「うむっ! ちゃんと今日は来たな!」
「昨日はすまんな。急にお客さんが来ちまってな」
「まぁ、仕方あるまい。まさか帰れと言うわけにもいかないだろうしな」
「その代わり今日はいっぱい遊ぼうぜ」
「ああ!」
そう元気よく頷いてオレの脇に並んだ。それを確認してオレは美夏の手を繋ぐ。美夏はその行為にはまだ若干慣れていないらしく少しばかり顔を紅潮させていた。
そんな初々しい反応を楽しみながらオレ達は商店街に向かって歩き出した。大体初音島には遊ぶ所がそこぐらいしかないぐらい寂れているからな。
そしてオレの財布は金欠気味な状態――――そんなオレを美夏が察したのかどうかはしらないが美夏は商店街で遊びたいと言った。
今度バイト代が入った時は遊園地か本島まで遠出したいもんだ。起きたばっかりで何も知らない美夏にはやっぱり色々いい思い出を作って欲しいと思う。
「さて―――商店街行ったら何するよ?」
「むぅ・・・そういうのは男が決めるもんだと思うぞ」
「デートで女にそう言われてある男がペットショップに行ったんだ。女はそういった小動物が好きだし、男は喜ぶだろうと思った。
しかしその女は動物アレルギーだった―――男の楽しそうな顔を見て女はその事が言えなくなり、結局くしゃみなんかが止まらなく
なってしまって散々なデートになったという話を聞いた事がある」
「美夏は思った事を言うタイプだ。そんな女とは一緒にしないでもらおうか」
「よくそんな事が言えたもんだ。お前は一見するとストレートな性格に見えるが、喋れば喋るほど本当は難儀な性格をしている事が分かる」
「そんな事――――」
「あるよ。変に義理固い所もあるし融通が利かない所もある―――まぁオレはお前のそんな所も好きになった訳だし、別にどうでもいいが」
「・・・そういうお前は本当にストレートだな」
「ウソは付けない性格なんだ。まったくもって困ってしまう」
「詐欺師は全員そういう事を言うな。平気な顔でウソを付けないっていうウソをつく」
オレが好きと言うとまた更に顔を赤くさせる美夏。こいつは豪快な性格なフリをして実は結構な恥ずかしがり屋だ、そんな所も可愛いと思う。
それにしても詐欺師か―――案外オレの天職だとは薄々思っていたりする。顔に思っている事を出さない自信もあるし、出しても誤魔化せる自信がある。
何より人を傷つけても何も思わないのがオレの性格だ、こういったヤツは悪どく稼げるか塀の中に入るのが相場と決まっている。
まぁ、さくらさんや美夏を悲しませたくないので考えるだけにしておくが、もしなったとしたらそうだな・・・稼げる方法として――――
「んあ?」
「・・・お前は時々悪い笑顔になる時があるな。そういう時はロクな事を考えて無い」
「あれ? 笑ってたか? オレ」
「ああ・・・かなりの悪い笑みだったぞ」
美夏がギュっと手を握ってきたので思わず変な声が漏れてしまった。というかオレ笑ってたのか・・・最近よく表情が出るな、オレ。
いい笑顔にせよ悪い笑顔にせよ、前までは笑う事なんてなかったからなぁ・・・本当に人間変われば変わるものだ。
美夏といる時だけかもしれんが、別にそれでも構わない。他のヤツに笑顔なんか見せても得にならないし、美夏も喜ぶ筈だ。
「オレは悪いヤツなんだよ」
「自分の事をそういうヤツはたいしたことない―――もっとも、お前が善人だとも思っていないが」
「なんでそんなヤツの事が好きなんだよ、美夏は」
「・・・相変わらず聞きにくい事を聞くな、お前も」
「いいじゃねぇか、自分の女が彼氏のどこに惚れたか聞くぐらい」
「む、むぅ・・・・・・そうだな―――か、かっこいい所? かな? あ、あはは・・・」
「お前、小学生な」
「う、うるさいっ!」
そう言って顔を赤くして、照れてるのか怒ってるのか分からない様子で手を引っ張っていく美夏。オレはそれに呆れながらも着いて行った。
