「あーっ! また取れなかったぞっ! 桜内っ!」
「お前、不器用な」
「う、うるさいっ!」
そう言って十回目のチャレンジをするために、また百円をコイン投入口にいれる美夏。多分次も失敗するだろう。
オレ達は今ゲーセンに来ていた。美夏がどうやらゲーセンに入った事が無いらしく、ずっと物欲しそうに見つめていたんで
オレが誘ってやった。
子供が初めて遊園地に来たかの様に最初は怖気ついていたが、今見て分かる通りかなりゲーセンにハマってしまっていた。
最初は格闘ゲームとか色々やっていたが、何を見つけたのか―――美夏がUFOキャッチャーに向かい走り出して今に至る。
どうやら気に入ってしまった人形があるらしく、それを取るのにもう千円投入しているが一向に取れる気配が無い。
こいつはロボットの癖に緻密な計算も何もしないで感覚に頼ってボタンを押していた。後ろではオレが呆れた顔でもうずっと
立っている。
「くっそぉ~! また取り損ねてしまった!」
「そりゃ考えもなしにやっているからな。ていうか隣のやつでよくね? 随分取りやすそうだぞ」
「美夏はこれが欲しいのだ! というか桜内! お前も男なら変わってやろうとか思わないのか!?」
「よく聞く定番だが――――その場合、取り損ねたオレはとんだ間抜けになる。もうちょい頑張れよ」
「く、くそ~っ!」
そう言ってまた百円を入れる美夏。しかしこいつもよく諦めないな――――取れる気配が微塵もないのに。
大体クレーンの取る力が弱体化されているのに力任せみたいな方法で取れるわけがない。それにこいつは感情的な性格なので
すぐ力が入ってしまい、微妙にクレーンが行き過ぎたり等して取れないでいる。
ロボットが感情的なのはどうかと思うが、傍から見る分には微笑ましくてなによりだ。だがそろそろ変わってやる頃合いだな。
美夏はあまりの悔しさに涙目になっていた。怒りの感情もだんだん悲しみの色合いを見せてきた。まったく、メンドくさい奴だ。
「ほら、貸してみろよ」
「うう・・・すまない・・・」
「ティッシュで涙ふけよ。かったるい」
「な、泣いてなんかないぞ!」
そう言いながらもポケットティッシュから三枚ぐらい一気に引っこ抜いて目を拭っている、本当にかったるい奴だ。
そして場所を交換したオレはレバーを操作した。自慢じゃないがUFOキャッチャーなんか大してやった事なんか勿論ない。
柄でも無いし、人形を取って喜ぶような性格でもない。啖呵は切ったはいいが正直少しばかり不安もあった。
「えーと・・・レバーの弱さがあれぐらいだから・・・・」
「・・・・・」
「あんまりプレッシャー掛けるなよ、てめぇ」
「い、いや・・・そんなつもりではなかったんだが・・・あはは・・・」
そう言ってまたジッと見詰めてきた。はっきり言ってやりにくいったらありはしないが取りあえず目の前に集中した。
大体こういう奴は目の力だけでやると取れないもんだ、どうしても下斜め目線でやる体制になるので少しポイントをずらす。
後ろの美夏からはそこは違うとか言って騒いではいるが――――連続で失敗したヤツの言う事なんか聞くわけがない。
無視してレバーを動かし―――アームが開いた。我ながら緊張して見守っているとアームが人形を掴んで持ち上げた体制になる。
このまま後は無事に行けばいいがアームが思ったより力が無く、ぐらぐら揺らいでいる。落ちないでくれよ、と見つめてついに・・・
「おおーーーー!!」
「うしっ」
「やっぱすごいなー桜内はー! 一発で取ったぞっ!」
「まぁ、なんて事ねーよ。ココだよココ」
「ぬぬぅ、相変わらず嫌味な奴だ・・・・」
オレは自分の頭を人差し指で叩く動作をした―――対して悔しさと嬉しさの混ざった顔をする美夏。
しかし、慌てながらも変な犬の人形と取り口から出してすぐ喜びいっぱいの顔をした。オレとしてもその様子を見て満更な気分ではなかった。
というかその人形、はっきりいって不細工な人形だった。そこまで喜ぶもんかとも思ったが――――まぁポンコツロボットのセンスだしな。
そしてその人形が取れて満足したのか、他の所に行きたいと美夏が言いだした。オレも別に名残り惜しくなかったので、すぐ店を出る事にした。
