あの後しばらく美夏と談笑を楽しんでいた。これといって気負った会話等ではなく、いつも通りの気軽な会話だった。
初めて会った時の事とかバイトの話とか―――そんな感じの会話だった。お互いに結構覚えているシーンなどがあり、それが地味に嬉しかった。
楽しく会話をしていると年越しの鐘の音が響き、お互い少し照れながらも新年の挨拶をして――――お互い笑い合った。
そしてバス亭まで美夏を送り届けて別れる間際に、明日もしよかったら一緒に遊ばないかと誘いの言葉を受けた。
勿論オレに断る道理はなく、快くその言葉を受理した。むしろ少し情けない気分だった、こういうのは男のオレから言うべき言葉だと思ったから。
その様なニュアンスの言葉を美夏に投げかけた―――美夏は笑った。お互い好き合っているんだからそんな事は気にしなくていい、そう言った。
その言葉を投げかけられたオレは少し気恥ずかしくなってしまい、美夏の頭をガシガシ撫でてやった。美夏は文句を言いつつもその行為を受け入れてくれた。
それが昨日の事である。その後オレは家に帰り、明日の為に早く寝ようとしたがなかなか寝付けなかった。まったく、ガキじゃねぇんだから・・・。
そして色々考え事をしてみる、これからの美夏と一緒にいる生活を。頭の中で浮かぶのは幸せそうに笑う美夏と呆れながらも笑うオレだ。
こんな考え事をしている自分にオレはかなり驚いている。ヤクザが子供を持つと優しくなるっていう話はよく聞くが似たような感じかもしれない。
オレも美夏と過ごす内に変わったのかもしれない、美夏程ではないが随分と性格が柔らかくなったもんだ、本当に。
だが――――あまり楽観視は出来ない。この間の路地裏の件、自分でも驚いていた。女をあそこまで血まみれにさせる程の大怪我を負わせたオレ。
歯止めが効かなくなっている、常に心にストッパーを掛けていなければならない状態だ。すぐ感情が剥きだしになってしまう――――気を付ける事にしよう。
そう思ってオレは寝返りをうち、目を閉じる。明日は楽しい一日にしよう――――そう思い、夢の中へ潜っていった・・・。
翌日起きたオレは、とりあえずさくらさんの分も兼ねて朝食を作っていた。居間ではさくらさんが嬉しそうな顔をしてニコニコしていた。
本当にこの人は子供みたいだなと思う。いつも思った事をズバズバ言って感情を隠す様な事はしない、大人とは言えないように思える。
だが頭と冷静さはそこら辺の大人とは段違いだ。物事を合理的に多角的に考えられる頭脳、いかなるときも冷静に動ける行動力・・・。
そういう所をオレは尊敬していた。オレなんかとは比べられないぐらいに能力が上で、密度もまた違う――――遥か上をいっていた。
思えば小さい頃本を読み耽ったのもさくらさんに追いつきたくてかもしれない、今ではそう思っていた。
「よっしゆきくーん! ごっはんまっだー?」
「あーはいはい、今出来ますよ」
「お腹ペコペコだよぉ~、さっきから美味しい匂いがしてたまらないよぉ~」
「御期待に添えられるかどうか分かりませんが・・・ホラ、持って来ましたよ」
「おぉ~っ! 今日は和食なんだね~!」
「たまには、と思いましてね。それではいただきますか」
「はいは~い、いっただきまぁす!」
「いただきます」
さくらさんに急かされながらも料理を作りあげ、居間に持っていく。するとさくらさんの顔が花でも咲いたかのような笑顔になった。
まったく――――憎めない人だ、この人にはなぜか無条件で安心できる何かがある。その何かが何なのかは分からないが――――些細な問題とオレは思う。
こうして美味しそうにオレの料理を食べてくれるんだ、そんな問題なんてゴミ屑みたいに小さい事だろう。そしてその笑顔を見ながらオレも食事を採る。
もう見慣れた光景、前の世界ではこの時だけがオレの幸せなひと時だった。。学校ではケンカばかりしていてロクな思い出がまるでない。
