「あ、弟くーんっ!」
「あ?」
振り返ると音姉がこちらに向かって走ってきた。何を焦っているのか知らないが息を弾ませながら駆けよってくる。
そしてオレの傍に到着すると爽やかな笑顔をオレに向けてきた。手元には買い物袋があるので、どうやら買い物帰りらしい。
なぜこんなにも機嫌よくオレに話しかけてくるのが分からなかったが、すぐクリスマスの事を思い出した。
音姉と由夢にあげたプレゼント―――かったるくなる要因を増やしていたことにオレは少し頭を痛めた。
「んだよ」
「え、あ、た、たまたま後ろ姿発見しちゃってね・・・あはは・・・」
「・・・オレ行くわ。少し寝不足なんだよ」
「え? どうして?」
「友達の家で遊んでて、恋話で盛り上がった。あまりにも盛り上がり過ぎて一睡もしてないんだ」
「そうか~。弟くんもそんな歳頃かぁ~うんうん」
「・・・・・」
「あ、待ってよぉ~」
昨晩は一睡も出来なかった。最初はエリカが一生懸命に話かけてきて、オレはその言葉に相槌をうつ時間が流れていた。
しかし色々疲れた事がたくさんあったせいか、エリカはすぐ寝息を立てながら寝てしまった。そしてオレは一晩中考えていた。
これから先どうするか―――考えなければいけなかった。もちろん美夏に対しての気持ちは変わっていない、好きのままだ。
問題はそれではない、一番のやっかいな問題がまだ残っていた。それは―――エリカに対するオレの気持ちだ。
あの時に帰れればこんな事は気にしないで済んだ。要は気持ちの問題だと思う、エリカを振り切って立ち去っていれば心のケジメが
つけられたと感じていた。
だがつけられなかった・・・ケジメを。エリカが好きという気持ち―――憎たらしかった、こんな気持ちさえなければこんなにも悩まずに
済んだというのに。
でも好きになってしまったオレ、がんじがらめだ。もうエリカを完璧に突き放す事が出来ないでいた。優しくしてしまうオレがいた。
エリカがオレの事を嫌いになればいいなとも思った、希望的観測―――反吐が出そうだった。全部他人任せにしようとしていた。
そしてエリカに嫌われた事を思うと、心が痛くなる・・・オレは果てしなくどうしようもない人間だった。
今日の朝に帰る時も大変だった。またエリカがぐずってしまい、あやすのに時間が掛かってしまった。もう時間は朝の九時を回っていた。
とりあえずまた遊びに来るという約束を取り付けられて解放された。断る―――そんな選択肢はもう選べないでいる。
玄関まででいいよとオレは言ったんだが、マンション前まで来てオレの見送りをすると言って聞かないエリカ―――とてもいじらしかった。
そして、帰るオレに対して無理に笑顔を浮かべるエリカを見てオレは帰りたくない気持ちが湧きあがった。だが無理矢理押さえつけた。
結局帰る事は出来たが胸にしこりみたいなのを感じている。何が美夏しか愛さないだ―――くそったれが・・・・
「ふぅー・・・やっと追い付いた」
「悪いが構ってやれるほど元気がのこっちゃいない」
「・・・本当に疲れた顔してるね。でも、お礼がしたくて・・・」
「お礼?」
「クリスマスプレゼントの事、ありがとうね」
「構いやしない、どうせあのスカーフを使う人物は音姉ぐらいしかいなかった。それに、カードに話し掛けるなとも書いていた筈だ」
「・・・うっ」
「―――まぁ、いいや。あんまりオレに付き纏わなければ何も言いやしない」
「・・・・・・・・」
「じゃあ、そろそろ家に近づいてきたしお別れだ」
せっかく頑張って追いついた音姉には悪いが家はすぐ目の前だった。今みたいに気分が悪い時に話しかけられるのは、心がざわついてしょうがない。
一人で考え事をしたい気持ちだったし、そもそも音姉には喋りかけるなというメッセージも送っていた筈だ。
いつもなら皮肉った言葉を掛けてやるところだが、生憎それさえ言う気にもならなかった。半ば無視する形で歩きを速めた。
「あ、ちょっと待って」
「・・・・・なんだ?」
「これ、弟くんにあげるね。誕生日プレゼント―――そのお返し」
「いらねぇよ・・・っていうかチョコかよ」
「そ、そんな不満気な顔しないの! よ、要は気持ちの問題でしょ?」
