「あ―――」
気付いたら桜の木の下にいた。正確にいうならば枯れない木の根元にだらけて座っていた。
「ん――、と」
正直記憶が混乱していた。なぜ今こんな場所にいるのか、それで頭が一杯だった。
周りを見渡すと夜なのかとてもうす暗く、桜の葉がひらひらと舞っている様子しか見えなかった。
不思議と不安はなく安緒感があった。不思議だった。夢をみている感覚に似ていた。
「なんだ、ここ」
呟いてから思いだした。ああ、確か子供の代わりにハネられたんだっけかと。ガラにない行動、自分はそういった人間の類ではないと思っていたが
とんだ気まぐれもあったもんだと思う。他の奴がオレが取った行動を聞いたら、耳を疑うだろうなぁと思った。
ただ身体が勝手に動いていた。頭でどうしようああしよう考えるもなく走っていた。本当にガラではない。
「ん・・・」
どうやら身体は動くらしい。さっきまではとてもじゃないがまともに呼吸出来る感じではなかった。というかくたばる寸前の体だった。
だが今身体を見回したらどうやら無傷だ。夢の中みたいなところだからなのかそれとも―――――
「義之くん・・・」
振り向くといつの間にかさくらさんがいた。悲しげな顔で立っていた。まぁそうだよなと思う。死ぬほどの重症負ったわけだし、多分、いやかなり
心配かけたんだと思う。さくらさんには可愛がられていたし。
「おはようございます・・・でいいんですよね?」
「にゃはは・・・そうだね・・・うん」
少し表情を軟らかくして笑った。こっちはというと身体をほぐしてる最中だ。不思議と身体は軽かった。
「さくらさん」
「ん・・・?」
「ここってどこですか?」
そういう風にオレが尋ねるとさくらさんは黙ってしまった。オレはそんな様子に、少し気まずくなった雰囲気に居心地の悪さを感じつつ適当に
そこらの様子を再度見回した。相変わらず桜の葉が待っている。こんなんじゃ枯れちまうんじゃないかと思いつつその様子を見ていた。
「ここって」
「え?」
「なんか心地いい場所ですね。安心感があるっていうか、やすらぎますね。なんか自然の癒しだけじゃなくてなんかこう・・・あったたまるような」
「・・・そうだね」
自分で言っていてうまく伝わったかなと思ったがさくらさんは頷いてくれた。この感じはうまく言葉にできない。多分故郷の匂いというのがあれば
こういう感じなのではないかと思った。だがあいにくと故郷というか両親の顔さえ覚えてないオレには断定できないが。
「事故」
「え?」
「義之くん、大変だったね、交通事故」
さくらさんがそう切り出しこちらに顔を向けた。
「・・・・まぁ」
言葉を選びながら切り出した。
「ガラにないっていうか・・・自分でもびっくりしますよ。子供を助けるだなんて、そして身代りにハネられる。ドラマの中だけかと思ってましたもんね」
「義之くんは・・・・優しいからね」
「自分ではまったくそう思いませんがね」
だったらみんなを傷付けることはなかったろう。そしてあまつさえそれを仕方ないと思って割り切ってるオレがいる。とてもじゃないが優しい人間だとは
思わない。
「だったら例えば音姉とか由夢があんなに悲しむことなかったと思いますよ。それにオレ、仕方がないと思ってますから。その事」
「はは・・・義之くんの場合いろいろ難しい性格だからね・・・」
「そうっすね、自分でも難儀だと思います。これ、直そう直そうと思ってはいるんですがなかなか難しくて・・・多分性根が曲がってるんですよ」
「そんなこと―――」
「ところで」
さくらさんが否定の言葉を発するのを絶って話しかけた。もうそろそろ本題に入りたかった。この夢を見てるような感覚、それでいて違う感じ。
現実と夢の間を行き来してるような錯覚。そして―――
「なんで事故ったオレがこんなとこにいるのかというと疑問もありますが・・・なんでさくらさんここにいるんですか?」
「え?」
「多分死にかけでしょ、オレ。ていうか死んだのか分からないですけど。もしかしてオレの幻覚?」
いつもの夢を見る感覚ではない。ふわふわした身体の異常感。自分があいまいな感じ。それでいて現実感がある感覚、以上の事を考えて
そう言ってみた。
「・・・随分あっさり言うんだね」
最初は驚きの顔をしたが次には無表情の顔をしたさくらさんがそう言った。否定の言葉は出なかった。あの事故で助かるとはとてもじゃないが思えなかった。
骨が砕ける音、頭に伝わる衝撃、動かない手足、あの状態で助かるとは思えない。