まぁ要因はオレなんだが――――しかしオレは新しい幸せを手に入れたのかもしれない、美夏という恋人を手に入れたという事実、離したくない。
美夏と遊ぶのはお昼過ぎ、午前中は抜けられない用事があるとの事で午後からという事になったのが構いやしない。美夏と一緒に居るだけで満足なんだから。
午後のひと時を想像すると胸が躍る。この時ばかりは時間が早く進めばいいのにと思っていた。焦る気持ちを抑え、オレは朝食を胃に掻き込んだ。
「義之く~ん、今日は何かご予定とか入ってるの~?」
「え? 一応入ってますけど・・・何でですか?」
「うんにゃ、今日は新年始めの日じゃん? どっか行くのかなぁ~って」
「そうですか・・・まぁ、一応入ってますよ」
「友達とお出掛け~?」
「――――みたいなもんです」
「え~? なぁに、今の間は~?」
「なんでもないですよ、とりあえず商店街に行って来ようかなと」
「そっかぁ~・・・気を付けてね、新年初めで人がごった返してるからさぁ~」
「ついでに何か買ってきますよ、今夜は正月初めだし、少し豪勢にいきましょうか」
「えっ!? ホントに!? わぁ~い!」
別にさくらさんに言っても良かった気はするが・・・少し気恥ずかしくなってしまった。オレにとっては親に彼女を紹介するのと同義だしな。
そのお詫びと言ってはなんだが今夜は少し豪勢な食事にしようと思う。どっちみち正月だし、たまにはいいだろう。金欠気味ではあるが・・・。
さて、洗い物も済んだし後は適当にくつろいで午後になるのを待つか。そう思って居間に行き、腰を下ろそうとして――――――
ピンポ~ン
「んにゃ、お客さんかな?」
「ああ、いいです、オレが出てきます」
「ごめんねぇ~コタツが気持ちよくて離れられないよぉ~」
「はは、でしょうね。多分音姉達でしょう―――よっぽど暇なんですね」
「そういう事いわないの。じゃあ義之くんお願いね~」
「うっす」
そう言ってオレは玄関まで小走りで駆けて行った。新年早々この芳野家に訪ねてくるのは限られている、おおかた隣の家の朝倉姉妹だろう。
新年はゆっくり過ごしたかったのにそうもいかないようだ――――かったるい事この上ない。だが無視するわけにもいかねぇしな。
さっきまでの気分が少し下がるのを感じた。何にしてもオレは午後から美夏との用事があるんだ、あまり構ってやる道理はない。
「はいはい開けますよっと」
そう言って玄関の戸越しに相手方の姿を確認して―――――――手が止まってしまった。どうやら相手は一人らしい。
髪の色は金髪だ、生憎オレの記憶ではさくらさんの親戚が新年の挨拶に来た記憶はない。来たとしても朝倉家の住人しかこの家には来ない。
あと知っている金髪と言えば――――ああ、分かってるよ、そんな人物は最初から一人しかいねぇもんな。そうしてオレは戸を引いた。
会えて嬉しいという気持ちと会いたくない気持ちでごっちゃ混ぜになったオレの感情―――そろそろ決着を付けるか・・・。
「どうした、エリ――――」
声を掛けようとしたが――――言葉が上手く出て来なかった。確かに相手はエリカだ、いつも見ているような私服でそこに立っていた。
だが様子が変だった。顔は俯いたままだし何より――――雰囲気が違っていた。悲しんでいるのか、哀しんでいるのか分からない。
どちらにせよ負の雰囲気を纏っていたので、オレは声を掛けるのを躊躇われた。しかしそんな事を気にした様子がないようにエリカが呟いた。
「電話」
「え?」
「電話、通じなかった」
「――――あっ」
そういえば美夏を助けるのに集中していて電源を切った覚えがある。かなり焦っていたので携帯の電源を切りっぱなしだった事を忘れていた。
誰からか掛かってきたような気もするが―――生憎覚えていなかった。かなり必死だったからな、あの時は。初めてあんなに焦ったかもしれない。
