「お前、もしかして本当はオレの事嫌いなんだろ・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
「とりあえず居間に戻ってさくらさんの話し相手になっててくれ」
「・・・・・・はい」
家に帰ったオレはさっそく下ごしらえに入った。最初さくらさんはエリカが家に来た事に驚いていたが、すぐ笑顔になった。
さくらさんの誰にでもフレンドリーに接する事が出来る性格に、オレは少し感謝した。エリカはそんな態度に少し面喰らってはいたが・・・。
オレが台所に入るとエリカが「私も手伝いますわ!」と言って無理矢理オレの横についた。顔を見るとかなり気合いが入っていた。
どうやらこの間の一件で料理を失敗した事を根に持っているらしく、オレを見返したい気持ちがありありと伝わってきた。
まぁ鍋の下ごしらえと言っても大した事はしないし、適当に教えながらこっちはこっちで進めようと思った。その方が合理的だからな。
脇で手際よく調理を進めているエリカを見てホッと一安心したオレ――――甘かった、エリカは鼻歌を歌いながら米を洗剤で洗っていた。
一度目はしょうがない、エリカは外国人だしこっちの習慣なんてのも分からないからな。今時の女子だってそういう失敗するヤツは多い。
だが二度目はさすがにない。エリカがまた浮かれていた事にオレが気付けばこの事態は阻止出来たのかもしれないが――――後の祭りだった。
「この米はもう使えねぇか・・・、もったいないけど――――捨てるしかねぇな」
そう言ってオレはそのギラギラ光っている米をゴミ箱に入れた。世界にはロクに食べられない人が多くいるが、生憎こんなものを食う勇気はない。
居間ではエリカがさくらさんと楽しく談笑している話し声が聞こえてきた。まぁ、声を聞く限りじゃさくらさんがエリカに一方的に話掛けているんだが。
どうやら話題はオレの事のようだ。二人の共通点といったらオレぐらいなもんだし、変な話をしないぶんには別に構いやしない。
「あ、そうそう。エリカちゃんに聞きたい事があるんだけどいいかな~?」
「あ、はい。なんなりと聞いて下さい」
「ねぇねぇ、エリカちゃんて義之君とどういう関係なのかなぁ?」
「か、か、関係と・・・言いますと?」
「えー色々あるじゃん。友達とか――――こ・い・び・と、とかさぁ~!」
「――――――――ッ!」
「あ、あれれ? も、もしかして藪蛇つっついちゃった・・・かな? ボク、てっきりそうだとばかり・・・」
「――――い、いえ・・・そんな事ありませんわ」
「そ、そう?」
「・・・・はい」
「うにゅ~・・・なんかごめんね、変な事聞いて・・・」
「い、いえ、学園長が気になさる事ではありませんわ。むしろこちらの方こそすいません・・・」
「あ、いいのいいの! 私の方こそなんか無神経でごめんね? つい調子に乗っちゃって・・・」
「そ、そんな、本当に御気になさらないでください・・・」
「う、うん・・・」
「・・・・・・」
「・・・うにゅ~」
そして居間に気まずい雰囲気が流れた。エリカは俯いてしまい、さくらさんもどうしたらいいか困り顔だった。
オレとエリカの関係――――言葉ではどうしても言い表せない関係だった。恋人ではもちろんないし、友達とも言い切れない微妙な関係。
ハッキリ言ってこんな関係がいつまでも続くとは思っていない。いずれ決着がつくだろう、そう思う。
それがどういう形なのかは分からない。エリカがオレの他に好きな男が出来る、ありえないと思うがエリカとくっついて幸せになる・・・どっちかだ。
エリカは留学生――――貴族の娘だ、いずれ帰国してうやむやになる可能性も勿論ある。だがそんな決着はないだろうという予感はしている。
オレもそんな半端な形にはしたくないしエリカもそうだろう、何かしらの形には収まるとは思う。それがどちらかが納得いかない結末だとしても・・・。
大体貴族ってのは庶民にとっては雲の上の存在だ―――オレだって例外じゃない。しかしもし、万が一付き合う事になったらオレにとっては関係ない。
死ぬような努力だって何だってするし、もう離したりはしないと思う――――こんな考えをしている時点でオレは本当に美夏の事が好きなのか
