「さてと、あとはパーツショップか」
あの後、スーパーに寄って目的の物の買い出しを済ました。さすがに年末が近いだけあって、中はごった返しになっていた。
声を張り上げる店員、ヒステリックに叫ぶおばちゃん連中――――憂鬱な気分になるのを感じた。最悪だった。
それでもなんとか買い物を済ませて喧騒の渦から抜け出してきた。ホッとため息をついて歩いていた足を止める。
大体あんな人ごみなんか好くわけがねぇ――――そう思って、次の買い物の為に足を再度動かせ始めた。
「さ~く~ら~い~っ!」
「んあ?」
そして目的地に向かう移動中に声を掛けられた。聞きなれた声――――美夏であった。こちらに向かい走っていた。
何を焦っているのか、息切れをしながらこっちに走ってくる美夏。オレは足を止めて待ってやった。
そしてなんとかオレの前まで来て、走りをストップする美夏。顔には汗が滲んでいた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「大丈夫かよ、おめぇ」
「――――はぁ・・・、まぁ、なんとかな・・・」
「そんなに急いでどうしたんだよ」
「いや、桜内がおつかいでここに来ていると聞いてな。メンテナンスが終わって暇になった美夏はこうして来たというわけだ!」
何を威張っているのか、美夏は自慢げに腰に両手を当ててこちらを見据えていた。まだ顔には汗が滲んでいるが・・・・。
そんなに焦らなくても――――と思わずにはいられなかったが、オレも一人でつまんなかったし構う相手が出来、素直に受け入れた。
確かにオレは一人が好きだが、ここ最近はどういうわけか騒がしくなってきている。騒ぎの原因――――オレなんだけどな。
はっきりいって好ましくない。ムカつく事態だ――――が、身体は正直であるらしくある程度五月蠅くないと物足りなくなっていた。
それに比例して感情の揺さぶりも最近大きくなった。前より少しばかり甘くなったが――――暴力的にもなった。
この間の例の路地裏の件――――あそこまでやったのは数えるほどしかない。それもよほど頭にきた時ぐらいだ。
さくらさんの事を言われたのは確かに頭にくるが・・・以前ならそれさえも無視していた。かったるいからだ。
感情の起伏――――μの話ではないがそれが大きくなってきていた。いい事なのか悪い事なのかオレには分からないが・・・。
「あ~はいはい、ありがとさん」
「なんだ、その気の抜けた返事は。まったくお前は・・・・」
「どうでもいいが早く行こうぜ。このままじゃ日が暮れちまう」
「むぅ――――まぁいいか・・・ところでどこへ行くんだ?」
「パーツショップ」
「ぱーつしょっぷ?」
「なんで棒読みなんだよてめぇ・・・まぁいいけど。そこでお前達ロボットに使われているソケットを買ってこいとのお達しだ」
「あーソケットかぁ。確か水越博士がないない言ってたなぁ」
「μの耐圧実験に使うんだと。さっさと行くべ」
「あー! 待て桜内!」
そう言ってオレは歩き出し、その後を慌てて美夏は歩き出した。そうしてオレの脇に並び、一緒に歩き出した。
前の世界じゃ想像つかない光景だ―――そう思った。前の世界じゃ近寄るヤツさえ限られていた。
常にイライラしていたからなぁ~、今は大分よくなったけど。そう思って脇の歩いてるロボットを見た。
「ん? なんだ桜内?」
「なんでもねぇよ」
「んー? 言いたい事あるなら言った方がいいぞ」
「だからなんでもねぇって―――可愛い女の子と歩けてラッキーだなと思ってたんだよ」
「な――――」
「おら、さっさと行くぞ」
「ちょ、ちょっと待てっ! 桜内!」
そう言い合いながら目的地に向かい歩き出した。まぁ確かに美夏は可愛いと思う。ロボットだからなんだか知らないが造形はきれいだ。
目もぱっちりしてるし、まつ毛も長い。美夏を作ったやつは一体どんなやつなんだか――――そう思い、また美夏を見詰めた。