辺りは大分溶けたとはいえ、雪がまだまだ残っていた。脇では美夏が楽しそうに雪を踏みしめて喜んでいる、まったく、子供かコイツは。
次はどこに行こうかなぁと考えていると、後ろから声を掛けられた。美夏が俺よりも一早く反応して挨拶をしている人物―――雪村であった。
「あら、珍しい組み合わせね」
「おっすっ! 杏先輩!」
「おはよう―――それともこんにちわ、かしらね」
「・・・・・」
そして親しげに話しだす美夏と雪村、オレは黙ってその様子を見ていた。珍しい組み合わせと言うがオレからすれば
それこそ珍しい組み合わせだと思った。
美夏と雪村は学年も違うし、部活も同じではない。雪村がどこに所属しているかなんて見当もつかないが、確か美夏はどこにも
所属していなかったはずだ。
オレの思っている事に気付いたのか――――雪村が美夏との会話に一段落つけて、こっちに振り向き直った。
「美夏とはある日、たまたま会話した事があってそれからの付き合いね」
「うむ、美夏があるノートを落としたのをたまたま杏先輩が見て、助言をしてくれたのだっ!」
「ノート?」
「ええ、人間の――――」
「わー! わー! 杏先輩言っては駄目だっ!」
雪村が内容を言いだそうとした時、なにを焦ったかは分からないが美夏が雪村の口を塞いだ。そしてモゴモゴしている雪村。
ノート―――ねぇ、こいつの事だからあまりロクなのじゃなさそうだな。ポエム集とか人間の殺し方とかそんな感じだろう。
そしてやっと離してもらえたのか深呼吸する雪村。ていうかそのまま口押さえてたら窒息していたな、案外鼻呼吸だけじゃまともな
呼吸は出来たもんじゃないからな。
「ふぅ~・・・まさか可愛がっている後輩から殺されかけるなんてね・・・」
「す、すまないっ! 杏先輩」
「まぁ、死ななかったから別にいいけど――――それはともかくして貴方達二人組が一緒に歩いているなんて珍しいわね」
「うん? そうか? 美夏はそうは思わないが」
「傍から見ればそう思うのよ。それとも何? もう違和感ないほど一緒の時間共有したってこと?」
「それは――――」
「オレもある日コイツと偶々会話してな。それで気が合っちまってデートと洒落こんでいるって訳だ」
「ちょ、ちょっと待て、桜内っ!」
「――――ふーん」
美夏が言いあぐねたのでオレが言ってやった。美夏が焦っているが構いやしない――――事実、傍からみればこれは立派なデートだ。
楽しそうにゲーセンに行ってUFOキャッチャーをしたり、女の変わりに男が人形を取ってるなんていう風景なんてまさににそうだ。
しかしオレの言っている事が信用できないのか―――雪村はジーッとこちらを見ている。オレはその視線を適当に受け流した。
クラスでのオレの雰囲気、暴力事件の噂、極めつけがこの間の喧嘩・・・また更に警戒心を抱かせてしまった。
そんなロクでもない人間が、美夏というある意味純真な女の子と歩いている――――勘ぐらない方がおかしいってもんだ。
「ねぇ、美夏」
「うん? 何だ?」
「義之に脅されているとか、何かあったの?」
「ほえ? なんでだ?」
「何でって・・・・」
「・・・・・」
本人の目の前にして言うことではないと思うが、まぁもっともな意見だと言える。オレが第三者だったら間違いなくそう思っているトコだ。
雪村はオレに警戒している視線を送ってくる――――余程仲がいいのだろう、何かしでかしたら許さないという目だ。
クリパみたいな互いの間に流れる和やかな雰囲気はもうない。それほど美夏を大事に思っているようだ――――感情の切り替えの早い奴め。
対してオレもそんな視線なんか浴びせられたら気持ちがいいモノではない、逆にその目線を見返してやった。少し場の空気が重くなった。
お互い目線を外さず見つめ合っていた。当然色っぽいモノであるはずがなく、一触即発的な雰囲気を醸し出していた。
そんな場の空気が読めないのか――――美夏は、笑いながら雪村に語りかけた。眩しいくらいの笑顔で――――
「はははっ! そんな心配は御無用だ、杏先輩! 桜内には大変世話になっている!」
「――――へ? そ、そうなの美夏?」
「うむっ! さっきもゲーセンで人形も取ってもらったし、その他でも色々頼りにさせてもらっている」