疑わしいもんだが・・・思わず自嘲してしまう。
そう悩んでいる内にしたごしらえが出来たので、鍋を持って居間に行く。後はコンロに火を付けてしばらく待てば完成だ。
「おーし、鍋が出来たぞーみんな」
「あ、やっと出来たんだねぇ~! わ、美味しそう~!」
「わぁ、色とりどりですわねぇ~」
「一応モツが少し残っていたから鶏モツ鍋もどきってところだな。ホラ、皿」
「ちょ、ちょっと! 私がやりますわ! これぐらいやらせてくださいな!」
「いいんだよお前は。ゲストなんだぜ? 黙って席に着いて料理の感想を言ってくれればそれで構わない」
「で、ですが・・・」
「そうだよぉ~、御招きしたお客さんにそんな事やらせられないよぉ。 エリカちゃんは座ってていいんだよ?」
「そういう事だ、黙って座って美味しいって言ってればいいんだよ、お前は」
「わ、わかりましたわ」
そう言ってオレ達二人はエリカの事を座らせた。こいつも変な所で気使う性格だからなぁ、貴族のくせに腰が低いっていうか。
そんなこんなで鍋が温まるまでみんなで世間話をして盛り上がった。オレとエリカの話はタブーなのでそれ以外の話を積極的に振ってやった。
学校の勉強はどうだとか生徒会がウザいとか杉並の奇行とかでだ。勉強の話と杉並の話になった時は集中砲火にあったが、まぁ些細な事だ。
ちょうど話が盛り上がってきた所で玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に――――と疑問に思ったがとりあえずオレが出る事にした。
最初さくらさん出ようとしたが家の長にそんな事させるわけにはいかない、オレは面倒くさがりながらも玄関の戸を開けた。
「こ、こんばんわ~弟くん・・・」
「や、やぁ兄さん・・・」
「・・・・・」
オレは心の中で思わずため息を吐いた。そういえばこいつらウチに結構来てたんだっけなと思いだした。最近色々ありすぎて忘れていた。
音姉が持っている食材から察するに、恐らく今日はこっちで食事をしようと思ってきたのだろう。音姉も由夢もどこか気まずい雰囲気で立っている。
さて―――どうしようかなと思っていると、なかなか居間に戻らないオレを心配してか――――さくらさんがこちらの方に来た。
「あ、音姫ちゃんに由夢ちゃん! なになに~どうしたの~?」
「あ、さくらさん・・・きょ、今日はみんなで食べようかな~と思って・・・あはは・・・」
「え、ええ・・・そうなんですよ・・・ハハ」
「ふ~ん? まぁいいや、上がって行って! ちょうどみんなでお鍋食べていた所なんだよ」
「え、だれか来てるんですか?」
「まぁ、音姫ちゃんが知っている人物だよ。さぁ上がって上がって!」
「え、あ、は、はい」
そう言って音姉達がウチに上がってきた。オレはというと――――本当に困ってしまった、かったるくなる要素がまた増えたからである。
エリカがいたんじゃ音姉達は変に勘ぐるだろうし、エリカにも余計な誤解を招く恐れがあるからだ。本当に最近は色々あり過ぎて参ってしまう。
違う世界に来たり、好きな人が出来ちまうし、それも二人もなんて前では全然考えられなかった事だ。良いか悪いかと言われれば口ごもってしまうが。
早速居間からはちょっとした騒ぎが聞こえてきた。オレは憂鬱な気分になりながらも居間に戻る事にした、嫌な事は早めに解決しちまうのが一番だ。
「ちょ、ちょっと弟くん!? なんでさくらさんの家にエリカちゃんが!?」
「そ、それは・・・」
「腹を空かして死にそうだったからだ。まさか今の時代に腹減って倒れちまう人間を出すのはどうかと思って、誘ってやったんだ」
「ちょ、ちょっと! よしゆ―――」
「そ、そうなの? エリカちゃん」
「あ、え――――そ、そうなんですよ・・・あはは。ちょうどお腹がすいてる所に桜内先輩に声をお掛けしてもらって、御相伴に
預からせてもらっています」
「ふ~ん、そうだったんだぁ」
「ジー・・・」
エリカが口ごもっていたので助け船を出してやった。恨めしい視線を一瞬くれたがとりあえずオレに口を合わせてくれた。
我ながらどうかと思う言い訳だったが構いやしない、何言われてもそうだと突っぱねるからな。音姉は不思議そうな顔をしながらも頷いてくれた。