「じゃあ、このソケットでいいのかい?」
「はい、それでお願いします」
そう言って水越先生から預かってきたお金を取り出す。ちょうどぴったりの金額だった。余計な小銭は貰わず領収書だけ貰った。
美夏といえば物珍しいのかあちこち見まわしていた。周りには色々な場面で使うパーツが用意してあり、なんでも屋といった具合だ。
オレもなんとなくだがわくわくしている。まぁ総じて男性というのは子供らしさが抜けきらないというしな。
「なに見てるんだ、美夏」
「うむぅ、いや、初めて見る部品ばかりで少し興味が湧いたのでな」
「お前からしたら内蔵みたいなもんだろうに」
「・・・嫌な事言うな、お前は」
嫌な顔をしながらあちこち触りだす美夏。オレも適当に手を取ってみた。専門の知識があるわけではないのだがわくわくするのには変わりない。
そういえばオレもガラクタ集めして喜んでいた時期があったなぁと思いだす。あの頃はまさかオレがこんな風になっちまうとは思わなかった。
きっと普通に幸せな感じになるだろうとおぼろげに思っていた。まぁ、現実はそんな筈も無く、かなりかったるい人生を送ってはいるが・・・。
「おー、なんだこれは?」
「ん? ああ、それは加圧器だ。その手元のハンドル引っ張ってみ」
「おお、引っ張って押したら空気がでたな。しかし大層な外見の割には単純だな」
「精密な動作を要求されるモノに関しては失敗は許されない。だから絶対に空気が漏れないように、そんな外見なんだ」
「ふーん。それにしても安いな、コレ。うちの研究所でもコレを使えばいいのに」
「何十MPaの空気量を使うのにそんな手動のポンプ使うかよ。だったらせめてこっちのハンドルのやつだな。持ってみ」
「・・・お、重い・・・・」
「ちなみにそれで10MPaまで引き上げられる。研究所で使用する耐圧実験用の空気量はその5倍だ。どっちにしたって機械が自動で
やってくれているな」
「ふぅ~・・・重かった」
そう言ってそのポンプを棚に戻した。よほど重かったのか手をグッパーしている。ロボットの癖に力ないな、コイツ。
冷やかしも飽きたので店を出て、歩き出した。もう時間は結構な時間で、太陽は夕日に変わっていた。
だんだん寒さも増してきたし、早く帰ろうと思い足を急がせた。難儀な事だが美夏の歩幅に合わせてだ―――トロイなぁこいつ。
「―――今トロイと思ったろ」
「いや、別に」
「お前は嘘をつくのがうまいな、表情に出ない。だが美夏には隠し事は無理だ! ロボットだからな!」
「ポンコツだけどな」
「ポ、ポンコツ言うなッ!」
そういってオレにじゃれてきた。オレは煩わしいと思いながらも放っておいた。イチャイチャするような性格ではないしな。
美夏もオレがそういう性格なのは知っているのか、相変わらずノリが悪いな桜内はと言ってじゃれるのを止めた。
てか知ってるならじゃれて来るなよ、と思わない事でもないがそういう気分なのだろう。ロボットらしくないが。
そうして歩っているうちに美夏の様子がおかしくなり始めた。辺りをきょろきょろ見回して落ち着きがない様子。
気になって聞いてみたが何でもないと言って突っ張り返された。そしてまた落ち着きなくモジモジする美夏。
まぁ、大方予想はつく。はっきり言って分かりやすい。脇でそんな事されるとかったるいのでオレは言ってやった。
「小便だろ」
「な――――」
「そこの曲がり角に公衆便所がある。早く済ませてこいよ」
「お、おまえ~~~~~!!」
「デ、デリカシーというものは、ないのかっ!」
「ガキの頃はあったと思うな」
「く、くそぉ~・・・・。い、いってくるから待ってろよ、桜内!」
そう叫んでなるべく振動が伝わらないように小走りで駆けて行った。てかロボットって便意を催すんだな。初めて知った。
内部は機械構造だから無いと思っていたが――――まぁ、より人間に近く作られたロボットだ、ないわけではないのか。
