あの後、公園に着いてからが大変だった。緊張の糸が切れたのかボロボロ泣きだすエリカ――――オレは少し困ってしまった。
頭を撫でてみるが、余計に安心してしまい泣きだす始末だ。それもさっきの暴力的な光景を見てしまい、怯えながら泣くからタチが悪い。
根気よくあやすが、なかなか泣き止んでくれない。なんでオレがこんな事―――と思ったりもしたが乗りかかった船なのであやし続けた。
二時間はそうしていたと思う。やっといつも通りな感じにおおよそ戻ってきた。そして言われる罵詈雑言、オレはため息をついた。
一部始終を見ていたと言ったらなんでもっと早く助けなかったとか、女性をなんだと思っているんだとか、この野蛮人とか、服が破れた
とかそんな感じだ。
大体コイツが上手くやればオレは出ないで済んだって言うのに―――――我儘な奴だと思う。この跳ねっ返り娘め・・・・・・。
「ったく、貴方って人は―――――!」
「またその話か、いい加減うぜーよ」
「じょ、女性にあんなに大怪我させるなんて・・・考えられませんわっ!」
「自業自得だ、昔の中国だったら市内を引きずり回されてるよ」
「こ・こ・は、日本ですのよっ! 本当に、本当に貴方って人は――――!」
「―――――本当は助けるつもりなんか無かったよ、最後まで」
「え?」
「あのまま媚びて終わってればそこまでの人間―――そう思ったからな。事実、踵を返していた」
「・・・・・・」
「だが、お前は逆らった―――相手は見るからにお前の事なんてどうでもよさそうに見てたし、血の気も多かった。
逆らったらどうなるかぐらい分かってたのにな。腕を折られそうになった時のお前――――しょうがないって顔をしていた」
「・・・そうですわね」
「だから助けた。お前みたいな人間にあんなツマラナイ事で怪我なんかしてほしくねーし、第一に貴族のお嬢様だ――――本当の意味でのな」
「・・・・・・・」
「確かにやりすぎた感はあるが――――貴族の娘に手出したんだ、普通なら死刑もんだろ? お前の国なら」
「そ、それは、そうですけど」
「なら問題なし。そう考えれば安く済んだ方だ――――さて、じゃあ行くぞ」
「え、ど、どこに?」
「ん? 服屋」
そう言ってオレはエリカの手を引いた。慌てて座っていたベンチから立ち上がるエリカ、顔は混乱しているといった風だ。
しかしオレは構わず歩き出す――――エリカは渋々といった感じだ。まぁ服がボロボロなんで恥ずかしいんだろう。
そしてオレは初音島でもあんまり人が来ない服屋に来ていた。1日に10人客が来れば繁盛といった具合の店だ。
それもその筈――――最近出来たばかりのブランド店だからな、初音島の連中はまず来ないし来れる筈もない。
エリカはその店構えを見て――――固まってしまった。てかこいつお姫様なんだから慣れてるだろうに・・・・。
店に入ると店員はオレ達を見て少し眉をひそめた。当然だ、見た目はガキのカップルだしおまけに女性は服が所々破れている。
だがオレはそんな事を気にする性格ではない――――エリカはかなりキョドってはいたが・・・・。
「さ、さ、さ、桜内? な、なんですのここは?」
「服屋だべ」
「ね、値段の、ぜ、ぜろが一つ多いような気がするんですが・・・?」
「まぁ、ブランド店だしな。輸入税がついてちょっとばかし高いがな」