「へ、へぇー・・・・」
「この間のクリスマスではこんないいモノまで貰ってしまったしな! 美夏も何かの形で返そうと言っているんだが
なかなか桜内が頷いてくれなくてな――――」
そう言って携帯のストラップを見せびらかす美夏。何が嬉しいのか知らんがストラップを振り回している―――千切れるっつーの。
そういえば、こいつは義理固い性格だから常にお返しするって言って朝からうるさかった。オレは「いらねぇよ」と言って突っぱねたのだが
それでも食い下がってきた。あまりにも五月蠅いから怒るぞと言ってやっと静まったぐらいだ。最後に小声で「その内、恩は返す」と言っていたが
無視した。難儀な性格だ、こいつも。
雪村は美夏のオレを押し売りするような文句に少したじろいでいた。ていうか気恥ずかしいので腕を引っ張って喋るのを止めさせた。
美夏が脇で文句は言っているが無視する。まったく、バカップルじゃあるまいに・・・・。そんな様子を雪村はぽけーっと見ていた。
なんだかかったるくなってきやがった――――そう思ったオレは美夏の手を引いて歩き出した。
「お、おい桜内――――」
「腹が減っちまったな・・・どっか食いに行くか」
「え、ちょ、ちょっと待て! だ、だったら杏先輩も――――」
「じゃあな、雪村」
「え、ええ・・・・・」
そうしてオレ達は歩き出した。後ろから見られている視線が痛いが気にしない事にする。まったくはしゃぎ過ぎなんだよ、このロボットは。
美夏がぶつくさ呟いているが聞いてないふりをした。大体お前のせいで恥をかいたんだっつーの、まったく。
とりあえず雪村の視界から外れるまで早歩きをした。そしてちょうど曲がり角があったのでそこを曲がり、ホッと一安心して今度は普通に歩いた。
「なんだなんだ桜内、どうしたんだ?」
「腹が減ったんだ」
「だ、だったら杏先輩も一緒でよかったんじゃないか?」
「言ったろ、人嫌いなんだよオレ。最近はまぁ良くはなってきてはいるみたいだが・・・それでも根元は変わらない」
「あ、杏先輩もか? 美夏から見るにいい人なんだが――――」
「いい人だろうが連続殺人犯だろうが―――関係ない。さっきだってちょっとイライラしてたんだぜ、オレ」
「そ、そうは見えなかったが・・・じゃ、じゃあ、もしかして水越博士もか?」
「一定の距離を取ってくれるなら構わない。前も言ったが愛情向けてくる相手なんかはもう駄目だ。殴りたくなっちまうんだよ。
雪村もその類の人種だってだけの話だ」
「そ、そうだったな――――悪い」
「別にお前が謝る事じゃない。ただオレがそういう性格をしている事が問題なだけだ――――いつか治るといいけどな」
「・・・そうだな」
「まぁお前の人間嫌いも相当なもんだがな。ところで本当に仲がいいんだな、雪村と」
「うむ、さっきも話していたが美夏が書いてるノートを見て助言してくれたのだ。内容は言えないが、とても参考になる事ばかり
言ってくれたんだ。それ以来からの付き合いだな、美夏が杏先輩のことを慕うようになったのは」
「ふ~ん・・・お前にしては珍しい事だ―――どうでもいいけど。ま、さっさと昼飯食おうぜ。本当に腹が減っちまった」
「どうでもいいってお前――――はぁ~・・・お前は本当にヒドイ奴だよな・・・。まぁ、でもそうだな、そろそろ時間も時間だし。
適当にどこかに入るとするか」
「んだな、お前は何が食べたい?」
「うむぅ・・・そうだな――――――――そうだ! パフェが食べたいぞ、美夏は!」
「お前、小学生な」
「う、うるさいっ!」
そう言い合いしながら適当にファミレスに入る事にした。ファミレスならお互い目的のモノが食べられるだろうしな。
そういえば――――と手を見る。さっきから手を握りっぱなしだったのを思い出した。すっかりちゃっかり忘れていた。
手なんか繋いでラブラブデートね・・・オレの柄じゃねぇな、そう思い手を離そうとして――――
「久しぶりだな~、パフェなんか食べるの!」
そう言って手をギュっと握ってきやがった。これじゃあ無理に離したんじゃ意識してるのがバレバレだな、カッコ悪い。
オレは特に意識しない事に決めた。柄ではないが――――悪い気分じゃない、そうも思えたからだ。