おそらく何か用事あって掛けたのだろうがオレとの連絡が通じないので心配になって来たというわけか、まったく律儀な奴だ。
「わりぃな、昨日少し用事があって電源を切りっぱなしだった」
「・・・・・」
「何か用事があったんだろ? まぁ、とりあえずあが――――」
――――瞬間、抱きつかれた。かなり勢いがあったのでたたらを踏んでしまい、玄関の上がり口に腰を降ろしてしまった。
少し腰を強く打ってしまい、鈍い痛みが腰の周りを駆け巡った。オレはというと―――訳が分からなかった、なぜ突然こんな行動を取ったのか。
エリカが顔を上げてオレの顔をみた。エリカの顔―――とてもじゃないが綺麗な顔とは言いづらい呈を晒していた。
目なんか充血しているし、目の下の隈も酷い。恐らく一睡もしていなんだろうが―――何より酷いのは涙の跡だった。
もうどれぐらい泣いたのか分からないぐらい乾ききってパサパサしていた。そしてもう離さないと言わんばかりにオレの体を抱きしめている。
なぜこんな行動を取ったかオレは考えた―――が、思い当たる節が無かった。エリカはオレの目を見るとまたポロポロ泣き出した。
「・・・義之・・・ひっぐ・・・私ね、何かしたの・・・・?」
「え、なんで―――」
「き、昨日ね・・・・グスッ・・・・義之に電話・・・掛けたら・・ひっぐ・・・すごい怒られた・・・グスッ」
「オレが?」
「・・・ひっぐ・・・う、うん・・・私の事が・・・憎いって・・・グスッ・・・言ってた」
オレがそんな言葉をエリカに投げかけた―――覚えがなかった。そういえば確かにエリカから電話が来たような気もするが・・・。
あまりに気が動転していてそんな事を言ったのか、オレ。エリカはオレの胸に顔を埋めたまま泣いて―――そのまま意識を無くした。
オレの体を抱きしめる力が無くなったのか体が崩れ落ちる寸前、慌ててその体を抱きとめた。エリカの体重―――驚くほど軽かった。
「お、おい!」
「・・・・・」
「んにゃ、どうして―――」
あまりにも遅いので様子を見に来たのだろう、さくらさんが玄関まで来て―――真剣な顔でこちらに駆け寄り、エリカの体を調べ始めた。
脈を取り、首筋に手を当て。指で目を開けさせて異常がないか看ていた。あまりの一連の動きの華麗さに、少しばかり驚いてしまった。
ある程度看て無事だと分かったのだろう―――安緒のため息を漏らした。そしてこちらを真剣な目で見やり、エリカの状態を説明した。
「寝不足だね」
「は―――」
「寝不足な上に泣いた跡もある、極度な疲労状態で走ってきたんだろうね―――体の熱が高い。風邪ではないよ」
「ね、寝不足でこんな―――」
「寝てないって行為はすごいストレスが溜まるんだよ、人間の三大欲求の一つだしね。そして一晩中泣いていた形跡もある。
本来は泣くって行為はストレス発散の為なんだけど、よほど思いつめてたんだろうね、返って体に負担を掛けてしまったんだよ。
エリカちゃんは話してみた感じ、一見気が強そうに見えたんだけど―――本当は気は小さいんだろうね。すごい疲労だよ、これ。」
「―――そうですか」
「何があったかは知らないけど・・・あまり女の子を苛めちゃ駄目だよ?」
「分かっていた・・・つもりです」
「まぁ、外野がどうのこうの言うのは筋違いなんだろうけどね、ホラ、そっち持って」
「え?」
「んもぉー、このまま玄関に置いて置く気? とりあえず義之くんの部屋に運ぶよ」
「・・・分かりました」
そう言って二人でエリカを自分の部屋まで運んだ。上着を脱がせて軽い格好にして、ベットに寝かす。とりあえず台所からおしぼりを持ってきた。
それをエリカの額に乗せて安静な状態にする。そこまでの行動をやって、やっと一安心できる状態になった。最初倒れた時はヒヤヒヤしたが―――
エリカちゃんの状態が落ち着くまで義之くん看ててやって、そうさくらさんに言われた。どうやら午後から大事な用事があるらしく、時間も無いようだった。