本当に見てて飽きない奴だ、本当は人間なんかじゃないかとたまに思う。自分の感情というモノを隠そうとしないし変に気を使う所なんてまさにだ。
まぁ、そんな所にオレは惚れた訳だが・・・。ドンドン歩いて行く美夏の手を握り返し、オレは美夏の脇に並んだ。
「あ、お久しぶりです。また会いましたね」
「・・・約束したからな、また構ってやるって」
「覚えていてくれたのですか―――お優しいお方ですね」
「・・・・・・・」
商店街に来てとりあえずどこへ行こうかという話になった時に、たまたまμを売っている販売店の近くを通りかかった。
そして店の前で売り子をしているμを見て―――美夏は固まってしまった。なぜだか分からないが緊張している様子が見て取れた。
どうしたんだと聞いてもなんでもないと言って突っぱねる美夏。しかし動きはぎこちなく、目が忙しなくきょろきょろしていた。
オレが気を使って遠回りするかと聞いたら逆に美夏が気を使ったのか、断られてしまった。こういう所が美夏らしいといえば美夏らしいが・・・。
確かに今度会ったら構ってやるといったが、別に今じゃ無くてもいい。女と歩いている時に他の女と喋るのはどうかと思うしな。
そしてこの間の茜と一緒に居た所を見られた件もある―――少し悩んでしまった。そう考えている内にあちらから声を掛けられてしまった。
どうやらオレの事を覚えていてくれたらしい。最初美夏はポカーンとしていたがすぐムッとした顔になり明後日の方を見ている。
「どうよ、売り上げの方は?」
「あまり・・・売れていませんね」
「まぁ高級品だしな。車を買うようなもんだし、専門的な知識も多少必要になってくる」
「貴方様はお勉強なさらないのですか?」
「前もいったがオレはアンタらモノとして見る事が出来ない。感情もあるし学習もする、そして考える事も出来る。
とてもじゃないがモノとして見る事が出来ないな」
「――――もしかして、貴方様は人権の協会の方なんですか?」
「あんな奴らと一緒にしないでくれ。あいつらはただアンタらロボットを恐れているだけだ。いつか噛み付いてくる・・・ってな。
共存しようなんざハナっから思っちゃいないのさ―――名ばかりの臆病者の集まりだよ」
「も、申し訳ありませんっ!」
「あんたは悪くない、よく注意されるよ―――口の聞き方がなっていないってな。謝るならオレの方だ」
「い、いえそんな事は―――」
「いや、自分でも自覚しているんだ。だがついつい口に出しちまう―――そして相手は不快な気分になる。謝るよ、ごめんな」
「そ、そんな! あ、頭を上げてくださいっ!」
軽く頭を下げるとあたふたするμ。人間に頭を下げられた事などないのだろう、オレだってそんな奴は見た事が無い。
だが非はこっちにあると思うし、別にこのμにだったら頭を下げてもいいかと思った。他のヤツにだったら絶対しないと思う。
オレは非がこっちにあったとしても適当に口で捲し立てれば構いやしないと考えているロクでもない人間だが、この時は素直に頭を下げた。
困り顔になってしまったμだが、オレの隣にいる人物を見て―――また更に困り顔になってしまった。まぁ、初めて見るだろうしな。
「あのー・・・そちらの方は?」
「――――へ? わ、私かっ!?」
「はい、初めてお会いしますよね?」
「わ、私はだな・・・・」
「はい」
「えーと・・・その、だな・・・・」
「・・・?」
そう言って言い淀む美夏。てかまだ緊張してたのか、こいつは。同じロボットなんだから緊張しなくていいのにな。
だがまぁ・・・初めて同族と喋るのだろうし、緊張してもしょうがないのか。こいつの場合あがり症っぽいところもありそうだし。
とりあえずオレがフォロー入れといてやるか―――そう思い、オレの背中に隠れようとしている美夏を前に引きずり出した。