「――――はぁ~~~・・・無理ですわよ・・・買えません・・・私、お札を破いてしまいましたし・・・」
「罰当たりめ」
「そういうことですの。だから買うなら他の店に―――」
「買ってやるよ」
「―――――え?」
「この女性用のシャツなんかいいんじゃないか? モードっぽくて高級感あるなぁ・・・うわ、ゼロが何個ついてんだよ・・・」
「ちょ、ちょっと!」
「あ?」
「あ、あなたねぇ・・・! き、気軽に買える値段じゃなくてよっ!?」
「大丈夫、いいバイトがあってかなり儲けてるし、カードもある。気にすんな」
「な、なんでそこまでしてもらわなくちゃ――――」
「お前に惚れちまったからだよ」
そう言う―――とエリカは固まってしまった。オレは気にせず服を物色し続けた。エリカの為に来たのだが、内心オレはテンションが上がっていた。
こんな店になんかなかなか来れないし、金にも余裕がないからだ。バイトをしているおかげでそれなりに今は金を持っているが貯金しようと思ってたしな。
それにオシャレするってのも嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。だからこういう店に来ちまうと楽しくてしょうがない。まぁ、買えないけどな。
「・・・・・・って、え!? それってどういう――――!」
「啖呵を切ったお前がすげぇカッコよく見えた。その瞬間――――お前に一目惚れしちまった。見惚れたね。
初めてだよ、そんな事。そしてお前にどうせ服を買ってやるなら上等なモノを着せたかった、それが理由だ」
正直金を出して終わりだと思っていた。あの状況ではそれ以外ありえないと思ったし、だからオレも帰ろうと思っていた。
しかしとりあえず最後まで見てやるかと思って見ていたら例のシーンが繰り広げられていたって訳だ、正直驚いて―――呆けた。
その時のエリカは本当に――――本当に貴族に見えたからだ。今のイギリスの紳士とかセレブではなく、本当の貴族。
オレには持っていない誇りを持ち合わせ、オレには持っていない気品を持ち合わせたエリカ―――心を奪われた。
今まで犬扱いしていたオレが愚か者みたいにも思え、騎士ではないが―――あの人を守らなければと思い、気付いたら駆けていた。
「あのシーンはマジで最高だった。今まで色々な女を見てきたが、お前みたいなのはいなかった。ハッキリ言って、反則だなアレは。
人嫌いのオレをこんな気持ちにさせる程の魅力があるし、オレもそれが悪い気分とは思っていない。むしろいい気分だ、笑えるよな?
こんな高い服買ってやろうとしてるってのに―――やっぱり最高の女だよ、おまえ」
「~~~~~~~~ッ」
そう言ったらエリカは顔を赤くしてしまい俯いた。だからこいつは人に褒められ慣れていないのかよ、世の中の男は本当に腰抜けだな、まったく。
こんな女世界中探したってなかなか見つからないってーのに・・・そこらへんのブスと付き合っている男の気持ちが分からん。
そう思いながら服を選んでいるが、エリカはもじもじして服を見ていなかった。だから何でもいいから気に入った服を出せと言ってやった。
「で、でも―――」
「男が買うって言ってるんだ、こんな時は女は黙って買ってもらうべきだと思うな。それともなにか? お前はそんなにオレの事嫌いなのか?