もちろんオレは二つ返事で了承した。この状態のエリカを放っておく事なんか出来やしなかったし、そのつもりもなかった。
「じゃあ、行ってくるね。本当ならこんな状況を放っぽり出していくのは忍びないんだけど・・・」
「いいえ、ここまでやってもらっただけありがたいです。本当にありがとうございます」
「んにゃ、別にどうってことはないよ。じゃあ―――エリカちゃんの事頼んだよ」
「はい、任せてください。さくらさんは気にしないで行ってらっしゃって下さい」
「―――うん、それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そう言うとさくらさんは駈け出すような感じで出て行ってしまった。時間ギリギリまでエリカの状態をオレと看ていたので仕方ない。
そこまでしてくれたさくらさんには感謝してもしきれない思いだ。とりあえずオレは換えのおしぼりを台所まで取りに来た、そして水を用意する。
エリカの体には熱が溜まっていってそれを吐きだすかのように汗が絶えどなく流れていた。そしてふとオレは気付いた、大事な事を。
「―――今日のデートは無し、か」
後で美夏に電話しておこう。残念がるかもしれないが、背に腹は変えられない。予定を変更して明日にでも仕切り直すか。
そう考えながらおしぼりと水をオレの部屋まで運んだ。その時にチラっと時計を見ると、もうお昼を回ろうとしていた。
あの後美夏に連絡を入れた。どうやら美夏は出発する寸前だったらしく、バスの音が電話越しに聞こえた。もう少しで美夏に余計な金を払わせる所だった。
最初はかなり怒っていたが、喋っていくうちに段々元気が無くなっていくのが手に取って分かった。その悲しい声質の言葉を聞いてオレは少し胸が痛くなった。
とりあえず明日にでも仕切り直そうという約束を取り付け、電話を切る。そして部屋に戻るとエリカは少し元気になったらしく、背中を起こしていた。
「よう、もう大丈夫なのか?」
「あ・・・・」
「驚いたよ、いきなりぶっ倒れたから」
「ごめんなさい・・・」
「別にいいって―――謝るのはオレの方だしな」
「え・・・」
「勢いでエリカに酷い事言っちまったらしいし・・・本当にごめんな」
「・・・・」
オレがそう言うとまたエリカは俯いてしまった。表情はオレの方からは見なかった、また泣いている様子は無く、言葉を考えているような様子だった。
そして言いたい事が纏まったのか―――顔を上げてこちらを見た。無理に笑顔を見せながらぽつりぽつり話し出した、言葉を吐き出しにくそうにしながら。
「私ね・・・義之に、嫌われたのかと思ったのよ」
「そんな事はないよ」
「いいえ、なんか私って・・・少ししつこい所があったのかなぁ・・・って思ったのよ。内心うざがられてるのかなぁって」
「しつこいなんて思ってもいねぇしうざいとも思っていない」
「―――例えそうだとしても、あの時の声は本気でそう聞こえた・・・。すごく悲しかったわ」
「・・・ごめんな」
「あ、いいのよ、なんか切羽詰まった感じだったし―――そんな時に電話を掛けた私がタイミング悪いっていうか・・・あ、あはは・・・」
「・・・・・・」
「それなのに・・・こんな事までしてもらってるし・・・。私、そろそろ帰りますわね・・・・」
「―――え?」
「ごめんなさいね・・・なんか迷惑かけちゃったみたいで・・・それじゃ・・・」
「おい、まだ体が―――って危ねぇっ!」
「え―――」
エリカが腰を上げようとした時、まだ体調が完全に回復してなかったのだろう―――バランスを崩して倒れそうになった。
慌ててエリカの体を抱きとめた―――瞬間、ふわっとした女の子の匂いが鼻についた。思わず、胸が騒ぐような感じがした。
そして抱き合ったままエリカと視線が合った。最初は驚きに満ちた目だったが、徐々にその目の色は悲しみの色を帯びて―――――
