大概そう言った奴は失敗してる。既存している物は壊せても、新しい物を作るにはかなりの労力がいる。大体は壊すだけで力尽いちまう
ヤツがほとんどだ。それにお前らを作っている人間を排除してどうする?」
「そういった知識はもう美夏の中に入っている。故に人間など必要ないっ!」
――――これまた厄介な奴と知り合ったもんだ。人間を敵視するロボット。危なっかしい事この上ない。
大体前のオレはなんでこんな奴と知り合ったんだ・・・・・・・謎だ。
「人間て、なんで進化したと思う?」
「ん? そんなの知るか」
「欲求だよ」
「欲求?」
「大体普通に生活するならもう300年前に事足りてるんだよ、それなのにお前みたいに普通の生活に必要ないやつまで作っている。」
そう、別に普通に生活するなら事足りている――――。馬車の代わりに車、暖炉の代わりに電気ストーブ、そういった具合に進化してる。
「ロボットにそれがあると思えない。すべて合理的に計算するからな。余計な事を考えないだろ? それじゃ多分生きられないぞ。
環境って常に変わっているからな。いざっていう時に生き延びられない。」
「ふむ、そう考えると不思議だな、人間は。美夏のハードディスクは人間のよりも多めに作られているはずだが・・・」
「人間の脳はまだ半分も解明されていなんだぞ。もう何百年と研究してるのに、だ。お前だって最新鋭の癖にショートを起こしかけていた。
多分感情によって得られる情報量が大きすぎるんだろ。そしてさっき言ったバナナミン、だっけか。それを得ないとまともに動かない。
革命を起こすなら人間の脳について解明してからだな。まぁいつになるか分からないが」
「起きるのには早すぎたのか――――にしても」
そう言ってこちらを睨む美夏――――だったな、腕を組んでこちらに向き直った。なぜだが知らないが半目にしている。
なぜだが微妙な緊張感が流れた。なんだ?
「お前、口が悪くなったな。会った時はもっと穏やかなやつだと思ったが・・・・」
「思春期なんだ。勘弁してくれ」
「・・・・・・ふん、人間と言うのは面倒くさい生き物だ」
そう言い立ちあがって――――壁に手をついた。どうやらまだ完壁ではないご様子だ。
「うぅむ~・・・、まだフラフラするなぁ」
「そうか」
「おい、桜内、保健室まで送れ」
「は? なんでよ」
「お前と杉並は保健室の水越博士から美夏のことを頼まれているんだろう? だったら当然だ」
「・・・・・」
そう言われ、オレは肩を貸した。美夏は水越博士――――恐らく保健室の水越先生から俺たちに世話になれと言われた
と言った。
そこらへんの事情はオレは知りたかった。好奇心みたいなものだ。ただそれだけだ。
「もっとゆっくり歩け、桜内」
「うるさいロボットだ。確かμの方は慎ましい性格だったはずだ」
「感情をコントロールされているからな。一皮むけばこんなものだ」
「・・・・・」
少しμの見る目が変わった。これから商店街に行った時はあまり目を合わせないようにしよう、そう思った。
美夏に文句をいわれながらも、オレ達は保健室に向かった。そこでおれは重要な事を思い出した。
(飯食ってねーや)
どうやら昼飯は抜きになりそうだった。
「ちょっとしたオーバーフローね、これで大丈夫でしょう」
そう言って冷えピタを貼った。
「は?」
「ん? 何かしら?」
「いえ・・・」
どこが最新鋭だよ・・・・。確かに冷えた回路を冷やしているが・・・・そんなんでいいのか。
小さい頃はロボットに興味があったので多くの資料なんかを見てきたがそんな方法は見たこと無い。
最新鋭だからそんな単純で済むのか、それともそれほど大した技術は使っていないのか―――――分からなかった。
「にしても桜内君も大変だったわねぇ」
「いえ・・・」
「まさかオーバーフローを起こすなんて・・・ね」
「予測出来なかったんですか?」
