「じゃあ、後はよろしくね」
「―――――は?」
そう言って水越先生は部屋を出て行った。そしてこの部屋に残るのはオレと水越先生が所有するμだけである。
朝は普通に時間通りに来て、ただいまの時刻は9時35分。説明の時間はたった5分だった。それ以上の説明はなかった。
内容は温度計の時間を1時間ごとに測定してデータに記入するだけ。はっきり言って子供でも出来る内容だ。
「あ~あ、簡単だけど――――かったりぃな~」
「・・・・・」
「・・・・・」
そう言ってイスに腰深く掛ける。となりにいて黙っているのはμ――――確かイベールという名前だった気がする。
水越先生の主義らしいが何もカスタマイズされていない普通のロボット。市販でよく見かける姿そのままである。
機械らしく無表情、無口、無動作――――美夏とは当り前だが全然違っていた。感情というものが見えてこない。
まぁ、感情にはプロテクターが掛けられているから当り前なんだが・・・・。
「なぁ、アンタ」
「なんでしょう、桜内様」
「何か趣味とかあんの?」
「いえ、そういったカスタマイズはされておりません」
「ああ、そういやそうだったな。好きにカスタマイズ出来るんだっけか」
「はい。ちなみに得意料理や血液型、誕生日などもカスタマイズ出来ます」
「―――そうだったな、なんでもありだったな」
「はい」
μは何世代にも改良をされてきており、今ではもう昔のと比べられないぐらい進歩していた。まぁ、金持ち専用って所は相変わらずだが。
美夏は確かその前の世代と聞かされた。なぜ美夏という画期的なロボットを開発したのにその技術を生かされないのかは不思議だが。
おおよそは見当がつく―――やりすぎたんだと思う。ロボットはロボットであるべきであり人は人であるべきだといった思想なんだろう。
知恵を持つ生物は今のところ人間がトップだ。その人間と変わらないモノが誕生したらそのバランスが崩れる可能性がある。
ただでさえ人権問題なんかでやかましい時代だ。世界に混乱を招くのは必至だと思う。
「美夏の事構ってやりてぇんだがメンテナンス中か・・・運がわりぃな」
「・・・・・・」
「―――――1つ聞きたい事があるんだ、イベール」
「はい、なんでしょう?」
「楽しいか? 生きてて」
オレは少しばかり興味が湧いたので聞いてみた。無感情ということは何も感じないってことだ。オレには想像出来なかった。
まぁロボットなんだしそういった事は考えはしないんだろうが気になった。プロテクトされてるにしても感情はあるはずだ。
その小さい感情で何か思ったりはしないんだろうか、と疑問を持っちまったオレ。そしてイベールは少し困り顔で答えた。
「すいません桜内様、おっしゃってる意味が理解出来ません」
「なんでもいい。料理を作る、編み物をする、ゲームをする、読書をする。何か楽しみはないのか?」
「すべてカスタマイズは出来ます。今現在はそういったものはインプットされておりません。楽しみ―――それも
カスタマイズされておりません」
「・・・・・・」
「申し訳ありません」
「いや、謝らなくていい。こちらこそすまないな、変な事聞いて」
「いえ、とんでもありません」
―――なるほど、金持ち連中の親父共が持ちたがる訳だ。もう何でもやりたい放題だなこりゃ。人格なんてあったもんじゃない。
知識では知っていても話すのはこれが初めてだったりしたので、色々聞いてみたが記憶どおりだった。
ツラもいいし身体つきもいい、自分の好みどおりインプットすれば奴隷の出来上がりというわけだ。
「機械でも考えるって事は必要だと思うがな」
「考える、ですか?」
「そう、インプットされた事、言われた事をしか出来ないんじゃガキの使いと一緒だ。感情あるんだろ? だったら考えるべきだ。
物事を一つの面ばかりで考えたらそこらへんの犬と同じだ。考えるといった行動こそソイツの存在意義だと思うし、何も考えない
っていうんであれば、それはタダの置物だ」
「・・・・・・・」
「―――偉そうな事言ってすまないな。オレも他のやつにいえる程真っ当な人間じゃねーってのに・・・」
「・・・いえ」
「さて、喉が渇いたな。何か飲むか?」