「そうか、オレの事が憎いっていう気持ちは伝わってくるな、この小ささは」
「だ、だ、だって気に入ったお洋服があってつい買っちゃってスッカラカンなのよぉ、ごめんね~」
「泣くな、うっとおしい」
「・・・うう・・・じゃあ確かにあげたからね・・・もうすぐ年末だから風邪ひかないでね・・・・」
そう言って音姉は寂しい様子で家に入っていった、特に憐れむ感情は湧きあがらない。そもそもオレは人に対しては冷たい性格だからな。
なのに今はこんなにも二人の事ばかり考えている。この世界に来てからは色々ありすぎだ、奇妙な縁さえ感じる。
まさか新しい世界でこんな思いをするなんて夢にも思わなかった。いつも通りロクでもない生活が続くもんだとばかり思っていた。
「はぁ~・・・・・・」
そうため息をついて家の中に入った。靴を脱いで、居間に行こうとすると――――はりまおが飛びついて来た。
オレは思わず受け止めてしまい、手の中に納めてしまった。はりまおは何が嬉しいのかオレの顔をぺろぺろ舐めてきた。
はりまおは確か学園長室で飼っていた筈だ、それなのにこの家にいる理由―――おそらくさくらさんが持って帰って来たのだろう。
ちょうど今は冬休みだし、いくら学園長といえども毎日学校へ行く必要はない。まぁこいつは頭がいいから五月蠅くなくていいんだが。
「あ、お帰り~義之君!」
「ただいま、さくらさん」
「もう~、昨日はせっかく久しぶりに義之君と食卓囲めると思ったのに・・・」
「すいません、昨日は友達と色々盛り上がっちゃって・・・」
「まぁ、別にいいけどね~。今日は一緒に食べれるよね?」
「ええ、大丈夫です。昨日のお詫びにでも、今日は鍋にでもしましょうか」
「わ~! 本当!? やったねはりまお~!」
「アンッ! アンッ!」
オレがそう言うとさくらさんとはりまおは仲良く抱き合った。まるで子供みたいなさくらさんが犬―――みたいな生物と絡み合う様子は見ていて微笑ましい。
そんな一人と一匹を見つめながら、買い出しのメニューを考えていた。確か台所の食糧も底を尽きていたはずだ。
眠気がかなりあるが、一日眠らなかったってどうってことはない。軽くシャワーでも浴びてから行こうと思い、とりあえず自分の部屋に向かった。
部屋に着いて寝巻を取り、風呂場に行こうとして―――気付いた、自分の財布が空っぽという事を。全部エリカの服代に消えていた・・・。
軽くため息を付くが、そんな事しても金は戻ってこない。さくらさんに貰おう―――そう考えて、情けない思いながらもさくらさんの所に向かった。
結論から言うとお金は貰えた。まぁみんなで食べるので、年長者で家の主のさくらさんが出すのはある意味当然なのだが・・・。
言いだしっぺのオレがお金を持っていないのが少しカッコ悪いと思ったが、背に腹は変えられない。
とりあえず商店街の行きつけのスーパーに寄り、鍋の材料を買っている真っ最中だ。一応健康のため、肉は鶏肉にしようと思いそのコーナーに来ている。
「どの肉にすっかなぁ・・・あんまり金掛けたくねぇから安くて量が多いヤツっと・・・・」
「あ・・・」
「―――ん?」
「あ、えと、お、お久しぶりです」
「お、この間のガキじゃねぇか」
「はい、先日はどうも・・・」
横を向くと、この間迷子になっていたガキが立っていた。相変わらず礼儀正しいやつで頭まで下げている。だから自信なくすっつーの。
買い物カゴを持っているので恐らく家族の誰かと来ているのだろう。この間の件があるのに一人で来させるような人物には見えなかったからな、委員長。
このコーナーに居るという事は肉を選びに来たってわけだ、しかしどの肉を選んでいいか分からないのだろうに。特に五歳児とはあってはな。
「今日の晩飯の材料を買いに来たって所か、何食べるんだ?」
「あ、はい―――今日は鍋料理にするってお姉ちゃんが言ってました」
「なんだウチと同じかよ、真似すんなよ」
「ま、真似なんかしてませんってばっ!」
「はは、冗談だよ。ホラ――」
「わっ・・・と。こ、これって?」
「どうせ鶏肉使うんだろう? 最近また豚肉問題がうるさくなってきたからな・・・まったく、なんでもかんでも