恥をかかせたいのか? 頼むから何か選んでくれ、そうしないとオレの気がすまないんだ」
「―――わ、分かりましたわっ! ここは貴方の男を立てます! だ、男性の方にこういった形で屈辱を味わせるのは私も本意じゃありませんし・・・」
「それでいいんだよ。んで、気に入ったヤツはどういう服なんだ?」
そうしてエリカは渋々服を手に取った――――1番安い服を。だから頭を引っぱ叩いてやった。何遠慮してんだよ、このツンデレ外人は。
涙目で訴えてきてやったが無視した。しょうがないのでこの店でもまぁまぁな値段がする服とパンツを手に取った。金が足りないかもしれないが
こうなったら借金してでも買ってやる。
エリカが慌ててオレの手を引っ張るが振り払った、そして会計の前に立つ。店員は本当に払えるのかよという目をしたが
黙って合計金額が出るのを待った。
そして表示される金額――――多分しばらくタバコは吸えなくなるだろうという金額。エリカがその表示金額を見てオレの背中をしきりに引っ張るが
無視してカードを出した。ていうか引っ張んな、伸びるから。
そして商品を受け取り、店員の許可を取りエリカを着替えさせる。エリカはもう観念したのか―――黙って試着室に入り着替えた。
試着室に入ったのを見て、オレは考えた。バイトの日数増やして金貰えないかなぁ・・・でも普通のバイトじゃないし固定給なのかも、と。
そうしている内に着替え終えたのか、エリカが出てきた。その姿を見て―――オレと店員は固まってしまった。
「ど、どうかしら・・・? に、似合うかしら・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
オレが買ったのは感じのいい女性用のドレスシャツだった。パッと見て、エリカなら合いそうだと思いその服をチョイスしたって訳だ。
なかなかドレスシャツを着こなせる女ってのもいないが、エリカなら映えそうなそうな気がして購入した。まぁ貴族の娘っ子だしというのもあるが。
エリカの姿はハッキリ言って似合いすぎてた。普通マヌケに見えるようなフリルも完璧に雰囲気に似合ってたし、一緒に購入したブーツカットのパンツ
も似合っていた。
例えて言うなら、お嬢様が軽く下の町をお散歩しに来たという風だった。普通に売れているモデルだと言われても信じてしまうような外見、ヒールが更に
大人っぽさを演出させた。
金髪に美貌にモードの高級感―――払った金以上のモノが手に入った感覚だ。さっきまで惜しかった金が惜しくなくなり、逆に安いと思えるような出で立ちだ。
オレ達の様子を見て、エリカが不安そうな顔をした。そうだな―――――こういう時に男が言うセリフは決まっている。
「ちょ、ちょっと! 黙らないで―――」
「キレイだよ、エリカ。モデルみたいだ」
「・・・・・え?」
「キレイという言葉じゃ、陳腐だな―――――とても美しいよ。店員さんもそう思いますよね?」
「ええ、とてもお似合いですお客様! こんな島でこれほどの人がいるとは思いませんでしたっ! いやぁ~本島から来てよかった!」
「え、ちょ、ちょっと・・・や・・・やだ・・・・」
こんな島で悪かったな、てめぇこんにゃろ。オレ達二人がそういうと恥ずかしがってしまい、顔を俯いてしまった。
そんな仕草さえとても映えている風で、オレと店員は二人してため息をついてしまった。これは本当に思った以上だ。
そしてこちらを窺うようなエリカの目と視線が交差した。エリカが照れくさそうに笑い、それに対して、オレも心から笑みを出した。
「おい、くっつくな、足が当たってまともに歩けねぇ」
「べ、別にいいでしょっ! 黙って歩きなさいな!」
あの後オレ達は店を出ようとしたが、店員に止められた。何の用かと思ったが感激のあまり服をプレゼントしたいと言いだしてきた。
くれるっていうことならオレはおいしいと思ったので快く引き受けた。エリカはそんな悪いですとか言いながらお辞儀をしていたが・・・。
その殊勝な態度に更に感激したらしく是非という事なのでエリカも渋々引き受けた。そして持ってきたものにオレは驚いた。
持ってきたものはベストとコートだけっていうものでも驚きなのに、その店員はよりによって新作を持って来やがった。