「あ、それでしたらコーヒーをご用意しますので。そのままお待ちください」
「ああ、じゃあ頼む」
そう言うとイベールはコーヒーを用意する準備に取り掛かった。正確な動作で準備する様はまさしくロボットらしい。
オレは偉そうな事言った自分に少し憂鬱な気分に駆られた。まったくもって柄じゃなし、オレは最低の人間だったはずだ。
まだロボットのほうが人畜無害―――いや、人の役に立ってるんだからオレのほうがピラミッド図では下の方なのか。
だが、言わずにはいられなかった。何か虚しいと感じてしまったからだ。人嫌いのオレがこんなこと言うなんてと思わずには
いられないが・・・。
「コーヒーお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
「いえ」
「おお、結構うまいな。あんたコーヒー入れるのが得意なのか?」
「いえ、得意なモノに、その行為はインプットされておりません」
「だったら得意なモノの欄にインプットしろよ、結構うまいぜ、コーヒー」
「所有者は水越博士です。でしたら水越博士の許可が必要です」
「あーはいはい、そうでしたねぇっと」
あまりの機械的な返事にそっけなく返事してしまった。だがイベールは気にした様子もなく、また黙って立っていた。
やっぱり美夏とは違うんだなぁと思う。感情の起伏があまりにもない。ロボットなんだから当然なんだが・・・。
「―――しかし」
「うん?」
「おいしいコーヒーを作れるというのはいい事だと思います。不特定のだれかにそのコーヒーを飲んでもらい、喜んでもらえる
のであればそれは大変に利益的な行為だと私は考えます。水越博士が帰ってきたら打診しようと思います」
「・・・利益的、ね。まぁいいや、そういった調子で考えるのはいい事だとオレは思う。あんまり無理せず、ゆっくりでいいから
その考えるという行為―――大事にしたほうがいいぜ」
「はい」
そう言ってまた黙るイベール。なんだ―――考える事出来るじゃねぇか。ロボットだからあまり期待はしていなかったんだが。
考えるということは即ち成長することだ。ロボットでも成長出来る―――オレはそれが悪い事だとは思わない。
なんたってこんなカスみたいな世界に生まれたんだ、楽しくおかしく暮らさなきゃ損だからな。人権屋なんてクソくらえだ。
オレみたいに本当に好き勝手やってちゃ困るが、イベールを見る限りそんなことはあり得ないと思った。慎ましい性格だからな。
イベールの入れたコーヒーを飲みながら、時間はゆっくりと過ぎて行った。冬寒い日の、なんてことのない午前の出来事だった。
オレは今、商店街に来ていた。お昼を前に、水越先生が研究室に帰って来るなりにオレにお使いを言い渡した。
買ってくる内容のほとんどはお菓子やら何やらだったがμに使用するソケットも含まれていた。
どんなソケットか専門の知識がないオレには買ってこれないと言ったが、その特徴だけ言われて部屋を追い出された。
「まじつめてーわ。外は寒いし・・・早く買って帰るか・・・・」
そういってオレは歩きだした。まだ外の雪は溶けたわけではない、冬だから気温は10℃以上にあがりはしないので当り前だ。
足元が滑らないよう、気をつけながら歩いていると目についたものがある。μの展示品であった。
起動はしていないので当り前のことだが動いてはいない状態だ。ただそれだけで余計に無機質にみえた。イベールよりもだ。
そういえばと思いだす。確か美夏もこうやってμを見ていたっけなと。その時の美夏は真剣な目ながらも切ない感が出ていた。
同族が売り物扱いで人間に使われている現状、気持ちいい訳がない。事実、美夏もそんな事を漏らしていた。
「すいません」
「ん? なんですか?」
「御熱心にみておられますが、もしかしたらご購入を希望なのですか?」
声を掛けられ振り返るとそこにはメイド姿の女―――μが立っていた。近づいて声を掛けられるまでその存在に気付かなかった。
どうやら自分でも思いのほか熱中して見ていたらしい―――少し気が抜けていたようだ。最近はずっと気を張りっぱなしだったからな・・・。
しかし購入なされますか、ね・・・。オレがそんなに金持ちに見えるのだろうか。はっきり言ってオレは貧乏だ。