そうしている内に美夏はどんどん歩き始めた。そんなにパフェが楽しみなのか・・・ガキだな、本当に。
手を繋ぎながら商店街を二人して歩いた。まったく―――本当に柄じゃない。そう思ってオレも手をギュっと握り返した。
「もうちょっと臨場感欲しいなー、まぁプロじゃないから当り前か」
あの後ファミレスで食事を終えて、さて次どこに行こうかなと思った時に美夏の携帯の着信音が鳴り響いた。
どうやら今日は美夏が定期メンテナンスをする日だったらしく、水越先生がそれを忘れていたみたいで急遽呼び出したって話らしい。
オレも水越先生と話をしたがとにかく謝られた。オレとしては美夏がそのメンテナンスを怠ったばかりに何かあったら気が気ではない
ので別にいいですよと言った。
まぁ――――大人げないと思うが少しムッとしてしまってはいたが・・・。美夏もどこか不満気だったりした。
しかし背に腹は変えられないのでしぶしぶ了承した。美夏はすまなさそうに謝ったが別に美夏が悪い訳ではない。
今度またどこかへ行こうと約束してさっき別れた。まだ時間はあったので少しブラブラしよう、そう思って歩き出した。
ふと、なにやら騒がしい音が聞こえた。どうやら路地裏から聞こえたようだ、オレは興味本位でそこを覗いてみた。野次馬根性みたいなもんだ。
見ると女子三人に囲まれた金髪の女―――エリカがいた。様子を見るに絡まれているらしい。まぁ―――目立つからなアイツは。
女子は恐らくエリカと同い年くらいだと思う。顔が幼いし、かといって小学生でもないといった風だからだ。
大方出る杭は打たれるといった感じでいちゃもんつけられてるんだろう。エリカは罵声を浴びさせられても何一つ言い返さないでいた。
どこかおどおどした感じで強張っていた。意外と肝っ玉は小さいらしい、普段強気なだけにそう思う。強がっているだけかもしれないが・・・。
とりあえず暇だったから成り行きを見守る事にした。オレはタバコに火を付けて適当に座った。気分は演劇を観る客の気分だ。
そして冒頭の捨て台詞を呟いた。演劇のプロは寝る間も惜しんで銀幕に出る為に練習しているし、まぁしょうがないのだが―――
「なんとか言えっつーの、マジ調子に乗ってさぁ」
「貴族だか何だかしらないけどさぁ―――あんまり調子に乗ってるとボコるよ?」
「・・・・・・・」
「何と言えよっ! なめてんの!?」
そういってエリカの襟を掴んだ。首筋が絞られ苦しそうだ、息もあまりできないだろうに。周りはその様子を笑いながら見てた。
笑い終わって気が済んだのかその女は襟を離した。咳き込みながら膝まづくエリカ、そしてその顔を足蹴りにした。
小さい悲鳴を上げてエリカが倒れ、次々足蹴りにしていく女子生徒達。オレは欠伸をしてその様子を見守った。
「ったくさ~どうせ援交でもしてんでしょ~? 金髪なんか珍しいからね~」
「あはは、そういう顔してるもんねぇ。脂ぎった親父相手に股開いてさぁ」
「えーやだー、マジきキモくね、それ? でもいっぱいお金貰えそうだよねぇコイツならさ。胸は貧しいけど」
「・・・・っぐ」
そういってまた笑いながら足蹴りにしていく女子生徒達。というか確かに胸は無いな、エリカ。まぁその分は美貌にきているからいいけど。
オレは頷きながらそう思った。その美貌、振る舞い、気品―――どれをとっても一流だしなぁ・・・嫉妬でこんな事されるのは確かに分かる。
しかし女子のイジメは陰湿だな、怪我が残らない程度に蹴っている。まぁ怪我させるほどの力も無いか―――貧弱っぽいし。
「あ~あ、そろそろ飽きたなぁ、私」
「そうだねぇ。あ、そうだ! 帰りどっか寄っていこうよ! コイツの金でさ!」
「おおーいいねぇ、グッドアイディアじゃん!」
「という事だから金だしな、アンタ。そんなナリでも貴族のお嬢様なんだし? いっぱいお小遣い貰ってるんでしょ?」
「・・・・・・・・はい」
どうやらそろそろ劇も終劇らしい。あんまり面白くなかったな、この見世物。劇の基本の起承転結がなっていない、まるで駄目だ。
これで金取るっていうんならクレームが来る。これじゃあ銀幕はでれないぞ、お前達。もっとがんばれよなと思わずにはいられない。