オレはアウトレット的な売れ残り商品かと思っていたので思わず声を出して驚いた。ブランドの新作をプレゼント――――イカレてると思った。
はっきり言って何か裏があるんじゃないかと思ったが、その店員の目はキラキラしていて子供みたいなはしゃぎっぷりだった。
多分エリカに惚れこんでしまったんだろう、コートとベストをどうかタダでいいから着てみてくださいと言って聞かなかった。
そして服を着たエリカ――――もうモデル顔負けといった感じの出で立ちだ。ハリウッド女優だと言われたら信じてしまう美貌だ。
とりあえずそれから店を出て、先の事もあったので送る事にした。店員はわざわざお見送りまでしてくれて。その笑顔がすごく輝いてたのを見て
思わずオレ達は苦笑いをしてしまった。
夜も近づいてきたなと思いながら歩っていると腕を組まれる感覚―――――エリカがオレの腕に自分の腕を絡めてきた。
顔を見るとツーンと澄ましているエリカ。それが癪だからもうこれでもかというぐらい褒め倒した。綺麗、美しい、可愛いという
言葉を何度も使って思いつくだけ口説き文句を言った。
途端に顔を真っ赤にして俯いたのを見て、オレは笑った。その声を聞いてエリカはハッと顔を上げてオレの顔をポカーンと見詰めた。
ようやくエリカは自分がからかわれた事に気付き、目を剥いて怒りそして――――組んでいる腕に力を込めた、もう離さないとばかりに。
「バカップルみたいで嫌なんだよ、こーゆーの」
「ばかっぷる? 何かしらそれ」
「余りにもお互い好きすぎてイチャイチャする様を言うんだ。オレはそういうのがあんまり好きじゃねーんだよ」
「・・・・・・・なんだ、いい事じゃない」
「んあ?」
「――――何でも無いわ」
そう言って歩きだすエリカ、つられるオレ。かったるい展開になってきたが別に嫌な気分ではなかったし放っておいた。
そしてしばらく無言で歩き、とうとうエリカが住んでいるマンションに着いた。意外にも質素なマンションなので拍子抜けした。
もっと大都会にあるマンションだと思っていた。まぁ初音島にそんなマンションがあるなんて聞いたこと無いが。
「じゃあな、ゆっくり体を休めろよ」
「・・・・・」
「ってお前、腕を離せって――――」
「・・・・・上がって行きなさいよ」
「あ?」
「―――――! だ、だから上がって行きなさいって言ってるのっ! 貴方、本当は聞こえてるんでしょ!?」
「だーっ! うっせーよ、お前っ! ていうかなんでよ」
「お、お礼の意味も兼ねてよっ! 貴方には何だかんだいって助けてもらったし、それにこんな高い服まで買って貰ったんだから
当り前でしょ!? それともなに、女の私が誘ってるのに恥をかかせる気っ!?」
「いや、別にそういうつもりじゃないけどよ・・・」
「だったら素直に来なさいなっ!」
「お、おい」
そう言って腕を無理矢理引っ張られて部屋に案内された。まぁ別に遅く帰らなければいいし、と思ってとりあえずなされるがままに着いて行った。
そして部屋に着き、おじゃましまぁすと言ってあがらさせて貰う。部屋の中は案外簡素な部屋でお嬢様らしくはないが―――エリカらしいと思った。
お茶を持ってくると言って台所に立つエリカ。その後ろ姿を見て、オレは思わず唸ってしまった。
「・・・へぇー」
「うん? 何よ?」
「いや、案外台所が似合うと思ってな、実にいい感じだ」
「――――ッ! べ、別に女性なら当り前ですわっ! それに私だって料理ぐらい作れますの、似合うのは当り前ですわ」
「最近の女は料理が作れない上に、台所が似合わない女ばっかりだ」
「そ、そうなんですの?」
「昔は女は料理、作法は出来て当たり前だったし、出来なきゃ嫁ぐ事も出来ない。嫁ぐ事が出来ないって事はその一族は終わりって事だ。
だから当時は死活問題だな。他国と交流して文明を取り入れるのはいいが――――悪い所も真似するのが日本の特徴だな、女性社会と
いう意味を履き違えている。おかげで料理が出来ない女ばかりだ」
「へぇー、難儀な国ですわね」
「色々特殊な国だからな。魚を生で食うのも他国から見たら信じられないらしいし」
「私は別に普通ですわよ、寿司でしたっけ? あれはなかなか美味で美味しかったですわね」
「ん? どこの国なんだお前? 顔つきはヨーロッパの方だけど、もしかしてイタリアか?