「あー無理無理、いつ既定の情報量を超えるかなんて分からないわ」
「そうですか」
そういって美夏を見る。確かに外見はこれまで見てきたロボットと比べて段違いだが・・・ポンコツなのには変わりないようだ。
ハードにソフトが追い付いていないもんか、とオレは結論した。
「先生、美夏の世話って他の人に頼めますか?」
「―――!!」
「それは――――――どういう意味かしら?」
美夏は少し驚いた顔をし、先生は見据えるかのような目でオレを見詰めた。
オレからすればこんなかったるい事なんてやっていられない。二人必要というならオレの代わりをだれかに代わってもらえばいい。
そう思い、さっきの発言をしたが―――反応は思わしくないようだ。
「あーかったるいんで」
「か、かったるいだと!?」
「桜内くん、私は言ったと思うんだけど―――」
座っているイスをギィっと鳴らしながらこちらを向いた。表情は・・・・・・読めない。何を考えているか分からなかった。
こう言う顔は今まで見た事のな――――――いや、見た事はある。さくらさんが研究をしている時の目だ。
時々さくらさんの手伝いをした事があった。まぁ内容なんてほとんど理解はできなかったが―――さくらさんはこういう目をしていた。
科学者の目・・・1か0の考えをする研究者、見慣れた目だった。
「美夏に関しては極秘扱いなの。おいそれと他の人に話すことも出来ないし、手伝わせる事も出来ない」
「学校へ通わせている理由は?」
「そ~れ~は、前にも言ったでしょう? いい刺激にもなると思ったし、社会勉強にもなると思ったから、おわかり?」
「・・・・・・」
よくこんな事を引き受ける気になったなオレは・・・実にかったるい。放り投げたくなる仕事。
でもそれは出来ないと思った。水越先生は極秘と言った。この最新鋭のロボット・・・・見た事のない技術が使われているのは
一目で分かる。
近くの研究所といえば――――――天枷研究所だったか、たしか国の運営施設の一部だったと思う。
この仕事を放りなげたら世話する以上にかったるいことが起きるのが分かった。
オレは背中が冷たくなった。こんなヤバイもんに関わるなよ、クソがと心の中でこの世界のオレに罵声を浴びせた。なんの解決にも
ならないが。
そしてオレは一番気になった事を聞いた。
「なんでオレが関わったんでしたっけ?」
「はぁ~~~~?」
今度はさっきの表情を呆れ顔に変えた。しかしオレは身に覚えのない事だ。仕方がない。大方ロクな出来事じゃないのは分かった。
普通に暮らしていればこんなのと関わりになるはずがないもんな。
「貴方と杉並くんが、美夏を保管している洞窟に侵入して、あなたが間違って覚醒のボタン押しちゃって、今に至るんじゃない」
「・・・・あぁ、そうでしたね」
「まったく・・・・いくら嫌だからって忘れる事はないでしょう」
「いえ、そんなつもりはなかったんですけど・・・すいません」
「はぁ・・・・」
とんでもない事をしてくれたもんだ。水越先生の顔を見ると呆れ顔だ。そりゃそうだ、自分から関わりに行ったもんだしな、話を聞いてると。
にしても――――また杉並か・・・・あいつとの付き合いも考えなくちゃいけないな、そう思った。
美夏を見ると、いかにも私は不機嫌ですよという顔をしていた。
「無理にやらなくてもいいんだぞ。美夏は一人で十分だ」
「そうもいかないでしょ? なにかあった時では遅いのよ? 今日みたいに」
「――――! あれは偶々だ、たまたま!」
「そのたまたまがいつ起こるのか分からないんでしょ? 桜内くんも我慢してね」
「分かりました」
「だーかーら! 無理なら手伝わなくてもいいんだぞ!」
「そうもいかない、自分から火に飛び込んだもんだしな。気は乗らないがお前の世話をしなくちゃいけないらしい」
「そういう事よ。大体あの洞窟は封鎖してあったはずなのに・・・・」