「もし、本当にそうだとしたら・・・さ、もっと焦ると思うんだけどな。死んでるかもしれないんだよ?」
そう言われ今までの事を思い出した。実際にはあまりいい人生だとは思っていなかった。この性格は直せるとは思ってはいなかったし傷付けた人もいた。
環境には恵まれたが、それがかえって周りの人を押し退けるような感じになってしまった。これから先、こんな自分と付き合いながら生きていくのは実際の所
想像出来なかった。子供を助けたのだって自分が一番驚いていた。生きてても死んでても二度は無いと思う。
「こんな性格ですからね、まともに生きていけるとは思ってませんでしたよ」
「そんな悲しい事言わないでよ・・・・」
「実際そうだと思います。多分警察とかにつかまってみんなに迷惑かける前でよかったと思います」
そう言うとまたさくらさんは黙ってしまった。オレからしてみれば当然の言葉であったがさくらさんにはショックの言葉だったらしい。
まぁ可愛がってた子が死んでよかったかもと言うんだ。とんだ薄情者だよな、オレ。
「で、なんでさくらさんがここに?」
オレは一番気になった事を再度聞いた。三途の川の案内人って訳でもなさそうだしいる理由が分からない。いくら不思議系のこの人でも
なぜここにいるのかが分からない。一緒に死んだって訳でもないし夢ではないような気もする・・・本当にオレの幻覚かもしれないが。
「・・・わたしさ、ぶっちゃけていうと実は魔法使いなんだよね」
「・・・・」
――訂正、不思議系ではなくトンデモ系だった。
「はぁ・・・あ?」
「義之くんだって、魔法使えるんでしょ?別に不思議じゃないよ」
なんてことはないよという風にさくらさんは言った。
オレはとりあえず言われたことを反芻した。
「・・・まぁ、そうですけど」
さくらさんには知られていた事には多少の驚きを感じたが・・・思い返せば初音島なんて不思議なことで一杯だし。純一さんだって使えるしな、魔法。
世の中にはやっぱり他にも魔法使いはいるんだろうなとは思ってはいた。が、こんな近くっていうか家の人だとは思わなかった。確かに何歳だよと常々
思ってはいたが魔法使い・・・ね
「それで・・・その魔法使いってーのは・・・まぁ、納得するとして・・・なんでここに?」
「・・・んーと、ね。義之くんさ、実は死んじゃったんだよ、ね」
悲痛な顔をして、そして言いづらそうにしながらもさくらさんがはっきりそう言った。そして自分がショックを受けている事に気が付いた。
自覚はしていたが・・・さっきは悔いはないと言ったがやっぱり言われると少し切なくなる。ほんの少し程度だが。
「それでね」
とさくらさんは話を続けた。
「義之くんが本当に消えてしまう前に、なんとか出来ないかと思って意識に入ってみたんだけど・・・間に合わなかったみたい。
いくら魔法でも死んでしまった人はなんとか出来なかったみたい・・・無理なんだ、ごめんね――」
そうだろうなぁと思う。実際に魔法は万能じゃないと思ってたし、オレなんかは和菓子程度を出すことしか出来ない。多分すごい人は出来るのか
もしれないけど想像がつかない。というか意識に入るってどうやってるんだ。あれか、オレが夢を見る能力がレベルアップした感じか。そんな事を考えてると
さくらさんが話を続けた。
「だから・・・別のところに行ってもらうね」
「え・・・?」
いきなりそんな事を言いだした。別なところってどこだよ。天国か地獄か・・・それともまた別なところか。予想がつかなかった。まぁ死んでるってことは
地獄かなと思ったりもした。自分が天国にいけるとは思えないし。
というか別なところに言ってもらうっていう発言もすごいな。やっぱり三途の川の案内人だったんじゃないかと思いながら聞き返した。
「どこですか、そこって」
多少やっぱり不安気になりながら聞いた。地獄はなんだか痛そうだ。嫌だから天国にしてもらえないだろうかと言うつもりだった。
さっきは天国には行けそうにもないと言ったが、ここには案内人らしき人がいる。もし地獄だったらなんとかコネで生き先変更出来ないか
と言うつもりだった。さくらさんはうーんとねと前フリを置きながら答えた。
「義之くんがいた世界とほとんど一緒な世界。ちょっと違うところはあるかもしれないけど同じ場所。」
予想外の言葉を聞いた。天国でも地獄でもなかった。オレがいた世界とほとんど一緒な世界?そこにオレが行く?そんな事まるで魔法そのものじゃないかと思う。
いやいや、さくらさんは残念な顔をしているがとんでもないことだ。生き返る以上にすごいことじゃないか、それ。しかしさくらさんの