「こ、こらっ! さ、桜内っ!」
「紹介するよ、オレの彼女の天枷美夏だ」
「――――――ッ!」
「まぁ、彼女さんでいらっしゃったんですか?」
「ああ、出来たてでな」
「ひ、人をモノみたいに言うなっ!」
「今日はデートしに商店街まで来たんだ。なかなかこの島には遊ぶ場所がないからな」
「本島までは行かれないんですか?」
「情けない話だが金回りが悪くてね。次のバイト代が入るまではお預けをくらってるといった所なんだ」
「そうなんですか」
「む、無視するなっ!」
本当にこいつは恥ずかしがり屋なようで、オレの彼女と言っただけで顔を赤くしていた。そんなんじゃこれからが大変だろうに。
とりあえずμとの会話は一通りくぎりをつけて、脇ではしゃいでる美夏を連れてその場から立ち去った。別れ際にもまた来たら会いにくると約束をした。
それを脇で聞いていた美夏はまたムッとした顔になり、繋いでいた手を離してしまった。そして美夏がぽつりと喋りはじめた。
「・・・お前は本当に女たらしだな」
「あ?」
「本来はああいうμはあまり感情を出さないものだが―――お前に対しては随分感情を出していた」
「んー・・・まぁ、そうだな」
「お前は本当に女にモテるな・・・あのロングヘアーの女といいさっきのμといい・・・」
「ロングヘアーの女って―――茜のことか?」
「名前など知らん。あの妙にお前にベタついてくる女の事だ」
「そんなに怒らないでくれ。そんな顔を見てると悲しくなる」
「――――――ッ! み、美夏はだなっ! お前の彼女なんだぞ!? あ、あまり他の女にいい顔するのはどうかと思うっ!」
「ああ、茜の事は大丈夫だと思うぞ」
「だ、大丈夫って―――――」
「フッたからな」
「―――――は?」
「オレには好きな人がいると言ってやったんだ。もちろん美夏のことだがな―――――今後はあんまりベタベタしてくるような事は無いと思う」
「そ、そうか―――じゃ、じゃあさっきのμはなんなのだ!?」
「この間商店街に来た時に、あのショップのμの展示品を見てたんだよ。そしたら購入者と間違わられてな、その時に少し会話した仲だ。
オレもあんなに嬉しそうに話すμは初めてだが―――――なんにせよお前だけの事を愛してるよ」
そう言ってオレは美夏の手を握った。そう言われた美夏はホッとしたのか―――手を握り返してきた。その感覚にオレは少し安諸のため息を漏らした。
このまま怒った美夏とデートするのは気持ちのいいものではないし、美夏だけを愛しているというのは本当の話だ。この気持ちは絶対だと思う。
いや、そう信じたいだけなのかもしれない。昨日のエリカとの一件―――確実にオレの心の中でエリカの存在が大きくなってしまったと思う。
本当に好きだと言ってくれたというのもあるが・・・一目惚れしてしまったオレには強烈なインパクトがあった。気持ちが揺らいでしまった。
少しの時間とはいえ美夏を裏切ったのには変わりは無い。今でも悩み続けている・・・この気持ちにどう折り合いをつけるべきだろうかと。
唇にはまだあのキスの感覚が残っている―――エリカの想いが全部詰まっているかのような激しいキスと静かなキスの感覚が。
早くこの件をどうにかしたいが・・・とりあえず今は美夏とデート中だ、こんな時ぐらいはその事は考えず美夏とのデートに集中しよう。
顔に出て心配でもされたら嫌というのもあるし、一人でいる時にいくらでも考えられる。そう思って美夏の手を引っ張り、商店街を歩きだした。
「んだよテメ―は!?」
「プ・・・ププッ・・・さ、最近の初音島には、ほ、本当にチンピラが多いのな・・・プッ」
「ああっ!?」
「さ、桜内・・・」
「お兄ちゃん・・・」
「あわ、あわわわ・・・・」