何百万もして維持費にも膨大な資金が掛かるμ、買えたもんじゃない。そもそもオレにはそんな気など一切ない。
金がないのもそうだがはっきり居ても困る。元々オレは一人がすきな人間だし、性の愛玩目的で買うほど人間性は狂っちゃいない。
大体こういうのを買う人物は、福祉関係の人間か脂ぎった親父と相場は決まっている。縁―――あるはずなどない。
「いや、すまないな。商売の邪魔をしたかな?」
「いえ・・・熱心に見ておられたもので、ついお声を掛けてしまいました」
「そうか―――購入の話だったかな、そういえば。生憎オレは金持ちでもないしエロオヤジでもなんでもない、買う気はないよ」
「確かにそういった人物も購入はなされますが、他の人たちもお買いになられます。例えば福祉関係の方とかも」
「福祉関係・・・ね。そういえばあの業界も人が足りないらしいな。人間が人間の世話をするのには膨大なエネルギーを使う。
鬱とか精神的・肉体的に辛くて辞めていく人間が多いらしい」
「そうなのですか?」
「今に始まった話じゃない。もう何十年も前からそういう風になっている。医療関係機関の発達で人間の寿命が延びた。
聞こえはいいが自然の流れに逆らって長生きする人間―――手に負えなくなってきている。そして増す激務・・・やりた
い仕事だとは思わないね」
「大変なのですね」
「あっちが立てばこちらが立たず―――最悪な悪循環だよ。進歩したせいでそのシワ寄せが他の所にくる・・・どれにも言えることだな」
「なるほど、勉強になります」
「つい無駄話をしちまったな。まぁ―――買う気はないよ。一人が好きだし、あんたらロボットの事をロボットとして割り切る事が出来そう
にも無いしな。そういう偽善者はさっさと立ち去るよ」
「あ―――」
その店員であろうμの頭をポンポンしながら撫でてやる。気分は猫に接する気分だ―――背小さいしな。気持ち良さそうに目を瞑るμ。
人って感じでもないし―――ロボットともオレは割り切る事が出来ない。要はオレは屑でありながら偽善者という人種だ。
そういう感情が周囲の人間に迷惑をかけるのはよく聞く話だ。同情、憐れみ―――力が無い人間がよく持つ感情だ。最悪だと言ってもいい。
責任をとる能力がないのに可哀想とかいう理由で猫を拾ってくる子供と同じだ。そういう奴に限って猫を病気にさせたりしちまう。
オレは屑だがそこら辺は守りたいと思う。頭を一通り撫でてそろそろ行こうかと思い、歩きだそうとして―――
「おおっと?」
「あっ」
シャツの裾を掴まれてしまった。そしてオレは少したたらを踏んで止まってしまった。そのμの店員は自分でもビックリしている様だった。
そして慌てて手をすぐ離してしまった。オレはどうしたもんかとその足を止めてしまった。一体何がしたいんだろうと。
あれか、買うまでは離れませんというやつか。それは困る、さっきの理由もあるが第一に金なんてないのだから。
「し、失礼しましたっ!」
「いや、別に構わんが―――さっきも言ったがお金なんてないぞ?」
「そ、そういう訳ではありません・・・」
「―――? ならオレは行くぞ?」
「は、はい・・・・・・・・あの・・・・・」
「うん?」
「―――また話し相手になってくれますか?」
「う~ん・・・・まぁ商店街に来た時ぐらいだけどな。もちろん金なんてないけどな」
「それは承知しています、はい」
「だったらいいぜ、別に。また構ってやるよ、アンタのこと」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってオレは歩きだした。にしてもμにしては感情的な行動だ。確かにプロテクトはかけられているが感情はある。
でもそれは人間と比べればわずか数%に過ぎない。滅多にと言っていいほど表に感情は表わさない、滅多にだ。
でも―――と考える。確かあれは客引き用のμだし予め感情の制限は緩いんだろう、と考えた。
人に物を買わせるというのは案外難しい。その為に駆け引きや口頭術などの本があるくらいだ。感情がないと出来ない技だ。
福祉関係のμもそういう技術は必要なので感情プロテクトは一定の数値で外されていたはずだ、あの店員も同じタイプだろう。