ロクに検査しないで輸入しすぎなんだよ」
「テ、テレビのニュースじゃ・・・ちゃんと検査はしてたって言ってましたけど・・・」
「ニュースなんか当てになるかよ。大体日本はアメリカの子分なんだぞ? 親分の悪口言えないって。言えるとしたら
アフリカとかそっち系の南米にある国だな。毎年何億も寄付してるし技術提供もしている・・・頭があがるわけねぇな」
「は・・・はぁ・・・」
「その鶏肉は値段の割にはたくさんお肉が入っている。それでみんな仲良く鍋つっついてくれ」
「で、でも・・・悪いですよぉ」
「ガキの頃から遠慮していると、自分の意見が言えなくなるぞ。あと人の好意は素直に受け取った方がいい」
「は・・・はいっ! あ、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言うとガキはビックリした顔になった。ていうかなんだよ、オレが敬語使うのが意外か? 使う時はちゃんと使うってーの。
そう思って少しジト目をしたらガキは苦笑いをし始めた。典型的な日本人で実にわかりやすい。日本人はすぐ笑みでごまかすからなぁ。
とりあえず自分の肉も確保して、ガキに別れを告げて行こうとした時にガキを呼ぶ声が聞こえた。まぁ大方来ていたと思ったが・・・。
「勇斗―――って桜内!?」
「何そんなに驚いてんだよ」
「え、べ、別に・・・」
「・・・・・ふん」
「お姉ちゃん見て見て! お兄ちゃんにいいお肉貰ったんだよ!」
「え・・・わ、値段の割に量が多い・・・」
「僕、どのお肉選ぼうかなって迷っていたから助かっちゃった!」
「こいつが変な肉選んだら怒りそうだからなぁ、委員長」
「な―――! お、怒らないわよっ!」
オレがそう言うと、委員長は顔を真っ赤にして怒り始めた。そんなに委員長と喋った記憶はないが、喋った感じどうやら直情的な性格らしい。
かなりお堅いイメージがあったけれど結構単純な性格をしてるのかもしれないな。まぁ外見の印象なんて当てにならないもんだが・・・。
とりあえずオレも他の食材を買いたいしそろそろ移動しようかと思い、踵を返そうとするが―――委員長に引きとめられてしまった。
「ちょ、ちょっと! お礼ぐらい言わせてよ!」
「その肉の金をオレが出すのなら素直に受け取るが―――生憎金を出すのはそっちだ、別にいらねぇよ」
「・・・はぁ~、本当に変わったわね、貴方」
「うっせ」
そう言ってオレは踵を返し、他の食材が置いてあるコーナーに移動した。とりあえず眠たいってものあるし人ごみは好きじゃない、早く帰りたかった。
そうして一通り食材を買い終え店を出た時に、偶然にも委員長と鉢合わせになった。かったるい事だが自然に途中まで一緒に帰る形になってしまった。
それにしてもこうやって委員長と喋りながら帰るなんて夢にも思わなかったな、絶対オレとウマが合いそうにないしお互い無視するぐらいの関係に
なると思っていたからだ。
「―――まさか貴方とこうやって帰ると思わなかったわ」
「オレもだ。委員長の性格からしてオレの事なんか無視すると思っていたからな、勿論オレも自分から話しかけたりしないが」
「・・・」
「ええっ! お兄ちゃんとお姉ちゃんって仲が悪いの!?」
「え、いや、そういうわけじゃないけど・・・・」
「僕はてっきり恋人さん候補かと思ったのに・・・」
「ちょ、ちょっと勇斗!」
「おいおい」
オレと委員長がいい感じなんてどこをどう見たらそう思えるんだよ、このガキ。どうみてぎこちない雰囲気でいっぱいじゃねぇかよ。
まぁガキからみれば自分の歳より一回り上な男女が一緒に歩きながら喋っているのは、そういう風に見えるのだろうが――――――
委員長が顔を真っ赤にしてしまっている、大変初々しい反応だ。委員長の性格からして男とあんまり絡む性格ではないだろうしな。
「私と桜内が付き合ってるなんて・・・そんな・・・っ!」
「生憎だが委員長はオレの女じゃねぇよ、期待に添えなくて残念だがな」
「・・・そっかー・・・お兄ちゃんがお姉ちゃんの彼氏だったらよかったのに・・・」