あそこの国ならそういう食文化もあったな。もしくはその周辺とか」
「へ? いや・・・その・・・・あの・・・・」
「イタリアなら納得できるけど・・・アメリカでもそういう顔つきはいるし・・・う~ん」
「い、いいでしょ! どこだってっ! ほら、お茶が出来ましたわっ!」
「あ――――」
そう言ってオレの前にお茶を置いた。律儀な事に日本茶で、特に外国人らしい間違いは起こしていないみたいで普通に美味そうなお茶だ。
エリカはお茶を置いた後、またオレの腕を組んできた。何が嬉しいのか知らんが、すごく機嫌がいい顔をしていた。
もちろんかったるいので腕を振り払おうとして、エリカと目があった。そして照れくさそうに笑って――――頭を預けてきた。
オレはというと・・・・・結局腕は払えないでいた。そんなエリカの様子がいじらしいと思えてしまったからだ。
「・・・お前も変わった奴だよな」
「え? どうしてですの?」
「あれだけのケンカをしたオレにこんなに甘えるなんてな。普通だったら出来るだけ近づいてこない」
「べ、別に甘えてなんかいませんけど・・・そうですわね、私も不思議ですわ」
「こんな女でも平気で顔面殴れる男なんて正気じゃないと思うけどね、オレ」
「――――確かに怖いとは思いますわ。け、けど、私を助ける為に殴ったんでしょ? だ、だったらお礼はするのなら話は分かります!」
「前にも知り合いに言ったが―――異常者だぜ? 女の顔を殴った後に踏みつけるのなんて。お前ならそのへん
の事に対して嫌悪感を持つと思うが」
「・・・・・確かにむごい仕打ちだったと思いますけど、だからといって桜内を嫌う話とは別ですわ」
「なんで」
「―――すごい身勝手な話ですけど・・・桜内が来てくれた時すごく嬉しかった、ああ―――やっぱり来てくれたんだと思いましたわ。
もうその思いでいっぱいになってしまって、正直あの子達にした仕打ちはどうでも思ってますの・・・・はは・・・・ひどい人間ですわ
よね、私。あれだけ正義を謡っていながら、心は嬉しくてしょうがないなんて」
「―――――でもお前を見離そうとした、オレは」
「―――――でも見離さなかった、桜内は」
「・・・・・・・・」
「桜内は他の人とは違い、確かに残酷な一面を持っているとは思います――――しかし、優しい一面も持っていると思いますわ」
「はぁ~~~~・・・オレが優しいかよ」
「――――ええ」
本当に世間知らずな女の子だな――――エリカお嬢様は。多分悪い奴に騙されるな、こういうタイプは。1万円賭けてもいい。
昔のマンガか何かで不良に恋するお嬢様という展開があったが・・・まさかとは思うがコイツもそんな口なのだろうか。
親御さんが聞いたら卒倒するな、ソレだったら。まぁこいつも世間知らずな所があるし、たまたま近くにいたオレに甘えたくなるのも分かる。
腕を見ればさっきより力が込められている腕――――それを見ながら内心ため息をつき、飲みにくそうにお茶を飲んだ。
もう時間も時間なのでオレは帰ると言った。しかしエリカはオレが帰ると言った途端、料理を作れと言った。
だが、いつまでも長居をしてしまうわけにはいかないので、無視して立ちあがって玄関のドアまで歩いた。
ドアを開けようとした時に後ろからエリカが呼びとめたので、かったるいながらも振り返ったら―――涙目になっていた。
もう捨てられた犬みたいな目、オレはため息をつきながら料理を作ると言った。途端に笑顔になるエリカ、その様子を見て
なんだかんだいってしょうがないと思うオレもオレだ。
「うわぁ・・・・」
「んだよ」
「貴方・・・料理すごくうまいのね・・・」
「一人暮らしをしたいからな――――もっとも、誰かさんが邪魔しなければもっと作れたんだが?」
「う、うるさいわね」