由夢がなにか言いたそうな視線をくれてきたが無視する。これ以上かったるい事はしたくなかったからだ、面倒くさいったらありゃしない。
とりあえず鍋も残っていたし、みんなで食べる事にした。まさかこのメンツで鍋を囲むなんて夢にも思わなかった。
「でも驚いたなぁ~、まさかエリカちゃんが弟くんの家にいるなんて」
「た、たまたま桜内先輩にお会いして助かりましたわ、本当に。ちょうど一人暮らしで一人で食事するのにも飽きてしまってて・・・」
「え、エリカさんて一人暮らしなんですか!?」
「こらっ、由夢ちゃん、声大きいよ?」
「あ、や、ご、ごめんさい・・・」
「エリカちゃんはね、外国の留学生で貴族の娘さん――――お姫様なんだよ~」
「わっ、そ、そうなんですか?」
「そんな大それたものではないですよ、立場はそうかもしれませんが政治にはあまり関わっていませんし」
「いやいや、すごいですよ。まさか本当のお姫様に会えるなんて・・・」
「すごいよね~、エリカちゃん。お姫様だし何より可愛いしね~!」
「そ、そんな事ありません・・・・」
「でも何より驚いたのが―――兄さんがエリカさんを誘った事ですよ」
「ほえっ?なんでなんで~? 義之君の性格からすると別におかしくは無いと思うけどぉ」
「え!? あ、や、そう・・・なんですけどね、ハハ」
「あはは・・・・」
「う~ん?」
まぁさくらさんに対しては普通だからな、何も変わってないように思えるだろう。音姉達も特別さくらさんにオレの事問いただしてないみたいだしな。
さくらさんからしてみれば当り前な反応だと思う。この世界のオレは大分お優しい性格だったみたいだからな、人助けなんかもするんだろう。
にしても――――お姫様か、そう聞くと本当にエリカは本当に違う世界に住んでるんだなと改めて思う。別に忘れてたわけではないが。
なんでそんな女がオレに惚れたのか――――きっかけは路地裏での事なんだろうが・・・縁というのは不思議だなと思う。
あそこで助けたのがオレじゃなくてもエリカはその男に惚れたのだろうか、かなり切羽詰まった状況だったし吊り橋効果でその可能性もある。
オレ以外の男とエリカがくっつく・・・あまり想像したくない光景だ。美夏の事があるのにオレはまだそう思ってしまっている。
「兄さん・・・最近冷たいから・・・ね」
「うにゃ~、そうは思わないけどなぁ」
「前も言いましたが思春期なんですよ。しばらく経てば収まるんじゃないですか?」
「にゃ、そんな冷静に言われても・・・」
「誰に対してもそうだし・・・だからエリカさんを招いたのは意外だと思った」
「そうそう、そんなにエリカちゃんと接点もなかったはずだしねぇ~」
「気まぐれだ」
「あ、もしかして――――兄さんとエリカさんて付き合ってるんですか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「うにゃ・・・・」
「あ、あれ?」
シーンとなる居間。さくらさんも言っちゃったという風だ。由夢もまさかそんな雰囲気になるなんて思っていなかったようで戸惑っている。
音姉もかなり戸惑っているのが見て取れる。エリカの性格からすると怒るか恥ずかしがるとか、かなりオーバーリアクションをする筈だからな。
だが流れているのは沈黙――――エリカは悲しい顔をして黙っているし、オレもそんな顔をみていると違うとは言えなくて黙ってしまう。
時計が針を刻む音だけが居間に響いてる程静まる場、オレはかったるくなりながらも鍋を黙ってつっついた―――何言っていいか分かりやしねぇ。
エリカもエリカで黙って食べている。つまりこの場にそれに答えれる人物はもういない事になる。由夢は誤魔化す様な笑みを浮かべながら喋った。
「あ・・・・あはは、もしかして―――空気よめてなかった? 私」
「・・・いいからお前は黙って食っとけ、ホラ、分けてやるよ」
「え――――ってなんで野菜ばっか!」
「それでも食って舌味治しておけよ、味オンチ」
「――――ッ! だ、だれが! っていうか何だったんですかっ! あのクリスマスプレゼントは!」
「料理一つ満足できない妹みたいなお前によかれと思って買ってやったんだよ。あのままじゃ結婚出来そうにないからな」