「だ、だからっ! そういう事言わないのっ!」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「あ?」
「どうですか? 僕のお姉ちゃん。 すごい自慢のお姉ちゃんなんですが・・・」
「んもーっ! いい加減その話題から離れなさい! 勇斗っ!」
「・・・そうだな」
そう言って委員長をジッと観察するような視線をくれてやる。その視線に気恥ずかしさを感じてるのかソワソワし始めた。
このガキが自慢のと言うのだから色々器量はいいのだろうとは察しがつく。まぁクソ真面目そうな印象は変わらないが・・・。
ていうかこれ以上女の数を増やすなって話だ、ただでさえ今かなりテンパってるのに。とりあえず答えておくか――――――
「わりかし・・・いい女だと思うぜ、オレ」
「―――――へ?」
「でしょでしょー?」
「ああ。見てくれもそこら辺の女より可愛い顔をしているし、服のセンスも悪くない。カジュアル系をうまく着こなしている感じで活発な
印象がある。お堅い雰囲気を出しているので、取っ付きつらいが話してみればそんなのは気にならなくなる。あと男っていうのはなんだ
かんだ言って家庭的な女に弱い、その点は委員長はクリアしている。そして姉御肌っぽいから、いい姉さん女房になれるな」
「~~~~っ!」
「へへー、お姉ちゃんやったね」
「う、うるさいわよっ! 勇斗!」
そう言ってガキの肩を小突いた。ガキはまるで自分が褒められたかのように喜んでいる。まったく、仲がよろしいようで。
別にオレは嘘をいったわけじゃない、事実その通りだと思う。最近の女は家事関係がまったく出来ないでいるのが現状だ、嘆かわしい事だが。
今の時代、委員長みたいなタイプは珍しい。クソ固い雰囲気だがツラは可愛いし、家庭的な様子は話せばすぐ分かる。
まぁ猫の髪止めはどうかとは思うがな。どっちにしたって生憎だがオレは心に決めてる奴がいるから辞退させてもらうが・・・。
「しかし残念だが遠慮させてもらうよ。オレの性格じゃ合いそうにない」
「そっかぁ・・・残念」
「・・・・はぁ~~~~~・・・あんまりからかわないで頂戴ね。疲れるわ・・・・」
「あ? 一応さっき言った事は本当だ。案外いい女なんだぜ? お前。少しは自慢に思ってもいい、そんなに可愛い顔してるんだから」
「―――ッ! だ、だからやめなさいってっ! この女たらし!」
「誰がだよ」
「貴方よっ! そういう風に自覚がないのがタチが悪いわっ! そ、そんな言葉をポンポン言う時点でどうかしてるわ!」
「まぁまぁ、お姉ちゃん」
ガキが委員長の背中をさすってやっているが、それでも委員長は興奮冷めやらぬといった風だ。ていうか女たらし言うな。
大体にして日本人は思った事を言わなさすぎだっての。今のなんか別に口説き文句でもないしなんでもない。普通に思った事を言ったまでだ。
そういえば―――と思いだす、さくらさんに一回だけ外国に連れて行ってもらった時に、向こうのストレートな言い回しにビビった事があった。
英語なんてガキだから分からないが、言いたい事はすぐ理解できた。
当り前だ、イエスかノーしか言わないんだから。大体メイビーなんか予測してるときにしか使わない。確かに日本語は言葉の種類が多いせいもあるが・・・。
外国経験は結構な影響がオレにはあったと思う。そのせいか知らないが―――ストレートな言い回しが多くなった。意外にもオレは言葉遊びは得意ではない。
「はぁ~~~・・・本当に疲れるわ」
「悪かったな」
「にしても―――あなた、だいぶ勇斗の事気に入ってるわね」
「あ?」
「・・・色々な貴方の噂も聞いたし、見たりもした。今の桜内って・・・なんか結構変わっちゃったからさ・・・だから意外」
「・・・思春期だからな。でもまぁ―――そのガキの事は大分気に入っている」
「えへへ・・・」
「ど、どうして?」
「頭がいいのが分かるからだ、そして礼儀もしっかりしている。きっと要領もいいんだろうな、賢さが滲み出てる。結構尊敬しているんだぜ? オレ」
「で、でも、まだ子供よ?」
「年齢なんか関係ねぇよ、大人でもクソみたいな奴は多くいる。知ってるか? ロクに礼儀の一つ知らないやつだっているんだぜ?