とりあえず美夏とゲーセンに行ってまた人形を取ってきた。さすがにもう顔は覚えられたらしく、店員にまた来たよという顔をされてしまった。
まぁ来る度に人形を掻っ攫っていくんだから店からしたらあんまりいい気分はしないだろう。そんな事は知った事ではないのでまた大量にゲットした。
美夏はとても喜び、対照的に店員の顔は悲しみの色に彩られたのは見ていて愉快だった。まさに天国と地獄を表した図にオレは笑ってしまった。
そしてゲーセンを出てさぁ次はどこに行こうかなという話をしていた時に、見覚えのあるヤツラが絡まれていた。委員長とその弟の勇斗だ。
相手はいかにもチンピラといった風の男だ。というか最近オレはこういうヤツによく会うなぁ。路地裏の件といいエリカの時といい、不愉快だ。
まぁ今に始まった事ではない、元々絡まれやすい体質ではあったし。よく言いがかりは付けられたものだ、ほとんどの場合はオレは悪くないのに。
相手側が怒鳴っている言葉の内容から察するに肩がぶつかって怪我したから慰謝料を寄越せ、との事だ。というか女子供に絡むなよ、情けねぇ。
委員長とガキはどうしたらいいかという困り顔と恐怖に彩られた表情をしていた。ケンカなんてした事ないだろうし相手もそれが分かっていて脅しているのだろう。
とりあえずオレは――――――壁に寄っかかった。なんだか面白そうだし、例のガキもいる。エリカの時はつまらない演出だったが今回はどうなるんだろうなぁ。
服が引っ張られる感覚―――美夏がオレのシャツを引っ張っていた。顔を見ると怒ってますよな表情、どうやらオレに突っ込めといった所か。
だがオレとしてはもう少し見ていたい気分だった。しかし美夏は我慢できないのか駆け寄ろうとして―――止まった。オレが手を引っ張って止めた。
顔はまたもや怒りに染まった。オレは多分ニヤニヤしていたろう、自分でも分かるほどだ。オレのそんな顔をみて美夏は呆れ、ため息をついた。
そして男の怒鳴り声が大きくなった。そろそろ焦れったくなったのか委員長の襟を掴もうとして―――――後ずさった。ガキが男を突き飛ばしたらしい。
しかしガキの力ではそれぐらいしか出来なく、更に男の怒りを買ってしまう。ガキの表情にはもう恐怖の色は見えなかった。
おそらく姉に手を出されそうになった事に頭がきたんだろう、逆に見返すような眼をした。男はそれで少し怯んだが、今度はガキの襟を掴み軽く持ち上げた。
苦しそうな表情をしてもがくガキ。美夏は慌てて駆け寄ろうとして―――驚いた顔をした。当り前だ、男がいきなり頭を押さえてうずくまってしまったんだから。
オレがそこら辺に落ちてたボロボロのボールを思いっきり投げたからな、さぞかし痛いだろう。男はボールに気付き、投げられた方向をみてオレと目があった。
怒り顔の男の表情、対してオレは大笑いしていた。そんな男のマヌケな姿に吹いてしまうオレ。更に男の顔が羞恥と怒りで赤くなった。
美夏もまさかそこまでやると思っていなかったようで驚いていた、そりゃそうだよな、頭から血流してるし。
「ど、どうした・・・ぷぷ・・・あ、頭から血流して・・・さ」
「て、てめぇがボール投げたんだろうがっ!」
「い、いやさ・・・オレはお前とキャッチボールしたかったんだ・・・ぷっ」
「こ、このやろうっ! 殺すぞコラァ!」
「――――――あ?」
「う・・・・」
オレは瞬間的に感情が冷えてしまった。さっきまでのいい気分なんか吹っ飛んで逆に腹ただしい気分になる。しかし顔には出さないで男を見返す。
途端に怖気づいてしまい、顔を逸らしてしまった。オレはそいつの襟をガキにやったように持ち上げ目を合わせる。苦しそうにもがく男の表情がとても愉快だ。
美夏はそれはやりすぎだろうとオレの腕を引っ張るがビクともしない。脇でポカーンとしてしまっている委員長兄弟が少し滑稽だった。