見ればエリカは万札を取りだしていた。女子たちの嬉しい悲鳴が聞こえてくる。まぁ、さぞかし嬉しいだろうだろうな。
さて―――そろそろオレは立ち去るか、飽きたしな。今日の晩御飯は何を作ろうかなぁと思いながら踵を返した。まだ寒いので鍋料理がいいだろう。
「おー! リッチじゃん! さすがお・じょ・う・さ・ま~!」
「さっすがだね~! あ、そうだ友達になってあげるわよアンタ。でもその分、毎日お金ちょうだいね~!」
「これしかありませんけど・・・・」
「まぁ別に許してやるよ。あたしら優しいからねぇ~」
「うんうん。私達ほど優しい女っていなくてね?」
「言えてる~! マジ女神って感じ?」
「これしかありませんけど・・・・・」
「だから分かったつーの、何回も同じ事言わないでいいよ」
「ほら、早く寄越せって、このバカ」
「これしかありませんけど―――
――――貴方達みたいなゲスやろうに、ピタ一文払う金なんてありませんわ。物乞いでもした方がよくなくって? きっとお似合いですわよ?」
そう言って笑顔でお金を破くエリカ。紙を千切るいい音が場に響いた。女子たちはその光景を思わず呆けた様子で見ていた。
しかし次第に状況が掴めてきた女子たち―――顔は真っ赤になっていった。そしてエリカの髪を掴み、地面に押し付けた。
一人が髪を掴み地面に押しつけて動けなくして、もう一人が腕を取り、その腕の上に足を乗せる女―――腕を踏み折る体制だ。
「いい根性してんじゃん、アンタ」
「だね~少しばっかり感動しちゃったよ」
「その感動に免じて―――腕一本で済ませてやるよ、感謝しな」
「―――くっ!」
そうして、その女は腕を折るために足に力を入れて―――吹っ飛んだ。もう華麗なぐらいにスポーンと地面をゴロゴロ転がっていった。
思わずオレは将来サッカー選手になった方がいいのかもと思った。金も稼げるし得意スポーツで汗を垂らすのも悪くないかもしれない。
しかしその考えはすぐ霧散した。人嫌いなオレが集団スポーツなんか出来やしない。つまりは無駄な才能って事だ、かったるくなる。
「あ、さ、さく―――――」
「ああ!? んだよテメ―は!?」
「いきなり現れて―――カッコイイと思ってんのかよお前っ!」
「ざ、ざけた真似しやがってっ!!」
「う~ん・・・・・・」
危なくオレの名前を呼びそうになるエリカ―――が、他の女の声によって絶たれた。オレはその様子を見て内心ホッとした。
多分――――というか絶対荒事になるしな。ここでオレの名前がバレたんじゃ後々面倒だ、その女が短気な性格でよかった。
にしても―――オレは唸ってしまった。こいつら、何かに似てるんだよなぁ・・・・とそんな考え事をしていた。しかしすぐ
に思い浮かばなかった。
しかしそんなオレの様子を気遣う事もなく、女子達はいきりたっていた。いきなり乱入した男に警戒心を露にする。
オレはその間も考え事をして・・・・・・思い出した。何かに似てると思ったがようやく合点がいった―――そして目の前の女を指差す。
「てめぇ、なに人の事を指さして―――」
「ゴリラ」
「―――は?」
「そして隣のお前がチンパンジー」
「ああ!?」
「んでもってお前がオラウ―タン」
「て、てめーっ!!」
喉に引っ掛かった小骨が取れる感覚―――――要はスッキリしたという感じだ。よかった、思い出せて。明日まで引きずりたくなかったからな。
というかこいつら、つるんでいるようだが動物園でも開くのだろうか。確かに初音島に動物園は無い、あるのは遊園地だけだ。
初音島に社会貢献するのはいいことだが―――――放し飼いは良くない。こういう輩がいるからペットを持つ人たちの肩身は狭くなるのだ。
「こ、こいつ―――――」
そう言ってオレが地面に転がした女が殴りかかってきた。とてもじゃないがその姿はお世辞にもキレイとは言えなかった、不格好過ぎる。
手と足の動きがバラバラだし腰にも力が入っていない―――完璧に素人の動きだ。まぁ喧嘩慣れしてる女なんていないもんなぁ。
そしてオレはいつも通り―――――その拳を躱して、すれ違い様に思いっきり拳を顔面に叩きこんだ。鼻の骨が折れる小気味のいい音。