気がきかない人間だっているし、オレみたいに平気で人を傷付ける人間だって多くいる。いつだったか、交通事故を起こした奴を
見た事がある。醜かったぜ? お互い相手の事を罵倒しあって後ろに乗っている家族の事なんて全然気にしていなかった」
泣いている子供、その子供をあやしている母親・・・父親は全然そんな事気に留めなかった。見たところ新車だったようだし余程頭にきたのだろう。
だからといって同情は湧かないが・・・。それにこのガキはオレには持ってないモノを持っている―――それは素直に尊重してやるべき部分だと思う。
頭の回転、物事の器用さ、生きていくうえでの知恵―――今はオレが勝っているが、その内追い越されるのは目に見えて分かった。
だが別に嫉妬などの暗い感情は抱かなかった。それを抱させない魅力・・・カリスマがこいつにはあると思う。末恐ろしいガキだ。
「まぁ、将来は結構な大物になると思う。あと女を泣かすのは必至だな―――自信がある」
「確かに勇斗はこの歳ですごい大人びてると思うけど・・・って貴方と一緒にしないでよ! 女泣かすのは貴方だけよ!」
「・・・お前がオレの事どう見ているかよく分かったよ」
「え、いや、だってさ・・・あ・・・あはは・・・・」
「――――――間違ってはいねぇけどな」
「え・・・」
「なんでもねえよ」
そう言ってオレは黙った。思い出すのはエリカの事―――泣いていた、いつもは気丈な振る舞いをしている彼女が子供みたいに・・・。
泣かしたのはオレだ、オレみたいな奴に惚れたから泣かした、美夏にオレが惚れたから泣かした―――最悪な悪循環だ。
いつも偉そうに説教を垂れているオレが本当のロクデナシだった、そしてどうも出来ないでいる・・・。
隣でガキが委員長にしきりによかったねぇと話しかけている、その話題に反応する委員長―――ガキがオレの様子を察しているのが分かった、気遣いが感じられた。
どうやらオレがあんまり話す気分ではなくなったのが分かったのだろう、上手い具合にオレに関する話題をそれとなく遠ざけている様子が見て取れる。
これだから頭のいい奴は好きだ―――アタマに来るぐらいうまく立ち回れる。とりあえずガキの好意は素直に受け取って置く。
結局ガキのおかげで空気は壊れること無く、オレも器量がよかったらなぁと思いながら道を歩んだ。会話は終始和やかに進み、平穏のまま終わる事が出来た。
「最近は厄日なのか・・・・オレは・・・」
「え~? なになに~? 何か言ったぁ~?」
「なんでもねぇよ」
そう言ってオレは歩きを速めたが、組まれた腕と一緒に茜も付いてきた、そして憂鬱になるオレ。隣を見ると茜はニコニコ笑っていた。
あの後、委員長は用事があるといって途中で別れた。そしてのんびりしながら歩いているとオレを呼ぶ声が聞こえた―――無視した。
だが腕をガシッと組まれて、ようやくオレは横を振り返った。そこには憎たらしいほどホワホワした顔の茜がいた。
「大体さぁ~無視するなんてヒドイじゃないのよぉ~」
「オレは今にでもくたばっちまうぐらい眠いんだ、そしてそんなお前のテンションにオレは付いていけない―――残念だよ」
「残念なんてまた心にもない事言ってぇ~。それでぇ、なんでそんなに眠いのかしら? 義之きゅんは~」
「きゅん言うな、ぶっ叩くぞお前―――いや、喜ぶからやめとくか」
「ああ~ん、ばれちゃった。それでなんでぇ~?」
「茜の事を想うあまり眠れなかったんだ。どうやったら茜と円満な関係になれるか一生懸命考えたんだが、いい考えが思いつかなかった」
「えぇ~本当に!? わー嬉しいけどなんか気持ちワルぅ」
「・・・お前はオレをどうしたいんだよ・・・・・・」
「だってぇ、そんな事思う筈ないじゃん。義之くんの態度はいつもドSだしねぇ~」
「そしてお前はドMな」
「そうそう~だから相性いいんだよぉ~? そんなに眠りたいなら―――私のベッドで一緒に寝ようかぁ~?」