そう思って近くのベンチに座り懐からタバコを取りだし、一本火を付けて一服する事にした。少し気分が安らぐのを感じる。
そして夕日をつまみにしてタバコを吸っていると、見知った顔がこっちの方向に歩ってきた。その顔を見て――――憂鬱になった。
何が嬉しいのかニコニコしながらこちらに寄ってくる女――――茜はこのベンチに駆け寄りオレの脇に座った。
「な~にしてるのかな? 義之きゅんは~?」
「きゅんなんて付けるなよ、きめぇ」
「あらら~相変わらず口が悪いのねぇ~。そんな所も素敵よぉ~」
「ナンパするならこんな寂れた場所じゃなくて商店街の真ん中にあるベンチに座った方がいい。お前なら男を引っ掛けられるだろう」
「ざ~んねんでしたぁ、私、義之くんにしか興味ありませ~ん」
「オレもお前みたいな胸もでかくて美人な女に惚れられて嬉しい――――が、変態は勘弁だ」
「だ、だれが変態よぉ~!」
「少なくともいきなりディープかます様な女――――変態だとは思うがな」
「そ、それだけ義之くんが魅力ってことよぉ~」
「よく不良が好きな女子がいるが・・・そういう女に限って喧嘩のシーンを見て泣きだす口だ。お前も泣きたくなきゃあっち行けよ」
「てか私一回見てるし~。そんな義之くんも私は受け入れるよぉ~」
「そんな両手を広げても無駄だ。そうだな――――あの薬局の前にあるカエルの置物、あれなんか抱き心地いいぞ。お前にぴったりだ」
「ふ~んだ、つめた~い」
そう言って足をブラブラさせて立ち去る様子がない茜。買い物帰りなのか食材が入った袋をぶら下げていた。
ほんわかしている様子で軽くお嬢様って雰囲気だから家事は駄目だと思ったがそうではないらしい。まぁ、おつかいなのかもしれないが。
そしてオレが見ている事に気付いた茜は、こっちを向いてニコッとした笑顔を向けてきた。変態の癖して――――少し可愛いと思ってしまった。
それが癪で、吸っているタバコの煙を吹きかけてやった。驚いた顔をしてせき込む茜、オレはそれを見て笑ってやった。
「ぷぷ・・・ざまぁみろ」
「けほっ、けほっ・・・・んもぉ~本当に意地悪ねぇ! 義之くんは!」
「お前はMだから喜んでるんだろ? むしろ感謝してほしいぐらいだね」
「飴がないとそういう関係は成立しないんですぅ~!」
「飴ねぇ、生憎オレはそんな優しくはねぇよ。分かってんだろ?」
「そ~れ~で~もぉ! じゃあアレしてよ、アレぇ!」
「なんだよ?」
「ん~~~~~~」
そして唇を突き出してくる茜。思わず桜公園での出来事を思い出してしまう。あの卑猥ながら官能的な感触を。
性欲が少しばかり湧き上がってしまう。人嫌いなオレでも別に不能って訳ではない。そして相手は特に嫌悪感も湧かない相手。
変態だがツラはいいし、好きというアピールをこれでもかというぐらいに出してくる。思わず顔が茜の唇に寄ってしまう。
別にしちまってもいいんじゃないか――――そう思ってしまった。そしてだんだん顔を近づけていって――――
「いたっ!」
「ばーか」
「イタタ・・・なによぉ~! いきなりデコピンするなんてひどいじゃない!」
「お前と付き合う予定はないと言ったろ。あのままキスしたら調子に乗りそうだからな」
「とか言って迷ってたくせにぃ~。薄目で見てたもんねぇ~」
「――――ふん」
「ん~ふっふっふ~」
「おい、腕を絡めて来るな。めんどくせぇ」
「いいじゃんいいじゃん! 減るもんじゃないしぃ~、それにいくら義之くんでも私の魅力には敵わないって事が分かって満足だわぁ。
ねぇ、してもいいんだよぉ~別にぃ」
「うるせー痴女、離れろよ」
そう言っても離れない茜。乱暴に振り払ってもよかったんだが生憎そんな気分ではなかった。適当にしがみつかせたまま放置。
そして二人してぼけーっとする呈になってしまった。思いがけずイチャイチャする様になってしまって―――かったるい事この上ない。
そしてオレは違和感に気付いた。何か忘れてる様な気がする――――そしてトイレから帰ってくる美夏、オレは天を仰いでしまった。