「な、な、なんですって~ッ!」
「大体どういうつもりでオレにあの弁当渡したんだ。オレの事そんなに嫌いなのかよ、お前」
「え、や、それでも一生懸命作ったんだよっ!」
「愛情いっぱいなのは伝わってきた――――それが反映されるといいな、次からは」
「ぐぬぬ・・・・・」
「あ、あはは」
なんとか重かった雰囲気が少し薄らいだ感じがする。音姉もオレの言葉を聞いて苦笑いをした。まったくどいつもこいつも同じ質問をしやがる。
まぁ由夢の言う事はもっともだ、オレが人を家に招くなんて滅多にあるもんじゃないし、由夢達も今のオレの性格を知っている。
そんなオレが人を―――女をつれこんでいるんだ、そう思っても仕方ないと思う。だから多少皮肉を言ったって構いやしない。
「ところでお聞きしたい事があるんですが・・・」
「ん? 何かな、エリカちゃん」
「その・・・桜内先輩と音姫先輩たちの御関係っていったい・・・」
「あー、確かに誰でもそう思うよねぇ」
「はい、兄弟というには苗字が違うなと思いまして・・・」
「オレは拾われっ子なんだよ」
「―――――え」
「大きな桜の木があるだろ? 桜公園の脇にある奴だ。あそこでオレは拾われたんだよ、さくらさんに」
「そ、そうなんですの?」
「ああ、そんでもって留守がちのさくらさんに代わって朝倉家に厄介になったんだ」
「弟くんっ! 別に厄介だなんて思ってないよ!」
「そ、そうですよ!」
「―――――なんでもいいが、そして大きくなっても若い男女が一緒なのは問題があるっていう話になって
さくらさんの家に来た・・・んだっけ?」
「もぉ~なんで疑問形なのよぉ~」
「どうでもいい事だから忘れちまったよ。まぁ、そんなこんなあって今に至るって訳だ」
「・・・そうでしたの」
「まぁ気楽でいいよ。あんまり騒がしくなくて落ち着くしな」
「もうっ! そんな事ばかり言って!」
「ジー・・・」
この世界でのオレがここに居た理由―――当てずっぽうで言ったが当たっていたようだ。というかそれぐらいしか理由が思いつかない。
エリカはオレのそんな話を聞いて不憫そうな顔をしたが、目でそんなに気にする事はないと言ってやった。事実、自分が不幸だと思っていない。
暖かい家もあるし、人間関係もオレにとっちゃ何も問題ない。衣食住が揃っているんだし何も問題点は無いと思う。
オレの皮肉に音姉が過剰に反応するが無視する、事実そう思っていたからだ。あと由夢、言いたい事あるんなら口で言いやがれてめぇ。
そうして団欒を楽しんでいたがそろそろ時間も御開きだ。音姉達はそろそろ帰ると言いだし、エリカもそろそろ帰る呈らしく腰を上げた。
かったるいがお客さんが帰るので見送りをする事にした。さくらさんがそういう事はうるさいのもあるが―――エリカがこっちを寂しそうに
見てたからだ。
あの目に本当に弱いな、オレと思いながら玄関先まで来た。というか朝倉家はすぐ隣なので見送るも何もないんだけどな。
「それじゃあね、弟くん」
「またね、兄さん」
「ああ―――ちゃんと料理覚えとけよな、由夢」
「―――ッ! わ、分かってますぅ!」
そして隣の家に歩いて行く音姉達、残されたのはエリカとオレだけになった。隣を見ると何か期待して目でこちらを見ている。
さて、どうするか―――オレとしても送って行きたい所だ。好きだからっていうのもあるがこんな夜中に一人でエリカは帰させられない。
こいつ見た目からしてお嬢様だし、この間の件もある。また会って絡まれたらひとたまりもないからなぁ。
「さくらさーん、オレ、エリカの事送っていきますねー!」
「・・・え」
「うーん、わかったー、気を付けてねー」
「はーい」
「い、いいんですの?」
「こんな夜中にエリカ一人で帰させられねぇよ」
「あ、ありがとう・・・」
「じゃあ、ちゃっちゃと行くか」
「あ、こら、待ちなさい!」
そう言ってオレは歩き出した。エリカが慌ててオレの脇に並んで―――腕を組んできた。もう慣れしんだ感触だった。
もう何度こうやって歩いたか分からない。隣を見ると嬉しそうなエリカの顔、それを見てるとオレもなんだか嬉しくなってしまう。
そういう想いに囚われるたびに考える―――本当にこの子を付き離せるのか、と。オレにこの子をまた泣かせる事が出来るのかと。