「・・・いつからそんなにはしたない子になったんだ、お前」
「う~ん・・・ぶっちゃけディープまでしてるしぃ~・・・Hしても全然いいじゃん。私、義之くんの事好きだしぃ、義之くんも私の事
構ってくれてるしぃ―――私の事嫌いじゃないんだよねぇ? だったら何も問題ないじゃない~?」
「―――お前の事抱いたら逃げられそうにないから止めとくよ。黙って自慰に勤しんでくれ」
「それだけじゃぁ~物足りないのよぉ」
オレは思わず天を仰いだ。相変わらず何考えてるか分かんねぇ女だ。エリカとも美夏とも全然ちがうタイプだ―――オレが振り回されている。
天真爛漫でほわほわしている様子は確かに癒されるが・・・その分疲れる。組んでいる腕をぶんぶん振り回しているし、実にかったるい。
オレの目線に気付いたのか―――こちらを向いてニコっと笑った。くそったれ・・・また可愛いと思ってしまった。ドM変態の癖して・・・。
なんか腹が立ってきた・・・オレがこんな思いしてるのにコイツは幸せそうな顔をしている―――許される事ではない、マジで。
だから組まれている腕を払い、手を握ってやった。茜は驚いた顔をしたがそれを無視して、握った手を―――腕ごとブン回した。
「きゃっ! そ、そんなに腕を振り回さないでよぉ~!」
「んだよ? お前が楽しそうにやってたからオレが更に楽しくしてやったんじゃねぇか、調子に乗りやがて。ほらほら」
「やめてよぉ~~~~吹っ飛んじゃうって~~!」
「あはは、吹っ飛んじまえよ。 ほらほらほら」
「や~~~め~~~~て~~~~!」
そう言ってオレはさらに回転を速めた。たまらず遠心力であちこちに体が揺らされる茜。その様子をみてオレは笑った。
そういえば久しぶりに笑ったな、そう思う。こいつの自分ワールドの強烈さに憂鬱だった気分が無くなっている、少し楽しい気分だ。
こいつは見てる分にはほわほわ成分が移るからな、ぶっちゃけ見た目もかわいいし強烈だ。喋らなきゃ変態さは伝わってこないから癒される。
だがあんまりいちゃいちゃするのは嫌いだし、茜も涙目になっている。そろそろ止めようかなと思い、手を離そうとして――――――
「あら、ごきげんよう」
エリカに声を掛けられた。
「へっ? ってあらぁ~? あなたは確か―――」
「ええ、最近外国から留学しました、エリカ・ムラサキと言います。以後お見知りおきを」
「あ、え、こ、こちらこそ・・・花咲茜と言います・・・」
「よう、なにやってんだよ」
「少し散歩したい気分でしたの。いい天気ですものね」
「えっ? 二人とも知り合いなの~?」
「はい、食堂で困っているところを偶然にも桜内先輩に助けて頂いた事があるんです」
「へぇ~? 義之くんらしくないわねぇ~」
「うるせーよ、こいつが食券の買い方分からないでせいでオレが食券買えなかったんだ」
「その節はどうもすみませんでした・・・」
「あ、いいのよいいのよぉ~! 義之くんは一カ月飲まず食わずでも平気なんだからぁ~!」
「オレはインドの僧かよ、てめぇ」
「うふふ」
表面上は和やかだと思う。オレも普通だし、エリカも普通だ。昨日の事なんか無かったように思える―――そんな馬鹿げた妄想をした。
内心、かなりびびっていた。まさかこんな所で会うとは思っていなかったし、エリカもそうだろう。鉢合わせした一瞬、驚いた顔をしていた。
でもすぐ平静な顔に戻り普通に声を掛けられ、それに応じる形でオレも平静を装った。本当に平静な態度でいれているか怪しいが・・・。
エリカと茜は楽しく談笑している。だがエリカの視線はオレと茜が繋いでいる手に向けられていた、チラチラとこの手を盗み見ている。
茜はすぐにその視線に気づいて―――その繋いでいる手を掲げた、嬉しくてしょうがないといった感じで。
「まいっちゃうよねぇ~桜内先輩は甘えっ子で~」
「てめぇから繋いできたんだろうが、ド変態が」
「ちょ、ちょっとぉ! エリカちゃんの前で何言ってるのよぉ!」