「待たせたな! さくら――――」
「・・・・・・・」
「ほえ?」
そう言いかけて固まる美夏。そして黙るオレと場の状況が読みとれないできょろきょろする茜。オレは咄嗟に腕を振り払ってしまった。
きゃっ、という小さい悲鳴が聞こえるが構わない。なぜだかは知らないが美夏に腕を組んでいるシーンを見られて思わず焦ってしまったオレ。
その一連の動きを見ていた美夏――――背中を向けて歩き出してしまった。オレはそれを見て慌てて後を追った。
「おいっ、オレはもう行くわ! じゃあな茜!」
「あ、ちょ――――」
茜が何か言いかけたが気にしない。自分でもなぜこんな風に焦っているかは知らない――――はずだ。
ともかくオレは美夏を追いかける為に走った。時刻はもう17時30分、だんだん夜の帳が下りてきた。
「おい、美夏。話聞けって」
「・・・・」
「――――ったく」
あの後、美夏を追いかけたが一足先にバスに乗ってしまい追いつけなかった。そして遅れる事ながらバスに乗り、研究所に着いた。
最初は水越先生の所に寄り、お目当てのモノを置いてきた。水越先生が何か言いかけようとしていたが無視して美夏の部屋の場所を
教えて貰った。
何事かと不審気に見られていたが、オレの真面目な態度に折れたのか素直に教えてくれた。そしてなんとか息を切らせながら部屋に着いた。
そして何回か話し掛けてみたものの返事は返ってこない。これじゃあまるで浮気現場を見られた彼氏だな。実にかったるい。
だがかったるいばかりも言っていられない。いつもならこのまま帰っちまうんだが――――それは駄目だと思ってしまった。
だからこういう風に立ち往生してるわけだが――――戦況はあまりよろしくない。面倒な事になった・・・・。
「・・・・・・桜内」
「・・・・なんだ」
「すまないな・・・・なんか迷惑をかけてしまって」
「気にするな。少しばかり図々しかった――――女と遊んでる時に他の女といちゃつくなんてな」
「彼女、なんだろ?」
「あ?」
「綺麗な女性だったな・・・。すまないな、美夏の方こそ気が利かないなんてな、本当にすまない」
「――――はぁ~」
そういう事か、このポンコツロボットが。美夏にどうやら気を使わせてしまったようだ。気にしなくていい事を・・・。
まぁ、それが美夏の性格だし個性だからしょうがないと思う。図々しい癖に変なところで気を使うからな、こいつは。
謝るのならむしろオレのほうだ。調子に乗っていちゃいちゃしてたオレが悪い。世間様の誰が見てもそう思うだろう。
「なんだ、そのため息は」
「あいつはオレの女じゃねーよ。確かに腕を組まれてはいたが何も関係はない。スキンシップが激しいんだよ、あいつ」
「・・・デレデレしてたのにか」
「確かに調子に乗ってオレが悪い。そこは済まないと思っている――――ごめんな」
「・・・・・」
そうして美夏は出てきた――――すこし苦笑いをしながら。美夏の様子を見るにちょっと気まずいといった具合だ。
何もそんな笑顔する事ないのにな、はっきりいって苦笑いなんて似合わない。そう思って頬を抓ってやった。
「い、いたいっ!」
「なぁに似合わない顔してるんだよ、お前」
「いたたたたたっ! は、離せっ!」
「あいよ、ほら」
「あー痛かった――――いきなり何をするんだ桜内!」
「そんなみっともねぇ顔をしているからだ」
「誰のせいだと――――」
「オレのせいだな」
「・・・・いや、違うな、この場合は美夏だ・・・勘違いして勝手に走り出してしまった挙句、お前は追いかけてきてくれた。
あのかったるい言ってるお前がな――――すまない」
そう言って軽く頭をさげてきた美夏。いや、オレの方が悪いのになと思う。例えば美夏と歩ってて、トイレから帰ってきたら美夏が
他の男と腕を組んでいたらと思うと――――いい気分ではないしな。
しかし美夏は撤回する事はないのかまだ頭を下げていた。少し静まる場。こいつ頑固そうだからオレが許すと言うまでこのままだろう。