とブツブツ文句をいう水越博士に対してオレは苦笑いなものしか出なかった。心の中は憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
「あーちょっと桜内くん?」
「はい? なんでしょうか?」
もうクリパも終わる時間帯だったので、オレは帰ろうとしていた。おばけ屋敷の撤去作業もあったが、オレはハナから頭数に
入れられていないので安心して帰れるといった具合だ。
美夏も今日は調子が悪いと言っていて帰る予定だという。自分の所の出し物はいいのかとも思ったがそこは水越先生がうまい
具合に手を回していてくれたらしい。
帰り際に水越先生に、美夏が心配だから途中まで送って行ってと頼まれたので一緒に下校することになった。
そんな帰り際に声を掛けられ足を止めた。
「あー美夏の事なんだけどさ・・・もしかして本気で嫌がってる?」
「別に・・・そんなことありません」
「はぁぁぁぁ~、嫌がってるのがすごくみえみえなんですけどねぇ」
と言ってもどうせ離さしてはくれないだろう。杉並とオレの話ぐらいは聞いてるはずだ。風見学園きっての問題児・・・という噂を。
ここの世界でも色々オレはやらかしていたらしい・・・まぁ聞くところによると杉並に巻き込まれていたとかなんとか。
そんな危ない二人に世話を任せるのだ――――極秘のロボットを・・・・正気じゃない。
そんな奴らを中途半端に投げるなんて出来ないはずだ。
「何かあったらとんで行くぐらいの気概はありますが」
「ん~まぁ、さ、少し小遣いを出すぐらいは出来るわよ? あ、これ杉並くんには内緒ね? 一応予算は限られてるから」
そんな事を水越先生は言いだした。にしても小遣い・・・・ね、どれくらいなんだろうか。
正直安い金額だったら断ろうと思っていた。割に合わないからだ。
「これ・・・くらい?」
指を一つあげた。千円か一万か――――どちらにしても割が合わない。オレは口を開きかけて――
「ああ、勘違いしてるかもしれないけどこれぐらいよ?」
そう言って電卓をだしてオレに提示した。表示されている金額は――――――オレの予想していたより0が多かった。
前に個人経営の居酒屋で働いてる時よりも多かった。オレは少し面喰らってしまったが・・・・・・考えた。
金を貰えば本当に引き返せなくなるぞ――――そう思った。
しかし、もう引き返せるとは思わなかったし、正直言ってその金額はあまりにも多すぎた。
色々考えたが結局オレは頷いてしまった。
「あーよかった・・・断られたら色々面倒くさいんだよねぇ、お金って便利」
「同感ですね」
この世で、一番愛されているのはお金と言った人物は正しいように思う。お金がなかったら生活も出来ないし
オシャレも出来ないし、食ってもいけない。
ただ、お金の為に動くと言うのは気持ちが少し落ち着かなかったが、そんな感情は無視した。
「じゃぁ美夏の事お願いねぇ~」
「ええ、分かりました。それじゃ・・・・」
そういい別れを告げた。振り返ると美夏が壁に背中を預けて立っていた。どこか不機嫌な様子が見て取れるが最初からそうだったな
と思い返す。
「所詮お前も人間か・・・・・金で動くとは」
「うっせ、こっちだって慈善事業でやりたくねぇよ。そういうのはお金に余裕があるヤツがするもんだ。そしてオレは裕福な人間では
ない。生きるのに必死なんだよ」
「ふんっ!」
そう言って歩き出す美夏。本人は早歩きのつもりだろうが歩幅が男性とは違い、短い。あっという間に追いついてしまった。
それでもオレを引き離したいのか――――また早歩きをするが、オレがすぐに追いついてしまう。
そんな感じでオレ達は下駄箱の所まで来た。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
「オレも色々なロボットに関する資料を読んできたが・・・息切れするのな、ロボットって」