「ふふ・・・お二人は仲がおよろしいんですわね。もしかして付き合ってらっしゃるのかしら?」
「私はそうしたいんだけどねぇ~、なかなか頷いてくれないのぉ~。苛めてられてばっかだしぃ」
「桜内先輩の性格ですと興味のない御方にはそんな事しませんわ。希望―――持ってもいいと思います」
「お前なぁ~・・・」
「だよねだよねぇ~! 私もそう思うんだぁ~、あともう少しって感じだしぃ」
「それはよかったですわ。あ、すいませんがそろそろお家に帰ろうかと思います。少しやり残した用事がありまして」
「あ、そうなのぉ~? 残念、エリカちゃんとのお喋り楽しかったのにぃ~」
「ふふ、私もです。では失礼します」
そう言ってエリカはオレの方は見ないで去って行った。茜は「じゃあ~ね~」と言って手を振っている。それに振り返ってお辞儀で対応するエリカ。
結局会話は和やかのまま終了した。そう、何も起きなかった。茜とエリカは仲がいいように思えたし、前から友達みたいな感じの様子だった。
それが逆に―――嫌な感じがした、あまりにも自然すぎる。自然すぎて猛烈に違和感を感じた。
「礼儀正しい子だったねぇ~エリカちゃん。確か貴族でお姫様だっけ~? あ~あ、世界が違うって感じぃ」
「・・・・・・・」
「うん? どうしたのぉ、義之くん?」
「わりぃ茜、オレ、そういえばアイツに用事があるんだった」
「ほえっ? なんの~?」
「さっき食堂の話出たろ? そんでオレが食券買おうとしたら金なくてさ、アイツに借りちまった。そんでそのお金返してないんだ」
「ええ~! 後輩で女の子でお姫様なエリカちゃんに~!?」
「ああ、このままじゃオレは打ち首になっちまう。急いで返してくるよ。んでその足で帰るわ」
「うう~・・・義之くんとのデート・・・ヒック・・・」
「な、泣くなってーの! また今度構ってやるからよっ!」
「うう・・・絶対だよぉ~?」
「ああっ、それじゃあなっ!」
「ヒック・・・またね~・・・」
泣いている茜を置き去りにして、エリカが歩いて行った方向に走って行った。まだそんなに遠くには行ってない筈だ、急がなければ―――
そうして走っている内に公園までたどり着いた。確かこっちの方向だった筈―――そう思って周囲を見渡すと、ベンチに座っている金髪が見えた。
横顔は髪に隠されているから表情は分からないが・・・寂しい雰囲気を醸し出していた。顔は俯いており、手をギュっと握りしめている。
あまりにも握りしめて手は白くなっていた。オレは少し躊躇してしまったが、エリカの隣に座り―――声をかけた。
「エリカ」
「――――――ッ!」
「悪いなさっきは・・・変な所見られちまって・・・」
「・・・・・・・・」
「まぁ、なんだ―――本当にあいつと付き合ってる訳じゃねぇ。あいつがボディタッチ激しいだけなんだ。手も仲いい奴なら
誰にでも繋いでくるし、あいつ」
「・・・・・・・・」
「言い寄られちゃいるが―――その気はないしな、オレ」
「・・・・・・・・」
本当なら放っておくべきだった。美夏の事を考えるとそれが正解だとは思う。しかし昨日の晩、断れなかったオレ―――もうダメになっていた。
エリカと付き合うつもりはない、これはハッキリ言える。昨日の晩でそれはエリカに伝わってる筈だ。だからあんなにもエリカは泣いた。
しかし現に今取ってる行動―――正反対だ。エリカを傷付けたく無くて追いかけてきてしまった。そしてまた思わせぶりな行動をとっている。
そしてエリカを傷付ける。もう何が何だか分からなくなる・・・、何をしたらいいのか分からない。オレはまだ悩んでいる。
ドンッと衝撃を感じる―――エリカが抱きついてきた。オレの胸に顔を埋めて泣いているエリカ、オレはそれを受け入れてしまった。
体が震えてるし、オレの服を掴んでいる手にも力が入っている。そしてオレの手が―――エリカの頭を撫でている、ゆっくり優しくと。
頭では分かっている、もう関わらないほうがお互いにとってもいいと。でも心が拒否していた、オレは心を握りつぶしたかった。