この先どうなるかなんて予想がつかなかった。そんなオレの様子を見かねてか、エリカが話かけてきた。
「どうしたの、よしゆき?」
「・・・桜内先輩じゃないんだな」
「――――ッ! あ、あれは芳野学園長もいたし、れ、礼儀ですわっ!」
「前までは桜内って呼び捨てだったのに、お前」
「べ、べ、別にいいでしょ!? 私がそう呼びたいんだからそう呼ぶの! 何か文句がおありになって!?」
「いや、ねぇけどよ」
「だ、だったらいいでしょ!」
そう言って組んでいる腕に力を込めた。そんなエリカの様子をみてオレは心の中で笑った。やっといつもの調子に戻ってきたか、こいつ。
なんだかいつも泣いているイメージがあったからな。それほど昨日からの出来事がインパクトがあったというわけだが・・・。
そして泣かせている要因はオレ――――本当にロクでもないな、前々から思っていた事だが余計にそう思う。
「なんか最近色々あった気がするが―――たった二日の出来事なんだよなぁ」
「・・・そうですわね、一ヵ月ぐらい経ったと思いましたわ」
「まさかお前と腕を組むなんて夢にも思わなかったよ」
「――――私も思いませんでしたわ、最初はなんて野蛮人だと思ってましたもの・・・」
「あ? そうなのか?」
「そ、そうですわっ! だ、だって貴方、初対面で私の胸を揉んだんですのよ! いくら不慮の事故だからってっ!」
「あーそうだったのか。悪いな、覚えちゃいねぇ」
「――――ッ! あ、貴方! 本気でそうおっしゃってるわけ!?」
「さぞかし強烈なインパクトだったんだろうが・・・最近物忘れがひどくてな。細かい事は忘れちまうんだよ」
「こ、こ、細かいですってっ! わ、私の胸を揉んだ事がっ!?」
「――――でも残念だな」
「・・・え?」
「せっかくこんな美人の胸を揉んだっていうのに感触まで忘れちまった。本当に残念でならない」
「~~~~~~ッ!」
そう言ってオレがワザとらしく胸に目をやると、顔を真っ赤にして胸を隠してうつむいてしまった。まぁ、ウブらしいことで。
これが茜だったらきっと胸を強調して――――だめだ、やっぱりあいつの事は分からん。杉並みたいに読めない人間の一種だ、あれは。
そう考えてると腕に力を込められた。隣のエリカを見ると、どこか悲しい顔をしていた。理由―――分からない。
「今、他の女性の事考えてたでしょ?」
「・・・え?」
「分かるんだからね、女性ってそういう事が・・・」
「いや・・・別にそういうわけでもない、杉並の事も考えてたし・・・」
「―――え?」
「うわっ、やっべ何言ってんのオレ、気持ちワル! って何ドン引きしてんだよ! オレはゲイじゃねぇからな! って腕を離すなよコラ!」
「そうだったんですの・・・どおりで・・・」
「なんだよどおりってっ! お前、オレ達の事どういう目で見てたんだよっ!」
「え、いや、だ、だって貴方達って目立つし・・・いつも一緒じゃない? あ、あはは」
「マジかよ・・・」
杉並とはしばらく別行動を取ろう。エリカだけじゃなくて他のやつにも思われてるだろうしな。不良ぶってるけど本当はゲイ
なんですってとか言われたら流石にヘコむからな。
そんな言い合いをしているとエリカのマンションが近づいてきた。どうやらかなり話に熱中してしまったらしい、あっという間に感じる。
そろそろお別れか、そう思って組んでいる腕を外そうとして―――力を込められた。わけがわからない、そう思って隣のエリカを見る。
エリカの目―――どこか期待した目でこちらを見てた、オレが弱い、あの弱々しい目の色で。腕を組みながらエリカはオレの方を見た。
「よ、よしゆき?」
「・・・なんだ」
「せっかくだし―――上がっていく?」
「・・・・・」
「あ、ほらっ、今日は晩御飯を御馳走になったし、ここまで送ってくれたのにお礼も無しってどうかなと思ったのよっ!」
「いや・・・」
「べ、別に泊まれっていうわけじゃないんだし・・・いいでしょ? ね?」
「・・・・・・」
「―――――ねぇ、上がっていってよぉ・・・」
そう言ってオレの顔を覗き込んでくる。途端に弱くなるオレ、どうしようもなかった。喧嘩が強い、口が回る、そんな事は役に立たなかった。