米を洗剤で洗いだした時は思わずケツを蹴ってやった。お前は本当に期待を外さないな、と皮肉を言って台所から追い出した。
一緒に料理をつくりたいのにとブツブツ文句を言っていたが無視をした。それがカチンと来たのか怒った様子で台所に来て肉を焼き始めた。
焼き物なら大丈夫だろうと思ったオレ――――甘かった、強火で裏返さないままずっと焼いていたので食べられる代物ではなくなった。
多分本当は料理は作れるのだろう、手際はよかった。だが、なぜだか知らないがポーッとしていた様子で、終始使い物にならない始末だった。
冒頭のセリフの後の洗い物をしている時も皿を何枚か割り、慌てて拾うとするも肘が積み重なった皿に当たりまた割るといった感じでオレは頭が痛くなった。
「・・・・・」
「・・・・・」
そして今度こそ帰ると言ったら、エリカはとんでもない事を言いだした。泊っていけ、そう言うのだ。勿論オレは拒否した。
さくらさんが家で心配している可能性もあるからだ、それにかったるい。早く家に帰って寝たい気分でいっぱいだった。
しかしエリカはオレの腕を掴んだまま離さないでいた。離せといってもイヤイヤするように顔を振るばかり――――オレは困ってしまった。
どうもあの一件があってから少し臆病になったらしく、一人はこわいと言いだした。オレはあの時の様子を思い出した。
威勢のいい啖呵をきっていたが、多分―――強がりだったんだろう、実際に本当に怖がって怯えていた目をしていた。
オレが見るにコイツは本当は気の小さい人間だ。だが環境のせいもあるだろう、今思い返せばいつも虚勢を張っていたように思える。
俯いたまま体を震わせるエリカを見て――――しょうがない、またそう思ってしまった。普段のオレならこんなことを言う筈がない。
しかしあの時のエリカの姿に心を奪われたオレはエリカに対して少し甘くなってしまった。甘過ぎてイカレてるのかと思うほどに。
泊るよと言った瞬間、エリカはさっきの様子が嘘かのようにはしゃいだ。オレはそれをみてしょうがないと思いながらも悪い気はしないでいた
とりあえずさくらさんに電話をして今夜は友達の家に泊まると言った。最初は「えー寂しいよぉ~」とか言っていたがなんとか納得してもらった。
そして風呂を貸してもらって、さて寝るかという時に問題が発生してしまった。なんとベットが一つしかない事実が判明した。
オレは床で寝ると言ったがエリカに断固拒否されてしまい、一緒に寝ると言いだした。断ろうとするとまた涙目になって泣きだす始末。
そんな様子を見てオレはかったるいと思いながらも―――了承した。どうやらエリカのそんな姿にオレは弱いらしい。
そういう事態が立て続けにあり、今こうして腕を組まれながら一緒に寝てるというかったるい事態になってしまった。
「・・・ねぇ、起きてる?」
「ああ」
「今日は・・・本当にありがとうね」
「別に大したことじゃない。ただケンカの弱い女を殴り倒しただけだ。自慢にもなりゃしない」
「・・・・・・」
「聞いていいか?」
「――――なに?」
「なんでオレにひっつくんだ。この際だからはっきり言うがオレはロクな人間じゃない。お前なら相応しい相手が見つかるはずだ」
「・・・・・・・・どういう、意味?」
「他に好きな男を探せって意味だ」
「――――――――ッ!」
エリカの様子を見ていて分かった。コイツはオレの事が好きだ。はっきり言うと好きという感情ではなくて『依存』に近いと思う。
遠い異国の地でただ一人こんなマンションに住んでいる――――俺よりも年下の女がだ。そして性格も気が小さいというおまけ付き。
極めつけにあんな暴行されて腕も折られそうになった。そんな心がガタガタの時にオレが助けた、ヒーローみたいに――――
前からは少なからず好意を持たれていたと思う。それがあの件で、その気持ちがかなり大きくなってしまったのだろう。