「――――――ッ!」
「・・・・・・ん」
――――――――――――キスをされた。
それでタガが外れたかのように思いっきりオレの体を抱きしめてきた。思わず痛みを感じてしまうかのような力、どこにそんな力が残っていたのか・・・。
オレは制止の言葉を掛けようとして口を開き―――舌を捻じ込まれた。思わず驚いて突き離そうとするが想像以上の力で突き離す事が出来なかった。
乱暴に舌を――――オレの舌を蹂躙して殺すかのような滅茶苦茶なキスだった。クチャクチャという卑猥な音が部屋に鳴り響いている。
お互いの口の脇から唾が溢れだして顎を濡らしている感覚がした、茜の時よりも何倍もの激しいキス――――キスと呼べるか疑わしい激しいモノだった。
背中がゾクッとするような感覚、思わず腰が抜けそうになり――――そのままエリカにベットに押し倒されてしまった。鈍い音を立てて軋むベット。
オレはその時初めて思った。オレは本当に突き放そうとしたのか、年下の女を跳ね飛ばせないような力しかオレにはないのか、違う、その力はあった。
そう思っているとエリカが顔を上げた。お互いの唾で橋が出来上がり、口周りが唾でギラギラ鈍い色を発していた。恐らくエリカだけじゃなくオレもだ。
その卑猥な光景に思わず性欲が疼くのを感じたが、無理矢理押さえつける。頭は確かに混乱していたがまだ冷静な部分は残っている、状況に流されては駄目だ。
オレの顔に掛かるエリカの綺麗なブロンド色の髪――――少しくすぐったい気分だ。そしてエリカは口を開いた。
「ねぇ、驚いてる?」
「・・・・・・」
「私、前に言いましたわよね? 本当に――――本当に好きだって」
「・・・・・・」
「前に貴族がどうのこうの言ってましたけど・・・そんな事は関係ありませんわ」
「関係あるに決まっ―――――」
「私がお父様に言いますもの。好きな人がいますから付き合いますって・・・。もちろん結婚も考えてるわ―――貴方が王族になればいいのよ」
「・・・バカな話だ。荒唐無稽すぎる。外様なオレが王族? あんまり笑わせないでくれ、大体貴族ってのは貴族の血しか入れたがらない筈だ」
「関係ありませんわよ、そんな事。前例が無いなら作るまでよ。多分だけど・・・お父様も貴方の事を気に入ると思いますわよ」
「なんの確証があってそんな事―――――」
「眼よ」
「・・・眼?」
「貴方のその眼・・・絶対に誰にも屈しないという眼をしてますわよね。獣のような眼だけど理性的な光りもある―――とっても素敵よ」
「お褒めにあずかり光栄だが――――生憎オレはそんな人間じゃねぇ、ただのチンピラだ」
「ふふ、謙遜しなくていいわよ。それに貴方には人を惹きつける何かがある、そういうのは努力しても手に入らないものよ。貴方はそれを持っている」
「―――――バカバカしい、お前は熱に浮かされてそんな感じに見えているだけだ。いいから離れろよ」
カリスマ――――そんなモノをオレが持っている訳が無い。まるで夢みたいな話だ、冗談でも笑えやしない。前まで居たオレはどうだか知らないがな。
そんなモノを持っているヤツは一人しか心当たりがない――――杉並だ。いつも奇妙な行動ばかりしていて何を考えてるか分からないふざけた野郎。
だがそいつはそんなモノを持っていた。小粒だが確かに人を惹きつける何かがあった、目の端にいつでも留めとくような存在の力があった。
オレははっきり言ってそんなモノを持っている杉並に軽く嫉妬していた、頭もよく、運動も出来て、何より自分の思った事を信じて動く行動力がある所を。
オレなんかとは違う光を持っている男――――嫉妬もしていたが尊敬もしていた、同じ男として。なにより奇妙な友情も感じていたしこの関係を維持
していきたいと思えるような貴重な友人でもある。