様子を見るになんだか出来そうな気がしてきた。そうだよな、こんな場所にいるんだもんなぁさくらさんは。人の意識とかに意図的に介入出来るし
きっとすごい魔法使いなのだろうと思う。なぜか心にスッと入る感じで素直にそう思えた。でも――――
「オレは――」
「幸せにならなきゃだめだよ義之君は」
さくらさんがオレの言葉を絶って言う。オレとしてみれば別な世界に行ったって同じ事だ。どうせまた他の人を傷つけるだけだ。さっきも言ったが
オレのこの性格は直せるものじゃない。性格と言うか心の根本的な部分だ。例外がさくらさんとかぎりぎり杉並ぐらいだ。だったらやっぱり素直に死んだ
ほうがいいよなと思った。出来れば天国で。そう思い話を切りだそうとして―――
「これしか方法なくて――私の最後のお願いなの・・・」
「・・・」
そう言われれば―――断れないなーとは思う。これが今生の別れとなるのだろうし。最後のお願いか・・・思えばさくらさんだけに対して、オレはなんか違っていた。
唯一なんだか逆らえない相手。でも不思議な感じがして、心が落ち着いた相手。こういう人物は他にいなかった。可愛がってもらっても優しくしてもらっても
何も感じない、というか煩わしささえ感じるオレがそうは思わなかった。唯一心を開けたんじゃないかという人。そんな人のお願いとあっては断れそうになかった。
「・・・そこまでして生きたいとは思えませんが」
「でも――!」
「でもさくらさんの最後の頼みです。まぁなんとか生きてみますよ」
そう言うとさくらさんはびっくりした顔をしたがすぐ涙目になりありがとうと言った。お礼をいうのはこっちなんだけどなとは思ったが
口には出さなかった。心の中だけで感謝の言葉を言った。そしてオレはじゃあと切り出した。
「早速やっちゃってください。ぶっちゃけ途中から落ち着かなかったんですよ、この空間。最初は心地はよかったんですけどこの無理矢理甘いもの
被せられてる感覚、もう嫌になりました」
そう、この例えるなら甘いミルクやらケ紅茶を無理矢理に飲ませられているような錯覚さえ覚える感覚。心地よかったのは最初だけだ。度が
過ぎればただの嫌悪感しか抱かない。
「無理矢理残った意識を留めているからね。こうするしかなかったんだよ、でももうおしまい。残り時間も少なくなってきているみたい」
桜がざわめく感じがした。よく周囲をみたら桜の木の葉が散り始めていた。どうやら宴もたけなわ、もう閉幕してしまうらしい。
「そうですか・・・じゃあ、そろそろお別れですか」
そうオレは言い姿勢を正してさくらさんに向き直った。多少悔いはあった。今までいた世界に悔いなんてものはなかったが――あればさくらさん
に悲しい思いをさせてしまうことだった。だが自分はもう死んだ身。出来ることといえば元気にお別れすることぐらいだ。そう思いつついつもの
調子で話しかけた。
「今までありがとうございました。いくら忙しいからといって無理しないでくださいね。さくらさん、すぐ無茶するから」
「・・・にゃはは、気をつけるよ。でも義之くんほどじゃないかぁ」
「はは・・・そうかもしれませんね」
「あっちにいっても無理しないでね。特に喧嘩、しちゃだめだよ」
「ちょっと難儀だと思いますが、――頑張ってみますよ」
最後の挨拶にしてはそっけないとは思ったがこれでいいと思った。あんまりグダグダになってしまうとさくらさんの方が参ってしまいそうだ。
よくみれば手なんか震えてるし。あまり悪い事は出来ない。まぁこういう風に思えた相手はさくらさんぐらいだが。
「それじゃあ、さ。いくよ」
「いつでもどーぞ」
身長差があるためか背伸びしながらオレの頭に手を乗せた。オレといえば少し膝を曲げ、手を乗せやすいような体制である。
「時間が無いからすぐ意識飛んじゃうと思うけど、そのね」
「はい」
「義之くんと過ごせてよかったと思ってるよ」
「自分もそう思います。本当にお世話になりました」
「うん、あっちにいってもまた怪我だけはしないようにね」
「はは、また事故らないよう気をつけます」
「・・・・・うん、それじゃあ」
そうさくらさんが呟いたと同時に意識が無くなっていく。この感覚はまるで夢から覚めるみたいだなと思った。そしてだんだんとさくらさんの気配
と桜の木の葉が揺れる音が遠ざかって行った。最後にさくらさんが何か言ったのが聞こえた気がする。確かではないが、こんな風にオレには聞こえた、
「じゃあ、またね、私の息子」
と。