こちらを見る目、腕をしきりに組みたがる行為、雰囲気、そして笑顔をよくみせるエリカ、とても分かり過ぎた。
が、なんにしても・・・・・こいつは貴族だ。二人一緒に仲良く付き合う―――夢物語だ。
「・・・・・・・いやよ」
「駄目だ」
「わ、私ね・・・桜内が来てくれた時・・・本当に嬉しかった・・・それこそヒーローみたいに――――」
「ヒーローは無抵抗な女を殴り倒したりはしない」
「さ、桜内とね・・・・もし、付き合えたら、私は――――」
「お前は貴族だ。そしてオレは庶民でごみクズの男。釣り合わない」
「あ、あとね・・・・それでね・・・下校時間に、一緒に帰ったりしてね・・・それで――――」
「その隣の男はオレではないな。諦めた方がいい」
「―――――――――――――――ぜったいに、いや」
「聞きわけろ」
「――――ッ! 絶対に、嫌ぁっ!!」
そう言って泣きながら俺を抱きしめてきた。背中にするどい痛みが走る、どうやら爪をたてられているようだ。痛みで顔が少し歪んだ。
涙をポロポロ流しながら頭をオレの胸にこすりつけるエリカ。そんな姿をみて――――少し心が痛んだ。
だがオレはある気持ちを胸に秘めていた。この気持ちは間違いではないと思う。前々から気付いていた自分の想い―――
美夏
思えば多分、桜の木の下で踊るアイツを見てからはオレの心は奪われていたと思う。あまりに幻想的で、美しい様だった。
ロボットの癖に感情的になるところ、負けず嫌いな所、嬉しそうな笑顔、全部、魅力的に映る。
そして口では言えない何かシンパシー的なモノを感じ、オレは美夏といるのが心地よく、その時だけ優しくなれたと思う。
このままずっと一緒に居ればオレは変わるかもしれない、そう思った。普段のオレなら突っぱねる所だが―――美夏となら悪くないと思った。
ロボットだろうがそんな事は構いやしないし、知った事ではない。いつかは美夏の正体がばれるかも知れないが、そんな事で手を離したりしない自信がある。
美夏もオレの事が好きなんだと思う。うまくは言えないが・・・何か心が通じ合っているような感じ、ウソだとは思いたくない。
どちらにしたってオレの気持ちは変わらない。好きという気持ちには絶対の自信があった。だから今度会った時にでもその気持ちを打ち明けようかなとも
思っていた。
自信があった―――そう思っていた、だが今ではそんな自信も揺らいでしまっている。エリカ―――彼女の事もオレは好きになってしまっていた。
美しい容姿、誇り高くて気品のある雰囲気、でも本当は心が弱い女の子・・・美夏しかいなかった心に、その存在は入りこんできた。
犬同然の扱いだったし特に思わなかった相手、なのに今この瞬間でも大事にしたいと思っていた。笑って欲しいと思っていた。
きっかけは路地裏の件。エリカが集団相手に啖呵を切った姿―――誇りと気品が溢れだしていた。絶対に心は折れないという顔をしていた。
冗談っぽくオレは一目惚れと言っていたが―――本当だった。さっきまでオレは美夏の存在を忘れていた、あんなに愛おしく思っていた相手なのにだ。
簡単に忘れてしまっていた。エリカと一緒にいる事が楽しすぎて美夏の事なんて微塵にも考えなかった。罪悪感がオレの心に圧し掛かった―――
だからさっきエリカに声を掛けられるまでに決断を下した。このままじゃどっちも傷付ける事は明白だった・・・そしてオレは選んだ。
当然ながら美夏と一緒にいることを――――二人を天秤にかけて選んだ。すごく残酷な事をしていると思うが、美夏と積み上げた時間を嘘にしたくなかった。
これからも築きあげていきたいと思うし、それを終わらせるつもりはなかった―――一死ぬまで築きあげると決心をした。
だがオレは―――抱きついているエリカを振りほどく事が出来ないでいた。泣きながら必死に抱きついているエリカになされるがままになっていた。