そんな奴とオレが同じモノを持っている? 本当にふざけた話だ、頭にきちまう。 そう思って体を起こそうとしたが――――エリカに押さえつけられた。
再度ベットに倒れるオレ。思わずエリカの事を睨むように目を向けて――――体の力が抜けてしまった。エリカはまたあの悲しい目をしていた。
「・・・そんな感じに見えているだけ、か・・・それでもいいと思うのよ、私。むしろ他の子にもそんな風に貴方が見られていたら嫌ですわ」
「なんで―――――」
「貴方の事が好きだからよ、当り前でしょ? 私だけがそう思ってるだけで十分ですわ」
「・・・・・・」
「一回フラレちゃったけど――――もう一度聞くわ、義之、私と付き合わない?」
「いや―――――」
「何を遠慮してるのよ、さっきも言ったけど私の国は貴方を受け入れるわ、というか受け入れさせるもの」
「・・・・・・」
「・・・・・ん」
そう言ってオレの顔に手を置いて――――また静かにキスをしてきた。さっきよりは情熱的ではないが愛情は感じる。ふわっといい匂いがした。
小鳥がついばむ様に何回もキスをするエリカ、オレはまだ動けないでいた。まるで蛇に睨まれた蛙―――情けない事この上ない。
喧嘩で竦んで動けないという事は無かった、いつも冷静に処理していた。そんなオレがこの有様だ、笑えやしない。思わず自嘲したくなる。
そしてまたあの瞳で見てくる、さっきの返事を催促するようにオレの顔を撫でる。思わず頷いてしまいたくなるような魅惑的な誘いだ。
この間までだったら思わず受け入れてしまっただろう、それぐらいの魅力がエリカから出ていた。そんな姿は初めて見る、おそらく本当に本気なのだろう。
だが―――オレには美夏がいる。美夏以外にはオレの隣は考えられないし、考えたくも無い。いくらエリカでも美夏の代わりなんていうのは無理な話だ。
美夏とエリカなんて比べられないが、天秤に掛けたら美夏の方に傾く。残酷なようだがこの事実はオレの中で絶対だ、覆る事は無い。
しかし――――このエリカの目、これにオレは勝てそうもない。まるでメデューサみたいな力があるように感じられる、まるで呪いみたいだ。
その瞳に睨まれると途端にフヌケになってしまう。いつもの強い意志なんか風で飛ばされたかのように消えていって、頭の回転が鈍くなる。
そんな頭で必死に考える、この状況の抜け方を。しかしエリカにしてみれば落城寸前の城にしか見えない、エリカは更に言葉を紡ごうとして―――――
「たっだいま~!」
「――――ッ! この声って学園―――」
「・・・っ!」
「あ―――」
さくらさんの声をきっかけにオレは我を取り戻してエリカを跳ね除けた、ベッドに転がり落ちるエリカ。オレは慌ててベットから跳ね起きた。
もう少しで落とせると思ったのだろう――――エリカの顔はどこか不満気だった。事実、八方塞がりな状況だったと思う。
跳ね落とされたエリカはぶつぶつ文句を言いながら立ち上がり、佇まいを整えた。その様子から察するに帰ろうといった風だった。
「ごめんなさいね、義之。そう簡単に気持ちのフン切りなんてつかないですわよね―――私、そろそろ帰りますわ」
「・・・もう体は大丈夫なのかよ」
「ええ、あれだけ手厚い看護を受けたらか大丈夫よ。おしぼり、何回も取り換えてくれたのでしょう? おぼろげですけど覚えてますわ」
「・・・そうか」
「好き嫌いという感情抜きでも感謝してるわ、正直みっともない所を見られたと思っていますけど―――義之相手なら構わないですわね」
「どういう意味だよ、それ」
「好きな人にはみっともない所を見られても構わない――――義之には私の全てを知ってもらいたいの」
「・・・・・・」
「じゃあそろそろお暇しますわ、夜も更けてきた頃ですし・・・」
「――――ちょっと待て」
「え・・・」
そう言ってオレはエリカに近づき、両肩を正面から掴んだ。そして顔を寄せる、いわゆるキスをする体制に持ち込んだ。