「そんな言葉を吐いちゃ駄目だな。今のご時世―――脅迫罪で捕まりますよ? ヤクザだってその言葉を使いたいのに使えないんだ」
「グ・・・あ・・は、離せ・・・」
「オレが警察官でなくて本当によかった。あなた捕まってるところですよ、運がいい。とりあえず授業料として財布を置いていって下さい」
「ば、ばかいうな・・・!」
男がそう言ったので、更に締め上げた。恐怖で歪む男の目に映っているオレ―――笑っていた。美夏はそんなオレを見て手を思わず離してしまった。
「大体こういう女と子供に絡むなんて情けないですよ? まぁ周りで見て見ぬフリをしていた人達もアレですけどね。で、さっさと財布寄越せって」
「ぐ・・・あ・・・ゆ、許して・・・」
「許して? 何か許されない事をしたんですか貴方は? だったら尚更離してあげる事は出来ない。まぁ少しばかりお小遣い貰えれば考えますが」
「・・・・ほ、ほんとうに・・・す、すいません・・・でした」
「謝罪はいりませんよ。さっさと財布寄越せって言ってるのが―――聞こえねぇのか!? ああ!? このままテメェの首ヘシ折ってやろうかっ!」
「わ、わかりました・・・だか・・・ら勘弁・・・してください」
そう言うとオレは手を離した。膝を付けて忙しそうに息をする男。恐怖に彩られた顔をしてオレの顔を見据えると―――財布を置いて媚びた顔をした。
財布を拾って金だけ抜きだして返してやった。オレがもう行けというと男はダッシュで、コケそうになりながらも駈け出して行った。
札束を数えるとかなりの金額だったのでオレは満足した。どうやら遊園地とか本島に行けそうだ。きっとあの男も人の為に役に立ったと喜んでいるだろう。
「さ、桜内・・・あ、貴方、ヤクザみたいよ・・・」
「本職の人間だったら免許証も奪うよ、カモにするためにな。それに比べたらオレは誠実な人間だよ」
「貴方のドコが誠実よ・・・・」
「おい、ガキ」
「えっ、あ、はいっ!」
「さっきはよく頑張ったな。普通だったら黙って下を俯いたままになってるもんだがな」
「・・・ええ、すごく怖かったですけど。話し合いじゃ解決出来そうにもなかったし、お姉ちゃんに暴力振るおうとしてたので・・・」
「だ、だからって突き飛ばしちゃ駄目でしょっ! 更に悪化しちゃうじゃないっ!」
「いや、こいつの言ってる事は正しい」
「え・・・」
「世の中には話し合いで解決出来ない人間なんて山ほどいるし、あのまま金を出していたらあの男は図に乗って更に無茶な要求をしただろう。
よくいるクズ人間だ。無茶な要求―――例えば委員長の体とかな」
「なっ!? か、からだ!?」
「あの男は脅しながらも委員長の顔と胸と股間をジロジロ見ていた。委員長はテンパっていたから分からなかったかもしれないが下卑た笑みを
浮かび上がらせていた。ああいう手合いには何があっても下手に出るな。抵抗なんかして面倒くさい相手と思わせるのが大事だ」
「そ・・・そうだったの・・・」
「だからこのガキが取った行動は正しい。面倒くさい手合いだと思われて怪我する以上に陰湿な事が起こらないからな」
「・・・・・そう」
「だから・・・勇斗だっけか? 何か褒美に玩具でも買ってやるよ。見ていて気持ちよかったからな、お前の行動は」
「えっ!? 本当!っ?」
「ちょ、ちょっと―――」
「どうせロクに玩具を買い与えないお堅い家庭環境なんだろう? こいつの行動はなかなか取れないもんだ。ガキの頃のオレだったら
多分泣いてるぞ」
「そ、そうなのかっ!? 桜内っ!?」
「―――なんでそこだけ反応するんだ・・・」
「あれ? その女の子は?」
初めて気付いたかのように美夏の方を見る委員長。そしてオレはさっきμに言った内容と同じ事を言ってやった、オレの女だと。
そしたらかなり驚かれてしまった。まぁそうだよなぁ、オレみたいな奴が女を作るなんて自分自身信じられない事だ。