「・・ひっぐ・・・グス・・・よ、よしゆきぃ・・・」
「―――なんだ、エリカ」
「も、もしかして・・・ひっぐ・・・あの先輩の事が・・・・・・好き、なの・・・?」
「さっきも言ったが―――付き合うつもりはないよ、安心していい。手も深い意味じゃなくてアイツなりのスキンシップだ」
「あ、んなに・・・、仲良く・・・手繋いでて・・・グス・・・とても、・・・悲しかった・・・」
「ああ、ごめんな」
「わ、私ね・・・よし、ゆきの事が・・・グスッ・・・す、好きなの・・・本当に・・・・」
「ああ、分かってる」
「で、でもね・・・ひっぐっ・・・・昨日・・・振られちゃって、ね・・・どうしたらいいか、わ、分からないの」
「ごめんな」
「い、今も・・・ね、よしゆきが・・・グスッ・・・きてくれたら・・・い、いいな・・・と思ってて・・・そしたら、本当に・・来て」
「エリカが悲しい思いしてるかなと思って、な・・・・」
「・・・よしゆ、き・・・な、なんか・・・・すごく、優しい・・グスッ・・・・い、今も、頭撫でて・・・くれて、る・・・なんで・・?」
「・・・・・」
「よし、ゆきの性格・・・からしたら・・・グスッ・・・もう・・・話しかけて、こない・・・と思って・・・たの」
「そんな事は無い」
「ひっぐっ・・・・朝の約束・・・・・・だって・・・本当は、うそ、だと思ってた・・・の・・・絶対、来ないと、思ってた・・・」
「・・・・」
「ねぇ、・・・ひっぐ・・・なんで、よしゆきは・・・私に話しかけて、くれる・・・の・・、なんで・・・優しい、の・・・?」
なんで―――好きだから・・・そんなことは言える筈がないし、言うつもりもない。この気持ちは絶対に誰にも喋らないつもりだ。
オレはなんて答えていいか分からなかった、いつもは回る口―――役に立たなかった。オレは俯いて黙ってしまった。
そんな様子を見ていたエリカが少し嬉しい顔をした。まだ、完全にフラれた訳じゃない、まだ可能性はあるという気持ちが表情から伝わってくる。
オレはそれに対して曖昧な笑顔―――自分で自分を殺したくなった。エリカはそれで安心したのか大分泣きやんだ。
「ね、ねぇ? 義之」
「・・・なんだ」
「また、私の家に、来ない?」
「・・・・・・」
「ほ、ほらっ! 私一人暮らしじゃない? だ、だから義之が居てくれれば、すごく安心出来るの。 ね? 来ない?」
「いや・・・」
「昨日なんて、私、あれだったじゃない? 料理でカッコ悪い所、見られちゃったじゃないっ? だ、だから」
「・・・・・」
「ダメ、なの?」
涙目になって訴えてくるエリカ。オレはその目に弱かった、果てしなく弱かった・・・。とてもじゃないが断れなかった。
思わず抱きしめたくなるし、エリカの家に行って幸せな気分でお喋りもしたくなる―――愛おしくなってしまった。
だが今エリカの家に行ったら何かが終わる気がした、確信があった。だからオレはつい言ってしまった―――
「オレの家に来い」
「・・・え?」
「昨日は家で家族と食事をするはずだった。学園長いるだろ? あの人がオレの保護者なんだ、すっぽかしたからかなり
御立腹だ。その為に今日は一緒に食事しようってんで買い物にきたってわけだ。一緒に飯でも食おうぜ」
「よしゆきの、家・・・」
「嫌か?」
「――――ッ! ううん! そんな事ないっ! い、行くわ!」
「そうか、だったら歓迎する。 ほら、これで涙拭け」
「べ、別に、な、泣いてませんわっ!」
そう言いながらもティッシュで目を拭くエリカ、オレはその様子をみて笑った。笑われたエリカは途端に顔を赤くして怒った。
それを無視して立ちあがると、慌ててエリカも立ちあがり―――オレの腕を組んできた。昨日みたいに力を込めて離さないとばかりに。
オレが呆れた感じで横を見ると―――幸せそうに笑ってた。オレはそれを見てまぁいいかと思ってしまい・・・腕を組みながら家に向かって歩いた。