それにしたって感情が出過ぎな感はあるが―――そういう事もあるんだろう、感情なんて不確定要素を完璧に抑え込むのは無理
だと思ったからだ。
後ろを見ると、まだこちらの方を見ていたμに対して―――軽く手を振ってやった。また今度来た時構ってやるとするか―――。
そう思い、オレはまだ雪が残っている道を歩き出した。
「・・・・・」
「・・・・・」
途中腹が減ったのでタイ焼き屋に寄り、食べ物を購入してベンチに座る事にした。まだ雪解け水が少し残っていたが気にしない事にした。
そして二つぐらいほうばっている時に、ふらふらとガキがオレの隣に座った。様子をみているとグズってるようだった。
だがガキにしては珍しく泣きださない目をしていて、拳をギュっと握り辺りを見回していた。いかにも人を探している風であった。
まぁ多分―――というか絶対に迷子だ。ここの商店街は案外規模が大きい。大方買い物途中の家族と離れてしまったんだろう。
だが別に構ってやるつもりはない。人助けするような性格でも無いしなによりかったるい。そう思って食べる事に専念しようとして―――
グゥ~
「・・・・・」
「・・・・・」
口に入れようとしたタイ焼きを戻した。隣で腹を空かしているようなガキの横でパクパク食うほど無感情な人間ではない。
一度意識してしまえば頭から離れなくなった。人嫌いだしこのまま無視を決め込もうとしていたのに微妙な空気が流れる。
オレはため息をついた。滅茶苦茶かったるいがこのまま意識したままじゃ、美味しくタイ焼きなんて食えやしない。
「おい」
「は、はいっ! なんですか!?」
「やるよ、タイ焼き」
「そ、そんな頂けないですっ! 見ず知らずの人に食べ物をもらうなんて!」
「だったら脇で腹の虫鳴らすなよ。おかげで気になってしょうがねぇ・・・ホラ」
「あ―――」
そういって無理矢理タイ焼きを持たせた。少し惜しい気持ちがあるが構わない。このまま意識しながら食うのも嫌だしある程度は
腹も治まっている。
最初はこちらをチラチラしながら食おうとはしなかったが―――腹の虫には勝てないのか、それではいただきますと言って食いはじめた。
よほど腹が減っていたのかガツガツ食っていて、見ている方が気持ちいいぐらいの食いっぷりだった。
「いい食いっぷりだな」
「―――っ! す、すいません!」
「謝ることねぇよ・・・ったく、ガキらしくねぇなぁ。何歳だよ、お前」
「はぁ・・・五歳です」
「はぁ!? 五歳!?」
「え、ええ・・・そうですが・・・」
オレはかなり驚いている。五歳っていやぁ鼻水垂らして天井を見てヘラヘラ笑っている年頃だ。オレの時なんかは思い出したくもない。
普通は礼儀なんか出来やしないし、もちろん敬語なんて使えない。支離滅裂な年頃なはずだ、少なからずオレの記憶ではそうだ。
なのにこのガキは大人っぽい。家庭環境のせいか教育の賜物か生まれつきこうなのかは知らないが立派なもんだ。
「ったく、ガキらしくねぇと思ったけど五歳かよ、大人びてんなぁ」
「す、すいま―――」
「謝らなくていい。お前は別に悪い事をしたわけじゃない。謝るって事はいけない事をした時にとる行動だ」
「は、はいっ」
「なんでもかんでも謝るとロクでない人間が集まる。騙そうとするヤツ、図に乗るヤツ―――そういう人間が集まってくる。
謝る時はちゃんと状況を読みとった方がいい」
「は、はい、ありがとうございます!」
そう言ってオレに頭を下げるガキ。にしても本当に礼儀正しいな。正し過ぎるのもアレだが子供の頃からこれだと自信無くすわ。
おまけにツラもいいし、目に力がある。これは将来モテ過ぎて女を泣かすタイプだな。断言できる、間違いなく。
「あ、あのぅ、お兄さん」
「ん?」
「お兄さんて初めて見た時は、怖そうな人だと思ったんですが・・・いい人なんですね」
「―――いや」
「え?」
「結構な悪人だぜ、オレ」
「―――!」
そう言って笑うオレ。ガキはびっくりしたのか少し後ずさってしまった。いい人、冗談にも程がある。
いい人が人を血まみれにするまで殴るか? 女でも構わず殴るか? 平気で人の心を踏みにじるか?