さてどうしたもんかと考えて―――ある事を思いついた。これでチャラにしようと考え、話しかけた。
「だったら仕切り直しだ」
「・・・え?」
「明日、オレと遊ぼう」
「桜内と?」
「ああ。なんだかんだあったせいで白けちまったからな。いわゆるデートのお誘いってわけだ。了承してくれるか?」
「で、でーと――――わ、わかった! そこまで言うんだったら、付き合ってもいいぞっ!」
「はは、ありがとうな」
「うむ!」
そう言ってお互い笑い合い、和やかなムードが流れた。たまにはこんな事もあっていいだろう、そう思った。
最近気を張っててあまりこういう事は無かったし、いい気分転換になると思った。美夏とダベッてるとそういうのが多いと思う。
その後、少し談笑を楽しんだがそろそろ夜も遅いので帰る事にした。少しばかり名残惜しいがしょうがない。
美夏と別れを済ませた後、オレは研究室に寄った。明日美夏と遊ぶためにバイトを休もうと思ったからだ。
バイト二日目にして休暇を出すなんて少し常識外れだと思ったが――――しょうがない、そう思うようにした。
部屋の扉を開けるとまだ残っていたらしく、イベールと水越先生が居た。帰り支度をしているらしく、なんとか間に合ったようだ。
「あら桜内くん、用事は済んだのかしら?」
「はい――――スミマセン、途中でバイトを抜ける様な真似をしてしまって・・・・」
「ああ、別にいいわよそれくらい。ぶっちゃけもう何もする事なかったしねぇ~」
「そう言って頂けると助かります」
「と・こ・ろ・で~」
「はい?」
「美夏と、何かあったの?」
「は?」
「それを教えてくれたらこの件はチャラよ」
そうして水越先生はニヤニヤしながら近づいてきた。あまり相手にしたくはないが―――途中で仕事を放棄したオレが悪い。
適当な事を並べちまってもいいが――――多分ウソは通じないだろう。水越先生はなんでか知らないが鋭い。
そんな長い付き合いではないがそれが分かる。水越先生の目――――嘘なんか通じないと言っているような目だ。かったるい事この上ない。。
オレが勝手にそう思っているだけかもしれないが・・・誠意を見せる意味で話してやろうと思った。もちろん細部までは話す気はない。
最初は面白がって聞いていたが、だんだん顔が真剣になっていき――――最後は呆れた顔をしていた。
「はぁ~・・・貴方って子は・・・・」
「重々承知してますよ、オレが悪いって」
「まぁ、貴方モテそうだからねぇ。雰囲気はワイルドだし頭もよさそうで、そして顔もいい―――美夏の事、あまり泣かせないでね」
「――――はぁ」
「そして明日のバイトは休みたいと・・・・」
「身勝手な事言ってすいません。でも――――」
「ああ、良いわよ別に。特に明日はする事ないしね、逆に美夏と遊んでやってちょうだい。むしろそのほうが助かるわ。貴方以外人間に
懐こうとしないから」
「そうなんですか?」
「まぁロボットにしてきた私達の仕打ちを考えれば当然ね。私が美夏だったら絶対に許さないと思うし――――まぁ義之くんは例外
みたいですが~?」
「・・・・・」
そうしてまたニヤニヤし始める水越先生。オレはからかわれるのは好きではないので踵を返した。反応したら余計にからかわれるからな。
あらら、と言っているが無視した。そろそろバスの時刻も近い。あまり遅く帰るとさくらさんに心配かけるしな。
「ああっと、そうだった――――聞きたい事がるんだけど」
「・・・なんですか?」
「イベールに何か言った?」
「何か、とは?」
「この子ったらコーヒーの淹れ方を得意欄に書きこみたいって聞かないのよ。そんなモノより機械の演算を得意項目に入れなさいって
言ったんだけどね。それで聞いてみたら、桜内くんにそうした方がいいって言われたって」
「・・・・・・・」