そして勇斗は残念そうな顔をしていた。てかこのガキまだ諦めて無かったのか・・・委員長みたいな女は苦手だって言ったろうに。
「そういう事で美夏、ちょっと玩具屋に寄っていいか?」
「え、ああ、別に構わんが・・・」
「だったら早速いくか。おい勇斗、着いて来い」
「―――は、はいっ!」
そう返事して脇に並んだのでオレは勇斗の手を繋いで歩き出した。勇斗は少し驚いた顔をしたが、すぐ表情を柔らかくした。
気分は兄貴といったところか、生憎兄弟なんていないし一人っ子だがそう思えた。慌てて後ろを追って来る美夏と委員長。
「にしても―――桜内は余程その子が気に入ってるんだな」
「前からこんな調子よ・・・勇斗も勇斗でスゴイ懐いちゃってるし・・・」
「人嫌いの桜内が気に入る人間か・・・むぅ」
「オレが気に入るポイントを押さえてるしな。賢くて度胸もある、なかなかいない人間だ」
「えへへ・・・それにしてもボク、ちょっと残念です。お兄ちゃんにはお姉ちゃんの彼氏さんになってもらいたかったのに・・・」
「な、ゆ、勇斗――――」
「だ、駄目だぞっ! さ、桜内には私がいるんだからなっ! よそをあたってくれっ!」
「あはは、分かってますよ。でもなかなかいないんですよねぇお兄ちゃんみたいな人」
「オレみたいな人間はロクでもないから違うタイプがいいぞ。お前の姉貴は顔も良くて器量もある、いい男が素通りする筈が無い。
お前を見てると分かるが家庭的だし――――男の一般的な結婚したい女のタイプに属している」
「あ、あ、貴方またそんな事を・・・」
「ジー・・・・・・」
「んだよ美夏」
「・・・・別に」
「・・・・はぁ~、貴方も大変ねぇ天枷さん」
「まぁ、分かっていて付き合って部分もある。正直腹ただしいが・・・」
「あ?」
「ははは、まぁ気長に待ちますよ。なかなかそんな人いないでしょうけど」
「お前の眼に敵う男か・・・婆さんになっちまうな、お前の姉貴」
「あははは」
「ば、婆さんって――――さ、桜内っ!」
「さて、さっさと行こうぜ」
「はいっ!」
「ま、待ちなさいよっ!」
「お、おいっ! 美夏を置いていくな!」
そう言ってオレは歩き出した。後ろでは女共がやかましいが構いやしない、どうせ怒りなんてすぐ収まるだろう。女なんてそんなもんだ。
そうしてオレ達は玩具屋に向かった。珍しい組み合わせでデートとはいかなくなっちまったが・・・美夏もなんだか言って楽しんでいる様子だった。
こいつの場合友達作りがヘタそうだし、これでよかったのかもしれないな。そう思いながら商店街の道をオレ達は歩き出した。
「すまんな、うまい感じにデートとはいかなくて」
「ははは、いやなに、なかなかに楽しめたぞっ! 沢井姉弟とも仲良くなれたし」
「そいつはよかった。また今度なにかの機会でまた遊べたらいいな」
「うむっ!」
言葉通りなかなか楽しく遊べたと思う。玩具屋に行ったら美夏は目を輝やかせてあっちこっち行ったりしてたからな、勇斗も思わず苦笑いしていた。
勇斗は勇斗でオレ達のデートに割り込んだ事を気にしてか――――美夏の事をベタ褒めしていた。それはもうオレが脱帽するぐらいに。
褒められて美夏はいい気分になり、そして更にオレの事も勇斗は褒めちぎっていた。美夏はそれを聞いて自分の事が褒められているかのように喜んだ。
最後に「そんなお兄ちゃんと付き合っている天枷お姉ちゃん―――とてもよくお似合いです」と言って締めくくる。こいつ本当に5歳かと疑った。
そして美夏は顔がふにゃふにゃになり、笑い声には聞こえない笑い声をあげた。ハッキリいってオレはちょっと引いてしまった。終始こんな感じった。
帰る頃にはそれも少しは落ち着いたので別いいが――――にしてもあのガキよく口が回るな。やっぱり将来は大物か極悪人かどちらかだな。
「あ、バス停が見えてきた」