「―――――あぁあああああっっ!!」
「あーうっせぁな~もう」
「へぐぅっ」
五月蠅いから顔を押さえて座り込んでいる女の顔を蹴り上げた。そして変な声をだして倒れこむ女。どうやら失神してしまったらしい。
とりあえずオレは更に顔を思いっきり踏んで捻りを加えた。ただでさえ鼻から出血がおびただしく出ていたのに、更に血が噴出している。
「あ、オレのフェラガモの靴が汚れちまったじゃねーか・・・これ結構高かったんだぞ、てめぇ」
「お、おい・・・やめろよ・・・・」
「・・・・ヒック・・・っっく・・・・グス」
そして更に顔を蹴った。まったく、初音島で手に入らないから通販で取り寄せたのに・・・大体血は落ちにくいんだよなぁ。
家にオキシドールあったかなぁと考えていると残りの女に声を掛けられた。しかし、やめろよと言う言葉が気にくわない。
ヤクザなら殺される言葉使いだ。最近の子は怖いモノ知らずだなぁと思う――――とりあえず、ショック状態で目の前で泣いている女を蹴りあげた。
「―――――ヒァ」
「お、おいっ! なんで、いま、蹴ったんだよっ! な、なにもしてねーだろそいつ!?」
「いや、お前に近づこうとしたんだがな、なんか目の前で泣いててかったるかったから蹴っちまった」
「かった―――――だ、大体私達は女だぞっ! それをこんな・・・!」
「う~ん、なんでだろうなぁ。生まれつきこうだからなぁ・・・オレ。やっぱり直したほうがいいよな、この性格」
そしてまた蹴りあげた女の顔を踏みつぶした。もうここまで靴が汚れたものはしょうがない、どうにでもなれといった感じだ。
大体女だからって考えが甘い。中南米じゃあそんな考えはない、れっきとした男女平等だからだ。
家事をするのも。仕事をするのも、育児をするのも、殺し合うのもそんなのは関係ない国だらけだ。日本とは全然違う正しい形だと思う。
まぁ、そもそもオレはそんな些細な事は気にしない性格だ。チマチマ小さい事を気にしていては器の大きい男には成れない。
「あとはお前だけか」
「ヒ、ヒィ―――」
「あーっと、待てよ」
逃げようとしたので後ろ襟を掴んで壁に叩きつけた。一瞬壁に叩きつけられて呼吸が出来なくなる女――――まぁワザとなんだけどな。
大体ケンカで背中見せるなってーの。逃げる時は、逃げる時でちゃんと方法があるのにな。勉強不足にも程があるわ。
「ゆ、許して――――」
「駄目だね」
「ど、どうしてっ!」
「家に帰ってママにでも聞いた方がいい。親は偉大だからな、多分納得いく答えが返ってくると思うぞ」
「――――は」
そして腹に膝を叩き込む、思わず顔を伏せる相手。その髪を掴んで思いっきり引っ張り、顔を強制的に下に向かせる。
顔がいい位置にきたので、膝を弓なりに逸らして溜めて、顔を突き上げた。それでその女は失神したのか―――――倒れ込んだ。
極めつけに頭を踏みつけた。まぁ、大体オレのケンカなんてこんな感じだ。特にオレは怪我もしなかったし、よかったといつも通り安心した。
ホッとため息をついて脇を見ると、エリカが口をぱくぱくさせていた。まぁ、お嬢様にはきつい光景だったかもしれないな。軽くショック状態になっている。
目の焦点が合ってないエリカ―――――こういう奴を起こさせるのは簡単だ、更にショックを与えればいい。オレは思いっきり壁を蹴った。
その音で体がビクッとしてだんだん目の焦点が合ってきたのが目に見えて分かる。さてエリカも無事復活したし――――そろそろ行こうかと思い
エリカの手を握った。
「さ、さ、桜内、あ、あなた・・・・」
「ほら、行くぞ。さっさとしろ」
「あ―――――」
強制的にエリカを立たせて、服に着いた埃を払う――――が所々破れていて完璧には綺麗にならなかった。高そうな服なのにと思う。
そしてとりあえず、あまり人がいない公園に移動する事にした。今のエリカの姿はちょっとアレだしな、人がいたんじゃ気にしてしまう。
女達の事は放って置くことにした。死にはしないだろうし、善良な一般人が救急車を呼んでくれる筈だ。ぶっちゃけ知った事ではない。
そう考えながらとりあえずエリカとオレは走った。貴重な午後の時間が取られて、少し憂鬱な気分になりながら、とりあえず公園を目指した。