「ぜぇ・・・・さ、最新鋭だから、な・・・・」
「そうか」
適当に返しつつ、息切れする美夏とともに校門に差しつかった。この校門を抜けるとしばらく休みかと思うと気が安らいだ。
これが9月だったりしたらとてもじゃないが、毎日学校へは行けなかった。ここ数日間でここまで疲れたんだ。疲労感は禁じえないと思う。
とりあえずこれからのプランを立てながら美夏に聞いてみた。
「んでお前をどこまで送ればいいんだ?」
「ん? ああ、バス停まででいい」
「住宅街に住んでんのか」
「ちがうちがう、研究所のアパートを借りてるんだ。一人暮らしだ」
「ふ~ん」
そう言いつつ桜並木の道を通る。
しかし――――と思う。こいつは本当にロボットなんだろうかと。資料も読まさせてもらってウソではないことは分かる。
だが外見ではそうは見えなかった。目、肌、髪、感情っぽい性格・・・どれをとっても人間にしか見えなかった。
そう見ていると視線に気づいたのか、美夏がこちらを睨む。
「なに人をジロジロみてるんだ?」
「人じゃねーだろ――――まぁ、本当にロボットなんだなって思っただけだよ」
「今さら気付いたのか桜内は、本当に鈍感だな」
そういってふんっと笑う美夏、その仕草も人間にしか見えなかった。あまりにも発達した科学は魔法にしかみえないというが・・・。
本当にその通りだと思う。事実、未だに半信半疑なオレがいた。逆にオレの魔法の方が胡散臭く思えてきた。
「ん?」
「おおっ、雪だ!」
そう言うとチラチラと雪が降ってきた。さっきから天候は怪しいと思っていたが、今のタイミングで降ってきちまうとは――――。
「おおおっ!桜内っ!雪だぞ雪!」
「なんだお前、見たこと無いのか、雪」
「で、データとしては記録されている! しかし生でみるとやはり違うなぁ」
「そんなもんか・・・・寒いだけだ」
「むぅ・・・人間にしては感受性が不足してるな、桜内は」
「そんな事――――あるかもな」
この性格を考えるとそう思える。人に対してどうでもいいような態度。平気で人を傷付ける。客観的にみても主観的でもクズだと思う。
ここ数日間みたいな事は今に始まった事じゃない。生まれてこの方そういうのはたくさんあった。無い方が少ない。
別に何とも思わなかった。そういう事自体、オレは何か欠陥してるんだと思う。
――――――――しかし、
「なんだなんだっ!元気出せっ!桜内っ!」
「うぜー、背中叩くなよてめぇ。いてーだろ」
「あっはっはっは!」
「いや、テンションたけーよ」
ロボットに言われるとは思わなった。むしろこいつの方が『人間』に近いんじゃなかろうか。オレみたいなのと比べるとそう思える。
初めて見る雪に興奮して、そして背中を叩く美夏。喜びという感情を身体全体で表している。なぜか羨ましいと思った。
なぜかは分からない。少し考えてもみたが答えは見つからなかった。ただただそう思えた。
「桜内っ!すごいな雪ってやつは!そして今日はクリスマス!なんだかロマンチックだな!」
「クリスマスは元々はキリスト教の誕生祭――日本にはあんまり関係ない行事だな。一回オレの親と呼べる人とカトリック教会にミサ
に参加した事があるが・・・なにも感じなかったな。精々飯がうまかった程度だな」
さくらさんと本島に行った時にたまたま教会でミサをやっていた。信者じゃなくても参加する事は出来るので興味本位で一緒に参加
してみた。
教会の幻想的な風景は目の保養になったが、それだけだ。教えを聞いても特に何も感じなかったし、飯を食って帰って来ただけであった。
「それだから桜内は感受性が乏しいんだ。ほら、屁理屈こねてないで美夏みたいに走ってみろっ!」
「転びたくねぇよ、さみぃし」
オレの言葉を聞かず美夏は走り出した。雪を楽しむかのように駆けまわっている。初めての経験だから興奮してるんだと見て分かった。