「・・・そろそろお別れか」
「なんだなんだ桜内っ! そんなに悲しい顔をするなっ、またいつでも遊べるじゃないか!」
「――――その桜内っての・・・もうやめにしようぜ」
「・・・へ?」
「オレはお前の事を美夏と呼んでいるし、オレ達は付き合っている。後は言わなくても分かるな?」
「――――あ」
「・・・・・」
「・・・・・」
そう呟いて黙ってしまう美夏。やっぱり付き合っているからには他人行儀はちょっとアレだと思うし、なにより名前で呼ばれた方が嬉しい。
顔を赤くして美夏はしばらく黙ってしまったが――――意を決したようにオレの名前を呼んだ。
「よ、よ、義之っ!」
「なんだ、美夏」
「よ、義之・・・」
「だからなんだよ、美夏」
「義之・・・」
「・・・・」
そう言ってお互い黙ってしまい、なにか心地いい雰囲気になってしまった。名前で呼び合うのがこんなに気持ちいなんて初めてだと思う。
そしてどちらともなく顔が近づく。美夏の可愛い顔が近づき、潤んでいる目に紅潮した頬――――その頬に手を置いて・・・・
「・・・・・・」
「・・・・・ん」
キスをした。一回だけと思ってキスをしたのだが名残惜しくなってもう一回、もう一回と何回もキスをした―――飽きる事無く。
オレは悪戯心で舌を入れてみた。嫌がるようならすぐに止めようと思った。美夏は最初驚いたようにビクッとなったが・・・それに従った。
最初はおっかなびっくりな感じだったが除々に熱が高まっていき、激しさが増した。お互いに絡み合う舌、夜道に卑猥な音が響くのが聞こえた。
だがいつまでもこんな所でこんな事は出来ない。ここは公共の場だし、さっきから周りに注意を向けているがいつ人が来るか分からない。
名残惜しいがここまでだ――――そう考え口を離す。美夏も名残惜しそうにポーっとしていたが、口に唾の橋が出来上がってるのをみて顔を赤くした。
口元を袖でゴシゴシやる美夏を見てオレは笑った。美夏が言い返そうとしたが上手く言葉に出来ないようで口をパクパクさせていた。
「おっと、バスが来たぞ美夏」
「む、むぅ・・・お前は本当に恥ずかしがらないな・・・」
「男が恥ずかしがってどうすんだよ、エロ美夏」
「え、え、え、エロくなんかないっ! お、お前こそエロいじゃないかっ! このムッツリ!」
「そうだな。だけどキスしてる時のお前の顔、なかなかエロかったぞ」
「み、見ていたのかっ!? ま、マナー違反じゃないか、それはっ!」
「人が来て恥ずかしい思いするのが嫌だから周りを見てたんだよ。なのにお前ときたら夢中にぺロぺロと・・・」
「わーっ! わーっ! い、言うなっ!」
そう言い合いしている間にもバスは美夏の前に止まった。美夏はまだ言い足りないのか少し不満気な顔だったが、素直にバスのタラップに足を掛けた。
そしてこちらに振り返り、笑顔で言った。
「じゃあなっ、今度は二人っきりで遊ぼうなっ! 義之っ!」
「・・・ああ、風邪引くなよ」
「うむっ! お前もな!」
そう言って美夏はバスに乗り込み、それを確認した運転手がドアを閉めてアクセルを踏んだ。美夏はこちらが見えなくなるまで窓から手を振っていた。
そしてオレもバスが見えなくなるまで手を振り返した。そして交差点を曲がり、バスが見えなくなったところで手をやっと下ろした。
「義之・・・か、アイツにそう言われただけで参っちまうなんてな・・・」
それだけなのに心が温かくなった。オレも小さい人間だ、そんな事ぐらいでこんなにも嬉しがるなんてな。でもまぁ・・・悪い気分ではない。
本当に美夏の事が好きなんだと再確認出来た。後はエリカの件だけだが・・・とりあえず言うだけ言ってみるしかない。言わなければならない。
あの夜の件でもう拒否出来ないと思ったがそんな事も言っていられない――――そう思いながらオレは一人帰り道を歩いた。