オレはイベールを見た。相変わらず無感情・無機質で感情が見えないといった具合だ。しかしあのイベールが言う事聞かない、ね。
どうやらオレが言った言葉が思った以上に影響を与えたらしい。考えるといった自立行動――――それを実践したようだ。
「別に――――考えなきゃタダの置物って言っただけですよ。自分で考え、行動しなければガキと同じだって」
「・・・う~ん、そういうプロテクトは掛けてあるんだけどなぁ。一定の行動しかとれないように」
「少なからず感情があるんです。感情というのはまだ完壁に解明されていないんですよね? だったらそんな不確定要素を抑え込む
なんて無理ですよ。理解していないものにプロテクト掛けるなんて大して意味がないでしょ? いつ綻びが出るかなんて分かった
もんじゃない」
「人権屋が聞いたら発狂しそうな言葉ねぇ――――イベール」
「はい」
「明日得意欄にコーヒーの淹れ方をインプットしてあげるわ。まぁ、演算なんてオートメーションで機械でも出来るし」
「はい、ありがとうございます、水越博士」
その様子を見届け、さて帰ろうと思いドアに手を掛ける。その時水越先生と喋っていたイベールがオレに近づいてきた。
何か言いたそうな様子だったので足を止めて向き直ってやった。イベールから話かけられるのは初めてだな、と思いながら
話を聞いてやる事にした
「桜内様」
「ん? なに?」
「色々ありがとうございました」
「――――何かした記憶はないけどな」
「考えるといった行為、今、私はそれがいい事だと感じています」
「・・・それで」
「はい、初めての感覚で戸惑っていますが――――悪くない気分です。ですからそれを教えてくれた桜内様にお礼を言いたくて」
「・・・オレはきっかけを与えただけだ。後は全部アンタが自ら決めたことだ」
「それでもです。ありがとうございます」
そう言ってお辞儀をされてしまった。オレにとっては何気ない行動でもイベールにとっては大事な事であったみたいだ。
とりあえず――――頭をポンポンして撫でてみた。イベールは驚いたみたいが、とりあえずなされるがままといった感じだ。
後ろの水越先生から「この女たらしが・・・」とか聞こえたが無視した。というかイベールを撫でてるとまるで親父になった気分だ。
生憎両親の顔は知らないが――――そう思えた。しかしそろそろ本当に時間が間に合わない頃合だ、行くとするか。
撫でていた手を離す―――と少し名残惜しそうな顔をされた。オレも困ってしまってしばらく見つめあっていたが――――時間も時間だ。
そしてなんか視線を感じる、と思ってそちらに目をやると水越先生がジーッとその様子を見ていた。慌ててオレは踵を返した。
「じゃ、じゃあ、そろそろ行きますよ、オレ」
「あ・・・はい、お気を付けて、桜内様」
「絶対に~美夏のこと~泣かせるなよ~?」
とりあえず水越先生の言葉は無視して部屋から出た。ていうか誰が女たらしだっつーんだよ、人嫌いなオレがそんな真似出来るかよ。
そう思いつつオレはバス停に向かい歩き出した。大体オレが仲いい女なんてそんなにいないって話だ。ロボットを含めたとしても確か・・・
「――――――――」
――――途中で考えるのを止めにした。自分がそんな軽薄な人間だとは思いたくないからだ。いくらオレでもそんな男のクズみたいなのは
嫌だからな・・・・。
人嫌いを謡っていて、女の知り合いが多いってのはどうかと思う。それも仕方ない事だ、大体オレに近づく男でロクなやつはいない。
オレに喧嘩を売ってくるやつがほとんどだ、この性格じゃあ当り前なんだがな――――しかし、なんで女の数は増えるんだろうか・・・・。
その内の一人とはディープまでかましている。おまけにキープ扱いみたいなものだし・・・ロクな男じゃないな、オレ。
「女に刺されて死ぬのは嫌だなぁ・・・せめて最後は楽に死にたいぜ・・・」
そんなことを呟きながらバス停に向かい歩き始め――――もう最終便なのだろう最後のバスが来たので、オレは駈け出した。