思わず頷きそうになるが無理矢理その行為を押さえつける。ここで頷いたら何のためにオレの家に招待したか分かりやしねぇ。
だがそんな曖昧なオレに業を煮やしたのか、腕を引っ張って部屋に向かおうとするエリカ。沈黙を肯定と受け取ったんだろう、顔は笑顔だった。
思わずたたらを踏んで連れて行かれそうになった時―――携帯の着信音が鳴った。またタイミングいいところで掛けてきた奴がいるな。
杉並だったらとりあえず無視ろう。とりあえず携帯を取り出し、名前を見て――――――エリカの腕を思わず離してしまった。
「あっ―――」
「・・・・・」
「よ、よしゆき?」
「悪い、さくらさんからだ。大方早く帰ってこいとのお達しだろう、昨日の今日だからな」
「え、あ、そ、そうなの?」
「ああ、だから悪いんだが・・・」
「―――――――――わかったわ、じゃあ、また今度ね」
「ああ」
「・・・・・・・・ばいばい」
「ばいばい」
残念そうな顔をしながら自分の部屋に帰るエリカ。それを見送り、手を振ってやった。少し元気が出たのか―――笑顔で手を振り返してきた。
階段の所までエリカが進んだ所まで見送り、オレは踵を返した。そしてさっきから着信メロディが鳴り響く携帯のコールボタンを押した。
そういえばアイツと番号交換したっけなと思いだす。さっきは物忘れがヒドイという嘘を付いたが、こんな事を忘れるなんてな――――
「もしもし」
『遅いっ! 一体何してんだ桜内っ!』
「いきなり御挨拶だな、ええ? 美夏」
『うるさいっ! お前が明日暇だろうと思って電話をかけてやったのだっ!』
「あ? 明日ってなんだよ?」
『はぁ~、お前もうボケたのか? 明日で今年は終わるんだぞ? 年末だ年末!』
「あ、そういやそうだったな」
『お前、本当に大丈夫か? 頭でも打ったのか?』
「うっせー、ポンコツ」
『ポ、ポ、ポンコツ言うなッ!』
「だー分かった分かった! 耳元で騒ぐなっ! うっとおしい!」
『お前が先に挑発してきたんだろうがっ! それでどうなんだ? 暇なのか暇じゃないのか!?』
「明日は教会のミサに出て美味しい料理を子供達に出さなくちゃいけなんだよ、オレ。
オレの料理を美味しそうに頬張る――――想像しただけでもう心が温かくなるね」
『暇なんだな? じゃあ明日の午後3時に桜公園で待ち合わせなっ!』
「オレの話、聞いてねぇだろてめぇ・・・」
『あはは、桜内が教会なんかに行ったら悪魔と勘違いされて退治されてしまうぞ?』
「言ってくれるじゃねぇか、このやろう」
『さっきの意趣返しだ。で、大丈夫なんだろうな? 何か不都合があったら聞くだけ聞いといてやる』
「態度でけぇな―――まぁいいぜ、行ってやるよ」
『素直にそう言えばいいのだ。まったく天邪鬼なんだから桜内は・・・それじゃあ、また明日なっ!』
「あ、美夏」
『んー、なんだ? やっぱり不都合でもあるのか?』
「いや―――――、風邪引くなよ」
『あはは、なんだそれは』
「・・・なんでもねーよ、またなっ」
『あ、ちょっと待て』
「あ?」
『・・・・・・・桜内も風邪引くなよ』
「―――ああ、分かった。それじゃあな」
『うむ! ではまた明日だ!』
そう言って電話が切れた。久しぶりに美夏と会話した気がする、そんな気がした。たった一日か二日程度なのにな。
思わずさっきはエリカに嘘をついちまったが・・・これでよかったと思っている。あのまま行ってたら何かあったかもしれない。
悪い事をしたと思っている反面―――美夏から電話がきて喜んでいる自分がいる。とんだ二股野郎だな、オレ。
「どっちとも付き合ってる訳じゃねぇが―――浮気している気分だな、オレ」
事実その通りだと思う。あっちにいい顔してこっちにいい顔する人間、嫌いな人種だった筈なのに―――人の事言えないな、オレ。
そう思いながら家に踵を返した。また遅く帰っちまうとさくらさんが拗ねてしまう。拗ねたあの人の機嫌を元に戻すのは難しい。
変なところ子供だよなぁ、さくらさんて。身長も見た目もアレだが――――本人が聞いたら怒りそうな事を考えながら帰路につく。
明日の年越しか・・・楽しそうな事がありそうな気がする。明日の事を考えながらオレは歩いた。年末―――もう今年の終わりも近い。