最初は驚いた顔をしていたエリカだが、さっきのキスの余感が残っていたのだろう――――すぐ甘い顔になって目を瞑った。
顔は熱に浮かされたように赤くなっている。とても可愛らしいエリカの顔がそこにはある。オレはそんなエリカにそっと顔を寄せて――――
「――――いった~~~~~~~~~!!?」
「ざまぁみろ、このクソ女」
「な、な、な、なんて事を・・・・ッ!?」
「ん? なんだ? もしかしてキスでもされるかと思ったのか? 甘えっ子だなぁ~エリカちゃんはぁ」
「ず、ず、頭突きをするなんて・・・誰も思いませんわよっ!」
「すまない、これはアジアにあるモロッコの愛情表現なんだ。随分情熱的な挨拶だろ? よかれと思ってやったんだが・・・お気に召さなかったか?」
「め、召す訳ないでしょうっ!? こ、この野蛮人は~っ!」
「そんなに怒った顔をしないでくれ、君みたいな人には笑顔がとても似合う」
「あ、あははははっ!・・・あ、あなた・・・ふふ・・だ、だからと言って・・・はは・・・く、くすぐらないでよっ!」
「悪い、好きな子にはどうしても苛めたくなってしまうんだ」
「――――ッ! わ、私、もう帰りますわ!」
冷静になったら正直してやられた気持ちでオレの心はいっぱいだった。元々負けず嫌いな性格だ、正直あたまにきていた部分もある。
だからキスをするフリをして頭突きをかました。そして涙目になるエリカ――――ざまぁみやがれといった気持ちになる。
この間までビービー泣いて癖に一人前に生意気な事しやがって、ガキには早いって話だ。まぁ、元々生意気な後輩ではあったが。
「そうか、玄関まで見送るよ」
「――――――――いいですわよ」
「あ? 別に遠慮する事ねーよ」
「義之に見送られちゃうと・・・帰りたくなくなってくるから」
「・・・・・・」
「それじゃあ、ね」
そう言ってオレの頬を撫でて、部屋から出て行くエリカ。急に静かになった部屋に違和感を感じながらもオレはベッドに座った。
下の階ではさくらさんとエリカの声が聞こえる。心配そうに話しかけるさくらさんに、ペコペコお辞儀するようなエリカの感謝の言葉が聞こえてきた。
実際にお辞儀しているんだろう。アイツは王族なのに腰が低いったらありゃしない。もっとドーンと構えててもよさそうなモノだが・・・・。
「さて――――」
そう呟いて――――――オレは自分の顔を思いっ切り殴った。唇が切れたのだろう、生温かい液体が流れるのを感じた。
フヌケなオレが許せなかった。昨日の今日で、別な女とキスをして、拒めなかった自分が無性にムカついた。そしてもう一回顔を殴った。
美夏に対する裏切りもいいところだ。何が一生離れないだよ、クソが・・・・・・言ってる事とやってる事が反対じゃねぇか・・・・。
今までもそう思ってたし、今更感じる事でも無い――――が、今日ばかりはそんな事はとてもじゃないが言えたもんじゃない。
美夏と生きて、美夏と同じ道を歩むって決心したばかりなのに――――その翌日にはコロっと気持ちが揺らいでる自分が憎くてしょうがない。
もう何をしていいのかさえ分からない。エリカとニ度と会わなければいい話なのだが、心はそれを拒否していた。
もっと近づきたい、もっと笑顔を見せて貰いたい、もっと助けになってやりたい・・・そんな気持ちが次から次へと溢れてきていた。
「なんでなんだよ・・・ちきしょう・・・・」
こんな気持ちなんていらなかった。ただ美夏と一緒に楽しく付き合えればそれでよかった、なのにエリカも好きになってしまったオレ。
エリカに美夏と付き合ってる事を言えばいい――――そう思い、今度会った時に言おうと思っていたが御覧の有様だ。
とてもじゃないが言えない、エリカを悲しませる事なんか出来ない。あの晩にエリカの誘いを断れなかった時点でもうこの状況は決まっていたんだ。
悔やんでも時間は戻らない――――オレは答えの無い悩みを悩み続けた。