その時、桜の葉が舞った。いきなりの強風でオレは縮こまってしまい、顔を伏せた。そして次にみた光景に茫然とした。
雪の上を掛けて回る美夏の周囲を、その周りを桜の葉が舞っていた。その光景は、とても、幻想的な光景だった――――――
生まれたての赤ん坊のように喜びを全体で表し、感情を爆発させる美夏の周りを覆う雪と桜――――そして、空に浮かぶ月。
――――――――まるで絵画のような美しさがそこにはあった。
「――雪月花・・・・ね」
ロボットには似合わないなと口に出して言う。しかし言葉とは反対に心を奪われていた。目が離せなかった。離そうとも思わなった。
ただその光景をずっと見ていたかった。しかし――――――
「わぷっ」
美夏がすっ転んでしまい、その絵画みたいな風景は壊れてしまった。音を立てて崩れる幻想的な雰囲気。
顔でも打ったんだろう、鼻が赤くなっていた。鼻の痛みのむず痒さに顔をしかめる美夏。
正直、すごい間抜けだった。
「美夏とした事が・・・・・」
「――――――プッ」
「ん~?」
「――――っくく、お前、なにやってんのよ・・・・ププっ」
「ぬぅ・・・笑うな、桜内っ!」
そう言って雪を投げてくる美夏。ボフっと音を立てて崩れる雪、痛くなかった。それさえも笑いの種になり、さらに笑った。
「――ないわ~~~今のは・・・・くくっ」
「笑うなと言ってるだろぉ~が!」
「・・・・ップ・・・・いや、しかしだな、――――ははは、っくく・・・・・」
「それ以上笑うとロケットパンチを出すぞ!」
「――――は?」
笑いを堪えてるオレに美夏はそう言った。ロケットパンチって・・・マジかよ!?アメリカの方で趣味でそんなの作った奴がいたが
確かその実験で、1tとかふざけた単位をだしたはずだ。素人でそれだ・・・国が公式で作ったやつなんて――――
オレが青ざめて満足したのか、ふんっと頷いて腕を下ろした。オレは柄にもないがホッと安心した。
どうやら命は助かったようだ。自分にそういう生きたいという感情があったのは驚きだが、もう味わいたくない・・・そう思った。
「まぁ・・・そんなものはまだ搭載されていないんだが」
「・・・・・・・」
「ふぎゃっ!無言で蹴るな痛い痛い!」
「・・・・・・・」
「分かったっ!人間に謝るのは癪だが謝って――――って痛い!痛いぞっ!桜内っ!」
ムカついたので蹴ってやった。ロボットだし大丈夫だろうと思い、結構強く蹴った。涙目になる美夏。
そしてオレは、ごめんなさいを言うまで蹴ってやった。
「に、人間相手にこんな台詞を吐くとは・・・屈辱的だ・・・」
「・・・・・・」
「わ、わ、分かったからもう足を上げるなっ!こらっ!」
そう言って足にしがみついてきたので、足蹴りは止めてやった。そんなかんなでバス停につき、美夏を送りだした。
「わざわざありがとうな、桜内」
「気にするな。どうしても気になるって言うなら――――金くれ」
「ふんっ!金の亡者め・・・そのうち痛い目にあうぞっ!」
「その時はその時だ。――――――――じゃあ、またな」
「うむ、縁があったらその内会うだろう」
そう言い合いあって美夏と別れた。そして家までの帰り道――――まだ雪は降っていた。
「明日からどうすっかなぁ~寝てばかりじゃつまんねーし・・・・まぁその時の気分で行動するか」
こんな寒い日はとっとと家に帰るのが一番だと思い、先を急いだ。せっかくのクリスマス、今年も色っぽいことは無しかと思う。
まぁ自分の性格じゃあまず無理だとは常々そう思っていたので、大した落胆はなかった。
―――――――にしても、と思う。何故だか知らないが美夏と話している時は自然でいられた。特に嫌悪感も抱かなかった。
なぜだが知らない。ロボットだから、というのも何か違う感じがした。その正体は分からなかった。
――――――――まぁ、次会ったらまた構ってやるか。そう思い、家の玄関を開けた。中からは美味しい料理の匂いが鼻をついた。