そういう話だ。オレがいい人ならこの世はみんな天使ばかりいる世界になっちまう・・・。
「一回優しくされたりしたからって人間を信用しないほうがいい。人間てのはすぐ裏切るからな」
「そんな・・・事は、無いと―――」
「家族の為、友人の為、恋人の為、自分の為。色々理由は作れる。信用するのならそいつと腹を括った話をしてからだな」
「は・・・はい」
「お前には信用出来る人間はいるか?」
「・・・・お姉ちゃんと・・・お母さん」
「なら一回腹を割って話した方がいい。その様子ではずいぶんお利口な子供だが、利口すぎて感情が溜まっちまうな。
どうせ家でもそんな感じなんだろう。感情が溜まれば溜まるほど爆発した時の威力はすごい。よく頭にきて親を殺した
事件なんかもそんな感じだ。行儀よくするのはいい事だが―――ほどほどにな」
「は、はい! あ、ありがとうございます!」
そう言って、また頭を下げた。だから自信なくすってーの、ったく。しかしよく出来たガキだわ、こいつ。
様子を見ていると、さっきオレが渡したタイ焼きの袋をキレイに畳んでいるし・・・・はぁ~・・・・・。
「勇斗~! どこいったの~!?」
「あ、お姉ちゃん・・・」
「あ、勇斗―――に桜内!?」
「なんだ、お前の弟か」
そう言って走ってきたのはクラスの委員長の沢井麻耶だ。初めて見る私服―――乱れていた。おそらく走り回ったんだろう。
人通りも多いこの時期、探すのには骨が折れたろう。このガキがはぐれるのも無理はない。
オレを見て弟を遠ざける委員長―――しょうがないと思う。学校での一連の話は聞いてるだろうしな。
「大丈夫、勇斗!? 何かされなかった?」
「だ、大丈夫だよ」
「桜内っ!」
「あ?」
「あんたこの子に何かしでかしたら―――」
「しでかしたらなんだ? なにかくれるのか?」
「―――くっ!」
そう言ってオレを睨む目。オレはニタニタしてその目を見返した。殺気立つ場―――オレも少しばかりだんだん気が立ち始めた。
そのオレを見る目―――見ていると暴力的な衝動が湧きあがる。もう本能のようなモンだ。目の前にオレを敵と見なしている人間
がいるんだからしょうがない―――生理現象だ。
「あんた―――」
「ち、違うよお姉ちゃん! このお兄ちゃんにはすごくお世話になったんだよっ!」
「―――え?」
「お腹空いてる音聞いてタイ焼きくれたし、お話にも付き合ってくれたんだよ!」
「え、そ、それは本当なの? 桜内?」
「―――ふん、いいガキだな。礼節はしっかりしているし頭の回転も速そうだ。おまけに目の力もある。委員長の家庭環境が
どうだかは知らないが・・・当たりな子供を持ったな。将来化けるぞ、こいつ」
オレは問いかけを無視して言ってやった。こんなガキは希少価値に準ずると思う。なにより利発そうだ、面白いガキだと思う。
そしてオレはこいつらを無視したまま歩きだした。ここに居てもかったるいのが続きそうだし、買い物の途中だ。
遅帰りでもしたら何言われるか分かったもんじゃない、そう思って歩き始めた。
「あ、ちょ―――」
「お、お兄さーんっ!」
委員長の言葉を絶つようにそのガキが声を張り上げてきた。止まるオレの足。なんだと思って振り返ってやった。
「なんだよ」
「い、色々ありがとうございましたっ!」
「―――気にするな、オレが勝手に喋っただけだ。礼を言う必要はない」
「そ、それでもですっ! あ、あとっ!」
「あ?」
「やっぱり、お兄さんは、いい人だと思いますっ!」
「――――――言ってろよ、ガキ」
そう笑って言ってやって背中を向けた。少し歩いて何気なく振りかえると、向こうも気付いたのか手を振ってきた。
オレは黙って前を振り返って背中越しに手を振り返した。あのガキ、やっぱりおもしれぇなと思った。
オレをいい人扱いか・・・そんなの今まで言われた事―――あったな、美夏ぐらいだが。まぁガキの言うことだ。適当に受け流す。
そうしてまた商店街を歩きだした。時間は午後二時。余裕を持って帰ろう―――そう思って歩きを速めた。
※長くなったので(ry