エリカにはヒドイ事をしたと思う。思わせぶりな行動ばかり取って、今日だって服なんか買ってやってしまった。
偽善者――――そう本当に思う、エリカの弱い心に付け込む形になってしまった。前々から美夏の事は好きだと感じていたばかりに余計にそう思う。
さっさといつも通りに手を振り払えば済む話・・・だが出来ないでいる。二人とも好きになってしまったオレ―――クズ野郎だった。
美夏を選んだ今この瞬間でもエリカの事は好きだった。泣いているエリカなんてほっとけないし笑って欲しいとも思っている。
今こうしてエリカの頭をさすっているオレ――――正真正銘の屑だ。まだ、どっちつかずの態度を取っている。
その態度が更にエリカを傷付ける行為だと知っているのに、やめられないでいた。本当の意味でオレは人を傷付けている愚か者だった。
しかしここらで区切りをつけないと駄目だ――――――そう思って立ちあがる。ここから立ち去った方がエリカは傷付かない。そう思ったからだ。
「・・・・ヒック・・・グス・・・・・うう」
「オレ、もう帰るよ。ごめんな、色々思わせぶりな態度とっちまって・・・・」
「――――――――ッ! や、やだっ! 帰らないでよっ! 桜内!」
「だが・・・」
「じゃ、じゃあっ! 今夜だけっ! 今夜だけでいいから一緒に居て! ね!?」
そう言って立ちあがったオレの手を掴むエリカ、体の震えが伝わってくる。絶対に行かせないという気持ちがその手から感じられる。
今夜だけ――――嘘だと分かった。口からでまかせを言っているのが雰囲気で分かる。まだオレの事が諦めない目でいた。
もし、ここでオレが頷きでもしたら今後一切――――――オレはエリカを拒否する事が出来なくなるだろう、そう確信している。
その証拠に、今もいつも通りに手を振り払えばいいのに出来ないでいる、美夏の方を選んだというのに――――このザマだ。
そんな行為がエリカに希望を持たせてしまっているのに、オレは何も出来ないでいた。ただただ立っている事しかできないでいる。
この瞬間に突っ張らなければ絶対に不幸になる。エリカもオレも・・・美夏も。それだけは避けなくてはいけない。オレはどうだっていいが
二人は駄目だ、そんなの事はあってはならない。
「お・・・ね・・がい、ねぇ・・・・よしゆきぃ・・・・」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、『初めて』オレの名前を呟くエリカ。オレはそんな様子のエリカを見て――――知らずの内に呟いていた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今夜だけだぞ」
――――――――――――――バカ野郎。
その言葉を聞いたエリカが笑顔になり、オレの胸に、顔を更に埋めてきた。もう嬉しくてしょうがないという風に。
そしてその様子をみて笑うオレ―――死にたくなった。だがもう時間は戻らない。オレは自分で自分の首を締めるだけではなく、他の二人の首も締めてしまった。
エリカが嬉しそうにオレの腕を引っ張って、ベッドに誘う。オレはあいまいな笑顔で着いていき、エリカとその晩を過ごしてしまった。
もうやっちまったもんはしょうがない、これから先どうかなるか分からないが・・・出来るだけの事はしよう、誰も傷付かないように―――――
この時はそう思う事で思考を前に押し出した。実際にそうだし、それ以外の方法はなかった。なるようになるしかない、それしか思えなかった。
だが後々に、この言葉を吐いたオレを本気で殺したくなるような事が起きる。しかしそんな事は露知らず、今はエリカと一緒に眠り、ささやかな
幸せを感じていた―――心に美夏の存在を感じながら・・・・・。